1-GIとの玉突き
まだ大学生時代、新宿末広の前の方の玉突き屋で1人で突いていた。そこにGIが2人やって来た。GIとはアメリカ兵である。
何となく話してゲームを始めた。賭けゲームである。2.3ゲーム立て続けに自分が勝った。すると2人はコソコソ話していたかと思うと、いきなり走り出し、外に逃げて行った。
これが自分が英語を話した最初である。ルールを定めベットの額を決めたのだから会話になっていたのだろう。英会話とはこんなものかと思った。
そこで舐めてしまって、その後まともに勉強しなかったのが間違いだった。私の英会話はまともでない。
2-太平洋学会
ある年、会員であった太平洋学会の大会がラロトンガであった。
そんな島に十分なホテルがあるはずもない。一般の住宅の庭にテントを張って寝泊りしたのであった。そんな生活がわが英会話を磨いた。
3-会社員時代
出光興産勤務の40年間で英語を必要としたことは一度もなかった。
4-マリンサーベイ講習
定年退社後何をしようかと考え、「マリンサーベヤー」を志した。中古艇売買に際し、艇の状態や時価を鑑定する仕事である。土地売買における不動産鑑定士のように必須の業務である。
しかしわが国にはまだその習慣はない。わが国初のマリンサーベヤーになろうと思った。
自分でも既に数隻の中古艇を乗りこなし、価格情報も集めていたので多少の経験はあった。
ネットで調べたたころ、アナポリスで講習会があることが分かり受講を申し込んだ。
10日ほどの講習だったが、この時の自分の英語理解は3.4割だったと思う。
宿はアナポリスの素人下宿で、息子が2人いて、ウエストポイントとアナポリスにやったのがご自慢であった。
5-AFS留学生受入れ
AFSという組織があり、高校生くらいの学生を受け入れたり送り出したりしている。
偶々それを知って申込んだらNZの16歳の女学生を1年間預かることになった。当時豊橋に居たので、時習館高校の1年生であった。
得難い経験であった。
今では孫が付き合っている。
6-アラスカクルーズ
ネットでアラスカからカナダに回るクルーズがあることを知り申し込んだ。10人ほどで2週間の旅だった。参加資格はヨット操船技術である。
夜間ワッチの時思わず口ずさんだダンチョネ節を、お別れの時に請われてご披露したら大喝采であった
終着はビクトリアで、ここでの経験が後のハンギングバスケットやオープンガーデンの実戦に繋がる。
以上、わが英会話遍歴のお粗末。
iPhoneから送信