小樽商科大学で講義を始めて10年が経過します。今回はこの経過について話題提供としたいと思います。そもそも「建築家になりたい!」と私は、北大の理類に入学したのですが、大学2年生後期の学部進学試験で成績がわずかに足りず、第2志望の農学部林産学科に進学となりました。林産学科では有機化学が必須で六角ベンゼン環をひたすら覚えなければなりません。これを覚えて将来は、林産試験場か建材・製紙メーカーというコースになるのですが、なんか違和感があったので、3年生の時に「エイヤー!」で文科系の教育学部に転部試験を受けました。3年生で編入合格できましたので5年間かけて大学を卒業しました。本当は大学に残りたかったのですが、卒業論文の出来があまりにも悪かったこともあり、大学院の試験前に担当教授から「君は実業に行った方がいい」とアドバイスされて、コープさっぽろに滑り込みで入ることとなり、社会人の第一歩を北郷店水産担当者から始めることができました。1998年に経営破綻を迎え10年間新入職員がいない状況が続きました。「空白の10年」です。職員の幹部育成が10年以上できない状況が続くことは組織として存続できるのかと不安に駆られていました。
1番若年で生意気だった私が理事長に指名されたとき、幹部育成は「そうだ、ビジネススクール(経営学修士)だ!」と北海道で唯一開校していた小樽商科大学の山本眞喜夫学長を訪ねて、コープさっぽろと小樽商科大学独自のビジネススクールの開校をお願いして2009年にスタートしました。初めは経営学の基礎教育を教授に本部2階の大会議室に来ていただいて朝の8時30分から10時まで毎週水曜日34回に分けて講義を受けました。これには全道60か所のテレビ会議拠点を使って300名の受講生が学びました。小樽商科大学ビジネススクールの創設に携わった李濟民教授から学生向けの「地域学講座」で年1回の特別講義を要請されて以来10年間、講師としての付き合いがスタートしました。
コープさっぽろのビジネススクールは、試行錯誤の結果、今日のオリジナルな形態のビジネススクールに進化したのですが、今から5年ほど前に、もっと事実に基づく=「ファクトベース」で講義をお願いしたいと先生方に苦言を呈したところ、逆に実践している理事長がやったらいいということになり、まる2年前に「特認教授」として拝命いただきました。
小樽商科大学の本学のビジネススクールは札幌駅の横の紀伊国屋書店3階にサテライト教室があり、仕事を終えてから学生と一緒にそこで18時30分から講義をします。下期の「ソーシャルビジネス講座・経営学特論」として2時間の講義の後、1時間のディスカッションとまとめ発表、そして講評をして終了は22時ごろとなり結構パワーを使います。さらにレポート添削、採点まで時間も取られますが、今更ながらに「教えることが学ぶこと」の本質を肌で実感できて、学ぶことに際限はないと確信しています。また小樽商科大学には私の研究室まで用意していただいており、40年前の「大学に残りたい」という思いが同時に実現できたという点では「マインドマップ」(なりたい自分の思い)も大切だと思いました。