論文14 ヤコブ級に成就する

サムエル記第一の物語を考察する


その容姿や丈の高さを見てはならない。

…人は目に見えるものを見るが、

エホバは心がどうかを見るからだ。

サムエル第一16:7

 

2012/11/20

 

⑭-1.これまでにも論じてきた新しい地の後継者であるヤコブ級について、さらに多くの聖書物語がその特徴や役割について預言的に示しています。では、今回はサムエル記第一からその点をさらに詳しく調べてみましょう。



サムエルによって

 

⑭-2.論文⑦‐8、9節でも論じたように、サムエル第一2-4章の祭司エリとその二人の息子たちに関する物語は現代の神の民に成就します。それは、祭司級が民の悪行を容認していたために、間もなく検分に来られるキリスト・イエスによって裁きを受けるということを意味しています。さて、その物語にはもう一人重要な人物が出てきます。そうです、それはサムエルです。


祭司エリ統治体

エリの息子たちエサウ級

少年サムエルヤコブ級



⑭-3.彼は確かにエホバに不敬な振る舞いをする者たちに囲まれて成長しましたが、エホバの目に廉直な者となりました。サムエル第一3章で、まだ少年であったサムエルにエホバからの啓示が示されるようになったいきさつが書かれています。サムエルはエホバが呼ばれたことが分からず、三度もエリのところへ行きました。エリは「私は呼びはしない」と二度言いましたが、三度目には状況を悟りエホバの言葉を聞くように指示しました。そして、翌朝、サムエルはエリにエホバの言葉を告げました。それは、以前神の人によって宣告されていた裁きが臨むという内容でした。(2:27-36)

 

⑭-4.それと同じく、少年サムエルのように、ヤコブ級も大群衆の年長の者ではなく、「末の弟」です。(論文⑧‐10節参照)。そして、彼は祭司エリで表わされている統治体のもとに何度も行く、つまり何度も手紙を書きます。しかし、最初のうち、統治体はその意味するところが分かりませんが、だんだん事の真相が理解できるようになってきます。そして、ヤコブ級はついにエホバ神の言葉聖書の預言に基づく神の家に対する裁きを宣明します


ヤコブ級は、

神の家に対する裁きを宣明する


 

⑭-5.エリは息子たちの悪行を容認しました。その罪は犠牲をもってしても許されることはありませんでした。(ヘブライ10:26、27)。それは現代にも成就します。そして、その後、サムエルはエホバの預言者の立場に就くことが認められました。それと同じく、ヤコブ級も新しい地の後継者として油そそがれた残りの者の任務を引き継ぐ者であることが認められることになるでしょう。


ヤコブ級は、

新しい「預言者」として認められる

 


サウルによって

 

⑭-6.その年老いた祭司エリが二人の息子たちに手を焼いていたというのと似た状況がサムエル第一8章にもあります。その物語は年老いたサムエルが不正をおこないがちな二人の息子たちに代わって新しい王を任命するというものです。9章では、ベニヤミンの出のサウルが従者と共にサムエルのところへやって来ます。この時のサムエルは統治体であり、新しい王となるサウルはイエス・キリスト、そしてその従者はヤコブ級です。確かに、イエスは間もなくヤコブ級を伴って統治体のもとに行くことになっています。


(サⅠ9:27までの実体)

預言者サムエル統治体

サウル主イエス

その従者ヤコブ級



⑭-7.しかし、9章27節では「この従者に、わたしたちより先に進むように言いなさい」と言われています。そして、その後、サウルはサムエルから油を注がれるのです。ですから、サムエル第一10章からは登場人物の預言的実体が変わります。それで、サムエルはイエス・キリストを地上で代表する統治体であり、サウルは新しい地でキリストを地上で代表するヤコブ級です。なぜなら、統治体からイエスが油を注がれることはあり得ないからです。このようにして、ヤコブ級もまた、統治体によって新しい地の後継者として任命されることになるでしょう。

 

(サⅠ10章以降の実体)

預言者サムエル統治体

サウルヤコブ級



⑭-8.サウルはサムエルから指示を受けて彼のところから去った後、神が彼の心を別の心に変えはじめられました。それは、ベニヤミンの領地にあるラケルの墓のすぐそばでのことでした。創世記35章16-20節によると、この場所でラケルは難産の末にベニヤミンを産み、そして死にました。この時のヤコブはイエス・キリストのことであり、その方の花嫁級である油そがれた残りの者がラケルです。それで、残りの者は産みの苦しみのうちに大群衆の末の子であるヤコブ級を産み出します。(この部分の詳しい日程については論文12を参照のこと)。これは、統治体がヤコブ級と共に投獄されている間に彼を教え、矯正することでその苦しみのうちに彼の霊的な母親となることを意味しているのかもしれません。(論文⑦‐13、14節参照)。そして、その後、統治体は忠実のうちに地上での生涯を終え、天でキリスト・イエスと共になることになっています。


(創35:16-20の実体)

父ヤコブ主イエス

母ラケル油注がれた残りの者

生まれたベニヤミンヤコブ級


 

⑭-9.ちなみに、油注がれた者はヤコブ級の霊的な母親ですが、イエスは霊的な父親であると言えます。それは、ルツ記に記されているとおりです。ボアズはイエス、ルツは油そそがれたクリスチャン、その子オベデがヤコブ級です。さらに、ナオミは上なるエルサレムであるみ使いたちで、彼らはヤコブ級の子守りとなります。


ボアズ主イエス

ルツ油注がれたクリスチャン

オベデヤコブ級

ナオミ天使たち



 ヨナタンによって

 

⑭-10.続いて、サムエル第一14章はヨナタンが活躍したという物語です。ここで出てくるヨナタンと武具持ちの従者はイエスとヤコブ級です。なぜなら、その武具持ちは「私はあなたの心と一致してあなたと共にここにいます」と言っているからです。これは、エヒウがエホナダブに「わたしの心があなたの心と共にあるように、あなたの心は、わたしの心と共にあって廉直ですか」と問いかけ、エホナダブが「そうです」と答えたのと同じです。このエヒウとエホナダブは間もなく世界本部に検分に来られるイエスとヤコブ級のことでした。(論文⑥‐2から4節参照)。


ヨナタン主イエス

その武具持ちヤコブ級


エヒウ王主イエス

エホナダブヤコブ級


主イエスとヤコブ級の

「心は一致」している


 

⑭-11.彼らはわずか二人だけでフィリスティアの前哨部隊の前に姿を現わしました。それと同じく今、イエスは神権的な義の戦いを戦っておられます。それは、まず神の民の中の不忠節な者たちと霊的に戦われることを意味しています。イスラエルの領土に食い込むような形で存在していたフィリスティア人はまさそのような者たちを預言的に示していると言えます。しかし、この物語で出てくるのは前哨部隊だったので、それは世界本部を意味してはいません。(論文12では、前哨部隊=日本支部であると説明しました)。


フィリスティア人

神の民の中の不忠節な者たち

(エサウ級とその支持者たち)


前哨部隊日本支部


 

⑭-12.ヨナタンと武具持ちは上って行って前哨部隊の20人ほどを打ち倒し、その結果、騒ぎがあちこちに波及します。それと同じく、イエスはまず、前哨部隊に相当する組織内の不忠節な者たちを裁かれます。なぜなら、それは、論文08でも示したとおり、ヤコブ級はまず霊的な復活を遂げることになっており、それによって彼の身の潔白は明らかにされるからです。それは、モルデカイが総理大臣に任命される前に、公共広場で高められたことと同じであることが説明されました。それに伴って、イエスは無実のヤコブ級を不当に扱った者たちの不忠節な行ないを問いただされることでしょう。


ヤコブ級の霊的復活

=彼の身の潔白が証明される

=彼を不当に扱った者たちは裁かれる



⑭-13.また、彼らは事前に、相手がじっとしていろというならじっとしているべきであり、上って来いと言うなら上って行くということを取り交わしていました。ですから、イエスとヤコブ級もそのように行動するでしょう。もちろん、イエスは目に見えない霊者であられるので、ヤコブ級が一人だけでこれらの行動をとっているかのようにも見えますが、実際にはイエス・キリストがヤコブ級を用いて神権的な義の戦いを乗り進んでおられるのです。その方は、エヒウの兵車のごとく凄まじい勢いで間もなくやって来られます。

 

⑭-14.サムエル第一14章23節で「戦いはベト・アベンに移った」とあり、24節から物語の登場人物の預言的実体が変わります。そこでは、敵に復しゅうするまではパンを食べてはならないというサウルの無謀な誓約の中で、ヨナタンが野蜜を味見したことが書かれています。それと同じく、ここでのヨナタンはヤコブ級のことであり、彼は蜜、つまり聖書の預言に関する理解を得ます。しかし、それは彼の仲間から見ればしてはいけないことで、そのような預言の解明は統治体だけに許されたことでした。つまり、ヤコブ級が聖書預言の理解を解き明かしてもそれはせん越なことであるとみなされます。しかし、預言に目覚めていることは霊的な眠気に陥らないための重要な方法の一つなのです。(ペテロ第二1:19)。


サⅠ14:24以降の

ヨナタンヤコブ級


彼は蜜(聖書預言に関する理解)

を得て力を得るが、

神の民の目には

せん越なことと映る



⑭-15.ですから、民が誓約によって極度の空腹と疲労を感じたあまり、血のままで食べて罪を犯したように、現代の神の民も預言の理解を解明することに関心を払わないために、霊的な疲れや眠気を催し、貪欲さを示したり、血の罪を犯したりします。エホバの言葉に対する理解は人にとって何と甘いのでしょう。そして、人にとって何と必要なものなのでしょう。確かにそれを得ることをさせない現代の「誓約」も民を霊的に疲弊させるだけです。


一方、神の民は

蜜を食べないために

疲労し、罪を犯す



⑭-16.さらに、エホバがお答えにならなかったために、くじを引いた結果、ヨナタンが取り分けられました。サウルはヨナタンが死なねばならないと言いましたが、民はそれに反対し、彼を請け戻しました。それで、ヤコブ級もまたせん越な行動を取ったとして罪に問われます。しかし、彼は「神と共に働いた」ということが皆に認められ、無実であることが証明されるでしょう


後に、ヤコブ級の潔白は証明される



 ダビデによって

 

⑭-17.時代は過ぎ、最初は謙遜だったサウル王は後にエホバに罪を犯すようになり、エホバとサムエルから退けられるようになりました。それで、サムエル第一16章で、エホバはサムエルにダビデに油を注ぐよう命じられました。ここでのサムエルはイエス・キリストを代表する統治体で、ダビデはヤコブ級です。サムエルはエッサイの子を順番に見ました。最初、長子エリアブの優れた容姿を見たサムエルは「確かにその油そそがれた者がエホバの前にいる」と性急に言ってしまいました。しかし、エホバはサムエルに目に見えるものではなく、心を見るべきことを諭されました。


サムエル統治体

ダビデヤコブ級



 

⑭-18.最後に、末の子のダビデが呼ばれました。彼は当初この重要な席にはおらず、羊の群れの中にいました。ですから、ヤコブ級は世界本部にいる年長の兄弟の中から選ばれるのではありません。当初、統治体はそのように考え、また発言することさえするかもしれません。しかし、エホバがご自分のお選びになる人を彼らにお示しになられ、その結果、ヤコブ級は統治体によって新しい地の後継者として任命されることになるでしょう。


ヤコブ級は、

世界本部の年長の兄弟の

中から選ばれるのではない


 

⑭-19.後に、ダビデは巨人ゴリアデを打ち倒します。それによって戦況は大きく優勢になりました。ですから、このフィリスティア人も先程挙げたヨナタンと武具持ちが打ち倒した前哨部隊と同じです。エホバの組織内にいる不忠節な者たちは事実上生ける神の戦列を嘲弄しています。それは、祭司エリの二人の息子がエホバに不敬な振る舞いをしていたのと同じです。しかし、彼らはエホバの組織内である程度の権威が付与されているので、そのような権威の全くない若者ヤコブ級にとっては巨人そのものです。


フィリスティア人神の民の中の不忠実な者たち

(エサウ級とその支持者)


ゴリアテエサウ級

(=エリの息子たち


 

⑭-20.さらに、ダビデはこの時、身内からさえも叱責されています。長子のエリアブは「お前はせん越だ」と叱ったのです。しかし、その叱責は不当なものでした。それと同じく、ヤコブ級は忠節な兄弟たちからさえもその行動を疑問視されることになるでしょう。(ヨナタンと同じです)。しかし、巨人ゴリアデを打ち倒した後、ヨナタンはダビデを召し抱え生涯の忠節な友となりました。これと同じく、ヤコブ級もその行なった業のゆえに、ヨナタンつまり統治体の忠節な兄弟たちのもとに召されることになるでしょう。


当初、ヤコブ級の行動は

せん越だとして疑問視される


ゴリアデを倒したダビデ同様、

ヤコブ級は通常あり得ない仕方で勝利する



なぜこれほど多くの証しが必要なのか

 

⑭-21.しかし、なぜこれほどまでにヤコブ級に関する預言的な物語が多いのでしょうか。イエスと十四万四千人の油そそがれたクリスチャンは天に復活します。その復活によって、彼らがエホバ神の是認を得ていることは新しい地を受け継ぐ大群衆と復活してくる人々に対して疑問の余地なく明白であり、証しを加える必要はありません。一方、キリストを地上で代表するヤコブ級にも何らかの証しが必要です。その任命はエサウではなくヤコブが、アドニヤではなくソロモンが任命されたように、人間の予想を大きく覆す形で行なわれます。ですから、ヤコブ級に対して成就する数多くの聖書物語によって間違いなくだれがヤコブ級であるかが見分けられる必要があるのです。


聖書そのものが、

ヤコブ級の存在を指し示している


これは、エホバ神ご自身

による証しである


 

⑭-22.今回はサムエル第一を取り上げましたが、その書だけでもサムエル、サウル、ヨナタン、ダビデと四人に関する物語がヤコブ級の実態について証ししていることがお分かりいただけたでしょう。とはいえ、ここでは大変簡単に重要な特徴だけを取り上げたに過ぎません。これらを基礎にして、聖書のその部分を実際に研究するのはあなたの務めです。そうすれば、さらに細かな部分までその成就に関する理解を得るようエホバ神が導いてくださることでしょう。(ヤコブ級に関する理解の基礎的な資料は論文⑤‐⑧です。必要なら再度お読みください。) 新しい地におけるキリストの地上の代表者を見分けることは大変重要です。それによってイエスが神の民を検分するために来られる際にあなたが忠節な者とみなしていただけるかがかかっているのです。 


来たるべきキリストの地上の代表者を

見分けることは非常に重要


聖書預言の新しい理解を得るカギは、

このヤコブ級についての理解にかかっている!