33年ネット諸兄姉どの(2025.04.06)
以下は、朝日新聞2025.04.03オーレン・M・キャスと池田伸臺記者の質疑応答および会田弘継氏の解説である。
オーレン・M・キャスとは、何者かという説明が極めて簡単であり、記事としての信頼性に高めるために彼の経歴を少し付け加えておきたい。
★オーレン・M・キャス(Oren M. Cass、1983年生、ユダヤ人で、ボストン郊外で育つ)はウィリアムズ大学で政治経済学の学士号取得、「公共政策についての理解を深めるために」ハーバード大学ロースクールに入学。2018年、キャスはアメリカの社会、経済、公共政策を広く再評価した『The Once and Future Worker』を出版した。この本は、キャスが「労働者が強い家族やコミュニティを支えることができる労働市場が長期的な繁栄の中心的な決定要因であり、公共政策の中心的な焦点であるべきだというワーキング仮説」と呼ぶものを紹介している。彼は、政策立案者や経済学者が「消費者福祉」に執拗に焦点を合わせることは、労働者や生産的な貢献者として人々が繁栄し、強い家族やコミュニティを築くため、見当違いであると主張する。これは、幅広い政策領域にわたる革新的な改革提案につながると主張する。2020年2月、キャスはワシントンD.C.にAmerican Compassを設立した。「トランプ後の中道右派がどうなるか」に焦点を当てた後、2024年の大統領選を前に、アメリカン・コンパスは第2次トランプ政権に向けた一連の経済政策を発表した。
★以下は新聞の記事である。
—矢継ぎ早の関税政策などはトランプ大統領個人の思いつきではなく、 2 0 1 7 ~21年の第 1次政権の時期からこうした政策を練り、進言していたそうですね。
「その通りです。それが米国にとって唯一の解決策だと考えたからです。経済学者らは当時、米国経済は過去にないほど素晴らしい状況だと言っていましたが、賛成できませんでした。実際は 01年の中国の W T O (世界貿易機関 )加盟で、米国の産業基盤は (中国の輸出増などにより )加速度に弱体化し、限界に達していました」 それに伴い、私たちの社会も弱体化していました。『絶望死』という現象が典型的です。特に中年の低学歴の白人の間で、薬物やアルコール依存、自殺が増えました。グローバル化の下、米国は若者を海外での戦争に送り、失業と絶望を輸入し、大切な仕事を海外に送ってしまったのです。 1980年代の保守の発想は『市場経済と自由貿易』でしたが、こうした状況を解決するには有効ではありません。だから関税なのです」
—しかし関税は、物価の上昇などで米国民も苦しめ、誰も幸せにしないのではないでしょうか。
「 全く同意しません。短期的には様々な痛みを伴うかもしれませんが、長期的には大きな利益をもたらすと思っています。ひとくちに関税といっても二つの側面がある。一つは交渉のツール、もう一つは経済政策としての側面です」「大戦以降、米国は、関税を交渉のツールとして使うことを基本的に放棄してきました。いま車要なことは、米国が実際に関税を、行使できる力として使っていることです。そして関税は経済政策としても、国内産業を保護しようとするなら、効率的な手段です」
—国土も狭く新に恵まれていない日本のような国にとって、自由貿易は死活的に重要です。
「日本経済が輸出入に依存していることは理解できます。私は、米国と日本はバランスの取れたパートナーになりうると思っています。これから日米間で、通貨や貿易、産業政策などをめぐる交渉は必要でしょう。貿易の不均衡を解決するには、内需が不足しているといった、日本が解決しなければならない問題もあります(かって海部内閣のとき、6兆円の内需拡大策が、バブルを招いたことを思い出す)」
「しかし、ここで注意しておきたいのは、日米を含む自由貿易が成立する領域に、中国は加わっていないだろうということです」
—教科書的な話ですが、各国が優位な産業に集中し、自由貿易を行うことで、全体が豊かさを享受できるのではないのですか。
「教科書で習ったアダム・スミスもディビッド・リカードも、共産党が支配する大国との自由貿易について考える機会はなかったでしょう。中国と自由貿易を行うということは、共産主義の優先順位や政策を、私たちの社会に受け入れるということです。またスミスやリカードは、最近の米国のように、モノを買う代わりに何かを売るのではなく、米国債を発行して借金するなどという状態を想定していなかったのではないでしょうか。私たちは、生産より消費に偏った米国を変えていこうとしています。そうしたことを一つ一つ解決していく必要があります」
—仏文化人類学者のエマニュエル・トッドさんに最近インタビユーしました。米国の現状認識についてはあなたと非常に近い考えでしたが、米国の国内産業の再生については「 100年単位の歳月をかければ」と悲観的でした。
「色々な見方を共有していると思いますが、産業再生に 100年かかるという意見には賛成できません。 80〜 90年代に、日本の自動車メーカーが巨額投資をして、短期間で米国工場を稼働させたことを考えてください。結果として価格上昇も起きず、何十万もの雇用を生んだのです。同じことが半導体でも、さらに速いペースで大規模に起こると期待しています」—ひとくちに保守派といっても、トランプ政権には様々な流れが集結しているようです。あなたは、どのような保守派ですか。
「私たちのグルーブは、ポピュリズム的な『 M A G A (米国を再び偉大に )』運動の一員でも、イ—ロン・マスク氏に代表されるような規制緩和や技術革新に関心が高い『テクノ・リバタリアン』でもありません。妊娠中絶反対派や宗教右派でもありません。あえて言えば、いずれとも異なる『真正の保守派』です。普通の家族が自立して生活を営む能力、子どもを育てる能力が低下し、地域コミュニティーが弱くなっていることを何より問題視する保守派です」
「いくら 株価が高く、シリコンバレーが繁栄しても、家族やコミユニティーが弱くなっては意味がありません。 80年代に確立された (市場経済と自由貿易が善の )保守運動は、冷戦期に共産主義と対抗することが最大の課題でした。私たちは、現代の課題に保守がどう対応するかを考えています。格差拡大、労働者と家族、コミュニティーに焦点をあてることが課題です。市場は手段であり目的ではない、という認識も必要です。まだ保守派は雑多な寄り合いで混乱が統いていますが、大きな連合となる 可能性があると思います」
—それを第2次トランプ政権の 4年で達成できますか。
「私はトランプ氏を『過渡的な人物』と考えています。彼が非常に得意なのは、これらの全く違うグルーブを結集させることです。しかし、全く不得意なのは、これらの対立をどのように解決するかを自分で考えることです」
「ただ、4年は、多くの対立を解決するには十分な時間です。 重要なのはトランプ後です。これから 2 0 2 8年に向けて、次の指導者たちは、『これが新しい保守です』と語るのにふさわしい存在になるでしょう。混乱の期間があり、物事が解決され始め、次のリ—ダーが明確なビジョンを持ち、それを前進させる時期が来ます」
—あなたは今 41歳で、次の大統領候補たちと 同世代ですね。「ルビオ国務長官は 少し上、バンス副大統領は 1歳下です。これは非常に重要なポイントです。私たちの世代以降は、冷戦も歴史の本でしか知りません。この世代が大きな問題として直面してきたのは、冷戦ではなく中国の W T O加盟、イラクとアフガニスタンでの戦争、経済の金融化と金融危機、絶望死などです。パラダイムが変わったのです。私は、トランプ後も (保守政策の流れは )変わらないと信じています」
—トランプ政権の 4年間を耐え忍べばいい、という発想では乗り切れないということですか。
「次の世代が権力を持つ世代になるのは、ほぼ自明の理です。ベビーブーム世代がキャリアの終わりに近いづき、もっと現在の課題に関心やつながりを持つ人々が中核に入ってきています。私たちの 重視することが主流になることは、もう避けられないでしょう」
—初来日し、様々な意見交換をして、何を感じていますか。
「正直に 言えば、私はトランプ政権の『ショック療法が必要』という主張に、より同調しています。なぜなら、古いパラダイムや旧モデルへの強い固執を感じたからです。言葉や行動を駆使すれば何とか旧モデルを維持できる、と信じている人が多いのです」
「トランブ大頭領と、彼の政権で国際交渉に関与る人々も、米国の外では思考の 変化があまりに少なく、米国の変化が理解されていないと強く認識しています。新しい方向に進むための第一歩が、もはや旧モデルは選択肢ではないと納得させることだとしたら、その方法を見つける必要ある。これは経済政策というよりも政治的・心理
★会田弘継氏の解説
会田弘継 1951年生、1976年、東京外国語大学外国語学部英米語科卒業後、共同通信社 論説委員長、ジャーナリスト・思想史家 著者に「それでもなお、トランプは支持されるのか」など。
保守自体の改革を志向する「改革保守」と呼ばれるキヤス氏の思想は、 2期目のトランプ政権の誕生とその政策として実を 結びつつあるだけでなく、米国政治を歴史的に変える可能性があります。従来の共和党や保守派は、「 小さな政府」を目指し、自由貿易を進めてきました。それに対して、関税のような保護主義的な政策も採り入れて産業を再生し、白人だけでなく多様な労働者ら支持される保守を目指すのが彼の特徴です。 1 9 3 0 年代のニューディール連合に南部の保守的な白人も参加したことが重要だったように、強大な政治的連合は、常に異質な者を包摂してきました。
現在のトランプ政権は、色々な流れが併存して競い合っている状態です。自らを「真正の保守派」と名乗るキャス氏らの思想も重要です。ルビオ国務長官の上院議員時代に連携してシンクタンクを設立。多くの関係者が重要な政権ポストに就いています。パンス副大頭領とも深いつながりを持っています。大きな連合を作り出す可能性があり、そのために自身は政権には入らず、自由に発言することを何よりも重視しています。一方で、民主党の側はどうでしょうか。 2 0 1 6年の大統領選挙では、進歩主議な政策を掲げたサンダース上院議員が躍進しました。トランブ氏の登場と同様に、既成政党に対する強い不満や不信を反映したものでした。しかし、民主党 20年に党主流派のバイデン前大審を候補にしたことも相まって、本格的な党の改革に手をつけないまま、今に至っています。かって民主党は、レーガン政権に対抗するため伝統的なリベラルな政策から離れ、より中道的で市場経済に軸足を置いた政策を模索。クリントン氏が92年にホワイトハウスを奪い返しました。しかし現在、党内に大きな変革への動きは見られません。企業寄りになってしまった民主党が、もう一度、労働者の支持を集められるのかが重要です。 (聞き手はいずれも池田伸臺)
イチハタ