33年ネット諸兄姉どの(2026.01.03)
明けましておめでとうございます。
これは添付の、Branko Milanovic,CapitalismAlone:The Future of the System That Rules the World, Harvard Universty「不平等・所得格差の経済学――ケネー、アダム・スミスからピケティまで 」単行本 2025/2/17ブランコ・ミラノヴィッチ (著), 立木 勝 (翻訳),解説梶谷懐 明石書店に関する梶谷懐の解説全文である。
原本の概略を理解することができる。
(梶谷 懐、かじたに かい、1970年4月22日 - )は、日本の経済学者(現代中国経済論)。学位は博士(経済学)(神戸大学・2001年)。神戸大学大学院経済学研究科教授。)
★解説 資本主義は不平等と腐敗を克服できるか
著者のプランコ・ミラノヴィッチは、世界銀行などで所得分配や不平等に関する数多くの論文やレポートを発表してきた経済学者である。 すでに 『不平等について』(みすず書房、2013 年)『大不平等』(みすず書房、2017 年)などの著作が邦訳されている。特に日本では、横軸に世界における貧困層から富裕層までの所得分位をとり、縦軸に、冷戦崩壊後、各所得層が実質所得をどれだけ伸ばしたかをとった「エレファント・カーブ」と呼ばれるグラフを用いて、近年における先進国の中間層の没落に警鐘を鳴らしたことで知られているのではないだろうか。このことからもわかるように、不平等の拡大が急速に進むグローバル化と密接に関係していること、特に中国のような新興国の経済成長が大きな役割を果たしていることに注目するのが、これまでの著者の一貫した姿勢といっていいだろう。
そして本書では、グローバルな不平等拡大の背景にある、各国の政治経済体制における構造的問題に鋭く切り込んでいる。タイトルだけを見ると、フランシス・フクヤマの 『歴史の終わり』(新版、上下巻、三笠書房、2020 年)の二番煎じのような本に思えるかもしれない。しかし、これは決して資本主義の勝利を高らかに歌い上げる本ではない。むしろ、高度にグローバル化した資本主義が、人々のモラルを欠いた「強欲」によって駆動され、際限なく格差を拡大させるメカニズムであることを正確に指摘し、そこからの軌道修正を読者に迫る挑発的な書物だといえる。
★グローバル経済と格差
本書の第一の特徴は、21 世紀における高度にグローバル化した資本主義の特徴を 「格差」と「腐敗」 の拡大にあることを喝破し、またその拡大のメカニズムを「リベラル能力資本主義」と「政治的資本主義」という二つの異なる政治経済的な体制ごとに、手際よくまとめている点だ。
21世紀になり、資本主義対社会主義というイデオロギー的な対立が姿を消したあと、新たに浮上したのが「リベラル能力資本主義」と「政治的資本主義」の二つの体制間の衝突である。 いうまでもなく前者の代表が米国で、後者の代表が中国である。現在、両国は激しく対立しているが、どちらもグローバル化した資本主義の申し子であり、弱者を食い物にして成長してきた点では大した変わりはない、と箸者は明確に指摘する。
(両資本主義が弱者を食い物にして成長している。日本も弱者を食い物にしているかも。下記の朝日新聞12月20日の読書案内の読んでいただきたい。)
高度にグローバル化した資本主義のもとでの格差拡大が最も顕著なのは、「リベラル能力資本主義」 に分類される西側先進諸国のほうである。これらの国々では一部の冨裕層への資本の集中がますます加速しつつあるほか、彼らが莫大な労働報酬も得るようになっている。また、婚姻事情のような一見経済とは関係のなさそうな問題も、格差の拡大に貢献している。かつてに比べ、より「釣り合いのとれた」、すなわち所得水準が同等な相手と結婚する度合いがますます高まっているからだ。
では、現在の先進国経済は、なぜこのように不平等を不断に拡大させるものになったのか。ミラノヴィッチによれば、第二次世界大戦後のより社会民主主義的な資本主義体制のもとで所得と不平等の縮小をもたらした「四つの柱」、すなわち交渉力の強い労働組合、教育の大衆化、累進性の高い税負担、政府による大規模な所得移転といったものが、次第に機能しなくなっていったからだ。このような視点は、膨大な統計データをもとに、冷戦終結後の世界各国において資本の分配率が次第に上昇し、それと並行して所得格差が拡大していることを明らかにしたトマ・ピケティの 『21 世紀の資本』(みすず書房、2014 年)などとも共通する。
この状況を改善するには、従業員持ち株制度などを通じて中間層による富の蓄積を促進すると同時に、政府が積極的な再分配政策を行い、これ以上の資本の集中に歯止めをかけるしかないはずだ。しかし、 一方でグローバリゼーションと経済移民の拡大が、そのような富の再分配を通じた資本の集中の改善を妨げている。その結果、先進国が福祉国家の充実を目指そうとすると、深刻な「逆選択」、すなわち相応の負担を担うべき富裕層が、率先してそのシステムから離脱していく、という現象にさらされる。なぜなら、国内における民間会社による代替サービスの提供が、公的な福祉サービスからの富裕層の撤退を招くと同時に、そういった富裕層は福祉国家の高い税負担を嫌って資産や居住地をより負担の少ない外国に移そうとするからだ。
★中国経済に対する評価
グローバル資本主義の下で不平等の拡大をもたらしたのは、西側先進諸国だけではない。無視できないのが中国などの新興国の台頭である。本書のもうーつの特は、「政治的資本主義」の代表例として、中国の経済発展のプロセスと、そこに内在する矛盾をかなり詳しく説明している点にある。
中国の経済発展を先進国のそれとは「異質」なプロセスとして描き出したものとしては、アセモグル=ロビンソンンの 『国家はなぜ衰退するのか』(上下巻、早川書房、2013 年)『自由の命運』(上下巻、早川書房、2019 年)などの著作が挙げられる。例えば『国家はなぜ衰退するのか』 で彼らは、ある国家や社会において持続的な経済成長が可能かどうかは、その制度的枠組みが「収奪的extractureなものか、それとは対極にある「包括的inclusive」なものかによって決まってくると主張した。そこで、王朝時代から毛沢東時代にかけての中国は、絶対主義的な権力の下で、「包括的な制度」の形成が阻害され、うまく近代化一経済発展できなかった典型例として、 一貫して否定的に描かれている。また、現在の中国の急速な経済成長についても、収奪的な政治制度の下で、部分的に包括的な経済制度が導入されたために生じている一時的な現象であり、例えば韓国のように議会制民主主義に移行しなければ、いずれ現在の高成長は壁に突き当たる、と指摘されていた。
だが、この「民主化しなければ中国の成長は止まる」という見通しは今のところ外れているといわざるを得ない。
続く『自由の命運』 では、法の支配に代表される包括的な制度の下での経済成長は、国家と社会とのバランスによってはじめて実現される「狭い回廊narrow coridor」であるとし,前者における二項対立的な議論に一定の修正を加えている。だが、中国のようにリベラル能力資本主義=「狭い回廊」 から外れた経済は、これからどのような道をたどるのか。アセモグル・ロビンソンは、この疑問に十分応えているとはいいがたい。
それに対して、ミラノヴィッチは中国がグローバル資本主義の中で高度経済成長を続けているという事実について、はるかに見通しの良い説明を行っている。そもそも中国のようなもともと貧困にあえいでいた国々は、なぜ社会主義体制を採用したのだろうか? ミラノヴィッチの説明は明確だ。教条的なマルクス主義が主張するように資本主義の矛盾が社会主義をもたらしたのではなく、むしろこれらの国々が資本主義的な経済発展を実現するために、社会主義革命が必要だったのだ、というのが彼の主張だ。
ミラノヴィッチによれば、中国を含む20世紀のいわゆる 「第三世界」 の国々は、二つの課題に直面していた。
一つは、伝統社会における支配的な生産関係を変える、すなわち「地主」に代表される旧社会勢力を一掃することで国内経済を近代化させること、もうーつは外国資本による支配を覆すことだ。そして、当時これらの国でこの二つの革命、つまり発展を究極の目的とする社会革命と民族自決を究極の目的とする政治革命を成し遂げることができる唯一の組織化された力は、共産主義政党並びにその他のナショナリズムに支えられた左派政党だった。これらの政党だけが社会革命と国民革命を結びつけることに成功したからだ。すなわち、「共産主義とは、後進の被植民地国が封建制を廃止し、経済的政治的独立を回復し、固有の資本主義を築くことを可能にする社会システム」だったというわけだ。
このようにして成立した政治的資本主義の特徴として、まず(第一に)極めて効率的でテクノクラート的な官僚システムの存在があげられる。また、官僚システムがその能力を「邪魔されない」よう法の縛りを可能な限り受けないこと、すなわち法の支配の欠如が第二の特徴である。 そして第三の特徴が、国益によって誘導され、民間部門を統制できる国家の存在だ。これらの特徴が、政治的資本主義を採用する国々に高い成長率を約東する一方で、同時に矛盾ももたらす。その最大のものが、高スキルを持つテクノクラートに権力が集中し、かつ彼らを縛る法の支配が十分に機能しないために、深刻な腐敗が生じやすいという点である。
こういった腐敗の存在は、社会の不平等の拡大と不可分に結びついている。近年の中国においても資本/労働比率の上昇は著しく、それにともない所得格差も急速に拡大していることを、著者はピケティらの研究に依拠しつつ紹介している。 つまり、中国の経済成長のメカニズムは米国などと大きく異なるが、国内格差を拡大させるメカニズムは非常によく似ているのだ。 筆者は、中国経済を「異形の経済システム」として位置付けるアセモグル=ロビンソンよりも、グローバル資本主義という共通の背景を強調するミラノヴィッチの議論のほうが、はるかに説得力を持っていると考える。
★グローバル・バリューチェーンへの注目
本書の第三の特徴は、「リベラル能力資本主義」と「政治的資本主義」のそれぞれで進行する不平等の問題が、グローバル・バリューチェーンの進化を通じて有機的に結びついていることを鋭く指摘したことだ。 そこでーつのカギとなるのが、リチャード・ボールドウインが 『世界経済 大いなる収斂ーIT がもたらす新次元のグローバリゼーション』(日本経済新聞出版、2018年)で唱えた、「アンバンドリング」 という概念である。
まず、20世紀になって生じたグローバル化によってモノと資本の移動が自由になり、生産と消費が切り離され、先進国の工場が途上国に移転するようになった。これが第一のアンバンドリングだ。 第二に、情報通信技術(ICT)の発展によって、生産プロセスの管理業務と生産業務、さらにはそれらの内部の「タスク」も事細かに国際分業することが可能になった。これが21 世紀になって本格化しつつある第二のアンバンドリングである。
このようなアンバンドリングが進むことには一定の理由がある。 一つには「市民権プレミアム」、すなわち、ただ先進国の都市に住んでいるというだけで人々が受ける大きな恩恵の存在だ。これは、単に賃金格差だけではなく、充実した社会保障制度の享受なども含まれる。それが一定以上の規模で存在する限り、グローバルな規模での労働と資本の移動、およびそれに伴うアンバンドリングは止めようがないだろう。アンバンドリングを進めたもうーつの背景は、目覚ましいICT の発達だ。21 世紀に入ってすぐの中国のWTO加盟、それに続く相次ぐFTA の締結によって、アジア経済のダイナミズムは、域内における広範な生産分業と工程ごとの集積、そしてそれらをつなぐ流通ネットワークによって生み出されるようになった。 その背景にITCの発達による通信コストの低下があったのは間違いない。
第二のアンバンドリングによって高まったのは「制度」の重要性だ。生産業務を本来の場所から移転させるためには、受け入れ国の制度や政治の質が重要になるため、いかにそれを「中心」の制度に組み込むかが重要になる。
例えば中国は近年知的財産権保護の制度や破産制度など、西側先進諸国の制度をかなり巧みに現地の文脈に合致させるように取り入れており、そのことが近年の活発なイノベーションの背景にあるという指摘もある。
中国の事例でもわかるように、このような「制度」に依拠したアンバンドリングの進行は、グローバル・バリューチェーンの一翼を担うような「制度」やインフラを整備しさえすれば、先進国がこれまで経験してきたステップを飛び越えて、「蛙飛び」のような成長を遂げることが可能だ、という事態をもたらしている。
しかしこのようなアンバンドリングの進行により、国際的な「比較優位」が産業から個々の工程、ひいてはタスク・ベースで測られるようになり、採算の合わない工程は丸ごと海外に移転・外注されて雇用が失われることがしばしば生じる。アジア経済躍進の時代が、製造業を中心に雇用が不安定化した日本の「失われ20年」と重なるのは偶然ではない。 冒頭で述べた「エレファント・カーブ」で示された先進国の中間層の没落は、まさにこのような第二のアンバンドリングによって生じたといえるだろう。
★資本主義にオルタナティブはあるか?
さて、本書は高度にグローバル化した資本主義に関する問題点を厳しく指摘しつつも、それでも資本主義に代わるような選択肢はない、ということを冷徹に指摘する。オルタナティブがないからこそ、現在の米中間の対立に象徴される、リベラル能力資本主義と政治的資本主義という資本主義体制同士の縄張り争いは激化するのだ。
これら二つの体制はどちらも強みと弱みを持つ。リベラル能力資本主義は、政治的に民主主義に結びついており、その自浄作用によって、99 %の人々の生活に悪影響を及ぼしかねない経済や社会の傾向に対し、是正措置を提供する余地を持っている。それに対して政治的資本主義は、はるかに効率的な経済資源の管理を通じて、高い成長率を約束することができる。これは、権威主義的な政府にとって、常に自らが「役に立つ」 ものであること、つまり絶えずその利点を民衆にアピールし続けることがその存立条件になることの裏返しである。経済的な「幸福」をもたらすことについて、より持続的なストレスにさらされているのは、実は権威主義国家の政府のほうなのである。(イチハタ注;国民のストレスを外に発散させる必要がある、台湾問題など典型的なケースと思われる)
興味深いことに、「富と権力」が容易に結びついたグローバル資本主義は、それゆえに果てしのない富の偏在化うけいれと、政治的腐敗の深刻化を生む、という本書の指摘は、現代の中国経済について、呉敬瑳など改革派の経済学者が繰り返し説いてきた主張にも非常に重なる。このことからも、現在の米中の対立を「まともな資本主義」の道を歩む米国対「異形の資本主義」 の道を歩む中国と単純に図式化してしまうと、その本質を見誤ることは明らかだ。むしろ資本主義の高度なグローバル化という共通の背景により、不平等の拡大と腐敗、という資本主義の宿病が、米国のようなリベラル能力主義の国と中国のような権威主義国家でそれぞれ異なる現れ方をしている、と見なければならない。習近平政権の下で激しさを増す、中国政府による人権弾圧に憤りを感じている人も多いだろう。だが、これから中国政府の横暴を抑えられるかどうかは、わたしたちがグローバル資本主義の横暴を抑え込めるかにかかっているのだ。
さて、その失政によってコロナウィルスの感染拡大を招いたトランプ前大統領に代わって就任したバイデン大統領の下で、米国は1 ・9 兆ドルという巨額の追加的財政出動を行うほか、現在21 %の法人税を28 %に引き上げる提案を行うなど、これまでの「リベラル能力資本主義」の路線を根本的に修正するような経済政策を打ち出しつつある。もし米国が本気でリベラル能力資本主義の軌道修正を行い、より平等志向的な「民衆資本主義」の道を歩もうとするなら、それは中国のような権威主義国家に対抗するための十分な正当性を与えるだろう。そのような歴史の転換点に立っている今、日本に住む私たちはどのような道を選択すべきなのか。それを議論するうえでも、本書の議論は格好の材料を提供してくれそうだ。
2021年4月
(第二次トランプ政権の成立は、「より平等志向的な「民衆資本主義」の道を歩もうとするなら、それは中国のような権威主義国家に対抗するための十分な正当性を与えるだろう」は、ブレーキがかかっている。米国の根底に流れる競争主義、格差是認的精神が立ちはだかっていると思う。)
イチハタ