Webドラマ『Alone Part II』(ジャック・ロウデン出演) 全訳
母(ベティ/B)、息子(スティーブン/S)。
ビデオ通話で会話を始めるところ。
母は飼い犬(ダックスフント)のボボを抱いている。
B:ほら、ボボちゃんですよ。見えてる?
S:見えてるよ。
B:ボボですよー。
S:やぁ、ボボ。
B:可愛いでしょ。父さんのお葬式のこと、話そうと思って。
S:あぁ、そう。
B:でね、4人来てくれたんだよ。下の階のヘレンに、その息子のスチュアートでしょ。父さんの妹のクリスティン、覚えてる? カナダに住んでて、糖尿病で片足無くした人。カナダから来たの。それに私。ソーシャル・ディスタンスを守ったお葬式でね。父さんはお洒落にしてあげたよ。上等のシャツに、ボーリング・クラブのネクタイとブレザー着せてね。だって、父さんはボーリング・クラブのエースだったでしょ。すごく上手だった。
S:うん。
B:素敵な音楽もね。父さん、エディンバラ・フリンジのミリタリー・タトゥー〔※1〕が好きだったから、バグパイプとドラムを呼んだの。すごく賑やかでね。でも食事を振る舞うのはやめた。すぐに引き揚げてきて、私はボボとお茶を飲んだだけ。
S:母さんはよくやったと思うよ。行けなくてごめんな。
B:(ボボがカップから飲んでいるのを見せて)この子、父さんのカップで飲むのよ。
S:ボボってば……。
B:何だって?
S:行けなくてごめん。まあ、ちょっと……あったし。
B:ええ。
S:大丈夫だったかな?
B:心配いらないよ、スティーブン、大丈夫。前とは事情が違うんだし、心配ご無用。新型コロナで大変なんだから、来なくたっていいんだよ。
S:わかった。
B:スティーブン、ちょうど相談したかったんだよ。父さんの遺灰〔※2〕をどうしようかと思って。火葬場に置いてきちゃったんだよ。ここに置いておくと父さんに見張られてるみたいな気がしそうでさ。
S:見張ったりしないよ、父さんは。放っておけばいいよ。あっちで処分してくれるさ。灰を持ち帰るなんて、何にせよ気味が悪いじゃない。
B:すごく妙なんだよ。まるで父さんがあの大きな壺からのぞき込んでるみたいで……。
S:そんなわけないよ、放っておきなよ母さん。なんとかしてくれるさ、きっと。暮らしはどう?
B:私は元気よ。あんたの父さんは大柄だったでしょ。存在感のある人でさ。だから一人でいるのが変な気分だよ。それに父さんは掃除機が敷物を吸う音が嫌いだからって、カーペットを全部とっぱらっちゃってさ。フローリングになっちゃったから、私の靴音やらこの子の足の爪の音が鳴るんで、フラメンコでもやってるみたいさ。ゴヴァン〔※3〕にまで聞こえちゃうよ。自分がこんなに騒がしいなんて知らなかったわ。
S:あのさ、母さん……こっちに来ない? クリスマスまでに。
B:ああ、ねえ。
S:「ああ、ねえ」じゃなくて。もう大丈夫だから。安全だから。電車にも乗れるし、マーティンにも会わせたいんだ。
B:私はどこに泊まればいいの?
S:うちに泊まればいいよ。もう一つ部屋があるから、そこにさ。
B:私がその部屋で寝たらマーティンはどうするの?
S:マーティンは僕の部屋だよ。
B:あらまあ。ボボちゃん聞いた? 結婚式もありそうだね。帽子を持って行くべきかしらね? 今はゲイも結婚できるしね。知ってるんだから。
S:そう、できるよ。いや、帽子は別に……って、やめてよ。で、来る?
B:ええ。考えておくけど、フォート・ウィリアムに住んでるアイサおばさんの顔も見に行かないと。具合が悪いみたいだから。
S:母さん、そうじゃなくて……ずっと家にばかり居ただろ。趣味の集まりにも、ダンスにも行ってない。こっちでなら思う存分フラメンコできるよ。楽しいよ。きっとこっちが好きになるよ、母さん。
B:そう思うかい?
S:ああ。
B:そうかしら。たぶん、あんたの父さんの言ってたとおりだと思うよ。「うすのろベティ、人の話をさえぎってまで、退屈な話ばかりしやがって」。あんたに恥ずかしい思いをさせたらどうする? くだらない話で、えらい恥をかかせちゃうよ。
S:いや、母さんの話はくだらなくなんかないよ。恥なんてかかないさ。母さんの話は大好きだもの。それに、父さんはもういないんだから気にしなくていい。こっちに来て、ダンスしに行こうよ。バッキンガム宮殿にも行けるよ。
B:まあ、女王に会いに行くんだって。聞いたかいボボ? 女王様に会いに行くんだって! 特別なコートと……いいこと思いついた。スティーブン、絶対に行くよ。いいことを思いついたの。心配しないでいいよ、予定に書いておくからね。
S:本気だよ、母さん。もう来ていいんだからね。家の中に居る必要はもうないんだよ。こっちに来て楽しもうよ。会いたいし、話を聞きたいし、それに……。
B:私も会いたいよ。ご覧よあんた、父さんの若い頃にそっくりだ。
S:似てないって。
B:父さんと同じ笑顔だけど、同じ心は持たなかった。
S:ハハ。
B:そうだ、この話をしたかったの。私が父さんのネクタイやら何やらをお葬式用に出した時にね。スケグネスのリゾート〔※4〕に行った時の写真を見つけたんだ。覚えてる? あの時あんたは小さくて、短パンはいててさ。ちっちゃな脚で短パンはいて。
S:そうそう、あの……砂のお城から波打ち際まで、長い水路を作ったよね、あれ覚えてる?
B:あんたはあの頃、芸術家だったよね。大きなお城を作ってから溝を作って。それで浮かべてたのは何だったっけ? アイスクリームの棒?
S:そうだよ、あの昔の……そう、アイスの棒だ。それでレースをしたんだ。
B:浮かべて海まで競走させてね。
S:そうそう、水路の最長記録を作ったのがスケグネスだ。18フィートあったと思う、母さんは18フィートだって言い張ってきかなかったよね。そう……でも完成はさせられなかったんだ。だって……
B:よく覚えてるよ。……完成させられなかったって、どういうこと?
S:それは父さんが……夕食の時間だとか何とかって。
B:そうだったね。父さんが。でもリゾートは7時に夕食で予約制だったからね。ルールってやつなのよ。父さんはルールに厳しかったから。でもあんたも平気そうだったじゃないの。いい休暇だったでしょ、そうじゃない? 次の日に完成させたんじゃなかった?
S:いや、次の日には全部波に流されてたよ。
B:……私が父さんのボーリングの球に何したか、聞いてごらん。
S:球に何をしたの?
B:地下室から持ち出して、クライド川〔※5〕に捨ててやったんだよ。12個、全部ね。水に沈めてやったの。……アイスの棒どころじゃないよ。
S:本当に?
B:だから遺灰を家に入れたくないのさ。バレちゃうから。今度ビーチに行って、またお城を作りましょ。
S:うん。でも先ずはロンドンに来てよ。予約したからね。
B:必ずロンドンに行くよ。いい靴を買って、この子を連れて、家を出る。
S:よし。もしロンドンより先にフォート・ウィリアムに行くんなら、正直にそう言ってよ、母さん。
B:アイサは待ってくれるわ。
S:そうさ。僕は待ちきれないよ。
B:愛してるよ。
S:僕もだよ、母さん。
※註
1……エディンバラ・フリンジはエディンバラで毎年8月に行われる芸術祭。ミリタリー・タトゥーはその期間にエディンバラ城内で行われるイベント。軍楽隊の演奏が有名。
2……スコットランドでは棺桶に入れての土葬が伝統だったが、最近は火葬が一般的になりつつある。
3……ゴヴァン(Govan)はグラスゴーの一地区。
4……リゾートと訳したが、原文は「バトリンズ(Butlins)」。子ども連れファミリー向けのリゾート施設で、英国に3箇所ほどある。
5……スコットランドで3番目に長い川。グラスゴー市内にも流れている。