再び唱える
「福島第1原発を世界遺産にしよう」
その登録運動が愚昧なる人類の悲劇を後世に伝える役割をする―

伊達 美徳
 
●福島原発跡の観光地化だって?
 若手の論客やアーティストたちのグループが、「福島第一原発観光地化計画」なる提案をしているそうだ。新聞でその紹介記事をざっと読んで、さっそくそのサイトを覗いてみた。
 サイトを見る前は、たぶん、原発反対運動のメタファーとして「観光化」なんて俗な言葉を使ってるのだろうと思っていた。

 ところが違った。真面目に観光化を考えるらしい。こう書いてある。
福島第一原発観光地化計画、それは読んで字のごとく、福島第一原発の事故跡地を「観光地化」する計画のことです。…2036年の福島第一原発跡地に、どのようにひとを集め、どのような施設を作り、なにを展示しなにを伝えるべきなのか、それをいまから検討しよう、そしてそのビジョンを中心に被災地の復興を考えようというのが、計画の主旨…」
 そしていかにも建築家というか不動産屋が考えそうな観光計画らしい、俗な絵による提案もある。あら、若い人ってマジメなんだね。

 そこで年寄りも悪乗りして考えることにした。
 なにしろ2036年というと、わたしはそれを体験することは確実にありえないのだから、無責任になるはやむを得ない、という勝手な前提である。
 「フクシマ」がらみで観光というと思いつくのはなんといっても「常磐ハワイアンセンター」である。こう書いて、はてな、今もあるのかなと、さっそく貧者の百科事典ウェブサイトで検索したら、今では「スパリゾートハワイアンズ」と改名していて健在であると分かった。
 ここも石炭→石油へと燃料転換から生まれた跡地の観光化だから、福島第一原発事故による跡地の観光化は核燃料→自然燃料というこれまた似たような歴史をたどるかもしれないという点では、メタファー(暗喩)どころか、実に分りやすい直喩でさえある。

●福島原発観光ランドを考えてみるか
 さてそれでは、“福島第一原発ハワイアンセンター”ってのはどんなものになるのだろうか。常磐ハワイアンセンターができたころは、リゾートといえばハワイ、いや、リゾートという言葉もまだなかったな、“夢のハワイ”だったからハワイアンセンターだったのだろう。
 今は東京ディズニーランドもある時代だから、ここは「福島原発ランド」なんだろう。いや、もっと直截に「福島原発事故ランド」か、いや「核毒ランド」か、あ、「福島ヌックリランド」がいいな、それとも「福島ヌックリゾート」がいいか。

 なにしろ「「福島第一原発観光地化計画は、…なにを展示しなにを伝えるべきなのか、…」なのである。伝えることは「原発事故の過酷なること」であるに決まっている。

 それは観光地の、そして○○ランドの常として、来訪者に実態でも模擬でも体験をさせることが売り物でなければならない。
 「福島ヌックリランド」は、東京ディズニーランドの模倣をするのである。ノウハウも東京ディズニーランドに頼めばよいだろう。

 まずは、ディズニーシーの模倣で、海辺にある原発サイト(もちろん模擬)をつくって、大津波来襲と原発爆発そして放射性物質が降り注ぐのを体験するのである。また言っておくが、もちろんディズニーシーのような模擬仕掛けですよ。
 ホテルに泊まっていても、夜中に突然地震が起きて(もちろん模擬)、津波警報が出て(これも模擬)、全員が避難(これはほんと)をするのである。これはつまり避難訓練体験である。

 思いつきの個別のイベントから書いていこう。
 まずはミュージカル「フクシマ・サイト・ストーリー」の上演である。ストーリーは、福島原発にで働いている若者が、悩みながら恋をして、事故爆発を越えて、事故後の地域に生きる感動のハッピーエンドか、それとも片や原発事故で片や津波で共に死者となる悲劇の結末か。これを演じるのは「FKS48」。
 もちろんこのための劇場が必要だが、それはあの爆発した原発の姿をしているのだ。
 ゆるきゃら「ヌックリ君」もいるのだ。
 現代サブカル型のでまかせは、高齢喜寿でテレビ嫌いのわたしには、これ以上は無理である。

 そうだ、新作歌舞伎もいいなあ、でも、あの特有の荒唐無稽なるストーリーと原発事故とを結ぶつける能力はわたしにはない。
 思いつきとしては(ここでは思い付きばかりだが)、「福一爆発の場」なんてので、大掛かりな屋台崩しで原発建屋の大爆発を見せるのはいかがかな。
 なんなら、本水による津波、さらにメルトダウンした核燃料などが流れ出す浪布なんてのも迫力ありそうだ。
 
●福島原発を世界遺産に登録しよう
 と、こんな風に書いていくときりもないが、このあたりで観光化計画のオチョクリは小休止することにしよう。
 でも、観光化計画につながるかもしれない、いや、わたしの意図とはまったく異なるのだが、つながるおそれがある真面目な話にはいることにする。
 それは「福島原発世界遺産化計画」である。観光化計画に引きずられて遺産化計画なんて書いたが、要するに「福島第1原発を世界遺産に登録しよう」と提案するのである。
 実はこの提案は、この原発事故が起きた直後に、わたしのブログ「伊達の眼鏡」に書いた。ここに再掲する。
    ◆◆◆◆
福島1原発を世界遺産に登録しよう  2011年3月21日月曜日
http://datey.blogspot.jp/2011/03/408.html

 東北地方太平洋沖地震による被災者のかたがたに深甚のお見舞いを申しあげます。
 地震動と津波で大変なところに加えて福島第2原発事故という3重の被災には、驚愕するばかりです。
 一介の年金暮らしの徘徊老人としては、救援物資を送る仕事をしている息子を、ちょっとだけ手伝ったくらいなもので、お見舞いの言葉と節約と寄附ぐらいしか、被災者のかたがたへの対応はできません。お詫びします。


 地震動→津波→原発の順に、自然災害から人工災害の度合いが高まってくる。
 特に福島第1原子力発電所事故による被災の広域拡大には、事業者が日ごろから大丈夫であると宣伝していただけに、人災の度合いが高い。
 多くの人々が放射能の飛散地域から避難せざるを得なくなって、その人々の多大な損害はいくばくになるのだろうか。

 そしてこれは地域だけの問題ではなく、原子力発電所のあるところは世界中のどこでも起きうる災害であり、世界の原子力政策の転換を促しつつある。
 チェルノブイリ事故のときは、どこか後進国の未熟な技術がなさしめたこと、スリーマイル事故ではバカなヤツのうっかり間違い結果のこと、で、先進技術大国の日本ではそんなことはありません、てなことだったようだと、わたしのような普通の人は思っている。
 ところが、そんなことがおきてしまったのだから、人災と言われても仕方ないだろう。

 常識的に考えて、これで福島第一原発は閉鎖になるだろう。
 技術大国日本の先進技術でもってして技術的に再稼動が可能となったとしても、これだけの広大な地域に被害を与え、そして世界の原子力政策に影響を与えたのでは、社会的には再稼動できるはずがない。
 そこでわたしの提案だが、福島第1原発を世界文化遺産に登録してはどうか。
 人類の英知の結晶である技術文化が、自然の威力の前にこれだけの災害となった記念建造物である。
 廃炉となってもすぐに取り壊すことは不可能だから、今後ともその爆発による姿を人々の目に見せることで、人類の英知の限界を警告する世界的遺産となるだろう。

 既にその前例は、日本では広島原爆ドームが世界文化遺産登録している。
 昨年は、太平洋のまんなか水爆実験(第5福竜丸の被災で漁民が命を奪われ、汚染マグロで日本漁業は大打撃)のビキニ環礁を、世界文化遺産に登録した。
 原爆ドーム、ビキニ環礁、福島第1原発は一連のものとして、原子力のもっている脅威をまざまざと世界の人々が認識できることだろう。
 このような遺産登録こそが、人類のこれからの文明永続のために必要なことだ。
 世界遺産登録で観光振興なんていうチャラチャラした考えは吹き飛ぶのだ。

    ◆◆◆◆

 こんなことを言うのは、わたしひとりかと思っていたら、ほかにもいることが分った。このブログ記事からしばらくして2011年4月半ばになってネット検索してみたら、「大切なことはすべて世界遺産が教えてくれた」というサイトがあった。
http://ameblo.jp/worldheritage-next/entry-10859655181.html
 ただし、このサイトでは福島第1原発の世界遺産登録が、手続き的に可能かどうかの検討であって、登録をしようと提案しているのではない。
 現在のネット検索では、福島原発世界遺産登録してはどうか、のような感じの意見、あるいは積極的にそう唱える人もチラホラでてきているようだ。

●福島第一原発を世界記録遺産に登録しよう
 わたしが2011年3月に書いたように、世界遺産登録の目的は観光化ではない。もともと世界遺産登録は観光とは関係はないのだが、近頃は特に著しく商業資本と結びついて結果として観光化している。
 なんだか世界遺産登録は、観光によって歪まされている感がある。そのことが世界遺産の真も克敵を危うくする場合もあることも事実である。
 そのような風潮の中で、福島原発の世界遺産登録が結果として観光化をもたらすならば、「福島原発観光地化計画」の提案に呼応することになるが、そのつもりでこれを書くのではない。

 世界遺産登録についてはユネスコが仕切っているのだが、3分野があるそうだ。いま日本で富士山と鎌倉とが登録審査段階に上がっているが、これは3分類の中のひとつの不動産物件(物件とは不動産屋用語)に関する世界遺産 (World Heritage)である。
 この分野ばかりが騒がれるのだが、この外に「世界記録遺産」(Memory of the World)、「人類の口承と無形傑作遺産」(Masterpiece of the Oral and Intangible of Humanity) もあるのだ。なんだか長たらしいし、人類っていうと生物学的なホモサピエンスになっちまうので、ここは「人間伝承遺産」と翻訳してはどうか。
 後者の二つが世間で騒がれないのは、たぶん観光に直接的に結び付きにくいからだろう。

 だが、ここに言う「福島原発世界遺産化計画」においては、ぜひとも「世界記録遺産」(英文だとMemory of the Worldだが、世界記憶遺産とも言ってるらしい)に登録もしてほしいのである。
 あの事故勃発の原発を造るまで、造ってからの勃発までの経過、勃発の日から今日まで、そして未来においても、情報をすべて世界記録遺産として保存をするのである。
 その記録こそは、人類に次の核毒による災厄をもたらすことのないようにするための、人類の宝となる遺産であるに違いないからである。

 保存のための手当てをしておかないと、事故の時の映像や文書など、都合が悪いものが消されてしまう恐れがある。現に東電から発表される事故当時の情報については、かなりあやふやな状況が報道されている。
 除染なる核毒除去の作業にしても、何しろ人類はじめて見たいなことをやっているのだから、成功も失敗も記録を確実に残しておかなければなるまい。
 では「人間伝承遺産」についてはどうか。
 これはちょっとはみ出してしまう感もあるが、あのスパリゾートハワイアンズでのアロハ踊り(と言うのかどうか知らないが)は、事故から不死鳥のごとくよみがえった「人類伝承遺産」として登録することも可能か、う~ん、能、歌舞伎とならんでとなると、ちょっとまだ無理かな。

 つまりハードウェア―としての遺跡ばかりではなく、その遺跡がどのようにしてできたのか、そのソフトウェア―も後世に伝わってこそ、人類のための遺産となるはずである。そこがこれまでの(わけがわからぬ?出自の)古代遺跡とは異なって、大きな意味を持つのである。
 
●21世紀の谷中遊水池は「福島遊核地」か
 福島第1原発が世界遺産となるには、これが単独に保存されるのではない。登録資産の原発の周りの環境と合わせての総合的な保全がなされてこそ、遺産の性格が明確になることは、例えばバッファーゾーンの指定がある。
 では福島原発のバッファ-ゾーンとはなにか。これまでの遺産のバッファーゾーンと大きく異なるのは、変化が前提であることだ。
 これまでの世界遺産は、登録資産のまわりのバッファーゾーンは、大きく変化することを否定してきた。だが、ここでは何が起こるだろうか。

 これは言いにくいことであるが、たぶん、バッファーゾーンとなるエリアは、原発関係の汚染物質の最終処分場になっているであろう。
 それが登録構成資産の第一原発からどれくらいの範囲になるのかわからないが、すくなくとも現在の立ち入り禁止区域は当然だろうし、もっと広いかもしれない。
 わたしには最終処分場なるものがどのような形なのか見当もつかないが、福島事故で発生した核毒汚染物質はすべてあるだろうし、今後の展開によってはよそからのそれも来るかもしれない。

 余所から来るとは、例えば各地の原視力発電所敷地内におかれたままになっている使用済み燃料がもうすぐ溢れ出すのだが、これをここに集めることになるかもしれない。廃炉原発の汚染物質もそうだ。
 広く汚れた土地ができてしまったから、このさい汚れた物質を集めてしまって、日本の他の地域から核毒を一掃するのである。
 わたしは今、かなり物騒なことを言っている、と自覚している。核物質について何も知らない庶民の言としても物騒であるが、もしかしたら、これは誰もそう思っているが、だれも言えないだけのことであるような気もする。
 さて、そのような広い区域をバッファーゾーンとして世界遺産とするのだが、処分場とともにそれを囲む広い環境保全林もバッファーゾーンであることが、当然のことに必要である。
 いま、除染と称する作業で、畑の表土を剥ぎ取り、山林の落ち葉を掻き取り、どうも不毛の地をつくりつつあるらしい。剥ぎ取り掻きとって集めた汚染物質は、燃すことも水に流すこともできずに、どこかに移動して貯めるしかない。単に汚染核毒を移動しているにすぎない。その移動先がバッファーゾーンになるだろう。

 そして人がいない田畑は日本の風土における植生遷移の法則に従って、次第に林になり森になるであろう。こうしてバッファーゾーンは変化を遂げて、わたしが言うところの「核毒の森」が成立する。
 これこそ、21世紀の谷中遊水地である。
 やがて20年あるいは30年たつと、この地に核毒はなくなるのだろうか。もしも使用済み核燃料保存ならば、永久的に毒はなくならないままである。
 あるいはその処分方法が確立して、ここから核毒がようやく消えて「鎮魂の森」あるいは「福島原発の森」とかになっているかもしれない。
 その森の中には、廃墟となった20世紀の人間が崇拝した「原発教」の神殿があり、そのまわりにはその神殿からの排泄物がうずたかく積まれている。

 こうなって、ようやく人々はその森に足を踏み入れて、かつての人間の愚行を見るツアーをするのだ。つまり「福島第1原発観光化計画」が実施に移されるのである。
 そして「福島原発ランド」なるレジャー施設が登場するかもしれない。そのとき、はじめてというか、ようやくにして世界遺産たる福島原発のバッファーゾーンの変化が問題になるであろう。
 さて時移り核毒が消えた「鎮魂の森」に、かつてこの地にいた人々は戻ってきて住むだろうか。
 そのときはもう世代が移っているのだが、彼らがかつて汚染された地を人間は再び選ぶだろうか。しかも人口減少時代である。
 いないとは言えないが、かなり例外だろう。やはり人は棲めない21世紀の谷中遊水池(鉱毒のかわりに核毒が沈潜する「福島遊核地」か)になるに違いないと、わたしは思うのである。
 
●福島第一原発世界遺産化運動へ
 近頃は世界遺産めぐりツアーなる観光旅行もあるようだ。
 実を言えば、わたしは世界遺産という制度そのものには、ほとんど興味がないのである。長らく住んでいた鎌倉が、いまちょうど登録審査中だが、その鎌倉市民さえも、盛り上がっているのは一部らしい。
 ところで、そのわたしでさえも勘定して見たら、これまで日本ばかりか外国の世界遺産を37か所も訪ねているのであった。
 ただし、それは全くの偶然であり、それらが世界遺産であったと知ったのは最近であり、訪ねたときは全く知らなかった。わたしが訪ねた後で登録になったところもある。

 そのようなわたしが福島原発を世界遺産にしようと唱えても迫力がないことは、承知で言っている。
 当然のことに読者は疑問を出すだろう。世界遺産になるためにはいろいろ高いハードルがあるらしいけれども、福島原発は登録条件は満たしているのかと。わたしも疑問に思っているのだからしょうがない。
 だが可能かどうか分からぬとしても、少なくとも世界遺産の条件の基本であるところの「顕著な普遍的価値」はあると思っている。
 世界遺産に推薦するには、その時点で国内法等によって福島原発の保護や管理の枠組みが策定がされているとか、ほかのもろもろのことも必要であるらしい。

 しかし、このままだと更地にしてしまうらしいから、今やらなければならないのである。まずは暫定リストに載せることが当面の目的だろう。
 あるいは緊急登録推薦という制度があるらしい。今登録しておかないと無くなりそうな危ない代物に対応するとかで、これを福島原発に適用してもらってはどうか。
 いずれにしても今の法体系では無理なことが数々あるだろうが、それらの技術的制度的クリアー方法は専門家が考えてくれればよろしい。
 とにかく事故の起きた現物を、何らかの形で保全することが必要であり、そのために高度な戦略として「福島第一原発世界遺産登録」をしようというのである。

 わたしがここで強調したい一番重要なことは、福島原発世界遺産化運動を継続的に行うことである。
 登録するには数々の法整備のほかに、多くの市民コンセンサスを得る必要がある。そのコンセンサスを得る過程で、福島原発のもろもろが明らかにされて行き、日本なもちろん世界中に原発事故の情報が流されていくだろう。
 それによって日本はもちろん世界の核政策が変わるかもしれない、それが原発世界遺産登録運動の狙いである。
 このときチェルノブイリとスリーマイルも一連の遺産として登録運動すれば、世界的な動きになるだろう。
 もちろん、古典的な骨董的文化財保存の考え方は、どこかに吹っ飛ばしてしまわなければならない。おバカをやらかすことも人間の文化なのだ。


 ごちゃごちゃ書いてるけど、要するに、制度的に世界遺産に登録できるかできないかなんてことではなく、あの事故を後世に伝えて忘れない方法としては、世界遺産登録が最も適している、そしてその登録運動は実にわかりやすい、だれでも参加できそうな原発廃止・反核運動になるよなあ、わたしはそう思っているのだ。

 
 その運動のなかに観光地化運動も入ってきてもらえばよろしい。もっとも、観光地化運動側としてはこれ運動の一貫だと勝手に思ってくださればよろしい。
 なんだか「福島第一原発観光地化計画」と「福島第一原発世界遺産化運動」とは、表裏一体な感じがしてきたけれど、どうもどこかしっくりしない。
 ここのところを、観光地化計画の若手論客に論破とか、解説とか、論展開とかしてもらいたいものである。

 ついでに書いておくが、世界遺産なんてユネスコが登録を独占する理由はないだろうとおもう。
 ユネスコで原発登録がもたもたするなら、いっそのこと国際遺産とか地球遺産とかってのをひねり出して、地球人類遺産協議会をたちあげて、新たな登録制度をつくればよろしい。ほら、野球だって2リーグだし、ボクシングだってWBCとWBAとかってあるでしょ、世界遺産もそれをやったらどうですか。
 そもそもこの地球上に世界遺産総数がたった962件なんておかしいと思う。普遍的な価値のある遺産がそんなに少ないはずがない。ゴマンとあるはずだ。問題はむしろ「普遍的価値」っていうところにあると思っているが、ここでは触れない。
 さらに思うのは、文化とか自然とかにランキングづけするのが気にくわない。市町村指定文化財は国指定文化財よりも価値が低いとする風潮があるようだが、そもそも文化や自然に高低上下があるのか。
 あ、そうだ、新たな「宇宙遺産」てのをつくればいいのだ。これなら世界よりもランキングが上になるからありがたがって、「宇宙遺産協議会」にどんどん登録申請がくるから儲かるぞ、、、そういう話ではないな、。
 話がそれたような感もあるが、実は、このことも言いたかったのだ。だから今の世界遺産登録は、当面の戦術なのである。ありゃ、ちょっと話がオチすぎたか、いやいや、普通の市民ができるまじめな核絶滅戦略なのである。

(2013.02.27)


筆者の関連ページ
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●弧乱夢「地震津波火事原発」一覧
http://homepage2.nifty.com/datey/datenomeganeindex.htm#jisin

筆者のサイト
●<まちもり通信>
http://homepage2.nifty.com/datey/index3.htm
●<伊達の眼鏡>
http://datey.blogspot.com/

 
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