子どもの口腔崩壊・未受診問題

「見える化」プロジェクト

~学校歯科治療調査の取り組み~

大阪府歯科保険医協会政策部の提言【第1回】

学校歯科健診後の受診動向調査から見える子どもの歯の健康格差

大阪府歯科保険医協会政策部は子どもの口腔崩壊問題を解決するため、歯科受診を阻む「3つの貧困」、口腔の健康格差を縮小させる「3つの歯科保険活動の拡充」を掲げ、国や自治体への要請活動を続けています。協会の提言を紹介します。


「学校歯科健診後の受診動向調査から見える子どもの歯の健康格差」(雑誌『前衛」2020年6月号掲載)

「口腔崩壊」という言葉をご存知でしょうか。10本以上のむし歯があったり、重症化して根っこしか残っていない歯が多数あって満足に噛めないなどの状態をいいます。こうした「口腔崩壊」を起こしている児童・生徒が、全国の小中高等学校の3校に1校の割合で存在していることが明らかになっています。


子どものむし歯数が著しく減少するなか、口腔状況の改善から取り残された子どもたちの健康を守るには何が求められているのでしょうか。学校健診で歯科医院での受診が必要と診断された子どもの受診動向を調査した、全国保険医団体連合会や大阪府歯科保険医協会などの取り組みから見えてきたことを紹介します。

激減するむし歯と取り残された子ども


近年、むし歯にかかっている子どもは大きく減少しています。


中学校1年(12歳)を調査対象とする永久歯の一人当たりの平均むし歯本数(喪失歯および処置歯を含む)は、1984年に4.75本でしたが、2018年には0.74本まで減少しています。同時期のむし歯のある子の割合(被患率)では91.2%から32.7%へと、この34年間で3分の一に改善されています。


むし歯減少の理由として、▽歯科医療関係者の歯科保健活動による食・生活習慣の改善▽フッ化物配合歯磨剤の普及――などが考えられています。また、子ども医療費助成の拡充や歯科医療機関の増加で、受診環境の整備が進んだことが背景にあります。


子どものむし歯が改善する一方で、むし歯予防からも歯科治療からも取り残された子どもの口腔状況の実態は明らかにされていませんでした。子どもたちの口に現れる健康格差の実態をつかもうと、大阪府歯科保険医協会は2012年から府内の小中高等学校に対し、①学校歯科健診で異常を指摘された子どもがきちんと治療を受けているのか②口腔崩壊の子どもがどの程度いるのか――についてアンケート調査を実施。2019年には開業医師・歯科医師を組織する「全国保険医団体連合会」が初めて全国規模で調査しました。

治療が必要な子どもの半数が受診しない


全国調査から、受診が必要と診断されたにもかかわらず、受診していない子どもが多いことが示されました。歯科健診では児童生徒の32%(小中高の平均)が「要受診(要精密検査)」と診断され、受診勧奨を受けていますが、そのうち57%が「未受診」のままでした。この割合は小中高と学年が上がるにつれて高くなっています。


口腔崩壊児は2~4割の学校に存在することが明らかになりました。報告のあった口腔崩壊児の数を集計すると863人(回答率4.3%)に上ります。回答率から推計すると、全国では6歳~18歳の児童・生徒の中に数万人規模の口腔崩壊児が存在していると思われます。

口腔崩壊で給食が食べられない

調査票の記述欄には口腔崩壊児の痛ましい事例が記されています。「むし歯が12本ある児童(小学1年生)がいました。歯がボロボロで歯の根しか残っておらず、咀嚼(そしゃく)が困難な状況でした」(福島県・小学校)。


口腔崩壊は身体の健全な発達をはじめ、子どもの成長に様々な悪影響を及ぼします。咀嚼が十分できないことによる栄養バランス悪化、歯痛による集中力低下、見た目が悪いことを気にして交友関係に消極的になるなど、肉体的発達や社会生活を阻害することが考えられます。口腔崩壊の放置は、心身ともに健康に育つことを保障した子どもの権利が侵害されている状態といえます。

家庭環境の改善が不可欠

口腔崩壊はなぜ起こるのでしょうか。調査では、口腔崩壊の背景にある未受診の要因を聞いています(複数回答)。最も多かったのは親個人の意識を問題視する「(保護者の)子どもの健康への理解不足」でしたが、「共働き」、「ひとり親家庭」、「経済的困難」など客観的な家庭環境と関連付ける回答も少なくありませんでした。


「生活習慣が不規則な傾向があり、欠席や保健室来室も目立つ。保護者(特に母親)に余裕がないように感じる」(福島県・小学校)、「祖父母・父母・家族みんな虫歯を治療せず放置している。専業農家で忙しいためか…本町は中学校卒業まで医療費が無料なのだけど…」(和歌山県・小学校)などの記述からは、子どもが適切な生活習慣を獲得できていないことや、歯科を受診できない複雑な事情がうかがえます。こうした特徴は、大阪府歯科保険医協会が実施した調査や養護教諭との懇談でも共通しています。子どもは家庭環境を選べません。歯みがきなどを怠っているとしても、子どもの自己責任で済ませることは絶対にできません。


子どもの口腔崩壊は、養育放棄(ネグレクト)の側面としてとらえることも可能です。必要な医療を受けさせない医療ネグレクトの一つである「デンタルネグレクト」と指摘する声もあります。


しかし、口腔崩壊の子どもたちの家庭には保護者の生活苦や長時間労働、乏しい健康知識など、「親が悪い」とは単純には切り捨てられない状況があります。私たちは、▽お金がない=経済的貧困▽忙しい=時間的貧困▽知らない=文化的貧困――という3つの“貧困”が複合的に重なり合い、未受診や口腔崩壊につながっていると考えています。

(つづく)