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聖教さんの

Watch The Movie

第7回~第12回

第 12 回 ”インファイナル・アフェア”に「人は代われない」を見る

 この中国映画、ハリウッドから高額の著作権料を提示されたという。きっと数年後には同様のハリウッド映画が上映されるでしょう。それほど脚本がよくできていた。


 物語の大筋は警察対マフィアの闘い。ところがエリート警察官が実はマフィアの手先で、反対にマフィアの幹部が実は警察の潜入捜査官。その二人を絡めてお互いの手を探り合い、駆け引きをする。麻薬の取引をしようとするマフィア、それを阻止しようとする警察。


 主な登場人物はマフィアの右腕(実は潜入捜査官)ヤン、エリート警察官(実はマフィアの手先)ラウ、捜査官の上司で唯一ヤンが捜査官であるこっとを知っているウォン警視、マフィアのボスのサム。


 すでにレンタルで出回っているので、最後の場面を話してもよいでしょう。


 最後まで緊迫した場面が続くが、意外にも正義の味方である潜入捜査官が殺される。彼は警察学校での訓練のさなかにその資質を認められて潜入秘密捜査官になる。それほど優秀で正義感が強い人物として描かれる。その彼が一発の銃弾で命を落とす。


 観客はここで落胆するが、数分後に安堵する。


 それには伏線がある。マフィアの手先であるエリート警察官ラウ。彼はマフィアの幹部として着実に仕事をこなすがそれは悪の道。そのことに疑問を持ち始める。


 そんな彼の心情は最後に表明される。逮捕された際、潜入捜査官に対して「最後に一回だけ機会をくれ」と。この場面に至る物語の展開から、このせりふは「警察幹部として生き直す」事を意味する。マフィアの手先としての警察官でなく、純粋に警察の側に立つことの表明。


 「悪人」は最後まで「悪人」ではない。一人の悪人が善なる人へと変化する。悪人は最後の最後まで悪人ではない。水戸黄門に登場する悪人とは違い、時には悪人、時には善人と変化する。ここでは観客にそれとはっきりわかる形で善の側に立つことを表明する。


 ここで観客はこの二人が互いに理解し合いメデタシ、メデタシと思いこむ。


 ところがもう一人マフィアから送り込まれていた刑事が捜査官を射殺、あっさりと殺されてしまう。


 ここがうまい。観客を主人公に充分感情移入させておいて「正義が勝つ」と思わせて逆転、更に彼の死が結果的に「正義」をもたらす。捜査官が殺されることで、その死が意味あるものとして輝く。正義が、それは殺された捜査官ヤンの意志が継承されること。


 実はその前にも伏線があり、マフィアの手先としてのエリート警察官ラウの心変わりのきっかけがウォン警視の死であった。「たてまえ」とはいえ、日常の上司であるウォン警視への尊敬の感情が「手先」としての自分の空しさを知ることになる。


 そして最後、丘の上での葬儀の場面、墓石には死去した年が西暦で彫られている。画面に文字が入る。「仏陀曰く。無間地獄に死はない、長寿は無間地獄、最大の苦しみ」。


 続いて歌が流れる。


 「選んだ道を歩み続けても、夢見る彼岸になぜたどり着けないのか、命の限りに日々歩み続ける。星の数ほどの道は、行く先も見えず回り続ける木馬。でも永遠というほど遠くはない。かすかな未来を追って命は短すぎ、朝は限りなく遠い。過去の日々は忘れ、おまえの命の分も俺は生きる、たとえ苦しくとも」。


 「この世は絶え間なく続く道。道の果てがやっと見えたとき、ふと気づく、そこは再び出発点、すべて振り出しに戻る」。


 自分自身は「生き直す」事はできても「他者と代わる」事は不可能という事実。


 最後に「警官として生き直す」決心をしたラウが言う。それは潜入捜査官が偽装のため警察学校から追い出される場面と重ねながら。


 「俺は(殺された捜査官と)代わりたいよ・・・」と。

第 11 回 ”スターウォーズ エピソードⅡ「クローンの攻撃」”に正義を見る=

手慣れた特殊撮影とスピード感で観客をうならせるこのシリーズ。映像技術や登場人物の個性、全体のストーリー展開には文句のつけようがない。


 京都や東京で「スターウォーズはアートである」と「アート展」まで開かれるほど「芸術」にまで登りつめた作品群。


 ところが「芸術」になり果てた分、映画本来のおもしろさがすっかり影を消してしまった。この手の映画は「アート」でなく「娯楽」である。


 若き日のジョージ・ルーカスを中心としたスタッフの作り上げた初期三部作。これらは掛け値なしに徹底的におもしろかった。


 見ている観客が主人公・ルーク・スカイウォーカーになったかのように宇宙空間を飛び回り大活躍をする。映画の主人公やほかの登場人物に感情移入して楽しむ、そんな単純な面白さが宇宙の彼方に消え去り、単なる三流の「愛欲と復讐」の物語になってしまった。戦いが復讐のためのそれになり果てた。まるで西部劇の騎兵隊みたいな。


 特徴的な場面展開”特に驚いた場面”がある。このたびの「クローンの攻撃」で主人公の母親が「とある族」に拉致される。その族は”スターウォーズ”に登場する一族としては最低の武力しか持たない弱小集団。


 彼らに連れ去られた母を探しに出発した主人公。ようやく見つけたものの、時すでに遅し、彼の目の前で息を引き取る。


 ここからがすごい。いかにもアメリカ的発想、正確に言えばアメリカ合衆国の主流としての「ワスプ的」正義の行動に出る。


 母を殺された「復讐」として、なんと!その一族の全員ひとり残らず完璧に、男・女の大人たちはむろん、女の子や男の子に至る「とある族」のすべての生き物をこの世から抹殺。


 この場面こそ今現に行われているアメリカの「イラク侵略戦争」での姿勢そのもの。それ以前の「アフガニスタン、ベトナム、長崎、広島、沖縄、フィリピン、グアム、ハワイ」等々。そして原点としての「アメリカ先住民」大虐殺の行動様式そのもの。それらと完全に重なっている。


 更に驚くべき事は、この話を主人公から直接聞いたヒロインがそんな鬼のような彼を慕うところ。主人公である彼はそこに生活をしている集団の全員を虐殺する間、少しは考えなかったのだろうか。自らの手で虐殺する女の子にも母がいて、殺害した母親にも自分と同じ息子がいることを。


 普通の人間の何十倍、何百倍ものチカラ・戦闘能力を持つ戦士。対して彼に比べれば幼児のような集団。最強・無敵の戦士が無力の子供たちまでうち倒していく、その間ほとんど無抵抗な状態を「楽しんで」いたのだろうか。すべての一族を根絶やしにする時間、彼には憎悪だけが続いていたのだろうか。母の死の代償なら「何をしても正義」なのだろうか。


 さすがにこの場面は「最初の一部」だけで、その続きを彼に語らせる展開になっている。


 「正義の定義」とは何だろう。昔よくテレビでやっていた西部劇ってやつ、「善良な市民」が窮地に追い込まれると、高らかなラッパ音とともに砂煙を上げて救いに来る騎兵隊。 

 身内としての白人がひとり殺されると、その何十倍、何百倍もの先住民を皆殺し。イラク侵略戦争でも同様。アメリカ兵や民間人(実はこの民間人という言葉自体が怪しい)がひとり殺される(当然でしょう、侵略軍なのだから。たとえば占領下のフランス国民のナチスドイツに対する抵抗運動とどう違うのですか)と、圧倒的軍事力で都市を包囲・封鎖して兵士・市民の区別なく虐殺し傷つける正義。


 初期の三部作が楽しかっただけに今回の「クローンの攻撃」にはがっかり。もっともアメリカの主流としてのワスプの良識、それは身内のためなら「それ以外はどうなろうとかまわない正義感」が証明されたぶん、十分見た価値はあったかも知れない。


 正義は我にあり。実は私自身にも常に備わっている「正義感」。それを単純に肯定するか疑いを持つか、そこに気がつかせてくれた貴重な作品だった。でも正規の入場料を払ってまで見なくとも、レンタルのビデオやDVDでたくさんでしょう。それもセールの時に。

第 10 回 "渡る世間は鬼ばかり"に仏をみる

 「渡る世間は鬼ばかり」(以下「わた鬼」)が本来の「日本語」かと勘違いしてしまいそうな人気を誇る番組。番組名から名づけた「わた鬼ラーメン」という商品も登場、これが結構イケル。


無論「渡る世間に鬼はない」が正しい日本語、意味は「外見は怖く見えるが、実は皆が優しい心を持っている」。


 先日、初めて「わた鬼」を見た。その日の物語は「誕生日に休日をプレゼントされたお母さんの1日」を描いていた。その日早々と出かけたお母さん、行く先々で予定がくるい、疲れ果てて帰宅。散々な休日を味わうことになる。


 ドラマの流れから「え~そうなるかな~」とか、「かなり強引な展開だよな~」と見える場面も多く、見終わって少しガッカリ。貴重な時間をつかってみたことを多少後悔。


 お互いの交わす言葉も「そんな言い方をすれば、相手はこういうだろう」と見ていると、思ったとおり相手が反論する。続く場面でも「そんなことを言えば、今度はこっちが~」と聞いていると、案の定同様の対応。


相手が不快に感じることがわかりそうなセリフを、ドンドン言い合っている。


 確かに物語の展開は早く歯切れのいいセリフが続くから見ている私まで気分が高揚して応援してしまう。ところが「来週へ続く」となったとたん、熱を入れて見ていた分、終わるとサッーと引いていく。何が残ったか。


 最近ある洋服量販店のテレビ広告で、上司と部下の会話を評して「とりとめのない会話」というセリフがあった。


 「わた鬼」の人気は、この「とりとめのない会話」のところか。相手のことなど考えずに、自分の言いたいことだけを言い合う人たち。


 あるいは自分だけが「相手のことを思っている」風に説教を始める人物。こっちの方がより独善か。


 何か「暮らしの重み」というか「生活の厚み」か、そんな豊かな感覚が見えない。毎日の暮らしの中に染み込んでいる不合理な家族の営み、矛盾する生き方を相手には許さない登場人物たち。


 「正論?」を放言するだけの物語、まるで言葉遊びをしているような展開。


これでは「わた鬼」でなく「渡る世間は仏ばかり」。登場する皆さんは「自分だけが相手を思いやっている」と、いかに自分は"善人"であるかを主張するばかり。どこにも鬼など存在しない。それぞれに「正論?持論」があるから否のあるのは相手だと。


 日々の暮らしであきらかにされるのは、相手を「鬼のような人物」と考える私に出会うこと。ここが大切です。周りを鬼にしているのは私であったと。


 「外見はやさしく見えるが、実は恐ろしい姿を持っている」私。


 さっきまで絶賛していた相手をキッカケさえあれば否定する私。反対に先入観でトンデモナイ人物と決めつけていたのにちょっとヨイショされるや、やっぱりいい人だったんだなあ~と。


トンデモナイのは実は私だったと。


だから私の中にある「こころね」は「渡る世間は鬼になったり仏になったり」。

第 9 回 "水戸黄門"でおぬしも悪じゃのうを考える(その 5 )

この度はテレビ番組同様、長い連載になりました。最初は「前後編」でおしまいの予定でしたがイラクでの日本人誘拐事件が続き、被害者への非難中傷が浴びせられる状況となり、急遽追加となりました。


被害者に対し「自己責任」という言葉を発する政府与党に全く同じ言葉を返したい。政府自身が最高責任者としての責任を問うことをしないのは何故ですか。本物の愛国者、本物の右翼の皆さんはなぜその点を追及しないのか。


一市民ながら、海外で人道支援活動をして結果的に「日本の評価を世界中で高めている」人たちを足蹴にしている政府与党。


小泉首相は「寝食を忘れて」救出に全力を尽くしているのに「迷惑」をかけるのはとんでもない、といいながら御当人は事件発生後ホテルで「顔色ひとつ変えずにビールとワインを飲み、ステーキを平らげ」ている。「迷惑」しているのはどちらでしょう。外交官の年収は3000万円を超えると新聞にありました、彼らの報酬は「迷惑だ」と叫ぶだけのものですか。こんなオソマツな代議士(と彼らが選ぶ官僚)しか選べない選挙民の一人として懺悔せざるを得ない。選挙権のない若い皆さん、本当に申し訳ありません。


今回言いたかった結論は次のようなことです。


テレビ番組の水戸黄門を題材に、独善で毎日を暮らす私に「悪とは何か」という問いを投げかける。実は私自身が「悪をはたらく」ことを抜きにしては存在しない、悪事を避けられない事実。このことを前提にものを語らないと「お話」になってしまう。悪役が「おぬしも悪じゃのう」と言うとき、一緒になって「そうだそうだ!」と支持するのでなく、私

自身に向かって言われている言葉と理解する。


だからこの度の「日本人誘拐事件」もこの理解に基づいた視点で見ると、5人の被害者にその行動に対する「謝罪を求める」のでなく、正反対に私たち選挙民が被害者,NGO、ボランティアの皆さんに謝罪する。多大の迷惑をおかけしたことを(選挙権をもっている)私たちが深く反省し、謝罪する。


せっかく皆さんが命がけで活動されているのに、その足を引っ張り命の危険まで強いるような状況、日本軍派兵を許した私たち。イラクに侵略した米国、それに加担するに日本政府の行動を止められず、毎日多くの民衆が殺傷されているイラクを黙殺。私たちはホンモノの「悪じゃのう」です。


そんな私たちが選んだ政権が「うっかり小泉」。こんな選択しか出来ない私たち選挙民の悲しい自覚。自らの足元を見ることがないのは私たち自身。だから「おぬしも悪」ではなく「私自身が悪をつくる者であった」という事実。


殺戮を続ける黄門(ブッシュ)を支持する配下としてのうっかり(小泉)君。そしてうっかり君をこれまた支持する選挙民たち。


仏教徒として願われている「殺すな、殺されるな、殺させるな、そして殺さない」。命あるものを犠牲にしなければ毎日を暮らせないこの身だからこそ、自身の悪に目が覚める。それは同時に「正義のための殺人」を肯定する価値観を批判する視点を持つこと。事実として悪をはたらいている私、だからこそ願いに反する行為を批判する。そこに「おぬしも悪じゃのう」という言葉が、私に向かって光り輝いているのです。

第 8 回 "水戸黄門"でおぬしも悪じゃのうを考える(その 4 )

汚職事件を繰り返す皆さんやそんな政治集団に限って「救出に使われた税金を問題」にしたがっていますね。このように自分や所属政治集団の「悪事」を不問にして弱者としての一市民を中傷、攻撃。これも水戸黄門の構図。


ここで光るのはやはり「おぬしも悪じゃのう」。自分たちは「悪事」をしていながら認識しない現代の代官たち。それに比べて「オレも悪事をはたらくけど、あんたも相当なもんだな~」という悪役代官のセリフ、自分の悪事をしっかり見つめ認識している。「私も同様の悪をはたらいている」という自覚、わが身に目が向いている。


そんな自覚を持ちながら「悪事をはたらく状況」に陥るのはなぜか。


基本的に家老職は世襲なのだから幼いときから公人としての教育を受け、代官も信頼に足る人格者が選ばれたのでしょう。にもかかわらず、汚職まみれになるのは、制度にその問題があるのではないですか。人格者でさえ悪に手を染めてしまう環境、制度。


それは現代の政治家や官僚、警察など公務員の汚職と同じではありませんか。そのような環境、制度をつくっておいて、事件が起きるたびに個人の問題として裁くだけ。だから「国会議員の(秘書給与)問題」について法律をどうするか?などといまだに言っている始末。まったく国民をバカにした議論をしている(もっともそんなオソマツ議員を選んでいる選挙民にこそ「大いに問題」があるので、バカにされても仕方ないか)。


国会議員を代表に公務員の汚職など、過去何十年間ずぅ~と続いているではありませんか。

そして発覚の都度「二度とあってはならない」と言ってみるだけ。


ならば次回発覚した際は「あと100回は同じような事件を起すかも知れないが、101回目にはあってはならない」と言うべきでしょう。


最後は例によって個人を裁くだけで「ハイ、めでたし、めでたし」とオシマイにする。それでは水戸黄門と同じではないですか。


そうではなく職権や地位を利用して不正をすることが出来ない組織、環境、制度にすることが先決ではないですか。利権のおこぼれを手に入れることが不可能な制度。


黄門様一行は体制維持の集団としてその役割を果たしている、そこに存在意義がある。だからガス抜きをして目先の問題だけの解決でよしとする。だから言葉を換えて言えば、本質的にはある意味「解決しない」方が良いのです。悪役の組織がますます栄えて、庶民がますます抑圧される、表面上の解決で終わらせない。悪役の家老や代官を懲らしめてよしとするのでなく「悪役家老、代官を生み出す」背景を問題にする。


社会の矛盾をあきらかにすることで、全体の根本的解決を目指す。


だから「より悪」なのは実は水戸黄門一行ではないですか。「おぬしも悪じゃのう」とは水戸黄門に向けられるべきセリフ。登場する悪役が悪徳商人から貰う賄賂はせいぜい菓子箱単位の小判、千両からせいぜい万両単位。


対して天下の副将軍は日本中の富を吸い上げるシステムの頂点に位置して、最大級の権力

を持ち、やりたい放題。全く桁が違う。


現代も同じように巨悪をぐっすり眠らせて、小悪を徹底的に懲らしめているのがこの国の実態ではありませんか。何のことはない、社会構造としては水戸黄門の世界と何ら変わっていません。


だからこの番組を笑えないのです。最初に喜劇と表現しましたが実はこちら側が喜劇そのものでした、現代の社会を支えている私たちの側が。それも面白くともなんともない、三流喜劇。


(次回へ続く)

第 7 回 “水戸黄門”でおぬしも悪じゃのうを考える(その 3 )

 昨年のイラク侵略戦争開始以来イラク人の死者はどれくらいでしょうか。実はよく分かっていません、報道によって1~5万人まで非常に幅があります。それほど各地で頻繁に殺戮が行われている証しでもあります、数えきれない。


その多くがこどもや女性、老人、病人などです。現代の戦争は被害者の80%が罪のない一般市民です。まさに弱肉強食の世界。「うっかり君」は「無辜の人々を傷つけることは許されない」と言いながら、その無辜の人々を攻撃し続ける黄門様(ブッシュ)ベッタリです。


それは「うっかり八兵衛が黄門様の配下である」と同じく「うっかり君がブッシュ将軍様の配下である」証明です。主従関係だから自分の意見を言えないつらさ。


この度の誘拐事件で全員が解放され「よかったよかった」で解決なのでしょうか。根本が変わらない限り同様の事件はまた起きることでしょう。


それはイラクの罪のない民衆、それこそ無辜の人々がただ今現在も理不尽に殺され傷つけられている、そのことが終わらない限り解決されないのです。その殺戮に日本も加担しているからです。


この度の一連の邦人誘拐事件に関して一部の自民・公明党議員から「今回の救出にかかった費用を問題」にするような意見が出ています。彼らは本気でそう考えているのでしょうか。ならば国会議員など辞職すべきでしょう。なぜか。


政府の一番にやらなければならないことは国民の命をまもることです。そこが原点で新幹線や高速道路、空港ばかり造ることが目的ではないのです。まず国の基本としての国民を護ること、これなくして何の国家か。もちろん、国民であって時の政権・体制を護るのではありません。江戸幕府は崩壊しても民の命さえ護れば新しい時代を築けるのです。


それでは反対に聞きましょう。日本軍のイラク派兵にかかる費用は総額いくらですか。この度の派兵に始まって、滞在し、施設を作り最後に引き上げるまでいったいいくらかけるのですか。


皆さん派兵を支持しましたね(当面377億円が予定されています。ちなみに同じ内容の支援を、その金額の50~100分の一でNGOなら可能です)。


そしてその派兵が直接の原因となって「誘拐事件」が続いて起きました、これは事実です。何回もイラクに人道支援に行っていた人たちがいきなり誘拐されたのは、派兵後のことです。人道支援を妨げているのは日本政府ではありませんか。誘拐事件を誘発したのは日本軍でしょう。


日本軍を派兵すればそれまでしていた本当の「人道支援」が困難になる、だから反対と言う大方の予想通りになりました。


 さらに与党議員やエライ官僚の皆さん、贈収賄、汚職といえば皆さんの先輩方の名前ずらり。あるいは税金の使い道はどうですか。「グリーンピア」関連で何千億円をどぶに捨てましたか。


そんなとく職をしても口をぬぐって平然としている、厚顔無恥なエライ人たち。まさに水戸黄門の構図はそのまま現代に続いています。


そんな「どぶに捨てたり懐に入れたり」のエライ議員・官僚の汚職に比べ、人質の命を救うのに使われた税金こそ意義のある、価値あるお金の使い方ではありませんか。


新聞記事に時々載っている「議員や官僚の視察旅行」、実態は単なる観光旅行だったことが後でバレル。バレた後で税金を返してメデタシ。外務省がこの度の救出費用の一部を被害者の自己負担にする決定をしました。バレない限り税金で観光旅行をするエライひとたち。


自分たちは税金を使い放題、一市民には「自己負担」。ここにも彼らの正体がよく現れています。


(次回へ続く)

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