森下一義氏の「わがお見合い物語」は秀逸だと思った。こんな豪勢なお見合い
が連続して行われるのは珍しいだろう。これを読んでわが身の歴史を振り返っ
た人は少なくないだろうと思う。(しかし、それを披露してくれる人はどれだ
けいるだろうか?)
「本人は美人だった。幼い頃から目立ったらしくいろんなエピソードがあった
ことを後に聞いた」という美人の奥様にも伊豆高原の山荘で一度おめもじする
幸運に恵まれたことがあった。サービス精神に富む森下氏自身からは長い間続
いた「黒潮丸通信」でいろいろなことを教えてもらった。そこで枚数の少なく
なった年賀状も書き終えた年の瀬に肩の凝らない「お見合いを論じて結婚には
及ばない話」を草してお返しとしたい。
私は彼とは正反対でお見舞いなど絶対にすべきものではないと思っていた。自
分の様子は自分には見えない。私は断られることよりも断ることのつらさが気
になって「相手を傷つける結果になるから」という言葉で身を守った。ほとん
ど男ばかりの学校を卒業して会社に入ると高卒の若い女子社員が大勢いたが目
移りする程の事はなかった。隣席の年長の女子社員がいろいろ話かけてくるの
を煩わしいと思っていたがそれに気づいた上司が彼女を遠い席に移してパワハ
ラの対象にした。「釣り堀の魚は釣らない」などという言葉があって成るほど
と感心したものであった。それでも何人か映画や芝居に誘ったことがあったか
ら完全な石地蔵ではなかった。
ひょんなきっかけで英国へ2年ほど留学することになって帰国した1963年の末
頃にはほとんどの同期生は結婚しており私は婚期を逸しかけていたのかもしれ
ない。何人かの親切な友人が世話をしてくれたがいずれも気乗りがしなかった
。私は依然としてお見合いには気が進まなかった。“Marry in
haste,repent at leisure.”という言葉も念頭を去らなかった。
留学した英国の大学で学生委員の女子学生が何かの催しで黒いガウン姿で立ち
働いているのが実に魅力的だった。私が写真を撮らせてもらいたいと伝えると
彼女は“Do you want to?”と聞くので、もちろんイエスである。ポーズをとる彼
女の周囲にいた男子学生が“Smile! Smile!”と声をかけるのが聞こえた。笑顔の
彼女が写っていた。
会社でも上司や同僚が心配してくれたようだった。自身が晩婚であった郷里の
父も話を持ってきてくれた。今と違って30前後で独員というのは目立ち始めて
いた。私はそんな時、ダントツの独身で有名だった28年入社の「XさんもYさ
んもいるでしょう」と逃げたことがあったが「あいつらは俺たちはもう諦めて
いるんだ」といなされてしまった。
三十もすぎた頃に年を聞かれた上司から「そうか、並び(33)までは良いって
いうからな」と言われてドキッとさせられた。「並び」という言葉が威嚇的に
聞こえたのである。初めてのお見合いはそれが後押しをした。叔父が勤務する
会社でM家の三姉妹といわれた三美人の末娘である。目黒の叔父の上司の家で2
人だけの部屋を与えられて話をした。話すことが明晰で実にしっかりしていた
。私には、ぐらぐらしてこれという信念のない自分より確りした考えの人に見
えた。帰りの電車の中で同行した叔母にもそう述べたことを記憶している。そ
れからも二度ほどデートをした。すれ違う人が振り返るほどの美人だった。一
度は和服を着て現れた。円地文子を愛読するとのことで私も『女坂』を読んで
みた。
ところが色々と話すうちに彼女はさる新興宗教の信者であることがわかった。
やめられないかどうかを聞いて見ると、その宗教団体には信者に階級があって
、どこそこの階級までは行きたいと思っていますという答えだった。これです
べては終りだった。(いま私はリチャード・ドーキンスの無神論を読んだばかりだ
が当時もこんな本があったら感銘をうけたことであろうと思う。)
最後のお見合いは不得要領のまま終った。お見合い写真をもらったが素直でや
さしそうな和服姿であった。ケーキを作るのが趣味というのはいささか物足り
なかったが、最初から、まあこんなところで手を打つべきかと思った。話すよ
り文字に書いた方が本当のことが表現できるということで手紙をよくもらった
。彼女の姉夫婦の家にも食事に招かれた。ところが、順風満帆と思われた船が
凪(なぎ)の中で転覆してしまった。彼女から好きな本を紹介して欲しいと言
われ一巻本の『チェーホフ全集』を貸したのであったが「本当にこんな本がお
好きなんですか。こんな作者に同感するのですか」という問い合わせの手紙を
貰った。チェーホフのどこに冷たい、人を突き放すところがあるだろうか。私
は本をめくってみたが彼女が短編集のどこに何を見つけたのか未だに分からな
い。それまでの手紙の中に「ついていけるかどうか」と不安を口にしているの
が気にかかっていたが、それがこんな形で現れたのであった。私は翻意を促し
たがそれまでだった。
もちろんこれらの話には裏があったし、それからの話もあるが、まだそれを打
ち明けるほど私は正直になれない。今考えるのはこんなことである。結婚を前
に不安に駆られるのは彼女だけではあるまい。私は彼女を素直と感じたが、こ
の言葉は英語にはならない。辞書には真っ先に“obedient”(従順な)という言
葉が出てくるが「素直」に含意される道義的な意味合いや好感度はない。いっ
そのこと“gentle”、あるいは“kindly”という言葉を宛てたらどうかと思うのであ
る。