これまでに頂いた質問とそれに対する回答をまとめていきます。本文と重複する場合がありますが、少しずつ整理していきたいと思います。
Q: H08は格子単位で計算をするのですよね。複数の格子からなる流域に対して計算を行うことはできませんか?
A: H08は複数の格子からなる流域を一つの単位として計算することができません。メインプロセス(H08のソースコードをコンパイルしてできた実行プログラムを利用したシミュレーション)で格子単位の物理量を計算し、ポストプロセス(メインプロセスが終わった後に実施する各種の処理)でサブ流域単位の指標を計算することになります。例えば水ストレス指標は取水量÷水資源量(←河川流量で代替)で計算します。格子単位で水ストレス指標を出す場合は、メインプロセスから出力される物理量である取水量と河川流量からすぐに計算できますが、流域単位(下の右図の青の領域)で計算する場合は、取水量は青の領域の取水量の総和、水資源量は青の領域に入る河川流量+青の流域で発生する流出量の総和を計算し、これらを割り算することで求めます。
Q 地下水はH08モデルの中でどう扱われていますか?
A 地下水はH08の中では「地面の中にあるタンクに貯まった水」として表現されています。涵養量と地下水は鉛直方向には移動しますが、側方には移動しません。また、「タンクに貯まった水」のため、地下水位が表現できません。
H08の水文過程の表現は最初期の陸面過程モデルであるBucketモデルを採用しています。Bucketモデルには地下水の表現がありません。地下水からの取水を扱えるH08 2018年版を開発する際に、ドイツのWaterGAP2の地下水モデルをお借りし、H08に導入しました。ですので、H08の地下水の表現はWaterGAP2と同じです(細かいパラメータなどは異なるかもしれません)。
H08の地下水は図(a)のように表現されます。土壌からの流出の一部は地下水涵養量となり、地下水タンクに入ります。地下水からは基底流出が発生し、河川へと流出します。ここで、地下水タンクから発生するのは基底流出だけで、土壌水分へと戻る毛管上昇(capillary rise)や側方への流出は無視しています。側方への流出が無視できるのは、H08が全球9-50kmの水平解像度で開発されてきたことによります。H08が考慮する土壌の深さはせいぜい数m程度です。これらの水平解像度と深さの関係は図(b)のようになり、側方への流れは格子全体に比べると無視できるほど小さいことが分かります(図はこれでも深さ方向が現実より10-100倍くらい深く描かれています)。
WRI Aqueductで利用されているPCR-GLOBWB2なども、地下水についてはH08とWaterGAPとほぼ同じような構造を持っています。ただし、彼らは最近、地下水位より下の地下水の流動を3次元地下水モデルMODFLOWに渡して計算させることにより、地下水の3次元流動や地下水位の推定を行うことを試みています。同様に、WaterGAPも独自に3次元地下水モデルG3Mを開発し、同様の取り組みを開始しています。
Q 水需要量はH08モデルの入力データですか?具体的にどんなデータが使われていますか?
A 工業用水と生活用水はH08モデルの入力データですが、農業用水は出力データです。使われるデータは全球版と領域版で異なります。
H08の全球版の場合、工業用水と生活用水はおっしゃる通りAQUASTATをインプットデータとして使っています。農業用水はAQUASTATの取水量を使わず、灌漑農地面積や気象条件から独自に計算するやり方をとっています。H08九州版の場合、国交省や経産省、厚労省のデータを使いました。インプットデータについてはそれぞれ論文(Hanasaki et al. 2018と2022)に全て記載があるので、それを見ていただくのが一番早くて確実です(どちらもオープンアクセスです)。
Hanasaki et al. 2018: https://hess.copernicus.org/articles/22/789/2018/
Hanasaki et al. 2022: https://hess.copernicus.org/articles/26/1953/2022/
Q WRI AqueductはPCR GLOBWBの計算結果が主に使われていると聞きました。WRI AqueductとH08 Water Risk Toolのビュワーとモデル、入力データの関係を整理してもらえませんか?
A ビュワーはモデルの出力をブラウザに表示するものです。モデルの出力を得るには、モデルに入力データを与える必要があります。
結論から言うと、
WRI Aqueduct 3(ビュワー)
モデル:PCR-GLOBWB2
入力データ:詳細調査中
H08 Water Risk Tool(ビュワー)
モデル:H08 (ISIMIP3対応版)
入力データ:ISIMIP3入力データ
となります。PCR-GLOBWB2とH08は全く別の全球水資源モデルですが、地球規模の水循環と水利用・水管理を扱うという観点では同じです。よって必要な入力データも「種類はほぼ同じ」です。例えば、工業用水や都市用水の要求量のグリッドデータはどちらのモデルでも入力データとなっています。ただし、具体的にどのグリッドデータを使うかは、モデルによって異なります。また、同じH08であっても、計算対象が全球か日本の九州かで入力データの出典とグリッドデータ化の方法は異なります。例えば、工業用水の場合、全球計算ではFAOのAQUASTATによる国別の取水量データを国内の人口分布で重みづけしてグリッドデータを作成しています。一方、九州計算では、経済産業省の工業統計調査の県別の用水量データを県内の工業出荷額で重みづけして市町村別にし、さらに市町村内の人口分布で重みづけしてグリッドデータを作成しています。