学会発表
ここでは学会発表の考え方を述べていきます。
口頭発表について
口頭発表の心得
口頭発表は劇(一人芝居)だと考えましょう。役者になり切って「研究」という一つの物語を伝え、聴衆の共感や感動を得ることが、口頭発表の目的です。
劇である以上、絶対に台本を読み上げてはいけません。学芸会の小学生だって、棒立ちで、台本を読み上げることはないでしょう。口頭発表で話す内容は事前に完全に覚えておきましょう。さらに、適切な身振り手振りを使い、声色を使い分け、聴衆を引き込んでいきましょう。
例外は口頭発表を録画して配信する場合です。話の中でたまに「えーと」が入ったり、言葉を言い換えたりすることは、ライブにおいては全く気になりませんが、録画ではとても気になります。録画する場合は、完璧な台本を作り、アナウンサーになりきって、完全に読み上げましょう。
口頭発表のスライドは「舞台の背景」だと考えましょう。細かさは不要です(客席から見えないからです)。それより、話の展開(方法を説明しているのか、結果を説明しているのか)と本筋(何が問いで、何が答えなのか)だけよく分かるようにしましょう。
「セリフを忘れたときのカンニングペーパー」だと勘違いして、自分のセリフをスライドに書いている人がいますが、それだけは絶対に真似してはいけません。
口頭発表の練習
何度も発表練習しましょう。会場に向かう電車の中で、スライドを見ずに、画面送りするタイミングや間に挟むジョークも含めて、完全にプレゼン出来るようにしましょう。
American Geophysical Unionの会場外のロビーでは、若手研究者がノートパソコンの前で一人でひたすら発表練習しているのが見られます。アメリカに留学したら英語の発表が上手になるわけではありません。必死に練習を重ねるから上手になるだけなのです。
発表時間の厳守
口頭発表では必ず発表時間が決められています。発表は必ず時間内に収めましょう。
そのためには、完成されたスライドを使って何度も発表練習をして、1枚1枚の説明にかかる時間を正確に把握しておく必要があります。Intro完了までに2分、Methods完了までに4分、Results完了までに7分、Conclusions完了までで8分など、目標タイムを決めましょう。本番でもしそれより遅れてしまったら、すぐに調整しましょう。
時間厳守が必須のはずなのに、口頭発表会場にきちんとしたタイマーが用意されていることは稀です。発表するときは、必ず自分でタイマーを用意しましょう。スマホのストップウォッチで十分です。
口頭発表用スライドの作成の基本
以下では、研究発表のスライドの作り方の基本についてまとめてみます。研究の状態によって、話すべき内容や作るべきスライドは異なるので、「前提」からよく読んでください。
前提
ここでは「完成された一つの研究を発表するとき」のヒントを書いています。「完成された」とは論文が受理・出版されているということ、「一つの研究」とは、複数の論文について言及することなく、一つの論文の内容だけを紹介するということです。
スライドの全体構成
基調講演やセミナーでない限り、通常の学会発表は多くの場合、発表時間は10分以下です。ということは、発表できるスライドの枚数はせいぜい6-7枚です。
私がお勧めする6-7枚の内訳は、タイトル1枚、序論(Introduction)1枚、方法2枚、結果と考察2枚、結論1枚の計7枚です。
口頭発表スライドの各論
タイトル
題名・著者・所属を書きます。
私はこの3つだけで、他は何もいらない、と考えています。
重要な会議では、背景に写真を入れてもよいでしょう。ポイントはとにかく洗練させること。写真を入れたことでごちゃごちゃしたり、かっこ悪くなったりしたら本末転倒です。
序論(Introduction)
ここは研究の論理構成を説明する場面です。基本的に字ばかりのスライドでよいですが、字数は最小限にしましょう。次の4つの見出しは必ず挙げましょう。
背景(Background):まず、研究テーマを提示しましょう。
先行研究と課題(Earlier studies & their shortcomings):次に、掲げた研究テーマについて、先行研究とその課題についてまとめましょう。
問い(Research questions):続いて、先行研究の課題から導き出された問いを提示しましょう。これが一番大事です。
方法(Approach):最後に、どの方向から問いに取り組むか書きましょう(モデリング、解析、文献調査、等)。スペースが足りなければ省いてもよいと思います。
方法(Methods)
ここは、研究の手順を説明する場面です。Materials (モデル研究の場合は利用したデータ)とMethods(モデル・シミュレーション・解析手法)について述べましょう。
モデル研究についての研究発表の場合、「モデル」と「入力データ」を方法の1枚目に、「シミュレーション」と「解析手法」を2枚目に書くとよいと思います。
ここで、「モデル」とは、MIROCやMATSIROなどシミュレーションに利用したモデルの説明です。新たな機能を加えた場合、それについても述べます。「入力データ」とはモデルの境界条件として与えた気象データや地理データなどを指します。「シミュレーション」とはモデルをどう実行したかの説明です。シミュレーション期間やモデルの設定の違いなど、結果を解釈するために必要な情報を出します。「解析手法」とは、シミュレーション終了後、どのような処理を行ったかの説明です。例えば、シミュレーションの性能指標を出した、とある環境指標を出した、という場合、指標について説明します。
もし分かりにくければ、レシピを思い出してみてください。入力データは「原材料」、モデルは「調理器具」、シミュレーション・解析手法は「手順」や「盛り付け」になります。
「モデル」の説明はたくさんするけど、「シミュレーション」についてほとんど触れない、という発表が散見されます。これでは、発表者が何をしたのか聴衆にはさっぱり分からず、結果の解釈もできません。これはレシピで言うと、「ホットケーキの作り方。材料は小麦粉、卵、砂糖、牛乳。用意するものはフライパン。」で終わっているようなものです。「入力データ」と「モデル」をどう使ったのか、「シミュレーション」と「解析手法」できちんと示しましょう。
結果と考察
ここは結論に対する根拠を提示する場面です。未解決だった「問い」に対して、答えが示される、劇のハイライトです。
まず、タイトルに問い(Research questions)を再掲しましょう。
問いに対する答えを端的に表した図表を論文原稿から1枚厳選し、スライドに大きく示しましょう。
2~3枚図を使わないと問いに答えられない場合、それらの図には情報が集約され切っていないのかもしれません。その場合は、図が本当に完成されているのか、もう一度検討してみましょう。
図から読み取れる最重要のメッセージ、すなわち、問いに対する答え、を箇条書きにして示しましょう。
結論
序論と同様に、研究の論理構成を整理する場面なので、字だけのスライドでOKだと思います。次の3つの見出しを必ず挙げましょう。
結論(Conclusions):問いに対する答えを示しましょう。
意義(Significance):先行研究に対する優位性を示しましょう。
示唆(Implication):結論を超えたメッセージがあれば、伝えましょう。
例えば、気候変動の影響評価のモデル研究をした場合、解析結果から言えるのは、気候変動によって何らかの対象に現在と異なる事象が現れることだけです。「だから、緩和策や適応策に取り組まなければならない」というようなメッセージは、モデル研究からは直接導き出せないため、示唆に入れるのが適当だと私は考えています。
ポスター発表について
ポスター発表の心得
ポスター発表のポスターは「読んで分かるチラシ」
口頭発表のスライドが「舞台の背景」だとすれば、ポスター発表のポスターは「読んで分かるチラシ」と考えるとよいでしょう。ポスターはポスター発表のコアタイム以外でも、会場に掲載され続けている場合が多いです。コアタイム以外にポスターを読みに来た聴衆が、あなたの説明なしに読んでも理解できるように作成するのが基本です。
避難指示でも出ない限り、コアタイム中は自分ポスターの前から離れない。
発表者はコアタイムの間中、必ずポスターの前にいましょう。お客さんが来ないからと言って、他のポスターを見に行ってはいけません。ポスターの前に発表者が立っているからお客さんが来きます。近くでしゃがんでいたり、ふらふら他のポスターを見に行ったりしている発表者のポスターにはお客さんは来ません。
コアタイム中は必ず、予想しなかった出会いがあり、将来の展開があります。前後左右、会場に誰も人がいなかったとしても、絶対に諦めずにポスターの前に立ち続けましょう。
ポスター作製の基本
ポスターは文章をコピーして作る。
「ポスターとは、論文や予稿などの文章の要点を、大きな紙に印刷したものである」と考えると分かりやすいでしょう。出版済みの、あるいは投稿中の論文についてポスター発表する場合は、論文原稿の最重要の文章と図表をポスターに貼り付けて作っていきましょう。あるいは、水文・水資源学会の研究発表会のように2ページ程度の予稿(Extended abstract)を提出している場合は、基本的には予稿の内容をそっくりそのままポスターに貼り付けて作っていきましょう。
原稿や予稿なしにポスターを作るのは至難の業です。本当に該当する文章がない場合は、A4で2ページでよいので文章ベースの下書きを作ってからポスターを作りましょう。回り道のようですが、これが一番早いです。
ポスターのサイズを確認する。
大会ウェブサイトを見て、用紙サイズの指定があれば必ず従いましょう。指定がない場合、A0かB1で作るのが無難です。縦長・横長にも注意しましょう。国内は縦長、海外は横長の場合が多いようです。
ソフトウェアはパワーポイントが基本。「新規作成」はしないのが無難。
ポスターを作成するためのソフトウェアはパワーポイントが基本です。「新規作成」はせず、できるだけ、ポスター印刷の実績がある既存のファイルの内容を置き換えて作成すると失敗しにくいと思います。
もし、どうしても新規作成しなければならないときは、用紙サイズをA0かB1に正しく設定すること。解像度の不足や、プリンタの用紙サイズ認識不能が起こるので、デフォルト(4:3や16:9)やA4の設定のままでポスターを作り始めることだけは絶対に避ける。
ポスターは1m離れて立って読めればよい。案外細かい字が使える。
ポスター作製の各論
注意
ポスターのレイアウトに標準や正解はないようです。ポスターレイアウトのヒントはインターネット上にたくさんあるので、いろいろ調べてみてください。
以下に示すのは、およそどんなレイアウトに対しても共通して言える、と私が考えていることです。
レイアウト
上部にタイトル・著者・所属を書いたヘッダーをつけましょう。
左右上下の余白をしっかりとりましょう。これは印刷時に切れてしまわないようにするためです。
コンテンツ間の余白もしっかりとりましょう。これは読みやすくするためです。
ポスターのヘッダー
タイトルは美しく、読みやすく書きましょう。あなたのポスターの前を通る人の中で一番多いのは、タイトルしか読まない人。せめてタイトルだけは気持ちよく読んでもらいましょう。
著者名は必ず全員書きましょう。所属も書きましょう。
学会名やポスター番号は書いた方がよいです。ただし、学会終了後、研究室に持ち帰って壁に貼るなど、再利用をする場合は書かない方が使いやすいかもしれません。
ポスターの本文の構成
どんな発表形態であっても、研究発表の構成要素は変わりません。つまり、①序論(Introduction)、②方法(Methods)、③結果と考察(Results & Discussion)、④結論(Conclusions)の4つです。
なお、要旨(Abstract)の文章もあった方がよいです。ポスターは「読んで分かるチラシ」なのですから。
分量のバランスとしては、結果と考察で紙面の半分以上を使うとよいでしょう。
何をどこまで書けばよいか悩む人が多いのですが、基本的には発表時間5分の口頭発表と捉えるとよいでしょう。めいっぱい詰め込んだとしても、口頭発表と同じくらいの情報量にとどめましょう。
序論
とにかく、問い(Research questions)だけは、はっきりと提示しましょう。つまりこのポスターを読むと、何についての答えが分かるのかだけははっきり書きましょう。
結果
図表のキャプションはしっかり書きましょう。これは、あなたの説明なしにお客さんが読んでも図表の意味が分かるようにするためです。
図表から何が言えるのか、いわゆるTake home messageは必ずはっきりと書きましょう。
結論
結論は必ず書きましょう。残念ながらポスター発表は口頭発表ほどお客さんの注意をコントロールできません。お客さんはあなたのポスターを読んでいる途中、あるいはあなたの説明を聞いている途中に、挫折してしまう場合がとても多いです。結論だけ読みたいというニーズが高いことを理解しましょう。
結論は問いに対する回答です。「序論」で掲げた問い(Research Questions)に対応させて示しましょう。
補足
【ポンチ絵は作るな】
国内の会合で、「時間がないので、2~3分で発表してください」という場面で映し出されるスライドは、たいてい、背景から結論まで全てが詰め込まれた、とてつもなく複雑でカラフルな1枚のスライドです。これは「ポンチ絵」と呼ばれる官公庁の行政文書に使われる模式図・概念図をルーツにしています。一見すると、全てが1枚に収められた優れたまとめに見えますが、図や字が細かすぎて見えづらいうえ、全て説明しようとしたら長大な時間がかかるため、発表者にも聴衆にもかなり負荷がかかります。ポンチ絵は研究予算の申請書などで作成が必須となる場合がありますが、口頭発表にもポスター発表にも不向きであり、研究者が自ら作る必要はないと考えています。ポンチ絵をほど複雑な内容は複数枚のスライドに分けましょう。また、発表時間はせいぜい10分しかありません。1枚のスライドの説明にかけられる時間は長くても2分です。2分以内で全て説明できないスライドは無駄・無効なのです。
【学会発表は論文と同じでよいか?】
時々、学生さんや若手の特別研究員から「学会発表のタイトルと論文のタイトルは変えるべきですか?」「学会発表の内容と論文の内容は変えるべきですか?」と尋ねられることがあります。私の基本的な答えは次の通りです。
理想論
理想的には、まず研究をして論文を書き、投稿が完了してから、学会発表をすべきです。
この場合、学会発表は投稿した論文に基づいて行うことになるので、タイトルは論文タイトルと同じ、要旨は論文要旨と同じ、内容も論文と同じになります。
この場合、学会発表するのは研究と論文の宣伝のため、ということになります。毎日何千、何万本と論文が出版される中、同業者にあなたが投稿・出版した論文に気づいてもらい、読んでもらうのは至難の業です。大きな学会には同業者が顔をそろえるので、そこで内容を紹介するのはとても重要です。
あなたが重要な論文を投稿したなら、必ず直後に大きな学会で発表すべきです。タイミングは早すぎても(投稿前)、遅すぎても(出版後1年以上経過)ダメです。宣伝効果がなくなってしまうからです。
現実論
学生さんや若手の特別研究員は順番が逆になることが多くあります。つまり、投稿するにはまだほど遠い研究状況なのに、「最終学年だから」といった理由で学会発表を勧められ、発表するケースが多いのです。
こういう場合は、予稿作成時までに得られた結果を結論と位置付けた、小さいスケールの研究発表をするしかないと私は考えています。例えば、AモデルをB国に適用し、Cという課題について解析するのが研究計画であったとして、予稿を投稿する段階で、ようやくAモデルをB国に適用したところまでしかできていなかったとします。その時は、「AモデルはB国に適用できるか?」という研究だと割り切り、何とか、序論から結論まで論理構成し、結論の最後の「示唆(Implication)」のところで、Cという課題への適用について触れるという形式になります。この場合、当然、学会発表と論文で、タイトルも内容も異なることになります。
余談
日本の土木系の大学・大学院に広まっている「順番」には騙されないように気を付けてください。それは、「研究の途中段階で学会発表し、それから研究を完成させて論文を出すのが正しい順番だ」という説です。この説に矛盾があるのは明らかです。まず、学会というのは研究を職業とする者の団体です。プロを相手に「研究の途中段階」を話すというのは意味を成しません(大研究や大発見の途中経過なら別ですが)。また、学会発表も論文出版も、発表形式が口頭か誌上かの違いだけで、結論を主張する際に必要となる論理や根拠は変わりません。つまり、説に従うと、論理や根拠の乏しい話をプロ相手に話すことになるのです。
こんな「順番」が広く信じられている理由は、日本の大学・大学院教育の特殊性にあります。日本の大学・大学院は卒論・修論を書いて提出したことに対して学位が与えられる仕組みになっています。卒論・修論は年度末に提出期限があります。そして、学位が与えられると学生たちは一斉に就職し、ほとんどの場合、二度と研究には戻ってきません。よって、学会発表をしようとすれば最終年度の前半にするしかなくなり、「学会発表」と「論文執筆」の順番が逆になってしまうのです。本来、「理想論」に述べた通り、査読を経て論文を出版し、学会での発表(プロ集団の中での研究の討議)に耐えるのが研究であり、その成功に対して大学・大学院から学位が与えられるべきです。日本の大学院でも、かろうじて、博士課程にはこのやり方が残っていますが、教員・学生の実力の低下もあって、最近は特にうまく回らなくなっているようです。