白内障手術一部始終日記20120718-20130530

文:伊達美徳

 両目の白内障の治療で、右目2012年9月3日~5日、左目9月10日~13日入院して、水晶体内にアクリルレンズを入れる手術をした。
 入院中は暇で暇でしょうがないので克明に一部始終を記録した。これでも書き落としていることは多い。
 これから手術する人に参考にしてもらいたいので、前後の日記も入れて掲載しておく。(2012/09/16、最終記入2013/05/29 伊達美徳)

2012年7月18日
 思いたって戸塚の西横浜国際総合病院に、白内障の診断に行った。さてどうしようかと軽く悩みつつ戻ってきた。医者がいうには、白内障は両眼ともある、まぶしいのはそのせいで光が眼球の中で散乱するからという。
 
 医師に、わたしの親友がつい先日ここで手術して、聞いてみると、私の目にもいろいろ覚えのある症状とて、予後もよいと聞いたのできました、そしてあれこれ話したら、その患者さんに見当がつきました、とのこと。

 視力は眼鏡で十分に回復できる。まぶしさ解消のために手術しなければならないかどうかは、患者の私のほうの判断だが、やるならば両眼を続けてやりましょう、お考えになってみてください、という。
 ちょっと考えて、すぐやってください、と言おうと思ったが、兄弟子じゃなくて兄患者のFさんに報告してから考えようと、思いとどまった。戻ってからメールをしておいた。
 Kさんから、奥方が両眼とも手術したと、メールが来た。
 視力回復のために眼鏡のレンズを替えるとよく見えるようになるが、まぶしさは解消しないから、そのあと手術しなけりゃならなくなったら、また眼鏡作り直しで二重投資だなあ、、。
 どうせやるなら今すっぱり両目やるかなあ。このところ、エイヤッとPCとTV機器を買って、ちょっと失敗?した事件があって、目の手術が三つ目というのもなあ、、。

7月20日
 10時、西横浜国際総合病院眼科へ。医師に手術すると告げた。
 これから先のことを考えると、このままでは悪くなるばかり、ならばもう悪くなることはないレンズ入れ替えのほうが安心できる。
 8月21日に手術のための検査、8月27日から2泊3日で右目手術、9月3日から2泊3日で左目手術。

8月13日
 午後、吉祥寺でMさんに会って、白内障手術をする話をしたら、彼はすでに2年前に右目だけを白内障手術しているとのこと。左右で色が違って見えるが、頭の中で調整しているなど、Fさんと同様なことを言っていた。

8月21日
 14時、西横浜国際総合病院眼科、有村医師による手術前検査と診断とインフォームドコンセント。
 要点は、手術は部分麻酔で、患者は周辺状況がわかった状態で行う。天井をまっすぐに両目をあけて見上げていること、目玉をきょろきょろ動かすと手術を誤る恐れあり。手術そのものは30分くらい。
 万が一のことがるとすれば、水晶体の幕を破ってを眼球内にレンズを落とすとことがあるが、もちろんすぐに対策をとる。
 手術後の要点は眼球に細菌感染しないこと。だから2,3日間は風呂、シャワー、洗顔禁止。
 最大問題の費用は、看護士が言うには片目4万円まで、、え、なんだかインタネットに載っている片目1.5~2万円と比べるとかなり高い。今日病院からもらった資料で気が付いたが、70歳以上だと一か月の医療費は44000円が限度になっているらしい。今回の手術は片目ずつ別の月だから、悔しいことにフルに支払うことになる。もっと早く気が付けばよかった。
 右目27日1000入院、その午後に手術、退院29日。次の左目は9月3日手術、5日退院。特に付添いはいらないとのこと。入院中は衛生上の都合で上から下まですべてレンタル、三食付。16時ころ検査終った。
 
8月22日
 昨夜、寝ながら手術費用のことを考えた。後期高齢者医療費が1か月に外来12000円、外来プラス入院44400円を上限額支払額として、それ以上だと保険から戻してくれるとある(病院のパンフレットとインタネットサイト)。
 そこで考えたのは、9月中に右も左も手術すれば、たとえ8万円だろうと10万円だろうと44400円の負担で済む。別々の月だと4万円に及ばす全額支払で7~8万円となるので、その差は大きい。8月27日入院分を9月に変えてもらうことにしよう。
 今朝起きて、病院に電話して日程変更を申し出たら、あっさりと全体を1週間ずらすことに決定、9月3日入院右目手術、5日退院、10日入院左目手術17日退院となった。これで良し。
 さらに考えた。別の病院にかかっても同じ月の医療費を合算して44400円にするという制度であるから、この際、歯医者に行って前歯欠損も虫歯も直すことにしよう。こうすると目論見よりも高い目の治療費を、歯の治療費と合わせて負担がグンと低減する。われながらうまいことを考えたものだと思う。

8月24日
 15時、Fさんと会って上島珈琲でだべる。互いに同年で年取ってきたといういつもの話と、白内障手術の先輩へのヒアリング。
 彼のレンズの
焦点が、本を読む距離になっていなくて、1mから10mくらいになっているらしいという。
 果たしてそれで自分はよいのかと不安になってきた。手術前に病院に行ってレンズの焦点距離のと生活についてきいてみようかと思う。
 買うと3000円もする保護眼鏡を、恐縮ながら借りることにした。
 
8月27日
 1030、西横浜国際総合病院にて、眼科有村医師に質問。
(質問1)目に入れるレンズの焦点距離を、PC画面と書見が眼鏡なしにできる様になることを期待しているがどうか。
(回答)近視より、中間、遠視寄りとレンズはあるが、普通は高齢者は足元が危ないのでそのあたりが見えることを前提にして中間のレンズを入れる。では近いあたりに焦点を合わせるレンズにするが、PC画面と本と両方に眼鏡なしで焦点が合うかどうかはわからない。目の潜在能力との関係で、うまく見えることもあるが、どのあたりに焦点が合うかは入れてみないとわからない。

(質問2)退院直後の12日に学会で名古屋に行くが、特に注意することあるか。
(回答)とにかく、ものを目に当てないように気を付けること。少し目が赤くなっている可能性があるが、普通に読み書きしてよい。

8月31日
今日からベガモックスなる目薬を、朝昼夕夜の1日4回、右目に点眼開始。
 
9月3日
 1000、西横浜国際総合病院に入院。
入院窓口で入院預託金5万円をカードで支払い、誓約書など提出。
 どうして患者の側だけが誓約書や承諾書を提出するだろうか、相互対等の契約書を結ぶべきのような気がする。医師と患者は対等ではなくて、患者が下にいるのか。
 2階221号病室、5人部屋の窓際、備え付けパジャマに着替え、識別用のバーコードと名前を印刷した腕輪をつけられた。

 1100、診察室へ、有村医師から手術確認の会話2分。右目上に赤い印をつけられた。1130、体重、身長、血圧(177-85、高い)測定。手術は15時から。
 1140、腕から抗生物質点滴開始。1200から目薬点眼開始、4種類(7ミドリンP,ネオシネビン、クラビット、シクロードというのだが、なんでこんなに目につけるのだろうか)を間を3分おいて、30分ごとに手術開始まで続けろというので、結構忙しい。だんだんとまぶしくなってくるのは、どれかが瞳孔を開けっ放しにしているのだろう。
 昼飯が来たがまずい、特に米飯がまずい、でも全部食った。30年くらい前に入院した鎌倉の佐藤病院の飯はうまかった記憶がある。1450、看護師が来て準備を告げる、手術用の紙パンツとパジャマを着る。

 1500、いよいよ手術、刑場に行く囚人のごとく看護師に廊下を引き立てられて手術室へ。入口で名前と手術の場所を言うようにといわれる。「ハイ、ダテヨシノリ、白内障で右目手術をします」といえば、シャワーキャップのようなものをかぶせられる。
 目の前の第2のドアーが開けられて、また看護師が前にきて、「担当の●●です、お名前と手術内容をおっしゃってください」という
ので、「ダテです、白内障で右目手術」といえば、「フルネームでどうぞ」という。つい先ほどあなた言ったばかりでしょと言いたかったが、「ではあなたのフルネームは何んとおっしゃるの」と聞いてみた。看護師は虚を突かれたようながらも「ハイ、●●◎子です」というので、こちらも「ハイ、ダテヨシノリ、白内障で右目手術をします」と言って手術室の扉があく。
 8m角くらいの部屋の中にはにはいろいろな機械があり、マスクした5人の男か女かわからない格好の人たちがあちこち持ち場らしき所に立っている。「よろしくお願いします」と言って手術ベッドの前に立つと、有村医師が目の前に立ったので、「あ、先生よろしくお願いします」。

 ベッドに寝転ぶ。血圧とか心臓とか図るらしいコード類が、胸や腕に取り付けられた。
 頭の上から有村医師の声が聞こえる。後で聞いたのだが、頭の上側にいて顕微鏡で見ながら執刀したそうだ。「まず両目を覆います。目は軽くつむっていて」、「はーい」、皮膚にぴたっとつくような布らしきもので両目をおおわれた。さらに頭とかをすっぽり覆う布らしきものがかぶさった。
 右目の前でジョキジョキ音がするのは、手術する目の前の布を切り聞いているのだろう。「では右目を開けたまま固定します」と、どうしたのかわからないが右目があいたままになる。
 「左目はまばたきしてもいいですか」「はい、開けて普通にしていてください、あまりしゃべらないようにね」「は~い」、「では、目を洗います」、
 なんだか水のようなものがジャーっと目の上の流れた。「まだ準備ですからね、落ち着いて待っていてください」、後から考えるとこのときは右目の麻酔が効くのを待っていたのだろう。
 明るいライトが目を射た。手術用のライトだろうが、3つの明かりが見える。「まぶしくても、そのまま前をしっかり見て下さい、目を動かさないように」「はー~い」
 やがて何か右目に入ってきたような気がするが、麻酔が効いていてよくわからない。多分、目玉に穴をあけているのだろう。なにか遠くで機械の音がジー、ジーとするのは、水晶体の中身を吸い出しているのか。
 「体を楽してください、目をから力を抜いて」といわれて、はっと身が固まっていることに気付いて、力を抜く。目から力を抜くってどうやるのだろうか。
 すぐ右で有村医師とは違う男の声がぼそぼそと聞こえるのは、後で聞いたら東邦医大の准教授で手術の助手だった。

 「気分はどうですか、順調に進んでいますよ。伊達さん」「は~い、大丈夫です」、「しっかり前を見ていてください」、そういわれても先生か助手かわからないが左目付近を触るので、その都度ライトが目の中で動いて、ついついそれを追って目が動いてしまうのだ。
 右下のほうで女性看護師の声で、「189の80、少し下がりました」というのは、血圧だろうか、それで下がったというのはかなり高くなっていたのだろう。
 なにか異物が入ってきた感があるのは、レンズを挿入したのか。助手の声が「12時の・・・」とぼそぼそ何回も聞こえるのは、レンズの向きの調整だろうか。
 目の中がちょっとつっかえているような違和感があり、息でヒューとアピールすると、「痛いですか、もうすぐです、順調に進んでいます。体を楽にして」、はっと気が付いて深呼吸をする。もう傷を接着しているのだろうか、などと思うが、まったく見ることができないから想像するしかない。
 「もうすぐ終わりです、目を洗います」、目の前を水が流れる。ライトの形が手術の初めは輪郭がなかったのに、今はちょっとかけた月の形が二つ、楕円形が一つに見える。レンズが変わったせいだろうか。天井ライトが付くと、なんだか金の網目のような模様が目の前全体に広がる。

 やがてかを覆っていたものが順々に取り除かれ、右目には眼帯が貼り付けられた。「終わりです、順調にゆきました」「ありがとうございました」
 起き上がると車いすが待っている。これを押したことはあるが、乗って押してもらうのは初体験である。
 「先生ありがとうございました」「緊張しましたか」「ええ、しましたとも、この歳だとたいていのことには緊張しませんが、今回ばかりはねえ、実際は何分くらいでいたか」「長く感じたでしょうが、15分くらいですかね、時間は重要なことじゃありません、またあとで」「は~い、みなさんありがとうございました」
 出口でまた名前を言わされるかと思ったら何も言わぬので、「出るときは言わなくていいの」と聞いてしまった。次の手術を待つ老婆の車いすの脇をとおって、わたしの車いすは看護婦に押されて病室に戻った。
 1530無事生還、出てから30分ちょうど。鏡を見ると、巨大な眼帯がばんそうこうで張り付けられている。抗生物質を左手から点滴開始。
 16時ころ有村医師がやってきた。本日は5人の患者を執刀、わたしの執刀時間は12分、右目は思っていたよりも濁っていた、レンズの焦点は近いほうに合わせるものとしたが、実際にはどのあたりの落ち着くかはしばらくかかるなど、話す。
 機械の修理ではないから、一人ひとり異なるので難しいことがありますね、こういう手術のない昔は濁った眼の人がいたもので、などと雑談も交える。
 手術時間を聞いたのは、単に事実として知りたかったのに、なんだか短時間がいいみたいに受け取られてのだろうか。

 血圧が高い、手術直前は177-90、手術中は190-80、手術直後189-85、同じく2度目146-85、一応落ち着いたか。
 1800、夕食、まずい。食後薬2錠服用。片目のためうっとおしい。隣は若い男で、どうやら糖尿病らしい。看護婦からいろいろっ注意を受けている。一生の病となるから、毎日しっかりと薬や食事に気を付ける様にといわれている。向かいは何か知らないがいつも血圧を測ってばかりいるらしい男の老人。看護婦がくるたびに血圧を詳しく報告している。

 2000、片目で不自由なので、寝ているしかない。デジタル録音機ラジオでFM放送やCDから録音してきたモーツアルト、能楽などを聞いて過ごす。このために8000円を出して買ったのだから役立てなければ。
 看護師の姓が「摂待」という珍しいもの、能に「摂待」という義経弁慶の逃亡譚があることを思い出した。そういえば最初に来た時の目の若い女性検査技師の名が「瞳」だった。「ぴったりだね」と言ったら、「時々突っ込まれます」といった。
 PCはないし、眼帯が大きすぎて眼鏡もかけられず片目で本は読めない、不自由な目で適当に字を連ねるこのメモ書きで時間をつぶす。酒も飲めず、この状態で明日朝までどうやって時間をもたせるか。
 右目は痛くもかゆくもない。2040、看護師が定期的に体温と血圧を測りにくるらしい。今回は146-96.2200、しょうがないから寝ることにする。小便が妙に近い。

9月4日
 夜中に2度も小便。6時に看護師がやってきて目が覚めた。血圧と体温,154-95.右目はどうということもない。眼帯の中が見える。
 700、朝食、飯、みそ汁、煮物、和え物、缶詰ミカン、紙パック牛乳、不味い、特に米飯がまずい。
 850、眼科に行き検査と診察、眼科前待合には片目に大きな眼帯をした男1、女2、いずれも老人で私よりも年上の感じ。昨日の手術の人らしい。
 検査技師が眼帯を外してくれた。左目と右目を比べると、右目のほうが色が明るく見える。焦点は遠くにある。眼圧と視力検査、右目裸眼視力は1.2、普通に見えている。よかった。
 医師の診察、目には何も問題なく順調である、眼圧がまだ高いこと、眼内に手術のための炎症があるので薬投与する。まだ落ち着いていないので、色も焦点も定まっていなくても、これから次第に定まる。1か月くらいしたら落ち着くから眼鏡をつくる。F氏から借りた保護眼鏡と百円店で買ったゴーグルを渡して、消毒薬で拭いてもらう。
 病室に戻って眼鏡をかけたら、左は正常に見えるが右はぼけている。朝の病室は、医師たちがぞろぞろお供を連れて次々にやってきて、患者を診ていて落ち着かない。
 このような共同部屋では、患者はプライバシーが暴かれる。でも野次馬のこちらは興味津々、雑居部屋に入ったのは金のこともあるが、以前に佐藤病院に雑居部屋に入院して、面白くて退屈しなかった経験があるので、今度も入ったのである。
 窓の外の風景を見ると、裸眼だと右目ははっきり、左目はぼける。右目は近くはぼけるから、予定と違って遠方に焦点があっているだろうか、これから予定通りに近くに焦点があってくるようになるのだろうか。
 945、点滴開始、針を入れる看護師が下手なのか、一度失敗して刺しなおす。血圧155-85.太郎に状況をメール。まだ左目があるので油断するなとの返事。1130、薬剤師が来て、目薬3本(クラビット、ジグロード、リンデロン)を一日4回朝昼夕夜点眼(右目も同じだから同時に左右の点眼なので迷わなくて済む)、明日から一日3回飲み薬毎食後。
 真下に向くと、一瞬涙のようなものが目の中にたまることを発見、まばたきすると消えるがまた出てくる。

 1200昼食、相変わらず不味い。食後3種点眼。文庫本を読めるが疲れる感じなので、寝ころんで音楽を聴く。圭に電話、結果報告、明日迎えにいこうかというので、いらないというと、ほっとしたという。
 F氏から借りた保護眼鏡だと今の眼鏡がかけられないから読書ができない。工作用の100円ゴーグルだと眼鏡一緒にかけられるのでこのほうが便利である。ただ、外を歩くのにゴーグルというのも、ちょっとなあ、家の中ではゴーグル、外で保護眼鏡にしよう。

 1500、仰臥して真上の天井を見ると、右目中央から周りに白い雲がかかり、視界の6割くらいは何も見えず、周囲がリング状に天井が見えることを発見。頭を起こすと雲が上方向に消える。
 起きて真下に向いてみたら、これは雲ではなくて水滴がたまる感じ。これらは手術に伴うやむを得ないことなのか、そのうちに治るのか。
 デイルームから文庫本「プリンセストヨトミ」(万城目学)をもってきて読みはじめた。裸眼では読めないがこれまで通りの眼鏡をかけると読める。しかし、左目だとピントが合っているが右目はあっていなから、左目だけで読んでいるのだろう。違和感ある。本をかなり近くまで持ってくると読みやすいことを発見。

 1600、左腕から点滴、看護師の針の入れ方が下手なのか痛い。血圧155-95.
 1800、夕食、あまりに不味いので、汁かけ飯にして流し込んだ。右目点眼3種。「プリンセストヨトミ」を読み終えたが、つまらなかった。大阪の人には面白いかもしれない。空堀が舞台だが、幸いにもわたしは数年前に行ったことがあったから、感じはつかめた。辰野金吾のことが詳しく登場するので驚いた。次は「夜来香海峡」(船戸与一)を読み始めた。右目焦点は約2m以上か。

9月5日
 6時、目覚める。7時朝食。8:30眼科で眼圧検査と診察。
医師「順調ですね、眼球に異常はありません。退院してよろしい」
わたし「2点、気になることがあります」
医師「なんでしょう、どうぞ」
わたし「1点目は、寝ころんで真上を向くと、中央に広く丸い雲がかかって見えなくなり、外回りのリングだけが見えます、真っ白になってほとんど見えません」
医師「目そのものはまったく異常がありません、気になるだけでしょう」
わたし「いや、左目だけでみると普通に見えるけど、右目だけだとうそうなるのです」
医師「レンズが入っているので、元通りではありませんが、眼球には異常がありません。前にも言った通り、まったく元通りにはなりせん。」
わたし「これは治るものでしょうか」
医師「目には異常がないのでなれるでしょうが、心配ならばさらに瞳孔を開けてみるとか、あるいは余所の眼科で見てもらっても構いませんよ」
わたし「いや、まさか今になって余所に行くなんて、そういうわけには、、」
医師「ほかにもそれぞれ優秀な医師はいますよいいですよ」
わたし「う~ん、それは、、、では2点目の件です。真下に向くと水滴のようなものが万目にたまるのです」
医師「それも眼球に異常はないので、元通りにはならないと申し上げていた通りで、なれてください」
わたし「でもこれは上向きの時と違ってまばたきすると治りますから、また別の症状でしょう」
医師「伊達さんのように完ぺきを求められても、はじめに申しあげた通り、元通りにはならないのです。」
わたし「それはわかっています。でもこれは事実として申しあげているのであって、このような症状があることを知っていただければ、今後のことにも役立つでしょう」
医師「そうですね」
わたし「次は来週月曜日ですが、」(それまでにこの症状を見て、左もやるかどうか考えます、と言おうとしたら、)
医師「その前に検査に7か8日にきてください」
わたし「では7日に来ます」

 この会話で私が感じたことは、医師の返事が「それはそんな感じですか、もっと詳しく」とか、「そういうこともたまにあります、実生活には差し付けないでしょう」とか、「いずれそれは消えます」とか言ってくれればよいのだ、なんだか治療にイチャモンつけられていて、言質を取られないようにはぐらかすような言い方であったことだ。
 わたしは身に起きている事実を事実として伝えているのだが、そうは受け取ってもらえないようであった。腕は確かなのだろうが、患者への対応は若い人(病院のウエブサイトによると実務10年)だからしょうがないのかと思った。

 看護師から退院後の注意書きをもらう。
 洗顔、洗髪は9月22日より可能と書いてある。その項目の説明に「洗顔は顔をタオルでふくだけ、洗髪は顔を上に向けて水が入ら内容に家族にお願いする」などと書いてある。ということは22日以後もそうするのか、へんだなと思って聞くと、21日まではそうせよという意味だという。それじゃあ文章がおかしいよと指摘、実はほかにもこの病院の文書には変なところが何か所かあった。命に係わる病院が間違い文書とは困るよ。


 1930、事務の人が請求書をもってきた。計23390円。はじめに4万円はしませんと看護師から聞いたのだが、わざと高めに言ったのか。
 左目も同値段だろうから、44000円を超えるので、越えた金額は保険から戻ってくることになる。左目をやらないと、この金額には医者代を加えても44000円を超えないなあ、左目をどうするかなあ、とも思う。

 1000 看護婦が来て、退院してくださいという。会計を終えてロビーでF氏に電話するが通じない。例の白い雲が出たかどうか確かめたかった。バスに乗って帰途へ。
 1045、フロール第3ビルの手前でF氏から電話、なんと今日はリハビリの日で、同じ病院のロビーからかけているという。例の寝ころんで白雲が出ているかと聞くと、全然そんなことは起きなかったという。ほかの誰かにも聞いてみてはどうかという。MさんとかKさんに聞いてみるかなあ、帰宅。メールを処理し、昼飯を食う。目薬と丸薬。

 1730 白雲が出たままだと、気持ち悪いし、今後寝たきりになるとほとんど盲目になってしまう、悩ましいなあと思いつつ、昼寝。
 昼寝からから起きて、天井を見ると例の雲が消えている。起き上がって下を向いても例の水滴は出ない。治ったらしい。
 それはそれでうれしいが、ならば医者はそういってくれれば、心配もしなかったのに、Fさんにもごちゃごちゃ訴えなかったのに。これなら左目もやっていいと思う。
 1000 保護眼鏡をかけて風呂に入りシャワー、ただし首から下だけ。髪の毛を濡れたタオルでしずくがたれないように拭く。これが1か月はつづくのか、、。寝るときはゴーグル。

9月6日
 6時起床、ゴーグルを外す。特に変わりなし。940、歯医者に行く。右上治療、前歯の抜いたところは順調に治っているが完全治癒するには1か月かかるので、それからブリッジにかかるという。本日の治療費750円。
今日も暑いが、攻撃的な感じは薄らいだ気候となってきた。

9月7日
 今日から左目にベガモックス点眼開始。右目の3つの薬とこれとで、間違わないようにするのが大変。
 930、西横浜国際称号病院眼科にて手術後検査と診察。今日はあまりしゃべらないようにするつもり、退院前の診察のような雰囲気にしたくない。

 目の中を器械で覗き込んで医師「順調に傷口は治ってきています。内部も問題ありません。白い雲みたいなのはどうですか」
わたし「あ、消えました、退院して昼寝から起きたら消えていました」
医師「そうですか、空気が入っていたのでしょう」
わたし「(それならそうと退院前診察でそう言ってくれればよかったのに)」
医師「見え方はどうですか、少し遠いですか」
わたし「そう、2m位先から向こうに焦点が合っています(右目を近いところに合わせてくれといったのになあ)」
医師「では左目はもっと近いところに合わせるようにしましょうか、左右違ってちょっと気になるかもしれませんが」
わたし「はい、そうしてください」

 来週月曜日の入院手続きの書類を出した。
 ついでに外科によって、左足親指の巻きづめで化膿したところを治療、麻酔をかけて、肉に巻き込んでいる爪を切った。
 月曜日入院前に診察の予定。本日の医療費2080円。

9月10日
 930、西横浜国際総合病院の外科にて、左足親指の治療。薬をもらい、もう風呂に入ってよいとて、この件の通院は終わり。
 1000、入院手続きの窓口で、飯がいらない素泊まり入院はできるかと聞くと、医師に聞いてくれという。
 4階408号病室に入る。6人部屋のなかほどで窓なし。看護婦からいろいろと聞かれ、4ページものアンケート記入をさせられた。先週の入院時にはなかったこと。
 1100、眼科医師の手術前診察、左目手術の確認、今回もよろしく。病室に戻る前に地下の売店により、握り飯とサンドイッチを買う。食事が付かないことになるばあい、あるいはついてもまずい米飯を食わなくて済ます作戦の準備である。
 1200、昼食が来た。看護婦に食事がまずいので食事抜き入院にしてほしい、というと、聞いてくると言ってしばらくして戻ってきて、食事は外すことはできない、食べても食べなくても食事代を請求する、という。じゃあ、しょうがないとあきらめる。米飯には手をつけず、おかずと汁、そして用意のサンドイッチを食った。
 手術前の4種目薬を30分おき点眼開始。その点眼チェックに30分おきに看護婦がやってくる。右目の時はそんなに親切ではなかった。
 1330、看護婦が手術用の衣類をもってきた。パンツがないので忘れたのかと聞くと、首から上ですから下はそのままでよいという。右目の時は下着いっさい取り替えたのに左目は違うのか。病棟によってやり方が違うのか、面白い。
 手術は1430からという。右の時は15時からだったから今回は一人少ないらしい。1410、血圧181-107高い。降圧剤丸薬一錠のむ。
 1420、手術室控室に入る。頭にキャップ。1430、手術室へ。入る前に「だてよしのり、左目の白内障手術を受けます」という。今回は1回だけ、担当看護師も違う人。
 入室して「先週に引き続き、今回もよろしくお願いします」、男2人、女2人の手術陣。手術ベッドに仰臥する。身体の各所に何やら装丁装置が取り付けられる。左腕のは血圧、左胸の心臓の動きか、右人差し指のクリップはなんだろうか。
 キャップの端を顔に張り付ける。顔の上に大きな布がかかった。左目の上だけ穴が開いているらしい。
 「では、左目をまばたきできないように器械をつけます」「はーい」、目玉に触るようになにかが取り付けられた。
 その上に透明は布を張り付け、手術用の穴を切り開いているようだ。
「では目を洗います」「はーい」、ジャーっと目の上を水が流れる。
 また水が流れる、麻酔らしい。「まだ準備中ですから楽にしていてください」、やはり緊張しているらしく、背中や両腕が固くなっているのに気が付き、緩める。「真上よりすこし下を見てください、そうそう、そのまま目を動かさないで」「はーい」、ライトがまぶしいが我慢する。
 「では今から始めます、痛いですか」「何か物が触っている感じですが痛くはないです」「麻酔が効いてますね」、どうやら水晶体を切っているらしい。
「洗います」、水が目の上を流れる。「ちょっと重い感じの器械が入ります」「はーい」、何が入るかわからないし、入った感じもなく、重くもない。
 後で医師に聞いたら、超音波で水晶体の中のものを砕いて吸いだす器械だそうだ。右下のほうでその器械の元だろうか、女の機械語で何か英語でしゃべっているのが聞こえる。用意よし、とか言っているのだろうか。そしてその器械がジージージーとうなっている。この超音波機会を入れる作業を3回くりかえした。
 「体を楽にして、前を見ていてください、順調にいってますよ」「はーい」、また体を固くしていることに気が付き、緩める。
 今度はレンズを入れているのだろうか、しばらく目玉でゴロゴロする。右目の時は助手がなにか助言のようなことことを言っていたが、今回の助手は何も言わない。
 医師が時々看護師になにかを「とっていただいてよろしいですか」と馬鹿丁寧に言っている。「天井灯をつけてください」、目の前が明るくきらきら光る。手術灯がこれまでは周りがボヤていたのに、今度は妙にくっきりと見えるのはレンズのせいか。欠けた月のような形が上に左右並んで二つ、下に縦楕円でひとつ。右目の時もこれが見えたら終わりになった。
 「伊達さん、はい、終わりです、順調にゆきました」「どうもありがとうございます」「軽く目をつぶっていてください、ギュッとつぶらないように」「はーい」
 顔の上やら身体からいろいろとはぎとられ行く。左目の上には巨大な眼帯が絆創膏で取り付けられた。起き上がり、「どうもありがとうございました」
 車いすが待っているのでそれに乗り、また礼を言って手術室を出て、迎えに来た病室の看護婦に押してもらって病室に戻る。
 1450、生還。これより2時間は安静にするおうにといわれ、右腕に抗生物質の点滴をつけて、用意の音楽を聴きながら寝そべる。
 1615、医師がやってきて、順調に手術できたこと、安静にしていること、保護眼鏡を使うこと、など言って出ていく。右の時はいろいろと質問や雑談したが、今回はやめて、ハイハイとただ聞くだけにした。
 1650、安静解除、入院メモを書きだす。左目に違和感あり。1800、血圧145,96、こんなもんだろう。
 1830、夕食来る、汁、煮物、パイン缶詰を、用意のコンビニ握り飯とともに食う。食器を下げに来た看護婦が、食べていない米飯を見て、気分が悪いのかと聞く。周りに聞こえないように口真似だけで「マ・ズ・イ」というと、ケタケタと笑いつつ出ていった。なんで笑ったのだろうか。もしかして彼女もまずいと思っていて同感だったからか。2200、就寝。

9月11日
 630、目覚める。夜中に3度も小便に起きた。右目の時もそうだったが、ここに来るとどういうわけか頻尿となる。しかも量がそれなりに出る。看護婦に聞くと、点滴のせいもあるかもしれないが、出ないよりはいいという。
 隣のベッドの男は、どうやら小便が出ない病気らしく、排尿が痛いと訴えている。左目は昨夜ほどの違和感は薄れた。

 730、朝飯くる、買っていた菓子パンとおかずだけ、米飯は食わず。
 830、眼科診察、眼帯を外し、眼圧、視力検査、左視力1.2、診察は、「異常ありません、順調に治っています」、聞きたいことあったが、後に待つ人がいるし、また何かごちゃごちゃになってもいけないので、やめておいた。

 今のところの見えかたは、どうやら左右同じ焦点らしい。右が遠視レンズなので、左は近視レンズを入れると、先週末の診察時の話であったが、これでは左右同じレンズで、結局は眼鏡が必要な遠視である。
 裸眼だと、1~2メートルから先はよく見えて、2重になることもないが、本は読めない。持ってきた10数年前の眼鏡をかけると、遠くはぼけるが手元の本の文字ははっきりと読める。
 いまさらここで文句言ってもしょうがないので、まあ、よいことにするか、遠視近視乱視だったのが遠視だけになったということで、、。コンビニで握り飯、サンドイッチ、イモケンピを買って部屋に戻った。
 945、血圧139-89.1000、点滴開始。1030、Fさんが来た。この病院で方のリハビリ中で、終わったところ。
 点滴をひきづってデイルームに行き、1時間ばかり手術のことなど話す
。Fさんと話すと面白い。
 ついでに点滴をしながら立っている姿を撮ってもらう。これまで知人を見舞いに行った病院で、点滴スタンドをゴロゴロとひき歩いてる人をよく見ていて、いつかこれをやってみたかったのだ。
 デイルームから見る外の景色が妙に白っぽく明るい。前のような極端なまぶしさは消えた。旧目玉で見ていた深みのある色の風景を忘れそうだ。

 1200、点滴しながら昼食米飯を食べずにサンドイッチ。「栄養士です」と女性がやってきた。あわててサンドイッチを隠す。事務から食事が不味いと言われたと聞いてやってきたという。
 どこの何がどう不味いかと聞く。「とにかく味付けが悪いですねえ」「どう悪いのでしょうか」。そう聞かれても料理をほとんどしない私には答えようがない。「出汁を使ってるの?」「はい、使ってます、顆粒ですけど」「米飯が特にまずいね、もう少し良いコメに替えたらどうですか」「わかっています、でも厚生省の基準が厳しくて、提示される金額が低くてできないのです」「それって保険医療のことですか」「そうです」「でも、30年ほど前に1週間ほど足の故障で入院した鎌倉の佐藤病院の食事は、3食ともおいしかったですよ」「30年前は今より厚生省の言う金額が高かったのかもしれませんね」「それにしても、何とか工夫できるでしょ。まあ、目の手術は3つ目はないから、もうここに入院しなくてよいので助かるけど、ほかの病気になってもここには入院したくないねえ」といいつつ居直って、隠していたサンドイッチを見せて「これ食ってます」というと、「あ、ご飯をパンにすることはできますよ、おかずはそのままですが」「おお、それなら次からパンにしてください」

 1400 看護婦が食器を下げにきて、米飯の残っているのを見て気分が悪いのかと聞くので、不味いからといい、栄養士との話を伝えた。1530、点滴開始、1630終了。左足親指に薬とバンドエイド。
 1800、夕食、ビニル袋に入った2枚の暖かい食パンが米飯の代わりについている。これは明らかに米飯よりうまかった。おかずとともに全部食った。
 デイルームから借りてきた「にたり地蔵」(澤田ふじ子)を読みおえ、「依頼人」(ジョン・グリシャム)を読み始めた。2300、就寝。

9月12日
 0210、廊下側の隣のベッドがやかましく、こうこうとライトが付いているので目が覚めた。耳栓をしてねているのだが、それでも目が覚めた。
 ウーンウーンウーーンとうなっているらしい声が患者か。すぐに大勢がドタドタやってきた様子、こちらのベッドになにかがあたるのでますます目が覚める。がやがや言いながら出て行った様子だが、廊下のガヤガヤ話し声がいつまでも続く。
 ライトはついたまま。1時間そこらたっただろうか、静かになったが、ライトはつきっぱなしということはまた戻ってくるのだろうか。
 いつまでたっても動きはない、眠れない、ええい、小便にでもお行くかと起きて隣を見ると、ベッドがなくなってがらんとしている。とにかくライトを消して小便して寝る。急患だったのか。5時ころからうとうと。

 730、目覚める。朝食、パン、牛乳、スクランブルエッグ、野菜スープ、バナナ一本、全部食った。目薬、飲み薬。
 洗面所で顔を拭きながら見る鏡の中の自分の顔に、お迎えのシミがあちこちにあまりにも明瞭に見えることに気がついた。シミがあることは前から気にしていたが、裸眼でこれほどばっちりと見えると大いに気になる。化粧でもするかと本気で思った。

 830、検査、左視力1.2。診察、異常なし、順調、次は土曜日11時半までにチェックインのこと。
 「手術中のことで教えていただきたいことがあります」「はい、なんでしょう」「重い感じの器械が入りますと、3回おっしゃいましたが、それは何の器械なのですか」「超音波です、この図を見てください、こうやって水晶体の中のものを超音波で砕いて吸い出します。その器械です」「英語で何やらしゃべっている器械がありましたが、あの器械につながっているのですね」「そうです」「ありがとうございました」、
 ということで、レンズの焦点の話をしたかったが、この前のようになるといやだし、もう後戻りできないので、やめておいた。左目の左のほうが何となくふらふらしている感じあり。

 1010、請求書が来た。23750円。足指の治療費も入っているので右目の時よりも高い。どんなに高くても合計は44000円を超えないから一向に構わない。1020、退院手続、預け金5万円から清算。
 1100帰宅。昼飯、目薬、メールチェックしてこれは不便と気が付いたのは、裸眼だとで画面を読める距離に置くとキイボードが遠すぎる。メガネかけて読む距離に置くとキイボードが近すぎる。デスクトップ型だとよいが、ノート型だと困る。さて、これからどうするか。新しい焦点の遠近両用メガネがいるか。
 昼寝。とくにどうということもないが、左目の違和感は続く。右目の時よりも違和感が多い。

9月15日
 朝起きて枕を見ると、かなりフケが目立つ、風呂ではじゃぶじゃぶ洗えないので、ぬれタオルで一生懸命に拭くのだが限界があるのか。
 900、歯科医院へ、右上詰め物完成、前歯のブリッジは来月。
 1030西横浜病院の眼科診察、順調に治っている、近いほうに焦点もあっている、と医師が言う。え、近いほうにあっているかなあとおもうが、特に反論せず、ハイハイと聞く。来週に来ること、だんだんと間を開けるようにする、とのこと。
 左右のそれぞれ別に見ると、右は遠く、左は近くに焦点があっているようだから、医師の言う通りではあるらしい。ただ、本を読むのは眼鏡がないと苦しい。
 
 毎日4回も目薬を両目にさすのが面倒臭い。そのうち1回くらいは忘れそうだ。
 13日の名古屋、今日の東京、いずれもFさんから借りた保護眼鏡を持って行って、移動中はかけた。風呂の中でもかけるのだが、曇るし、頭を拭くときに邪魔になる。潜水用のゴーグルがあれば、頭をじゃぶじゃぶ洗ってもよさそうだ。

9月19日
 1400、西横浜病院眼科診察、医師が言うには順調に快癒してきている、眼圧良し、傷痕も治癒してきた。「学会にはゆきましたか、どうでしたか」「はい、行ってきました大丈夫でした。左目は違和感もなくなりました」「では来週も来てください、だんだんと診察の間隔はあけ、薬も少なくしていきます」。
 本日は310円。株式会社アメニティから入院中のタオルなどのリース料請求、手術の日が750円、そのほかの日は480円、合計1710円、ただしこれは右目の入院の時だから、左目も同じ金額がそのうちに請求がくるのだろうから合わせて3420円、けっこう高い。

9月22日
 今日から頭を洗ってもよいことになっている。これまでは拭くだけであったが、いくら丁寧に拭いてもだめらしく、枕がフケだらけになる。1930、20日ぶりに風呂で頭を洗った。ああ、さっぱりした。これでフケだらけから解放される。

10月10日
 920、歯医者、抜けたままにしていた前歯の治療にかかる。本日は抜けた歯の隣の歯の神経を抜き、そこに仮の歯をつけたが、これには抜けた歯にも片持ちで仮の歯がついている。久しぶりに前歯がそろった。
 1400、西横浜病院の眼科、眼鏡のための検査、処方箋を書いてもらったので、これを青山のメガネ屋に持っていくか、それとも今の眼鏡ですますか。
 予後は順調とのこと、次の診察は1か月後、薬も4種類から1種類でよしとのこと。目の状況について、まぶたが上下左右に見えるようになったことを報告すると、医師は歳をとるとまぶたが下がってくるのだという。でも左右も見えるというと、心配することはない、そういうものだという。医学の進歩のために以前とは異なる状況の報告をしているつもりなのだが、どうもこの医者はそうは思ってくれなくて、クレームをつけられていると思うらしい。

 今日から目薬はジグロード1種だけにしてよくなったのは助かる。1日4回も3種類の点眼はめんどくさいことであった。忘れたことも多い。忘れたか点眼したかも忘れることもあるし、途中でどれまで点眼したかわすれることもあるし、途中で忘れてずいぶん経って思い出して続きを点眼することもある。

2013年1月31日
 久しぶりに西横浜国際総合病院の眼科で有村医師の診察を受けた。そのまえの検査で、視力は1.2で検査技師の瞳さんから、よく見えています、とお褒め(?)をいただいた。
 医師の診察は、「傷は完全になくなっています、もう目薬はささなくてよろしい、眼鏡はどうですか(本読むときだけと答える)よく見えるように会っていますそれでよろしい、次は5月に診ましょう、そのあとは半年後、1年後、それでおわりにします」とのことで、ほぼ無罪釈放。
 目薬点滴は1日4回の指示であるが、このところ忘れることが多くて1日1,2回になっていた。
 眼鏡に関しては手術前にかけていた遠近乱眼鏡を、新聞と本を読むときだけかける。なければないで本も新聞も読めなくはない。外出時はポケットに100円老眼鏡をいれておいて、どうしても必要なときだけに使う。
 
2013年5月29日
 今日が最後と西横浜国際総合病院眼科有村医師の診察に行った。視力検査は両目とも1.2で、検査の瞳さんは「よく見えています」とおっしゃってくださった。
 有村医師に「お久しぶりです」といえば、「その後いかがですか、ひびが入ったってのは大丈夫ですか」と言われて、一瞬きょとんとしたが、そうだ、この前来た時に、11月に転んで右腕首ひび割れのことを話したのだっけとおもいだした。
 「眼も腕もその後は何事もなく過ごしています」「では検査しましょう。ああ、きれいですねえ、レンズを覆っている膜に1年以内ににごりがでてくることがあるのですが、両目ともきれいなものです。もし濁りが出てきたら、レーザーで取り除く手術をしますが、その時はその設備のある病院を紹介します。わたしも6月まではここに居ますから、おいでください」、「え、ということは、先生はどこか余所にお移りですか」、「はい、東邦医大にもどります。ここはそういうシステムなので、わたしも2年いたので戻ります。はい、ではこれで終わりです」、「はい、先生の腕前が良くて無事に卒業できて、お礼を申し上げます。長い間ありがとうございました」
 というわけで、これでおしまい、めでたしめでたし。(2013・05・30)


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