家庭用ゲームコンソール開発者の想い 保管庫
家庭用ゲームコンソール開発者の想い 保管庫
家庭用ゲームコンソールの歴史には、技術的制約のなかでもっと新しくもっと面白いものを、という情熱があふれています。
古い雑誌は廃棄され、Web記事も参照できなくなっていきますが、その熱い想いが失われてはいけない。ポケコンとは関係ありませんが、微力ながらここに引き上げ保管しておきたいと思います。
まだ「マルチメディア」という言葉で夢が語られていた時代。フルカラーでの画面書換え能力を誇示するあたり、まだ3Dグラフィックスを正面には捉えていなかったことが伺えます。NUAOは、電器店のショーウィンドーに鎮座していた3DO REALを眩しく眺めていたことを思い出します。
1994年11月22日にセガ・エンタープライゼスから発売された家庭用ゲーム機で、日本での価格は44,800円でした。開発者インタビューでは、PlayStationを強烈に意識するとともに、もう少しパワーを盛りたかったという後悔の念が滲んでいます。また当時、NINTENDO64をいかに恐れていたかが伺えます。それにしても容赦ないインタビュアーの突っ込みに、よく辛抱して応じたと感心します。サターンは今日でも新たな潜在能力がニュースになっていますよね。魅力的なハードです。
SATURNとほぼ同時の1994年12月3日にソニー・コンピュータ・エンタテインメントから発売された家庭用ゲーム機。確か値段は39,800円でして、完全にSATURNに対しマウント取りに行ってます。インタビューでは、スループットよりレイテンシが最重要と力説するところなど、インタビュアーを圧倒する久夛良木さんの強烈な熱量を感じます。明確なビジョンを持つトップの下でのプレステの開発作業は、さぞ楽しかったでしょうね。今の日本が忘れかけている「パッション」ではないでしょうか。
PlayStationに遅れること1年半、SEGAの予想をはるか前倒す1996年6月23日に発売されました。想像の斜め上を行く本体やコントローラのデザイン、9ビット幅のRumbusDRAMという謎のメモリ、マイクロコード書き換え、そして何よりマリオ64の完成度。全てが新しくワクワクで、NUAOも発売日に買いましたよ。「子供たちにReality Engineを!」という途方もない目標を、25,000円の中に収めた開発陣の取捨選択眼に脱帽です。
1998年11月27日に発売されたSEGA渾身のマシン。入交さんや湯川専務などキャラも立っていました。技術的には、3D能力を重視しなかったSATURNの反省を踏まえ、従来機を桁違いに上回ることを強調。パース補正の点ではPlayStationを、非UMAの点ではNINTENDO64を意識しているようです。ただ、まだネットワークが貧弱で、33.6kbpsのモデムが最新扱いの時代でした。しかし発売時点で、DreamCastを上回るライバル機が完成間近だったとは…僅か3か月余後、さぞ衝撃を受けたことでしょう。
事前に漏れ聞こえる6.2GFLOPSという驚異のスペック、DirectRDRAM、2560bit幅・48GB/sのグラフィックスシンセサイザ、DVD/CDの2波長ドライブ、どれもがハード厨にはたまらないワクワク感に満ちていました。職場から電話を掛けまくり、発売日に買いましたよ。嬉しかったなぁ。ところが義父も行列に並んで買ったとのことでびっくりした思い出があります。でもスタートダッシュで売れたのは、「DVDプレーヤが激安で手に入る」ことだったような気も。ここからCELL登場までが久夛良木さんワールドの最高潮でしょうね。
「NINTENDO64は複雑にしすぎた」という反省から、開発者に優しい方向に大きく方向転換したハード。1T-SRAMというこれまた謎メモリを導入するところ、初品管理も大変そうなのに、任天堂の本気度が伺えます。当時、ネット界隈ではPS2派とGC派でどちらが上か、といったハード談義が盛り上がっていましたが、NUAO家ではPanasonicの互換機Qを導入し、マリオサンシャインやピクミンなどが稼働していました。懐かしいなぁ。でもライバル機の牙城を崩せずN64よりも低迷したとは、厳しい業界です。
Microsoft XBOX
GameCubeの数か月後に発売されたXBOXについては、NUAOはあまり情報を持ちませんが、開発時にビル・ゲイツが激怒するなど、誕生の苦しみがあったことが記されています。
PLAYSTATION3
PLAYSTATION3については、リンク先がまだ生きていますのでURLを示します。久夛良木さん、絶好調です。
Wii
PlayStation4