2025/08/05
Oral dysbiosisは心臓弁膜疾患の病態に関連しています.この事実は過去20年余りの間に間接的な証拠が蓄積され,推測されてきました.
当講座の小宮山雄介講師・矢口絵梨香非常筋助教・川又均教授を中心とした獨協医科大学及び広島大学の心臓血管外科医,心臓血管内科医,歯周病科医,麻酔科医による
研究グループにより,弁膜症を発症した患者さんの口腔内に存在している微生物(歯周病原性細菌を含む)の一部と同一の遺伝子配列をもつ微生物が大動脈弁置換術時に
切除された大動脈弁から検出されました.このことは口腔細菌などが,歯周炎などのOral dysbiosisの結果生じた病態を侵入門戸として体内に侵入し,血行性に大動脈弁に伝播し,感染をきたした可能性が強く示唆される直接的な証拠です.この研究が認められ,Microorganisms誌に掲載されました(https://www.mdpi.com/2076-2607/13/7/1677).
本研究は,小宮山講師の臨床研修時代に感じた臨床的疑問に端を発しております.当時,東京大学医学部附属病院 救急部・集中治療部での救命救急研修中に,敗血症や感染性心内膜炎などいくつかの全身感染症の培養検体から口腔内微生物が検出されることから,口腔が侵入門戸となりうることを認識するようになりました.その時,患者さんの口腔内に存在する微生物叢と血液培養検体を用い,次世代シークエンス技術を用いて網羅的に解析・比較することで,口腔に生息する微生物が病態形成に関与しうるか,直接的証拠を得られないか模索しておりました.
本研究のもう一つの発端は川又教授の持っていた臨床的疑問にあります.川又教授もまた,小宮山講師と同様の可能性を見出しており,すでに検討を開始しておりました.獨協医科大学では川又教授と当時講座に所属していた博多助教が中心となって,感染性心内膜炎発症患者の血液培養から検出された細菌と発症時の口腔内細菌の培養検体から抽出された細菌の遺伝子配列を比較して一部の微生物で16SrRNA配列が一致することを見出しておりました.この研究成果はDokkyo J Med Sci 2014; 41: 103–113.に掲載されています.
矢口非常勤講師が獨協医科大学に着任し,歯科麻酔科医として勤務しながら学位取得を目指すテーマを相談している時でした.全く別の施設で臨床に従事していた3人が口腔内を侵入門戸とした全身疾患の病態形成が,歯科医師・医師双方の想定以上に高頻度に起こりうるのではないかという推測を話し合っておりました.このようなディスカッションの中から直接DNAサンプリングが可能な大動脈弁狭窄症に焦点を絞り,周術期口腔機能管理の一環として口腔ケア外来を受診している患者さんを対象にした世界でも初めての観察研究を立案するに至りました.当時,矢口非常勤講師の麻酔科の上司でもあった濱口教授を通じて心臓血管外科の福田教授・柴崎准教授に,また,川又教授とも以前より連携のあった心臓血管内科豊田教授・にも連携することができ,研究体制が整えられていきました.
サンプルを収集する中で,血清サンプルを用いて歯周病原性細菌に対する抗体価を測定できないかと思案していた際に,この分野でのトップランナーでもある広島大学の柴教授,新谷講師の協力を得ることができました.新谷講師により大動脈弁狭窄症患者の血清中に歯周病原性細菌に対する高い抗体価が認められており,病態との関連が示唆される結果が得られました.
本研究の革新的な発見は,大動脈弁組織中に微生物叢といえるほど多様な微生物が感染しうることを示していること,さらに一部の微生物が手術時点で口腔内に存在していた微生物と同一の遺伝子配列を示していることです.今後はこの研究をさらに深め,組織学的解析や大動脈弁微生物叢の機能解析を通して口腔微生物の病態形成への関与について明らかにしていきたいと考えています.