まず,科学について考えてみましょう.科学は,学校で習った理科に相当しそうです.高校では,数学,物理,化学,生物,地学といった教科として学びました.数式や化学式がたくさん出てきたと思いますが,その式が極めて重要です.式があれば,様々な現象を予測できるからです.例えば,我々の生活の中で,科学的な予測に基づいたものの代表は,暦です.明日の日の出・日の入り時刻,月齢などで,なんでもない情報のようですが,相当緻密な計算によって出来ています.暦のない時代は,農作物の植え付けをしようにも季節の変化が分からなければお手上げだったことでしょう.
予測精度が十分でない現象は,その学問において研究対象になります.地震や気候変動が分かりやすい代表例でしょうか?これまでの科学の発達によって,様々な現象が予測できることで,我々は豊かな生活ができるわけです.
工学は,モノづくりや開発をテーマとする学問です.自動車や飛行機などの乗り物やコンピュータをイメージする人が多いかもしれませんが,科学と工学は切っても切れない関係で繋がっています.つまり,工学の発展が科学において新しい発見をもたらしたり,科学の発展が工学の発展をもたらしたりしています.例えば,望遠鏡の発明によって天文学が発展し,地動説を証明する発見が次々と生まれました.工学が科学を支えた例です.現在では,加速器の開発が物理や宇宙研究の一端を担っています.一方,科学における電磁気の研究成果は,ラジオ・テレビを始め,多くの電子機器の発展に繋がっています.また遺伝子の研究が医療や農産物の発展に寄与していることはご存知でしょう.科学の成果が工学に反映されています.
このように科学と工学は両輪として支えあいながら発展してきました.
工学は,便利なものをたくさん生み出し,我々の生活はどんどん豊かになりました.しかし,多くの課題も生み出しています.例えば,廃棄物です.製造過程での廃棄物を海や大気に放出すると,深刻な公害が発生します.昭和40年代に様々な光害病が社会問題となったのは,ご存知でしょう.廃棄物は,安全に処理しなければなりません.現在の原子力発電における核廃棄物は,厄介で深刻な問題です.現在,省エネ製品が開発されてはいますが,ゴミ問題まで言及していかなければ,現在の大量消費社会は,地球環境を脅かしています.例えばプラスチックごみとして,ストローやレジ袋が槍玉に挙げられていますが,我々の衣服を含め,身の回りには石油由来の製品が溢れています.それら全て,いずれはゴミになり,再利用は困難なものばかりです.今,できる部分から自然素材に切り替えていくべきでしょう.
便利になることで,生活が楽になる一方,人間の能力は退化しているようにも思われます.例えば掃除・洗濯・移動を機械任せにしています.さらに便座も西洋式となり,楽に用がたせる一方で,昔の人に比べると現代人は,明らかに足腰が弱っています.スマートフォンなどの電子情報機器は,ものすごく便利なのですが,これに依存してしまうと,情報を探すことが中心になり,自分で考えるということが後回しになってしまいます.
また,科学技術の知見が,軍事技術に転用されて来たのも問題です.ダイナマイトや原爆は,その代表例で,みなさんご存知と思います.今は,ネットワーク上での攻撃や宇宙を舞台にした軍事争いも繰り広げられているようです.これらは我々の目に直接見えないので,余計に恐ろしく感じます.
これまでの工学は,経済活動優先で産業を支えたり,国家防衛優先で軍事を支えていた面もありますが,工学の目標は,人類社会の持続性を念頭にした技術開発に絞るべき時に来たようです.今や国連も持続的な発展目標(SDGs)を掲げるよう要請しています.
土木工学におけるモノづくりは,生活のベースとなるものです.道路(橋やトンネル),上下水道(ダム),防災(地盤改良や堤防)などで,都市機能に関する全般を取り扱っています.
橋やトンネルなどを含む道路を建設することを考えた場合,都市計画に基づいて調査・測量を行う必要があります.地盤の上に構造物を建設するわけですから,土質力学や構造力学,材料力学は重要です.そしてダムや堤防を建設する場合は,水理学も重要です.
土木は,戦国時代から技術が培われてきました.河川の流路を変えて,敵を水攻めにする戦術から始まったようです.その当時使った材料は,土と木.これが土木と言われる所以です.江戸期になると,農地や居住地を築くのに用いられます.利根川は,東京湾に流れていたようですが,江戸の町を洪水から守り,農地を増やすために銚子に流れるように流路を変更しました.高知工科大学の西を流れる物部川も高知市内に流れていたようですが,野中兼山の指揮によって香南市に流れるように流路を変えました.そのおかげで南国市周辺の広大な平野を農地として活用できるようになったのです.旧河川の流路は,舟入川として残し,農業用の水路として利用されています.
このように土木は,暮らしやすい都市を形成するために発展してきた学問です.でも一方で自然破壊の側面を持っています.したがって大規模土木施設の建設にあたっては,慎重に計画し,場合によっては建設を断念することも視野に入れる必要があります.ダム,堰,干拓,高速道路,空港などは,大きな環境負荷を与えます.未来の子供達に誇れる土木事業でありたいものです.
土木におけるモノづくりにおいて,他の産業と異なる点は,一品生産であり,大量生産できるものではないことです.道路に付帯するガードレールや照明などの設備は,大量生産できますが,道路そのものは,地形・地質・土質に応じて設計が異なります.その設計も調査結果をもとに行いますが,調査結果が役に立たない場合もあるのです.
例えば,土質調査はボーリングを行なって地中内部の土試料を採取して調べますが,ボーリング箇所からあまり離れていないのに,全く異なる土質に変わることもあります.また施行中に初めて,地下水脈の存在が明らかになったりして,その対処に窮することもあります.つまり,設計通りに施工できないことも多いのです.
自然が相手ですから,完璧な予測自体困難です.現場に応じて設計変更を余儀なくされることは,想定しておく必要が有ります.なので土木は,現場技術者の力が重要なのです.大規模な事業の場合,たくさんの会社が合同でJVを組織して施工しますが,このような組織をまとめるマネジメント能力も必要ですし,リスクを回避する能力も必要です.
土木事業は,公共事業ですから,世の中のためになる事業のはずです.しかし,ダムなどの建設については,自然環境が壊れる心配から反対される場合が多くなりました.防災面や利水の視点から必要とされるダムですが,施工に至るには合意形成が重要です.
高速道路の延伸は,多くの人には喜ばれますが,高速道路を造るために,自分の使っている土地を手放さなければならない場合も反対されます.例えば成田空港は,まだ売ってもらえない土地があるために,飛行機は大きく蛇行しながら滑走路に向かっています.
普通の仕事は,必ず誰かに喜んでもらえるのですが,土木事業の場合,喜んでもらえない人がいます.そこは相手の気持ちを思いやりつつ,事業の重要性を訴えて説得しなければなりません.土木の仕事の辛いところでありますが,地域の安全と利便性や環境を向上させるという志が土木技術者には必要です.
土木分野における主な職種は,公務員の技術職,建設コンサルタントの設計職,ゼネコンの施工管理職などです.それぞれ違う立場ですが,一体となって事業を進める必要が有ります.事業をスムーズに進めるためには,地元の方に理解してもらい,その自然を理解することが重要です.
公務員になりたいという学生は増えているようですが,事業の発注者という立場なので,コンサルやゼネコンと折衝する技術力だけでなく,地元の方への説得,地元の方からの要望に対処する力が必要とされます.覚悟のうえ準備してください.
土木施設は,国土の骨格を構成し,便利で安全な社会を築く重要な役割を担っています.経済成長とともに新幹線や高速道路を張り巡らせてきました.これまで多くの地震災害や豪雨災害を経験し,現在は様々な対策も行なっています.
2020年には新型コロナウイルスによるパンデミックを経験し,これまでのグローバル社会を維持することがリスクにもなっていると認識できました.県をまたぐ移動の自粛要請も続きました.今後も高速道路や新幹線の延伸は必要なのでしょうか?不要としたら土木の未来の役割は,狭い地域のインフラに特化するのみでしょうか?
温室効果ガスの排出による地球温暖化も大きな課題です.異常気象は植物の生育に大きな影響を与え,我々の食生活に直結する問題です.今回のパンデミックで経済活動が一気に冷え込み,皮肉にも温室効果ガスの排出量はかなり減りそうです.土木だけでなく,工学の未来についても検討する必要がありそうです.