1993年
3DO REAL
1993年
3DO REAL
3DO社と松下電器の CD-ROM プレーヤ
ゲーム機能を足がかりにマルチメディアの標準ねらう
松下電器産業が家庭用マルチメディア市場に参入する。米 3DO 社(The 3DO Co.) が仕様をまとめたゲーム機能重視の CD-ROM プレーヤ「インタラクティブ・マルチプレーヤ」を 1993 年秋以降に日米で発売する。価格は 700 ドル以下。両社の取り組みは、米アップル社や富士通が進めているマルチメディアの製品企画とは大きく異なる。パソコンとの互換性をとらず、魅力あるゲームの追求を出発点にしている。米 3DO 社は、米タイム・ワーナー社や米 AT&T 社も引き込み「マルチメディア版 VHS」の座をねらう。
松下電器産業は悩んでいた。同社のある幹部は 1991 年末に次のようにもらしている。「任天堂の支配に我慢ならない米国のあるゲーム会社が、“次世代ゲーム機の標準をつくらないか”と打診してきた。ユニークな会社なので付き合ってみたい。ただし、16 ビット・ゲーム機の価格は米国で 100 ドルを切った。ハードを売る当社に旨味があるだろうか」。
それから約 1 年後の 1993 年 1 月、松下電器は米 3DO 社が提案する CD-ROM プレーヤ「インタラクティブ・マルチプレーヤ」を製品化することを明らかにした。「あるゲーム会社」とは 3DO 社のことであった。この 1 年の間に、松下電器に製品化を決断させるだけの大きな変化があった。同社の経常利益が任天堂に抜かれたのである。
ゲーム機能を重視する
米3DO社のインタラクティブ・マルチプレーヤは、カラー・テレビに接続して使うマルチメディア・プレーヤの一種である。専用グラフィックス・プロセサや32ビットRISCプロセサ、倍速CD-ROM装置などを搭載する。
特徴は、ゲーム機としての機能を重視すること。米アップル社などパソコン・メーカーが提案するマルチメディア・プレーヤやCD-Iと大きく異なる。「当社が手掛ける以上、据え置き型VTR並みに普及する娯楽機器を目指したい」と松下電器は語る。ゲーム・ソフトを核にしてハードウェアを普及させ、そのうえで教育ソフトをはじめとする他のマルチメディア・ソフトを浸透させたいという。
業界大手がこぞって 3DO に出資
ハードウェア仕様からビジネス戦略まで、インタラクティブ・マルチプレーヤの製品企画を練ったのは米 3DO 社である。同社は 1990 年に米国最大手のゲームソフトメーカーであるエレクトロニック・アーツ(EA) 社が中心となって設立した。インタラクティブ・マルチプレーヤを「家庭用マルチメディア版 VHS」に仕立てることを目指している。
家電業界やソフト業界、ケーブル・テレビ業界、通信業界の大手企業が 3DO 社に出資している。ハードウェアの開発・販売を担当する松下電器をはじめ、米 MCA 社、米タイム・ワーナー社、さらに米 AT&T 社が名を連ねる。3DO 社は CD-ROM によるソフトウェア供給だけでなく、ケーブル・テレビ網や電話網を使ったソフトウェア供給にも意欲をみせる。こうした分野の大手企業を出資企業として参加させたのもそのためである。
米 AT&T 社は、 1994 年中に電話網に接続できるプレーヤを製品化する計画。「CD-ROM プレーヤにモデムを付加した形態になろう」としている。ゲームソフトの配信というサービスを検討しているようだ。
米タイム・ワーナー社はケーブルテレビ網を利用する。具体的な導入計画は未定だが、デジタル伝送網を使ったペイパービュー(PPV)サービス用端末として使えるとみる。
松下電器をはじめ、各企業を説得して出資を認めさせたのは 3DO 社の President 兼 CEO の Trip Hawkins 氏の力によるところが大きい。彼なくしてこれだけの企業は集められなかったというのが、米ゲーム業界やパソコン業界の大方の見方だ。
米アップル社と米 IBM 社が設立した米カレイダ社も 3DO 社の動向には一目を置く。「家庭市場で確実に競合する」とカレイダ社の CEO は語る。
ハードメーカーに利益を還元
マルチメディアは有望と言われながら、立ち上がる兆しはなかなか見えない。特に家庭市場はフィリップス社の CD-I が苦戦するなど明るい話題に乏しい。
これまでパソコン・メーカーや家電メーカーは、マルチメディア機器で家庭用ビデオ・ゲーム機とは異なる市場を切り開けるとみていた。特に国内ではこうした考えを抱くメーカが多かった。ところが最近になってビデオ・ゲーム機のユーザーも取り込み、ハードの製品力ではなくソフトで儲ける仕組みを作りたいと考えるメーカーも出てきた。ただし、こうした仕組みを自分で作ることは難しい。
米3DO 社は、こうしたハード・メーカーの悩みを熟知したうえで松下電器に出資を呼びかけた。彼らが提示したビジネス形態は、ソフト・メーカーからライセンス料を徴収し、その一部をハード・メーカーに還元するという仕組みである。「任天堂を中心とする家庭用ビデオゲーム業界の構造は、利益が 1 社に集中するようになっている。中間に標準仕様を掲げるライセンス会社を置くことで、利益を複数のハード・メーカーに分配できる。ハードの価格も安価になる。このビジネス形態に共感するハード・メーカは多い」と 3DO 社はいう。
現在、インタラクティブ・マルチプレーヤの製造・販売を決めたメーカーは松下電器と米 AT&T 社の 2 社。他の日本の家電メーカーやオランダのフィリップス社などにもライセンシになるよう、3DO社は呼びかけている。
ソフトメーカーを引きつける優遇策
3DO 社の呼びかけはソフトメーカーにとっても魅力がある。支払うライセンス料が安いだけでなく、ソフトの内容や数に対する制約がない。「ライセンス料は CD-ROM 1 枚当たり 3 ドルで任天堂の 1/5 程度。ソフトの内容には口を出さない。制作するソフトの本数にも制限を加えない。CD-ROM ソフトの製造や流通も各ソフトメーカーに任せる」と 3DO 社は説明する。
ソフトは 米アップル社のMacintosh を使って制作できる。「これも Macintosh に慣れたソフト・メーカーにはメリット」と 3DO 社は語る。専用のインタフェースボードやターゲットハードウェア、C 言語のコンパイラやデバッガなど、ハードとソフトを含めて計 8000 ドルで揃う。「従来のビデオゲーム機用ツールに比べてかなり安い」とある米国ソフトメーカーは語る。
マルチメディア素材を無償提供へ
マルチメディア・ソフトを制作するには、映像や音声といったマルチメディア素材の著作権問題をクリアするのに時間や費用がかかり、作業が進まないことがある。そこで 3DO 社はソフト・メーカーが無料で使えるマルチメディア素材のライブラリを用意した。
その多くは、 3DO 社に出資しているタイム・ワーナー社や MCA 社などが提供したものである。60 時間におよぶ音楽素材や 2 万枚のスチル写真、映像素材などから成り、それらを 170 枚の CD-ROM に収めてソフトメーカーに配布する。
「共通の素材を使っていては類似したソフトばかりになる」という危惧もあるが、3DO 社は「ライブラリはあくまでスターターキットという位置付け。制作に慣れてくれば、ソフトメーカーは独自に集めた素材を使うようになるだろう」と説明する。
現在、ソフト・メーカーのライセンシは米国を中心に約 80 社。その中には任天堂のライセンシも多く含まれている。
国内市場、松下の力量が問われる
ソフトメーカーへのライセンス料を安く設定したことから、かなり大きな市場を確保しないと 3DO 社の計画には狂いが生じる。「これまで家庭用ビデオゲームのプラットフォームは複数存在していた。それによる売り上げのロスは相当大きい。当社の仕様を採用するシステムが市場を独占すれば、ゲーム市場の大きさだけでも 3 倍以上に跳ね上がる」と 3DO 社の Trip Hawkins 氏は語る。
ソフトメーカーの対応はすばやい米国では、 1993 年秋にも最初の製品を松下電器が発売しそうだ。これに対して国内での発売は来年にずれこもう。松下電器は 1994 年 3 月には出荷したいと考えているようだ。3DO 社と共同で、国内のソフト・メーカーにソフト制作を盛んに呼びかけている。ただし、「3 月ではソフトが揃わず失速する恐れがある」という国内ソフトメーカーの見方もある。日本のゲーム用ソフト・メーカーの多くは Macintosh に不慣れで、開発に時間がかかるという。3 月に発売してもソフトがなければ「ただの箱」になってしまう。発売を延ばすと、任天堂のスーパーファミコン用 CD-ROM アダプタに遅れをとる。松下電器の悩みは続く。
ハードウェアを解剖
高速グラフィックス処理で特徴出す
インタラクティブ・マルチプレーヤは、パソコンメーカーが提案する CD-ROM プレーヤに比べてグラフィックス能力が高い。表示は RGB 各 8 ビットの 24 ビットフルカラー。さらにそのフルカラー画像をすばやく書き換える能力をもつ。最大 640×480 画素で構成した画面を 1 フレーム間(1/30 秒)に 7 回書き換えられるという。
「家庭用マルチメディア機器の開発で重要なのは、カラーテレビを見慣れたユーザに違和感のない映像を提供することだ。カラーテレビは画素数 500×400 程度で色数約 200 万の画像を 1/30 秒ごとに書き換えている。この性能をベースに仕様を決めた」と 3DO 社の Trip Hawkins 氏は語る。
ただし、実際にソフトの制作を検討しているあるソフトメーカーは「制作期間などを考慮すれば、現実には 320×240 画素、256 色表示のソフトが主流になる」とみている。
グラフィックス回路は設計開始から独自仕様
ハードウェアの基本設計は米 NTG 社が手掛けた。所望のグラフィックス性能を実現するために 3DO 社が選んだ開発パートナである。NTG 社は 1989 年に設立されたマルチメディアのハードウェア/ソフトウェア研究開発会社で、Amiga を生み出したエンジニアが中心になって設立した。
インタラクティブ・マルチプレーヤのハードウェア構成は、独自仕様のグラフィックスプロセサやフレームバッファ兼用の 2M バイト DRAM、32 ビット RISC プロセサ、倍速 CD-ROM 装置などから成る。32 ビット RISC プロセサやメモリを除いたほとんどの機能を 2 チップに集積している。LSI の製造は米 AT&T Microelectronics 社が担当した。
高速なグラフィックス処理を実現するために、専用のグラフィックスプロセサと DMA コントローラから設計を開始した。並列に動作する 2 つのグラフィックスプロセサと DMA コントローラ、主記憶を独自の高速バスで接続する。グラフィックスプロセサの主な機能は、画像データの回転/縮小/拡大、光源設定、アンチエイリアシング、テクスチャマッピングなど。「パイプライン処理を基本とするグラフィックス・ワークステーションの画像処理回路に近い」と 3DO 社は説明する。
グラフィックス・データは、約1/6に圧縮してCD-ROMディスクに記録してある。グラフィックス・プロセサは圧縮データをそのまま扱う。カラー・テレビに出力する直前でデータを伸長する。圧縮したデータをそのまま扱うので、データ転送速度が速くなる。24ビット・フルカラー表示に必要なフレーム・バッファの容量も約150Kバイトですむ。伸長処理は8ビットD-A変換器3個などを備えるビデオ・プロセサで実行する。1フレームの画像を伸長するのに要する時間は数百ns以下で、実用上問題ないという。
CPU に ARM60 を採用
CPU は、英 ARM 社(Advanced RISC Machines Ltd.)の 32 ビット RISC プロセサ「ARM60」を採用した。3DO 社はこの 32 ビット RISC チップをシステム管理用の「ハウス・キーパ」と位置付ける。ARM60 を選択した理由は、安価だったからという。
ARM60 で不足する数値演算能力は、新たに開発した LSI の一つに集積したコプロセサで補う。行列演算などを実行する。
3DO 社は、 ARM60 用のマルチタスク OS も独自に用意した。OS は CD-ROM ソフトに載せる。マスク ROM に記録してハードウェアに搭載すると、バージョンアップが困難になることが理由。ユーザに OS を意識させないというねらいもある。開発した OS は、すべての機能を組み込んだ場合に約 500K バイトの容量になるという。
ソフトウェア処理で動画再生
インタラクティブ・マルチプレーヤは、ソフトウェア圧縮したディジタル動画を再生する機能を備えている。30 フレーム/秒でフルスクリーン表示できる。米スーパーマック社(SuperMac Technology, Inc.)が開発した技術を採用した。ベクトル量子化技術の一種であり、同社からライセンス供与を受けた。
別にスーパーマック社はこの技術を米アップル社にもライセンス供与している。アップル社は QuickTime 1.5 の動画圧縮用コーデック「Compact Video Compressor」に採用した。
クロック周波数 20MHz の 68030 を搭載した Macintosh で表示できる動画は、240×180 画素で 15 フレーム/秒程度。これに対し、インタラクティブ・マルチプレーヤでは 30 フレーム/秒でフルスクリーン表示(320×240 画素以上)できる。「ベクトル量子化したデータの伸長処理は、コード表を参照してデータを変換する作業になる。この場合、画質は CPU の演算能力ではなく、データをいかに速く転送できるかで決まる。通常のパソコンよりフレーム数を多くとれるのは、画像データを高速に転送できるアーキテクチャを採ったため」と 3DO 社の Hugh C. Martin 氏は説明する。
ソフトウェアによる動画再生だけでなく、オプションのデコーダ・カートリッジを接続すれば MPEG1 で記録した動画を再生することもできる。米コダック社のフォト CD や通常のオーディオ CD を再生する機能も備えている。
通信網へのインタフェースも用意
最初に登場するインタラクティブ・マルチプレーヤは、CD-ROM 搭載のスタンドアロンタイプ。1994 年にはネットワーク対応の製品も出てくる。たとえば電話網に接続する機器の場合、CD-ROM 装置をつないでいる拡張ポートにモデムを接続する。CD-ROM の代わりに電話網を通じてソフトウェアを供給することになる。ケーブルテレビ網の場合は、オプションのビデオ入力回路を介してケーブルテレビチューナと接続する。
このほか、コントロールパッド接続用の制御ポートには液晶シャッタ付き立体視メガネやキーボードなどをつなぐことができる。