1.はじめに
私たちは政治に対して様々な要求を持っています。参政権は、その私たちの要求を政治に反映する権利です。
障害をもつ人の参政権保障を考える場合、①投票する権利、②政治や選挙に関する情報を受け取ったり、発信する権利、③自分たちが支持する政党や候補者を当選させるための政治・選挙運動の自由の権利、④障害をもつ議員が議会で自由に活動する権利が必要です。
このような障害をもつ人の参政権保障を妨げている諸悪の根源は、公職選挙法です。公職選挙法改正により、規制をなくし選挙の自由化をすれば、すべての人の参政権保障が進みます。とりわけ、戸別訪問の解禁、立会演説会の復活、文書頒布規制の撤廃が必要です。そのことで、障害をもつ人の参政権保障への障害の多くの問題は解決します。
さらに、障害をもつ人への固有のニーズへの対応、すなわち以下述べるような「合理的配慮」が必要となります。
障害をもつ人の権利条約(障害者権利条約、2006年国連総会で採択、2014年1月20日日本も批准)は、第21条で表現の自由並びに情報利用の機会、第29条で政治的及び公的活動への参加を保障しており(注1)、この権利条約の締結に必要な国内法の整備を行うために、2009年に内閣に設置された「障がい者制度改革推進会議」の差別禁止部会は2012年に「障がいを理由とする差別の禁止に関する法制」についての意見書を発表し、第9節政治参加(選挙等)で「不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基ずく差別であることを明確にし、これを禁止することが求められる」として具体的な改善点を明らかにしました(注2)。
2.投票する権利の保障
①投票所の環境整備
選挙の投票は、誰でも出来なければなりません。これまで投票率をあげるために投票時間を延長するなどがなされてきましたが、最近は予算の削減のため、時間の繰り上げや投票所の設置数の減少(1996年に約5万3,000ヵ所であった投票所が2012年には4万9,000、約4,000ヵ所も減っている)もあり、問題です。
投票所の環境については、昨年の参議院選挙でも、入り口に段差があったり、入り口と投票所が同じフロアにないところが全国で約50%もあり、スロープや人的介護で対応するとされていますが、簡易スロープが設置されているところは、そのうちの15%にすぎません。段差があると車イスでは入ることが出来ない場合があり、人的対応をするといっても投票所の入り口には係員がいなくて、中に入れなかったとの訴えもあります。車イスだけではなく、体の不自由な人や視力障害をもつ人などが困難なく入れて、投票できる投票所であるべきです。
また投票所の照明を明るくすることや、車椅子用の投票記載台(設置率81.4%)点字器の設置(設置率84%)、車イス用トイレの整備なども必要です。聴覚障害をもつ人のために手話のわかる係員の配置や、投票手続きの説明や注意のための張り紙を見やすい所に掲示する必要があります。
視覚障害がある人が利用するガイドヘルパーは、利用できる時間が制限されており、また利用目的が限定されており、投票の時に自由に利用できるガイドヘルパーの保障が必要です。
②障害に配慮した投票制度の改善
郵便での不在者投票は、自分で書くこと(自書)しか認めていませんでした。そのため寝たきりで投票所に行けず、手足が不自由で候補者の名前を書けない人は投票する権利が奪われていました。日本ALS協会の会員が提起した裁判では、東京地裁が2002年11月「この状態は憲法違反」との画期的な判決が出され、国会で身体に不自由がある人については郵便での代理投票が一定程度に認められ、家族による代筆も認められました。
日本の投票方式は、「投票所での投票」と「投票用紙への自筆による候補者名の記載」を原則としていますが、北欧などでは、すべての有権者が投票所だけではなく郵便投票など様々な方法によって投票が認められており、政党や候補者もシンボルマークがあって、それを選べば投票できるなど、柔軟な対応がなされています。
私たちは、自由な投票方法を求めています。コンピューターの普及などで有権者の選挙権の確認は簡単に出来るようになっており、どこの投票所で投票しても、また他の郵便投票などを利用して投票しても何ら問題はないはずです。このような自由な投票方法になれば、聴覚障害をもつ人は手話通訳がいる投票所に行けば良く、車イスの人はエレベーターのある投票所に行って投票し、投票所に行けない人は郵便で投票することが出来るようになり、多くの人の要望に応えることができます。
また、視覚障害をもつ人の点字投票での裁判所国民審査は、不信任の場合、その裁判官名をすべて点字で書かねばならない不自由なものとなっています。点字の投票用紙を用意するなど投票しやすい制度にすべきです。
ALS投票権裁判の結果によって国会で郵便投票の改善が行なわれた際、国会の附帯決議では、投票所だけでなく、自宅に出張する巡回の選挙管理委員などによる「動く投票所」などを検討することも明記されました。しかしその後、何らの動きもありませんでしたが、昨年度の参議院選挙では、島根県浜田市で、投票所までの移動が困難となっている人に対して、市町村の判断で、投票所への巡回・送迎バスの運行、投票所までのバス、タクシーの無料乗車券の発行などが行われました。このような取り組みをさらに進めるべきです。
③代理投票の柔軟な対応を
障害をもつ人の投票所での代理投票では、「本人の意志がうまく伝わらなかった」「投票が拒否された」などの訴えが寄せられています。知的障害をもつ人などは、慣れない場所や知らない人の前では緊張します。成年後見人制度の裁判を受けて国会で公職選挙法の1部改正が行われた際の国会での議論を参考に、代理投票を担当する選管や投票所の係員が障害をもつ人の状況に対する認識を深め、家族などからその人の意思表示のやり方などをしっかり聞き取り、柔軟に対応することが求められています(注3)。
3.知る権利、知らせる権利
①メールやFAXの自由な活用を
今日の情報化社会では、パソコンやインターネットなどの新しい情報機器が開発され、障害をもつ人などのコミュニケーションを大きく広げるものになっています。
しかし、公職選挙法は、これら機器の開発前に制定され、また条文が決められた手段以外を禁止しているため、パソコン、FAXやインターネットなどは自由に使用できません。
聞こえない人にとってのFAXは、聞こえる人の電話と同じですが、電話で許される選挙の話が、FAXでは違反になります。
諸外国では、FAXやインターネット、また文書での選挙運動は自由です。日本でもこのよう制限を撤廃すべきです。
また、ワープロでしか意思表示出来ない人も多くいます。前述したALS患者の方は、額に取り付けたセンサーでワープロを入力し、意志表示をしています。投票などにワープロなどの機器の利用が認められるべきです。
②政見放送などに手話・字幕の保障を
聴覚障害をもつ人に必要な手話通訳や字幕の保障について、かっては立ち会い演説会で保障されていましたが、立ち会い演説会が廃止され、テレビの政見放送になってから、衆議院選挙・参議院選挙の比例区、そして衆議院選挙の小選挙区については、政党が政見放送を作成する時に政党の判断で手話や字幕を付けることが出来るようになっています。しかし、すべての選挙で政見放送は放映されておらず、参議院選挙の選挙区や都道府県選挙などでは手話・字幕などがつけられていません。
また、限られた手話ニュースだけなく、本来、テレビのニュースや国会審議なども手話や字幕を付けることが必要です。
選挙の際、街頭演説などで手話通訳をつけることが保障されておらず、政党や候補者が手話通訳者を付ける場合、「選挙運動に従事する者のうち、専ら手話通訳のために利用する者」として「報酬を支払うことができる」とされており、公正・中立であるべき手話通訳者が「選挙運動員」とされなければ認められないことになっています。
聴覚障害をもつ人たちは、手話通訳の社会的信用と公正・中立を保障するために、この規制の改善を求めています。
③点字の選挙広報、また音声によるテープの広報の保障を
視覚障害をもつ人のための点字広報は義務化されておらず、点字による選挙のお知らせとして発行がされているだけであり、すべての選挙で発行されてはいません。点字広報の義務化、また音声テープが必要です。
④選挙期間の延長を
お金のかからない選挙を口実に、選挙期間が短くなっており、選挙情報が障害をもつ人に伝わる時間が十分に保障されていません。また、点字広報の義務化などを総務省に要請しても、期間が短いからで出来ないなどと言われています。
情報が保障するためにも、選挙期間が十分に保障されることが必要です。
4.選挙活動の自由化を
選挙こそ、私たち主権者の声を政治に正しく反映するため、話し合ったり、情報を交換したり、自分の支持する政策や候補者、政党について友人に訴えることが必要であり、これは民主主義の国であれば当然のことです。
しかし日本の公職選挙法では、人が人を訪ねて選挙や政治のことを話し合うことを「戸別訪間」として禁止しており、自分の意見を伝えるささやかなビラなども禁止されています。こんなおかしいことはありません。
玉野裁判(注4)の大阪高裁の判決では、日本の公職選挙法では国民が自由に出来る選挙運動は①法定ハガキの郵送、②法定ビラの配布、③街頭における個々面接、④電話での選挙運動の4つしかないことを認めています。このうち、①、②は候補者がやるものであって、国民が出来ることは③、④しかないのです。そして、言語障害をもつ人は③、④は出来ないので、実質的には出来る選挙運動はありません。
これでは、障害をもつ人は選挙に参加し、行動することが出来ません。私たちは、自由な選挙の実現を要望します。
(なお、現在では、インターネットを使った選挙運動が解禁になりました。メールでの選挙運動は出来ませんが、ウエブ(ホームページ、ブログ、SNS)での選挙運動は自由にできます)
5.障害をもつ議員が自由に活動できる権利の保障を
岐阜県中津川市で言語に障害をもつ議員(小池公夫さん、日本共産党)が代読を求めたことに対し、市議会側がこれを拒否し、2003年から4年間の任期中に代読での発言が許されなかった事件が発生しました。市議会側は、「議会は口頭が原則」として代読を認めず、小池さんが求めていない「音声変換付きパソコン」の使用を強要し、これを小池さんが拒否したところ「わがまま」「保障したのに拒否をした」として、小池さんが何回も求めた代読を認めなかったものです。
小池さんは、任期終了後、中津川市と市議会を相手に、責任追及と賠償を求める裁判を提起し、岐阜地裁は「小池さんの自己決定権」を認めて一部勝訴、名古屋高裁では約300万円の損害賠償を命じました(川﨑・井上編、2014年)。
障害をもつ議員の活動を保障すること、そしてその際、本人の選択する自由(自己決定権)を認めることの重要性を、この裁判は示しています。
【注】
注1
障害をもつ人の権利条約
第29条 政治的及び公的活動への参加
締約国は、障害者に対して政治的権利を保障し、他の者との平等を基礎としこの権利を享受する機会を保障するものとし、次のことを約束する。
(a)特に次のことを行うことにより、障害者が、直接に、又は自由に選んだ代表者を通じて、他の者との平等を基礎として、政治的及び公的な活動に効果的かつ完全に参加することができること(障害者が投票し、及び選挙される権利及び機会を含む)を確保すること。
(ⅰ)投票の手続き、設備及び資料が適当な及び利用しやすいものであり、並びにその理解及び使用が容易であることを確保すること。
(ⅱ)障害者が、選挙及び国民投票において脅迫を受けることなく秘密投票によって投票し、選挙に立候補し、並びに政府のあらゆる段階において実質的に在職し、及びあらゆる公務を遂行する権利を保護すること。この場合において適当なときには支援機器及び新たな機器の使用を容易にするものとする。
(ⅲ)選挙人しての障害者の意思の自由な表明を保障すること。このため、必要な場合には当該障害者により選択される者が投票の際に援助することを認めること。(以下略)
注2
「障害を理由とする差別の禁止に関する法制」についての差別禁止部会の意見
第9節 政治参加(選挙等)
第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供
1.合理的配慮が求められる場面と具体例
選挙等の分野において、政見放送における字幕や手話の付与については、従来と比べると多くの選挙に取り入れられるようになってはきたが、残された課題も指摘されている。点字及び音声による選挙公報等の発行については、必ずしも十分になされているとまではいえない。
葉書による投票整理券や投票用紙等に漢字が使われており、知的障害のある人等には意味が分からない。投票所まで又は投票所内の移動や情報に係るアクセスが困難、入院・入所中や寝たきりで投票所に行けない障碍者の投票の機会も不十分である等、障害者は、選挙の分野においても障害のない人に比べこのような障壁に直面しているとの指摘がなされている。
この分野では、障害者に対し、他の者との平等に基づく政治参加の機会を保障する観点から、以下のような合理的配慮を提供することが考えられる。
1) 投票の機会
A)政見放送における手話通訳・字幕の付与
・全ての選挙における政見放送への手話通訳・字幕の付与
B)選挙情報の提供
・選挙公報等における視覚障害のある人が必要とする配慮(点字・テキスト版、音声テープ等)・知的障害や発達障害のある人が必要とする配慮(わかりやすい表現、送り仮名付の文書)
・投票所における知的障害や発達障害者のための視覚による情報伝達支援(投票用紙の記入ブースに貼ってある候補者名に顔写真をつける等)
C)投票所のバリアフリー
・投票所におけつ段差の解消
・車いす利用者が記入できる机の配置
・視覚障碍者のための点字板又は照明具の設置
・その他、投票所における障碍者の負担を軽減するために利用可能な物理的環境の提供、投票所における手助けや案内人の人的配慮
D)投票方法
・知的障害者や発達障害者に分かりやすい投票用紙の様式
・代理による投票や自宅での投票(郵便投票を含む)等、障害の特性に応じた適切な投票方法の整備及びそれを利用するための手続の簡易化等の配慮
・代理による投票の際のプライバシーへの配慮
・最高裁判所の国民審査投票において、視覚障害者のみに負担となることのない投票方法
2)入院・入所中の投票の機会
・投票所への移動の支援、出張による投票、その他投票の機会を確保するための配慮
(以下略)
注3
成年後見人投票権裁判を受けた法改正に際しての国会の議論
成年後見人制度で投票権を奪われたのは不当と訴えた成年後見人投票権裁判が勝訴し、2013年5月に国会で公職選挙法の一部改正案が成立し、約13万6,000人の投票権が回復しました。
法改正では、不正投票の防止を目的に、①代理投票の際の「代筆役」と「投票を見守る人」の2名(補助者)について、選挙管理員会の職員など投票所の事務従事者に限定し、②病院や施設などで行う投票に際しては、立ち会い人に第三者を置く努力をするという規定が盛り込まれました。
国会の議論では、障害をもつ人の投票をどう保障するか等の議論が行われました。総務省は、「選挙人本人の意思に基づいて行うということと、それをいかにくみとるかということに代理投票の成否がかかっているというふうに考えています。選挙人それぞれ、障害の程度、状況は異なっております。意思疎通の方法もかなり異なっておりますので、それぞれの現場でさまざまな工夫をできるだけするということが重要である」と答弁し、法案提案者は「例えば知的障害者の方々の意思の確認、どの候補者に投票したいか、様々な形でその意思表示をおそらくなさるんであろうと思います。その意思表示が的確にこの代理投票の補助者に伝えられるといいますか、そのことは非常に重要なことでございます。家族や友人やそういう方が直接代理投票の補助者になることはできないわけでございますけれど、投票所まで付き添っていただく、投票所の中にはいることまでは可能でございます。具体的には、おそらく投票する前にその補助者の方と十分な打ち合わせといいますか、こういう形でこの投票人は意思表示をするんだということについて十二分に確認をいただいて、しっかりとその意思の反映をされた投票がしていただける、それぞれの投票所における、ある意味で厳格でなくてはならないけれども、そういう意味では柔軟なそういったやり取りが行われることが期待されますし、またそうでなくてはならないというふうに存じております。」と答弁しています。
注4
玉野裁判
1980年の衆参同時選挙の際、和歌山県御坊市で言語に障害をもつ玉野ふいさんが、生まれて始め参加した候補者の演説会に感激し、後援会申込書などを近所の9軒に配布したことが選挙違反(法定外文書配布)とされた事件。玉野さんは「言語に障害をもつ私が、どうして文書を配布したら犯罪者なのですか」と訴えて裁判を争った。1審和歌山地裁御坊支部では有罪の判決、大阪高裁では障害をもつ人の選挙活動の自由を問う裁判として多くの障害をもつ人たちが支援を広げたが、判決は「障害者と健常者との間には実質的不平等がある」ことを認めながら、「言語障害者であっても、個々面接の際には筆談を」「電話での投票依頼は健常者とともに行うことができる」ので、「選挙運動の自由がまったく奪われているわけでない」として有罪判決、最高裁に上告し、全国的に運動が広がる中、1993年玉野さんが死亡し、裁判は控訴棄却となりました。
障害をもつ人の参政権保障連絡会(代表委員・井上英夫金沢大名誉教授、市橋博障害者とその家族の生活と権利を守る都民連絡会会長)は、この玉野裁判の支援組織の中から、玉野さんの遺志をついで、自由な選挙を実現しようと1995年に発足しました。
【参考文献】
井上英夫・川崎和代・藤本文朗・山本忠編著(2011)障害をもつ人々の社会参加と参政権.法律文化社.
川﨑和代(2006)障害をもつ人の参政権保障を求めて.かもがわ出版.
川﨑和代・井上英夫編著(2014)代読裁判―声をなくした議員の闘い.法律文化社.