第7章 全球水資源モデルH08
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7.0 概要
全球水資源モデルH08は、世界の水循環と水利用を全球0.5度の空間解像度、日単位の時間解像度で計算できるソフトウェアです。H08は地表面水熱収支を解く陸面過程モデル、一定流速を仮定する河川モデル、ならびに取水・ダム操作・導水などを表現する水利用・水管理モデルで構成されています。H08の仕組みや性能はモデル開発論文Hanasaki et al. (2006, 2008a,b, 2010, 2018)に記載されています。
H08水リスクツールで利用しているのは、Hanasaki et al. (2018)に詳細な記述のあるH08 Version2018です。ツール開発のための新機能としてYoshida et al. (submitted)に詳述された気候帯別のパラメタチューニングがあります。この新機能により、1961-1970年の河川流量の再現性が高まるように気候帯別に最適なパラメータが推定されており、もともとのH08 Version2018よりも、河川流量の計算結果が改善されています。ただし、気候帯別にパラメータを変えているため、気候帯の境目で結果が不連続になります。特に寒帯では経度ごとに別のパラメータを割り当てているため、地図上に不自然な境界が現れる場合があります。
7.1 全球水資源モデルH08とは何か
全球水資源モデルH08は、世界の水資源問題に関するコンピュータシミュレーションを実行するためのソフトウエアです。国立環境研究所の花崎直太が中心になって開発しています。2008年にモデルの全体像を示した最初の論文(Hanasaki et al. 2008)が出版されました。その最初と最後のHと08をつなげたのが名前の由来です。以降、モデルはどんどん進化していきましたが、名前はH08のままです。「えいち・おー・えいと」と発音します。
H08のソフトウエアの設計図にあたるソースコードはウェブサイトから公開されています。このため、誰でも自由に改変して研究や計算をすることができます。また、マニュアルと入力データを取得するためのサーバも公開されており、大学の学生さん等でも自習し、利用することができます。2021年3月末まで、ソースコードの利用は教育・研究目的に限られていましたが、2021年4月1日から利用規約が変わり、目的の制限も撤廃されました。ただし、Windowsでは動かずLinuxが必要だったり、ユーザサポートが全くなかったりと、一般の方が利用するのはかなり難しいとお考え下さい。
H08は主に地球規模の水資源の評価をするために開発されています。よって、世界各地にどれだけの水資源量があり、どれだけの水利用量があるのかの推定を主に行います。伝統的に地球の水資源量(つまり、降水量や河川流量)の定量的な推定を行ってきたのは、地球科学の中の気候学や水文学の分野でした。地球の水利用量、とくに農業・工業・生活用水の定量的な推定を行ってきたのは農学やエネルギー経済学などの分野や、行政や土木開発などの実務でした。H08はこうした複数の分野の知見を統合し、さらに独自の着眼点や要素を加えて開発されています。H08のルーツは気候学・水文学・農学・エネルギー経済学にあるといっても、どの分野ともかけ離れた存在になっています。
7.2 H08の仕組み
H08は地球の陸を格子に区切り、格子毎に水循環や水利用の計算を行います。標準的な計算では、世界を緯度経度0.5°(赤道付近で約50km四方)の格子に区切ります。地球は経度方向には360°、緯度方向には180°あるので、まずは地表面を720×360の格子に分割します。 全ての計算は日単位で行われます。H08の最新バージョンは、Hanasaki et al. (2018)に詳細な記述のあるH08 Version2018です。
水循環・水資源
H08は自然水循環と人間水利用の主な要素を計算します。自然水循環は、かいつまんで言うと、次のようになります。陸に降った降水量は浸み込んで土壌水分になります。土壌水分の一部は蒸発散して失われます。また、一部は地下水に到達し、地下水を涵養します。残りは流出となり、地下水から流れ出す基底流と共に、河川に流れ込みます。河川は上流から下流へと流出を流下させ、河川を形成します。
蒸発散量は日射をはじめとするエネルギー(熱)と、土壌水分をはじめとする水の物理的な過程で決まります。地表面の水熱収支を計算するモデルを陸面過程モデルと呼びます。H08は最も基本的なBucketと呼ばれる陸面過程モデルを採用しています。河川の流下は非常に複雑な水の流れで、河床の勾配や抵抗(粗度と言います)、断面の形状など様々な要素により流速や流量が決まります。ただし、大陸河川をマクロに見ると、一定の流速で下流に流出が受け渡されていく、と捉えることもできます。H08は一定流速を仮定して流量を計算するTRIPと呼ばれる河川モデルを採用しています。
ダム操作
川にダムがある場合、ダムは河川水を貯めたり、放流したりします。全てのダムには操作規則があり、どのように水を貯め、放流するか、決められています。ところが、操作規則は公開されていないことが多く、そもそも、毎年変わる場合も多いです。このため、H08ではダムには一般的な操作規則があると仮定し、世界中のダムに適用することにより、数百の主要ダムの放流量を決定しています。
世界にダムは大規模なものだけで45000基以上あると報告されています。規模はまちまちで、全てをモデルで表現するわけにはいきません。H08では格子に表現された河道、つまり川の本流の流れを制御しているダムを「グローバルダム」と、支流の流れを制御しているダムを「ローカルダム」と呼び、区別しています。操作規則を推定し、放流量をコントロールしているのはグローバルダムのみです。
農業用水需要の推定1:農事歴の推定
H08はシミュレーションを行うことで各格子の農業用水需要を推定します。シミュレーションは大きく、農事歴の推定と農業用水需要の推定の2つに分けられます。前者はいつからいつまで灌漑が必要なのか、後者は、どれだけ灌漑用水が必要なのかを推定します。
作物の播種、収穫のタイミングを農事歴(cropping calendar)と呼びます。気候や栽培される作物が異なることから、同じ作物であっても、農事歴は世界中で全く異なります。全世界を網羅した現地観測ベースの農事歴データがないため、H08ではやはりシミュレーションによって推定しています。
H08にはSWATというモデルからアルゴリズムを借りた農業収量計算モデルが備わっています。この農業収量計算モデルを使うと、ある日ある場所で播種した作物が、いつ収穫でき、どれくらい収量が得られるか、推定することができます。具体的には、播種日以降の日々の日照量から、栽培期間中の高温・低温・水不足などの成長阻害因子も考慮しながら、バイオマス量を求めます。積算温度が規定値に達すると収穫日を迎え、可食部の重さ、つまり収量が計算できます。
再び農事歴の話に戻ります。H08ではこの農業収量計算モデルを用いて、1月1日から12月31日まで、毎日播種を行ってみた場合の収量を全世界・全作物種にわたって計算を行います。こうすると、格子毎、作物種ごとに、1年の中で最も収量が大きくなる播種日の推定ができます。これを現地の播種日とみなします。こうして求めた世界の播種日の分布ですが、米国農務省の報告書に示された世界の播種日の分布とよく一致することが確かめられています。
農業用水需要の推定2:灌漑用水需要の推定
続いて、灌漑用水需要の推定の説明に移ります。計算にあたって、標準設定では各格子を4つに区切ります。それぞれ、①二毛作を行う灌漑農地、②二毛作を行わない灌漑農地、③天水農地、④非農地を表します。これらは格子全体を100%として、それぞれ面積の割合で表現します。このように格子をさらに分割することを気候学の分野では「モザイク化」といいますが、分野によって呼び名が違うため、H08では「サブセル(sub cell)」と呼ぶことにしています。サブセルはそれぞれ土壌水分量が異なり、その結果水熱収支も変わるため、別々に計算します。
さて、農業用水=灌漑用水が発生するのは「二毛作を行う灌漑農地」と「二毛作を行わない灌漑農地」の2つのサブセルです。後者では、そのセルで最も収穫量の大きい作物が栽培されるものと仮定します。前者では、表作と裏作で、それぞれそのセルで1番目と2番目に収穫量の大きい作物が栽培されていると仮定します。1年間に何回収穫が行われるかを作付け強度(cropping intensity)と言います。強度が1.5の場合、田畑の半分で二毛作が行われ、残りでは一期作が行われることになります(2回×0.5+1回×0.5=1.5)。
灌漑農地では播種から収穫まで、ずっと灌漑されているものとします。灌漑とは、灌漑農地の土壌水分を飽和の75%に保つこととし、そのために追加しなければならない水量が灌漑需要となります。75%に保つことで蒸発散量はその気候に対して最大となり、作物に一切水ストレスがかからなくなります。雨が降れば土壌水分は増え、蒸発散や流出により土壌水分は減ります。こうした天候に応じて、灌漑需要は日単位で大きく変動します。
最後に、灌漑用水需要を求めます。灌漑需要は灌漑農地の土壌に投入すべき水の量ですが、川などから取水し、農地まで送水する途中に様々なロスが発生します。田畑に到達する水量を水源での取水量で割った値を灌漑効率(irrigation efficiency)と呼びます。アジアの水田のように、開水路を利用した灌漑方式では効率が低く、乾燥地の点滴灌漑などの方法では効率が高くなります。灌漑需要を灌漑効率で割ることにより、灌漑用水需要を求めます。
生活用水需要と工業用水需要の推定
生活用水と工業用水は国連食糧農業機関のデータベースAQUASTATの提供する国別の取水量を人口分布に応じて重みづけることにより、0.5°の格子データに変換します。
農業用水は、蒸発散×面積でおおよその需要量が推定でき、かつ、年内の変動が著しいという性質があり、モデルを使って日単位で推定しています。これに対し、生活用水と工業用水は現地の産業や生活習慣により利用量が大きく異なり、季節や天候によってもそれほど需要量は大きく変動しません。こうした違いが、モデル内で農業用水と生活・工業用水で扱いが大きく異なる背景になっています。
取水・水利用
人間社会には大きく分けて農業、工業、生活(都市)の3つの水需要があります。これらの水源をまず、表流水と地下水に割り当てられます。現実の水利用は、水利権の設定や、浄水処理や送水などのインフラが絡み、とても複雑な仕組みになっていますが、H08では次のように単純化して計算を行っています。
表流水については、水需要量をまず同じ格子にある河川から取水します。足りない場合は、導水路(運河など)がある場合は、導水路を通じて近隣の格子の河川から取水します。それでも足りない場合は、同じ格子にあるローカルダムの貯水から取水します。それでも足りない場合、海水淡水化施設がある場合、海水淡水化された水を取水します(農業用水以外)。それでも足りない場合、何らかの見過ごしている「未知の表層水の水源」(unspecified surface water)があると仮定し、そこから取水します。
地下水については、水需要を地下水から取水します。H08では涵養された水は地下水層というタンクに貯められているので、そこから水をとります。このタンクは涵養されて回復するので、再生可能地下水と呼びます。さて、地下水槽タンクが空になった場合、タンクよりも下にある地下水を取り続けられると仮定します。この地下水は涵養されないので、非再生可能地下水と呼びます。非再生可能地下水の利用は、世界中で問題になっている地下水位の長期的な低下に対応します。
取水された水はそれぞれの用途に利用され、一部は蒸発散します。残りは排水路や下水管などを通じて川に戻ります。これを復帰水(return flow)と呼びます。特に農業用水の場合、復帰水の一部は川に戻る前に蒸発散します。
水資源評価
H08はこうした水の動きを、全ての格子で、一日単位で計算し、記録します。いろいろな要素とのやり取りがありますが、水は途中で行方不明になることなく、全て追跡することができます。この特徴を使って、水資源評価を行います。例えば、第4章では「取水の持続可能性」という指標を紹介しました。この指標の計算には「持続可能な水源からの取水量」と「水需要量」が1日単位で必要です。現実世界ではどちらを推定するのもとても困難ですが、H08では定義し、計算することが可能です。
H08水リスクツールで使われたH08の新機能
H08水リスクツールで利用しているのはH08 Version2018です。ただし、ツールのために新しく開発されたパラメータチューンという機能が加えられています。
水循環・水資源の計算をするときに最も重要な要素は流出(河川流量)です。流出は「水循環・水資源」の項で述べた通り、熱と水のバランスから決まりますが、植生、土壌、地形など様々な要素の影響を受けるため、理論通りに計算してもなかなか現実と一致しません。そこで、河川流量をモデルを使ってシミュレーションする際には、過去の流量と計算結果がよく合うように、流出のパラメータを合わせる「パラメータチューニング」と呼ばれる作業が行われます。効果は抜群で、チューニングの技術も高度に発達していますが、合わせる対象となる、信頼性の高い流量観測があるのが大前提です。世界を見渡すと、いわゆる先進国は河川流量の長期観測が行われ、データも公開されていますが、いわゆる途上国では観測が不十分な地域が多く、データもまず公開されません。全球モデルの流出モデルのパラメータチューニングは水文学の難題でした。
Yoshida, Hanasaki, et al. (submitted)ではこの問題に取り組み、パラメータの組み合わせを変えた大量の計算の結果を気候帯別に整理することで、全球モデルのパラメタチューニングをする方法を提案しました。H08水リスクツールで使われている機能拡張されたH08 Version2018は、1961-1970年の河川流量の再現性が高まるように気候帯別に最適なパラメータが設定されており、オリジナルのH08 Version2018よりも、河川流量の計算結果が改善されています。ただし、気候帯別にパラメータが変わるため、気候帯の境目で結果が不連続になります。特に寒帯で経度ごとに別のパラメータを割り当てているため、地図上に不自然な境界が現れる場合があるので注意してください。
7.3 H08の走らせ方
H08を使ってシミュレーションを実施するには、二種類の情報が必要です。一つ目は気象データです。毎日の気温や降水量、日射量などを与えることによって、地上の水熱収支の計算を行い、水の流れを計算します。二つ目は地理データです。川がどこを流れるのか、ダムはどこにあり、どれくらいの容量があるのか、といった情報をH08に与えます。これらのデータは全て0.5°の格子ごとに与えます。H08 Version2018の標準入力データをまとめると次のようになります。H08水リスクツールに使われたデータは「第8章 全球水資源シミュレーション」で詳しく解説します。
全ての入力データが与えられると、H08は水循環と水利用を格子毎に計算していきます。H08は計算した全ての項目について、日単位で結果を出力することができます。ただし、全て出力するとデータが大きくなりすぎるため、通常は極めて重要な河川流量や取水量などの項目を日単位で、それ以外の重要な項目を月単位で出力します。
H08で実施する計算量は大きいですが、現在は計算機の性能が上がっているため、標準的な0.5°の全球計算なら家庭用のパソコンで十分に実行できます。ただし、研究をするときには、条件を変えてたくさんの計算を行うため、入力データと出力データの容量がとても大きくなります。それらは家庭用のパソコンでは到底収まりきらないため、大容量(100TB超)の高性能ハードディスクを搭載した専用のサーバを使って研究は行われます。
7.4 H08の使われ方
7.4.1 グローバルな研究
H08はこれまでに地球の水循環や水資源に関する多くの研究に利用されてきました。主なものとして、(1)貯水池(ダム)が地球の水循環に与える影響を評価したもの、(2)水利用と河川流量の季節性(雨期と乾季)に注目して世界の水不足を評価したもの、(3)農畜産物の輸出入に伴って仮想的に取引される水、いわゆるバーチャルウォーター貿易量を推定したもの、(4)地球温暖化による気候の変化と社会経済の変化が21世紀の世界の水不足に及ぼす影響を評価したもの、(5)世界の取水量の推定を水源別に行ったもの、(6)水逼迫指標の閾値がどのように決まっているのかに迫ったもの、などがあります。どういう背景から研究を行い、何が分かったのかは、以下の3つの文章にまとめていますので、ご関心があれば、ご覧ください。
花崎直太:世界の水資源のコンピュータシミュレーション、国立環境研ニュース、29(3)、2010年8月、pp5-8.
花崎直太:続・世界の水資源のコンピュータシミュレーション、国立環境研ニュース、34(4)、2015年10月、pp6-9.
花崎直太:世界の水資源のコンピュータシミュレーションその3、CGERニュース、2021年9月.
7.4.2 ローカルな研究
H08は世界全体を対象にしたグローバルな研究のために開発されてきましたが、ローカルな研究に利用することもできます。ローカルな研究に使うときは、計算範囲を絞りこみ、空間解像度を0.5度(30分)よりも細かくします。また、現地の詳細な気象・地理データが利用できる場合は、積極的に利用することで、計算の精度を高めます。このように空間解像度が上がり、シミュレーションの精度も上がると、例えば、大規模な洪水時のダムの効果や、気候変動対策として適応策を打った場合の効果の検証など、実務的な応用可能性が広がります。これまでに、H08はタイのチャオプラヤ川と日本のいくつかの地域で重点的な適用と検証を行ってきました。
チャオプラヤ川では空間解像度5分(約9km)のモデルの開発を行ってきました。チャオプラヤ川は集水面積が約160,000km2と利根川の約10倍の大きさがあり、上流には巨大なダムがあり、中流や下流には広大な灌漑農地が広がり、下流のデルタはいくつもの支流や運河などが流れ込んだり、分かれたりしており、大変に複雑な河川です。H08は科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)による地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)に2期10年参画し、モデルの開発を進めてきました。特にタイのモンクット王工科大学トンブリー校(KMUTT)や王立灌漑局(RID)の全面的な協力・支援によって現地データの収集が進み、(1)基本モデルの開発とリアルタイム計算への応用、(2)森林の気候変動適応策としての効果、(3)ダムの新規開発の効果、(4)運河・放水路網の拡張の効果、(5)チャオプラヤ川の気候変動影響研究の包括的レビューなどを行ってきました。日本語で概要をまとめた適当な書類がありませんが、ご関心があれば、それぞれ以下をご覧ください。
Hanasaki, N., Saito, Y., Chaiyasaen, C., Champathong, A., Ekkawatpanit, C., Saphaokham, S., Sukhapunnaphan, T., Sumdin, S., and Thongduang, J.: A quasi-real-time hydrological simulation of the Chao Phraya River using meteorological data from the Thai Meteorological Department Automatic Weather Stations, Hydrological Research Letters, 8, 9-14, http://dx.doi.org/10.3178/hrl.8.9 , 2014. [open access]
Takata, K., and Hanasaki, N.: The effects of afforestation as an adaptation option: a case study in the upper Chao Phraya River basin, Environmental Research Letters, 15, 044020, https://doi.org/10.1088/1748-9326/ab7462 , 2020. [open access]
Padiyedath Gopalan, S., Hanasaki, N., Champathong, A., and Tebakari, T.: Impact assessment of reservoir operation in the context of climate change adaptation in the Chao Phraya River basin, Hydrological Processes, 35, e14005, https://doi.org/10.1002/hyp.14005 , 2021. [open access]
Padiyedath Gopalan, S., et al. in prep
Kiguchi, M., Takata, K., Hanasaki, N., Archevarahuprok, B., Champathong, A., Ikoma, E., Jaikaeo, C., Kaewrueng, S., Kanae, S., Kazama, S., Kuraji, K., Matsumoto, K., Nakamura, S., Nguyen-Le, D., Noda, K., Piamsa-Nga, N., Raksapatcharawong, M., Rangsiwanichpong, P., Ritphring, S., Shirakawa, H., Somphong, C., Srisutham, M., Suanburi, D., Suanpaga, W., Tebakari, T., Trisurat, Y., Udo, K., Wongsa, S., Yamada, T., Yoshida, K., Kiatiwat, T., and Oki, T.: A review of climate-change impact and adaptation studies for the water sector in Thailand, Environmental Research Letters, 16, 023004, https://doi.org/10.1088/1748-9326/abce80 , 2021. [open access]
また、2017年度以降力を入れているのが、日本での1分(2km)解像度のモデル開発です。タイのチャオプラヤ川で実施したように、現地データを使った入力データの改良や検証データの開発を、さらに高解像度・高密度に日本で実施しようというものです。これまでに、(1)H08を九州に適用して河川流量の精度を調べたもの、(2)さらに取水量やダム操作を含む水需給バランスを調べたもの、(3)利根川・荒川に適用したもの、(4)日本全国の代表的河川の河川流量の精度を調べたもの、などがあります。日本語で概要をまとめた適当な書類がありませんが、ご関心があれば、以下をご覧ください。
花崎直太, 藤原誠士, 間地暁洋, 瀬戸心太: 全球水資源モデルH08の九州への適用可能性, 土木学会論文集B1(水工学), 74, I_109-I_114, https://doi.org/10.2208/jscejhe.74.I_109, 2018.[open access]
Naota Hanasaki, Hikari Matsuda, Masashi Fujiwara, Akihiro Maji, Yukiko Hirabayashi, Shinta Seto, Shinjiro Kanae, Taikan Oki: Towards hyper resolution global hydrological modeling with human activities – an application to the Kyushu Island Japan, https://doi.org/10.5194/hess-2021-484, 2021 [pre-print, open access]
松村 明子・光橋 尚司・須賀 可人・寺島 明央・金山 拓広・小川田 大吉・矢野 伸二郎・花崎 直太・沖 大幹:全球水循環モデルH08 による都市の取排水システムを考慮した流域の水需給の評価、土木学会論文集B1(水工学), 2021. [in press]
吉岡伸隆・井手淨・花崎直太・平林由希子:降水量データの違いによる日本域の河川流量再現性の評価、土木学会論文集B1(水工学), 2021. [in press]
コラム:用語集
降水量:降雨量と降雪量の和
蒸発散量:蒸発量と蒸散量の和
蒸発量:土壌や植物の表面からの蒸発量
蒸散量:葉の裏にある気孔から出る水蒸気量
可能蒸発散量:ある気候条件で水面あるいは湿潤な条件(よく水をやった草地など)からどれだけの水が蒸発するかを示した量。
流出量:土壌の区画から外に流れ出る水量。表面流と中間流と基底流の和。
土壌水分:土壌中の水。ほとんどの場合、不飽和土壌中の水を指す。土壌は土粒子と空隙(隙間)からなっている。浅い土壌の空隙は通常、水と空気が混じっており、この状態を不飽和という。空気が追い出され、空隙が水だけで満たされた状態を飽和という。
地下水:飽和土壌中の水。
地下水面:不飽和土壌と飽和土壌の境界。
涵養量:不飽和土壌から飽和土壌に流れ込む水の量。
表面流:地表を流れる水の量のこと。表層土壌が飽和して降雨が浸み込めなくなった場合、浸透する速さを上回る降雨があった場合に発生する。
基底流:地下水の流れのこと。地盤の傾斜などによる圧力の分布によって発生する。
中間流:不飽和土壌から発生する流出のこと。土壌や土粒子が完全に均質であったなら、土粒子と水と空気の作る表面張力により、不飽和の条件下では基本的に土壌水分は移動しない。ところが、土壌は不均質であり、様々な作用から「みずみち」が発生するなどして、不飽和土壌からも流出が発生している。少々驚くべきことに、科学の発達した現代でも中間流のメカニズムや実態はよく分かっておらず、定式化やモデル化も行われていない。
コラム:なぜモデルが必要か
第1章から第5章まで繰り返し述べてきたように、世界には様々な水問題が存在し、多くの人々にも認識されています。ところが、水資源や水利用の実態をつかむために必要な水のフローとストックに関するデータは限られています。
野外に存在する水は、水の中、土の中、また蒸発によって空の中まで動き回る性質があり、測定するのは現代の技術をもってしても全く簡単ではありません。また、水は石油などの他の天然資源に比べると、どこにでもたくさんあり、安価という特徴があります。測るのが難しく、高価なものでもないので、正確に測らないし、報告もしない、ということが各所で起こってしまい、結果として、国全体、世界全体というスケールになると、測定によって積み上げたデータがほとんどない、ということになってしまうのです。
水のフローとストックに関するデータを得るための手段は大きく分けて3つあります。一つ目は地上観測と政府統計、二つ目はリモートセンシング、三つ目はモデルとシミュレーションです。
地上観測と政府統計とは、行政の仕事として、測器を使って観測し、データを集めて公表することを指します。信頼性が高く、例えば日本の場合、国の管理する河川の流量、貯水池の操作情報(貯水量や放流量)、工業用水利用量などについては、詳細な情報を入手することができます。ところが、これら以外の要素を全国規模に集めようとすると、都道府県や市町村などの統計を広範に集めなければならないなど、広域・長期間にわたって集約された情報を得るのが難しいのが実情です。同様の問題は諸外国にも同様に見られます。
リモートセンシングとは、人工衛星に搭載したセンサーなどを使って、地球観測をすることを指します。降水量、表層の土壌水分、陸域貯水量※のグローバルな推定が可能ですが、時間的・空間的な解像度が粗い、精度が低い、観測頻度が低い、観測期間が短い、などの課題がある場合がほとんどです。
モデルとシミュレーションとは、現実の川や社会の水利用を模した「川の模型」「水利用の模型」をコンピュータ上に作り出し、計算を行うことで、推定することを指します。物理則や経験則に基づいて「模型」を作り、過去がよく再現できるかをよく確かめてから計算することで、広域・長期間・高時空間解像度の水の推定が可能になります。計算にあたっては、使えるだけリモートセンシングや、地上観測と政府統計も使うので、データや情報の統合という側面もあります。
参考文献
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Hanasaki, N., T. Inuzuka, S. Kanae, and T. Oki (2010), An estimation of global virtual water flow and sources of water withdrawal for major crops and livestock products using a global hydrological model, Journal of Hydrology, 384(3-4), 232-244, doi: 10.1016/j.jhydrol.2009.09.028.
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