文献調査1:教科書

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教科書

教科書を読んでいますか?大学院の時に指定された教科書を買ったけど、期末試験の勉強に使って以来、開いたことがない、ということはありませんか?私も学位取得後、数年間は「研究するには論文さえ読んでいればよい」と信じていました。ところがあるとき、統計学と統計モデルについて、基本を理解していないことに気づき、学部学生向けの教科書を読み直してみることにしました。すると、ずっともやもやしていたことが、すっきり分かるようになりました。教科書は読まないとだめだと確信した瞬間でした。

【ヒント1】いまさらと思わず、教科書を読む

    • 新しい研究を始めるにあたり、まず、その研究テーマの中心となる学問体系(○○学)についての教科書を1冊きちんと読んでみましょう。例えば「温暖化が川の流れをどう変えるか」というのが新しい研究テーマなら、気候学や水文学が学問体系になるので、これらの教科書を読んでみる、という具合です。
      • 大学や大学院では学問体系についてのたくさんの講義があったはずです。講義を受講するのが学問体系を習得する最も効率的な方法なのですが、博士号を取った後は教科書を読んで独学するしかなくなります。
      • 教科書の独学は研究能力と深く結びついています。個人的には、「修士号は専攻した分野の教科書を独学できるようになること、博士号は周辺分野の教科書でも(時間をかければ)独学するできるようになること」を一つの柱として、大学院での教育が行われるとよいと考えています。

【ヒント2】教科書を選ぶ その1: いま自分はどのタイプの教科書が必要なのか考える

    • ひとことに「教科書(textbook)」といっても、少なくとも以下の5つのタイプに分類できます。それぞれを以下にまとめてみるので、自分にとってどんな教科書が必要か考えてみましょう。
      • 【学部学生向けの「薄い」教科書】大学の学部の講義の副読本として書かれた本です。図表が豊富でページ数が比較的少ないため(200ページ前後)、手に取りやすいのですが、用語や概念についての説明は省略されがちで(講師が講義で説明するため)、初学者が独学するには意外に不向きなものも多いようです。
        • 水文学での例:Nigel Arnell (2001) Hydrology and Global Environmental Change, 346pp, Routledge.
      • 【学部学生向けの「厚い」教科書】高校までの知識があれば、初学者でも独学できるように書かれた本です。その学問体系の基本的な用語や概念を文字を使って説明していくため、ページ数が多くなりがちで(500ページ超など)、通読には時間と気力が必要です。
        • 水文学での例:<現時点で思いつく好例がない>
        • 私はアメリカで大学・大学院教育を受けたことはないのですが、どうもアメリカの学部の基本的科目の授業で利用される教科書はこのようなものが多いらしいです。例えば、David Freedman, Robert Pisani, and Roger Purves (2007) Statistics, 4th Edition, 720pp, W. W. Norton & Company.という学部生向けの統計学の教科書があります。丁寧な説明と豊富な事例により、ほとんど数学を使うことなく、記述統計と検定の用語や概念を見事に解説していますが、720ページもあります。一つの学問体系の基礎をきちんと文字で説明しようとすれば、これくらいの分量が必要になるということなのかもしれません。
      • 【大学院生向けの教科書】一つの学問体系を網羅的に解説したもので、一冊理解すれば、その学問体系を押さえたと言える本です。学部でその学問体系の講義を取ったこと、つまり○○学の基本的な用語・概念や典型的な手法を理解していることを前提として書かれているので、初学者が最初に読むのはやめましょう。
        • 水文学での例:S. Lawrence Dingman (2008) Physical Hydrology, Second Edition, 646pp, Waveland Press.
        • 学問体系ごとに、世界中の大学院で利用されている「世界標準」と呼ばれる定評のある本が存在するので、いずれ通読するならそうしたものを一冊選ぶとよいでしょう。
      • 【単一トピックの教科書】学問体系の一部について、最新の研究成果を取り入れつつ、重点的に解説した本です。大学院生用の教科書と同様に、少なくとも学部でその単位を取ったことを前提に書かれているものがほとんどのようです。ただし、一部初学者向けに書かれている場合もあります。
        • 水文学での例:Richard W. Healey (2010) Estimating Groundwater Recharge, 256pp, Cambridge University Press.
        • 私は最近、自分にとって全く新しい研究テーマである「応用一般均衡モデル」について勉強をしています。応用一般均衡モデルの根幹となる学問体系はミクロ経済学とマクロ経済学で、両者を十分に理解していないと応用一般均衡モデルは理解できませんが、私はMary E. Burfisher (2011) Introduction to Computable General Equilibrium Models, Cambridge University Press.という「単一トピックの教科書」から読み始めました。この教科書は「むかし経済学を勉強したけどいまは忘れた」という人を想定しており、ミクロ経済学とマクロ経済学の基本を復習しつつ、応用一般均衡モデルの説明をしており、私のような初学者でもなんとか読み進めることができ、とても重宝しています。
      • 【一般向けの教科書】高校生以上の一般向けの読者を対象に科学や学問体系の一部を解説をしている本です。講談社ブルーバックスなどが典型的な例です。研究の最初の取っ掛かりを得るにはこの上なく有用ですが、研究を始めるほどの情報が得られることはまれです。
        • 水文学での例:沖大幹(2012)水危機ほんとうの話、pp334、新潮選書

【ヒント3】教科書を選ぶ その2: どの教科書がよいかは人に聞く

    • 初学者が独学に適した教科書を選ぶのは難しいので、詳しい人に選んでもらうのが一番です。
      • 知り合いがいない場合、かつ、英語の教科書を探す場合はAmazon.comの書評を参考にしてみましょう。Amazon.comの教科書の書評には講義の指定教科書として本を買った学生によるもの見つかります。まず書評の数が多ければ、よく読まれている教科書だと考えられます。次に、書評は教科書を勉強したうえで書かれていることが多いので、中身の感想を参考にします。残念ながら、日本の教科書に書評がついていることは少ないので、この方法はあまり使えません。

【ヒント4】教科書を効率的に読むための7つのルール

    • 教科書を読んでも内容が頭に全く入らないという人が時々います。自分も昔はそうでした。私の克服法は次の7つでした。
      1. 【1.躊躇せず教科書に書き込む】教科書をきれいに使う必要は全くありません。むしろ、書き込んだり、付箋を付けたりして、自分用にカスタマイズすることがとても重要です。日本の小学校では「教科書はきれいにつかえ」と教育されますが、「落書きするな」ということで、新品同様に保てということではないのです。
      2. 【2.分からないところにしるしをつける】勉強の本質は自分は何が分からないのかを知るところにあります。教科書の内容を分かる箇所と分からない個所に分類するのが教科書を独学するうえで最も重要なポイントです。教科書を読んでいて分からないところには必ずしるしをつけましょう(私は分からない個所を四角で囲んでいます)。四角だらけになってしまったら、その教科書は自分にとって難しすぎるということなので、読むのをやめます。
      3. 【3.大事なことろにしるしをつける】重要な用語や概念の説明にもしるしをつけましょう(私は下線を引きます)。後で教科書を見返すとき、探しやすくなります。
      4. 【4.調べたことをどんどん教科書の余白に書き込む】分からない単語や概念があれば、辞書やインターネットですぐ調べ、要点を余白に書きこみます。一度調べた内容も、二度目に読んだときには残念ながら忘れてしまうことがほとんどです。教科書ではなく、ノートに調べたことを書きこんでもよいかもしれませんが、あとで見返すとき、教科書とノートの両方が必要になるのが難点です。
      5. 【5.図表は自分の言葉で説明できるようにする】教科書にある図表は精選されており、最も重要な概念が説明されていることが多いです。図表は全て時間をかけて理解し、自分の言葉で何が示されているか説明できるようにします。
      6. 【6.段落ごとにキーワードを選び出して余白に書きこむ】一つの段落を読み終えたら、その段落のキーワードやポイントを抜き出して余白に書いておき ます。次に、一章読み終えたとき、余白のキーワードだけ章の最初から最後まで追ってみて、その章に何が書いてあったか、思い出せるか確認します。思い出せない場合は、キーワードが少なすぎる(まれに多すぎて分からなくなる)ので、キーワードを追加します。
      7. 【7.練習問題を必ずやる】章末に練習問題がついている場合は必ず解いてみます。練習問題は、その章の基本事項に関して作られており、解けないということは基本事項が押さえられなかったことと同じです。分からない問題があれば、本文に戻って勉強し直します。

【ヒント5】教科書の輪読会: 読破するための4つの条件

    • 教科書は基本的に一人で読むしかありませんが、何人かで輪読会をすれば、理解が進む場合があります。実際、大学院や研究所では教科書の輪読会が数多く実施されているのではないでしょうか。ただし、私自身の経験から言うと、数回やって立ち消えになってしまう輪読会がほとんどで、一冊読破できたというケースはむしろ稀です。私の経験上、読破に成功する輪読会の条件は4つありそうです。
      • 【1.教科書の選択】輪読会の参加者は知識も目的も様々です。全員が理解でき、興味を持ち続けられる(途中で飽きない)教科書を選ぶことが最も重要です。
      • 【2.輪読会での議論】輪読会で議論が充実するかが次に重要なポイントです。議論がなければ、一人で読んでいるのと同じだからです。輪読会で質問するにも回答するにも、参加者全員が教科書をよく予習しておくことが不可欠です。
      • 【3.冷静なコストの見積もり】教科書を読むには時間が必要です。どれくらい時間がかかるか、輪読会を始める前に冷静に見積もっておきましょう。教科書の難易度や輪読会参加者の理解度によって、1ページ読むのにかかる時間はかなり異なります。例えば、1週間に1章(約20ページ)ずつ読むというペースを設定した場合、平均1ページ5分で読めるなら、約2時間で予習が終わりますが、1ページ20分かかるなら、約7時間(=ほぼ丸一日)必要になります。後者の場合、参加者が本当に毎週7時間ずつ取れるか、それに見合う知識が得られるか、などを冷静に考えましょう。
      • 【4.幹事の意志】輪読会は常に多忙の中で行われます。輪読会とイベントや祝日・休みが重なることもあります。輪読会は常に延期や中断の誘惑にさらされていると言えます。幹事には読破まで輪読会の開催を続ける強い意志と、参加者を鼓舞し続けるリーダーシップが必要です。

「文献調査2:論文」に続く