川又 均
Hitoshi Kawamata
獨協医科大学医学部
口腔外科学講座 主任教授
主任教授就任10年目ごあいさつ
Liberal Arts
医局を主宰させていただいて10年が過ぎました.主任教授就任時に掲げたミッションをどれだけコンプリートできたかを検証しなければなりません.種々プロダクツに関してはこのアカデミックアチーブメントに10年間継続して臨床業績,研究業績,教育業績を掲載させていただいており,それなりの結果が残せているのではないかと思います.
さて,医局の形はどうでしょうか? 平成26(2014)年4月に主任教授に就任して,医局の種々ごみ掃除に3-4か月かかり,医局の理念,ミッション,理想とする教室づくりを,残ってくれた医局員と共有できたのが8月くらいでした.
平成26(2014)年7月30日,医局員への所信表明で,以下のように言っていました.
イエスマンはいらない.
カンファレンスや医局会での主任教授の発言,提案に対して,期待したい答えは,
『先生,お言葉ですが,それは違うと思います.その理由は......だからです.』
あるいは,
『先生,おっしゃってる事は概ね正しいと思いますが,最新のデーターでは....のような感じなので,このように修正をするのが良いのではないでしょうか.』
使用人や通行人の養成ではなく,戦友を育てたい.自分の元を離れた瞬間に競争相手になるかもしれないような戦友を.
と,カッコいいことを言っていますが,10年経って何割くらい達成できたでしょうか.流動性の高い医局ですので,結果を知るには,まだまだ時間が必要かもしれません.
同時に,教室の理念を掲げました.普段,私が言っていたことを,頭の良い人が言葉にしてくれたような,すごい標語を見つけましたので,引用(パクり)させてもらい,医局の理念としました.内部で勝手に言ってるだけですので,許可はもらっていません(笑).
「生涯学びつづけるための基礎的能力」
「問題を見つける力と解決する力」
「真実を探るための批判的思考力」
「既成概念にとらわれず挑戦する柔軟な心」
「深い専門性と広い教養」
ICU(国際基督教大学)の教育理念です.ICUは言わずと知れた,日本におけるLiberal Artsの総本山です.まさに教養を身に着けるとはこのようなことなんでしょう.
『教養』を英語では『Liberal Arts』というのだと,初めて聞いたとき,なんで? と思いましたが,そのまま流してしまいました.その意味を知ったのは長男の大学院の卒業式で総長の祝辞を聞いたときでした.
ヒトは無知の鎖で地面につながれています.生まれてすぐは,見る物,聞き事,触るもの,味わうもの,全てが初体験であり.それが何であるかわからない,無知の極致と言えます.赤子はその後,言葉を覚え,物には名前があることを覚え,食べられ物,食べられない物にそれぞれの味や匂いがあることを覚え,地球上には,宇宙にはいろいろな場所があり,いろいろな人や生き物がおり,それぞれが文化・言語を形成しており,それを文字や形で記録を残していることを知ります.身の回りの自然現象は物理化学数理の原則で変遷しており,ヒトを含む生物は巧妙なメカニズムで自己完結できるように作られていることを知ります.一つのことを知るたびに,無知の鎖が切れていき,最後には縛り付けられていた地面から,自由にどこでも動けるようになります.教養は無知の鎖を断ち切り自由になるためのArtsであると言えます.だから教養はLiberal Artsと呼ばれるのだそうです.
専門教育でも全く同じことが言えるかもしれません.目を瞑って象を触っても,象を知らなければ,そこに何が存在するのか想像もできません.まず,目を開けること,そして象という動物が存在することを知らないといけません.分子腫瘍学とは,まさに象を触っているようなものかもしれません.臨床においては,目を開けても,目の前に土手があれば,その向こうに何があるのかを見渡すことはできません.竹藪なら,ちらりちらりと向こうが見えるはずです.土手医者ではなく,まずは,藪の向こうを少しは見渡せる藪医者にならないといけないのかもしれません.
教養や専門知識は,無知の鎖を断ち切ってくれるLiberal Artsだということを医局員と共有して精進したいと思います.
主任教授就任5年目ごあいさつ
5年目の決意
教室を主宰させていただいて5年目に入りました。
修行をして何かを身につける、専門医などの資格を得る、一流の口腔外科医を目指す、という心意気でみんな頑張っています。アスリートがオリンピックを目指しても、みんなが出られるわけでも、勝てるわけでもありません。体力も、能力も、気力も各人に差があり、また目指すもの、興味も異なります。第三次医療機関の外科系の医局は仲良しクラブでは成り立ちません。心も体も時間も削りながら、自分の職務を果たすことにより、組織として、高いレベルの診療が実施でき、さらに研究も進みます。『患者さんのために』という錦の御旗が振られますが、医療者で『患者さんのために』やってない人は、そもそもいないはずです。改めて口に出すようなことではなく、その思いがベースにあって、知識も技術も研ぎ澄まさなければなりません。その結果が『患者さんのために』役立つのだと思います。
さて、私の座右の銘は『雉も鳴かずば撃たれまい』です。もう一つは『出た杭は打たれる』です。えー、違うだろーと、つっこみを受けそうですが、そう思われた方は、これらの言葉の本当の意味をご存じないのかもしれません。これらの言葉の表面的な意味は極めて日本的で、特別なことをするな、みんなに足並みを合わせて同じことをやれ、余計なことを言うな、目立たないように目立たないように大衆に埋もれろ、というところでしょうか。それが、戦後の日本の美徳でした。しかし、私が師事したメンターたちはこれを特別に解釈しておりました。雉は鳴くから雉なんだ。雉が鳴かなくなったらうずらだよ。鳴いて高く飛ぶのが雉なんだ。それで撃たれれば本望だろう。撃たれないようにするには、もっと早く、もっと高く、弾が当たっても弾き飛ばすような強靭な体を作って、鳴いて飛べばいいと。また、少し出た杭は打たれて同じ高さにされるけど、だいぶ高い杭はみんながよけて通る。もっともっと高い杭は、結果としてタワーになり君臨する。
今、目指している組織は、自分のアイデンティティーをしっかり持って、自分の主張を堂々と言える、右に倣えではなく、既成概念にとらわれず独自性を持ったレベルの高い個が、有機的に集まって高みを目指す組織です。右に倣え、前に倣えで、目立たないで生きて行くと楽なのでしょうが、見える世界も、右に倣えになってしまいます。
少しの失敗や、批判に萎縮することなく、みんなで高みを目指していきます。
主任教授就任ごあいさつ
平成26年4月1日付けで、口腔外科学講座の4代目の主任教授を拝命いたしました。初代朝倉教授、二代目藤林教授、三代目今井教授が築いてこられた当講座をますます発展させていきたいと存じます。
まず、教室運営の理念をお示しします。
『Basic trustに基づいた組織を構築し口腔科学の発展に貢献する』です。本質的な信頼関係のもと、建設的な批判をしあえる組織にしたいと思います。基本的に、イエスマンはいらない。カンファレンスや医局会での主任教授の発言、提案に対して、期待したい答えは、『先生、お言葉ですが、それは違うと思います!』です。多様複雑化する社会の中で、自発的に思考し、お互いを高め合える組織を目指しています。
次に、教室運営の実際、いいかえればミッションです。
適材適所
平等なチャンスと結果責任
多様な個を組織の中で生かし切る
人は神のもとでは平等かもしれませんが、仕事をするうえでは残念ながら平等ではありません。それぞれ能力が違いますし、興味も違います。すべてに均一を求めるのは不平等です。多様な個を組織の中で生かしきることが、私の責務と考えています。
医科大学(医学部付属病院)における口腔外科の役割、言いかえれば存在価値は、
口腔外科・口腔内科特有の疾患(口腔腫瘍、顎顔面外傷、先天奇、口腔粘膜疾患等)の治療、教育、研究、国際貢献
医科・歯科連携の促進および有病者歯科治療、ならびにその研究、教育
口腔ケアによる各科治療のサポート、および口腔ケアに関する研究、教育
と言うことができます。高いレベルでこれらの実現に向けて一所懸命努力いたします。
口腔癌の5年生存率は最近20年で著明な改善が見られるようになってきました。診断技術、手術手技、手術器具、周術期管理、再建外科等の発達によりこの改善が達成されましたが、初診時ステージの低い癌でも再発・転移により制御不能になることもあり、進行癌の5年生存率は60%程度にとどまっております。口腔癌は直視直達する部位にあり、新規診断法・新規治療法の開発に格好の領域であり、次世代に繋がるシーズを臨床研究、基礎研究両面から探していかなければなりません。
超高齢社会を迎えた今、有病者の歯科治療も大学病院口腔外科の使命です。一般開業歯科医院と密な連携のもと、安心安全な治療を進めるコーディネーターにならなければなりません。また、癌などの治療のためのサポートとして口腔ケアはなくてはならない分野になってきました。当院では他科の先生方のご協力のもと確固たるシステムが確立しており、これをますます発展させていく所存です。
最後に、臨床における基本コンセプトは『From C. to C., with C.』です。一つ目の『C』はCaries(う蝕)、二つ目の『C』はCancer(癌)、そして三つ目の『C』はCuriosity(好奇心)を表します。私たちは、う蝕治療から癌治療まで口腔疾患をトータルにサポートできる診療科を目指しており、さらに好奇心を持って疾病治療にあるいは治療方法の開発に臨むという姿勢で日々活動しております。口腔外科診療を志す歯科医師のみなさん、短期でも、中期でも、長期でも、一緒にsummitを目指してみませんか?