Welcome to
my homepage
自己紹介
近況・トピックス
ここでは、私の身辺に発生した主な出来事を、トピックスとして綴っています。現役時代の終盤からの約20年間の記録ですが、そのうち、直近の約10年間の主な出来事を記録していて、それより以前(現役時代の終盤からの約10年間)については説明文は省略し、タイトルのみを掲載しています。ご了承ください。
2025年
「素敵に生きる・知的に生きる」
私の人生の記録を印刷製本 2025年4月20日
米寿を機に、今までの私の人生記録を260頁の原稿に纏め、今回、印刷製本が完了しました。腕白な少年時代から始まり、高校・大学を経て社会人へと進む過程や、企業で世界に伍して研究開発に邁進した歴史、さらに、定年退職以降、現在に到るまでの地域活動など、私の生涯を記録したものです。表紙には、その昔(2008年)、米国フロリダ州タンパ市でゼネラルチェアマンとして国際会議を主催したとき、レセプション会場のフロリダ水族館で、ワイングラス片手に撮影した一枚の写真を配しました。
表紙の裏(左)と表(右)
ウミガメとタツノオトシゴ
つくばみらい市に寄贈
新版 近隣ぶらり探訪記を 2025年3月21日
今般、小田川 浩 市長・町田幸子 教育長を市役所に訪ね、先に完成したカラー版の新版「近隣ぶらり探訪記」を市に20冊ほど寄贈しました。市の図書館での市民の閲覧のほか、市内中学校での補助教材としても使えないかと思い、検討をお願いしました。懇談の席上、請われるままに私の技術者人生での技術開発の苦労話をお話しし、興味を持っていただいたようで嬉しく思いました。お二人をはじめ、市の幹部の皆さまには、貴重な時間を割いていただき、ありがとうございました。
市長・教育長と市役所にて
ホームページを引っ越し
3月末で切り替え 2025年3月1日
今までお世話になってきたプロバイダPlalaが、個人用ホームページのビジネスを3月末で終了するというので、20年ほど続いてきた私のホームページもそろそろ閉鎖の潮時かなと考えていました。しかし数名の友人から、閉鎖は惜しいとの声が聞こえてきて、何かいい方法はないかと思案し、結局、今見ていただいているこのサイトへと引っ越し中です。画面構成法や操作法など、今までとは異質なため苦労していますが、何とか現在の形へと辿り着きました。今後も改良を重ねていこうと考えていますので、ご支援・ご教示をどうぞよろしくお願いします。
近隣ぶらり探訪記を再出版
今度はカラー版で 2025年2月22日
今までの18年間、暇を見付けては県内各地の名所旧跡を探訪してきましたが、その訪問記の数がとうとう550箇所に達しました。折しも、友人の林 眞琴氏から京都の印刷会社を紹介頂いたので自費出版を計画し、ネットで注文して一週間という短納期で印刷完了しました。完璧な装丁のカラー版が完成し、満足感に浸っているところです。以前に中間段階で一度自費出版したことがありましたが、そのときは白黒版でした。「捕らぬ狸の皮算用」ながら、今年の確定申告で戻ってくる税金を当てにして出版したものです。これで私の道楽は一段落。そのうち、次の道楽を探さなくては!
2024年
山紫会東京支部
久し振りの顔合わせ 2024年6月5日
東京の頤和園 京橋エドグラン店で、大学時代の同窓会「東京山紫会」が開催され、6名の会員が約6年ぶりに再会し、旧交を温めました。コロナ禍による長い間の無沙汰の後の再会は、まさしく感動的でした。日本風力エネルギー学会誌に掲載されたひずみゲージに関する会員のライフワークの記事も紹介され、皆で感動を分かち合いました。来年にはまた、新たな話題を持ち寄って、楽しく歓談しましょう。有難う、皆さん! どうぞお元気で!
日本ロボット学会
アドバイザリ・ボード委員会 2024年4月8日
日本ロボット学会の歴代会長らと現役役員とが参加する題記委員会が久し振りに開催され、出席してきました。学会の現状や問題点・課題などについて説明を受けたあと、今後の学会の進むべき方向について議論し、提言をしてきました。コロナ禍で5年ぶりの開催でしたが、懐かしい顔ぶれが集まり、楽しい時間を過ごしました。
2023年
金属材料の疲労設計の旗手
林 眞琴氏から著書を拝受 2023年12月28日
日立機械研究所時代の後輩で、大学での後輩でもある林 眞琴博士から、著書「金属材料の疲労破壊 大全」を恵贈いただきました。今までに機械工学分野で計152篇の論文・解説を発行された俊英で、これまでの研究の集大成として日刊工業新聞社から刊行された力作です。機械研究所時代の大学同窓の飲み会で、私が言ったという「一流の研究者として認められるには、年齢よりも論文数が多くなければいけない」に発憤された由。素晴らしい足跡に感慨一入です。有難う、林さん!
市のよつわ大学で講義
”知られざる茨城の魅力” 2023年7月5日
つくばみらい市の生涯学習支援事業「よつわ大学」からの招聘で、「知られざる茨城の魅力」というタイトルで約1.5時間、新住民の目で見た茨城の魅力をパワーポイントを使って説明してきました。講義をするのは久し振りでもあり、高齢化で多少ロレツの怪しいところはあったものの無事終了し、幸い好評のようでした。
日立のトップサイエンティスト
3名が来宅され歓談 2023年3月18日
Research.comが選ぶコンピュータ科学分野のトップサイエンティストに、日立から、昔、私の研究室から巣立った3名の後輩が選ばれ、今回、揃って拙宅を訪問してくれました。3名は上田博唯博士、宮武孝文博士、長坂晃朗博士で、当日は私の唯一の得意料理「燻製」と、ビールに加え、毎年作っている果実酒(最新並びに年代物)で祝杯を挙げました。上田博士とはカリフォルニアの研究所でも一緒に仕事をした仲で、実に40年ぶりの再会でした。日立から選ばれた3名が全て私の研究室出身ということで、私も大変誇らしく思っています。当日は奇しくも私の学位取得56周年の記念日、素晴らしい1日となりました。そのうちまたお会いしましょう!
情報制御システム研究の旗手
井原廣一氏から著書を拝受 2023年1月18日
昨年暮れに、昔、日立へ一緒に入社した同期の仲間、井原廣一博士が、著書「情報制御システム研究開発まんだら」を恵贈してくれました。氏は東海道新幹線の運行管理システムや工業用計算機制御システムなどを幅広く手掛けられたこの分野の我が国の旗手。先端技術開発の苦労話が満載の貴重な自叙伝で、この正月、じっくりと読ませてもらい、私の経歴とも共通した技術開発への「執念と挑戦の歴史」を知って感動を新たにしました。長い間、仕事の上での直接の接点はなかったものの、海外に共通の師を持ち、その人の推薦もあって、ともにIEEE(アメリカ電気電子学会)の Life Fellow に選ばれていた事実を知り、稀有な縁を感じました。この本で、今年も新鮮なスタートが切れました。有り難う、井原さん!
2022年
再度、オンライン飲み会を体験
「安印指友多飲の会」 2022年12月23日
暮れに、昔の研究室の後輩らがまた声を掛けてくれて、オンラインの忘年会に参加しました。zoomによる飲み会で、1年ぶりに若い皆さんとお会いし、楽しいひとときを過ごしました。この会は、指静脈個人認証技術の開拓者らが集う先進的研究・開発・事業化グループの人たちで、アインシュタインの会という「指友だち」が「多飲」する会の意。お世話頂いた宮武孝文 博士、小林 守 博士はじめ、会の皆さん、今回もありがとう、楽しかった!
思いがけないプレゼント
当地の吹き矢仲間から 2022年12月21日
右の写真、何だか分かりますか? 本日、吹き矢仲間の秋場さんが届けてくれました。私たち夫婦の大好物、日本ではなかなか手に入らないと、吹き矢のコーヒータイムでこぼしていた私の話を覚えていた秋場さんが、どこからか苗を手に入れてきて1年間、ご自分の農地で栽培してくれました。野菜のプロの秋場さんにとっても初めての栽培とのこと。そう、ホース・ラディッシュ、いわゆる西洋わさびです。ロースト・ビーフには不可欠のしろものであり、また、あらゆる肉料理に合う絶品です。早速、そのまま、少しかじってみたら、昔の米国滞在時の味と寸分違わない味。これからの食卓が楽しみ、有り難う秋場さん!
参加者に英文表彰状贈呈
当地の夏休みラジオ体操で 2022年8月31日
コロナ禍で大変な世の中ながら、当地の子ども会が主催し自治会が応援する夏休みラジオ体操が、前・後期、計15日にわたって開催されました。参加者に何か記念の品をと考えた結果、2年前に人生初と思われる表彰状を進呈して大変喜ばれたことを思い出し、今回も小さな表彰状にしました。ただし今回は、子供たちの勉学への刺激にでもなればと、それこそ人生初となる英語の表彰状とし、ラジオ体操最終日に、英語のスピーチも交えながら手交しました。
未就学の子供や低学年の子供たちも、私の Congratulations! に反応してThank you!と応じてくれました。今後、英語への興味と勉学への意欲が一層出てくること、賞状の文面が理解できるようになるまでの数年間は学習机の上に飾ってもらえること、を期待したいと思っています。
朋あり遠方より来たる
また楽しからずや 2022年4月19日
マシンビジョン国際会議の開催などで、私の技術者人生を彩ってくれていた旧友の一人、市川吉晴氏が、若い頃の米国勤務やその後の国内あちこちでの長年の勤務にようやく終止符を打たれて、隣り駅の駅近くの新居に落ち着かれました。今回、10数年振りに来訪され、懐かしい昔話に花を咲かせ、時を忘れて語り合いました。長いコロナ禍の谷間でのひととき、「朋あり、遠方より来たる、また楽しからずや」の心境でしたが、今後は「遠方」ではなく「近隣」になるので、次の機会が一層楽しみになりました。ありがとう、市川さん!
教科書第2版が完成
「ディジタル画像処理」 2022年3月14日
教科書「ディジタル画像処理」(画像情報教育振興協会、略称CG-ARTS協会)の改訂作業が終了し、この日、完成出版されました。この本は、日本の画像処理の専門家が協力して2004年に初版刊行されたもので、私自身も、その一部を担当執筆しています。以来、何度かの小改訂を経て現在に至っていましたが、今回、第2版として大幅に改訂されたものです。今後も引続き、若い研究者・技術者・学生の皆さんに、座右の書として愛読されることを祈念しています。
創刊200号に到達
みらい平陽光台ニュース 2022年2月2日
当地自治会で発行してきた月刊の小さな新聞「みらい平陽光台ニュース」が、2006年11月の創刊以来15年を経過し、この2022年2月2日の2づくしの日に、第200号を刊行できました。最近のコロナ禍で、自治会も市も行事はほとんど自粛の中でしたので、記事にも事欠く状況でしたが、今後に繋げようと、編集長として細々ながら火を灯し続けて来た結果です。
2021年
オンライン飲み会初体験
「安印指友多飲の会」 2021年12月22日
この歳になって初めて、オンライン飲み会とやらを体験しました。昔の研究室の後輩らが声を掛けてくれたもので、当初は戸惑いましたが、でも、小学生でもやっているオンライン授業と同じはずだから出来ないのは恥とばかり、急遽zoomを導入し、遠方に住む娘や息子に付き合って貰って一度だけ事前にオンライン会議を体験。これが功を奏し、恙なく飲み会を終了できました。
若い後輩たちと一緒に、実に楽しい時間が過ごせました。この会の名称がまたユニークで、アインシュタインの会というもの。指静脈個人認証技術の開拓者らが集う先進的研究・開発・事業グループで、指友だちが多飲する会とのこと。会の皆さん、ありがとう、楽しかった! 今後、オンライン飲み会が、癖になりそう! 機会があればまた誘ってください。良いお年を!
スポーツ吹き矢で
三段に合格 2021年11月25日
暮れも近くなったこの日、スポーツ吹き矢でようやく三段の試験に合格しました。今まで何度か挑戦してきましたが、毎回少しだけ合格点に届かず、惨敗・惜敗を繰り返していました。今回も5ラウンドまでの成績は惜敗の気配でしたが、最終の6ラウンド目で奇跡が起き、10メートル先の的の中心の直径6センチの小さな円内に、全5本中の4本が的中し、一挙に点数が増えて所定の合格ラインに到達した次第です。ひょっとして、眼鏡を新調したこと、吹き矢の筒を新調したことが効いたのかも。
市の委員を委嘱される
つくばみらい市景観審議会 2021年3月13日
市の都市建設部 都市計画課から来訪を受け、新しく市の景観審議会の委員を引き受けることになりました。今回の近隣ぶらり探訪記の献本で市長と話をする機会があり、それが契機となって今回の推薦となったようです。数年前の市の政治倫理審査会の委員に次いで、2度目のご奉公ということになります。任期は2年間、コロナ禍中でもあり何が出来るか未知数ですが、精一杯、市に協力したいと思っています。
茨城新聞に記事掲載
探訪記について取材される 2021年1月28日
市の広報誌を見た茨城新聞社から、詳細を知りたいとの話があり、1月18日に取材を受けました。その結果が1月28日号に、右のような大きな記事として掲載されました。
市の図書館に寄贈
近隣ぶらり探訪記 2021年1月7日
昨年10月に県に寄贈した題記の本は、山野井県会議員から県立図書館や県議会図書館、日立市図書館などに配備されたという連絡を受けました。また、別途、市にも何冊か寄贈していましたが、今回、市の図書館とその分館で閲覧可能になったとの記事が市の広報誌1月号に掲載され、全戸に配布されました。ここにその記事を掲載します。図中の写真は昨年10月の市長への贈呈式の様子です。市民の皆さんが愛読してくださり、ふるさと再発見のよすがの一つになると嬉しく思います。
2020年
近隣ぶらり探訪記を刊行
市や県に寄贈予定 2020年9月~10月
コロナ禍で、ここのところ充分な自由時間があったため、今までに県内を探訪してきた紀行文をまとめ、「近隣ぶらり探訪記 ―知られざる茨城の魅力― 」という本を刊行しました。今までにも130箇所、220箇所の途中段階で中間刊行してきましたが、今回は最終版ということで、計365箇所の全訪問地を網羅したものです。ただ、刊行とは言っても、郷里で印刷業を営む友人に依頼しての50部限定の自費刊行に過ぎませんし、コロナ対策で国から支給された特別給付金を、使途がなくて懐に貯め込むよりも、この刊行費用に充当した方が良いと判断しての刊行でした。目下、この本に注目してくださった山野井県会議員の仲介で、県や市の然るべきところ(図書館など)に、僅かな冊数ながら寄贈することを企画中です。
地域の子どもたちを激励
陽光台ニュース紙面などで 2020年5月5日~8月23日
コロナ禍で学校閉鎖が続いていた当地の子どもたちを元気付けようと、私が編集・発行している自治会新聞「みらい平陽光台ニュース」の論説欄に、子どもたちへの激励文を掲載しました。今の頑張りを誇らしく思うときが必ず来るからもう少し頑張ろう、ということと、人生で大事なのは生きる力だよ、そのために努力する才能を磨こうよ、というのが要旨でした。夏休みには、当地恒例のラジオ体操に参加した子どもたちに、当地自治会から手作りの小さな表彰状を、額に入れた形で贈りました。文面の最後には、「今後も、太陽のように明るく月のように優しい心で、未来社会を担う気鋭のリーダーをめざして、勉学やスポーツに一層励んでください。」という言葉を添えましたが、小学校低学年には全般的に難解だったかも知れません。実はそれが狙いで、多分、人生初めての表彰状ということで、学習机の上に、文面が理解できるまでの数年間は飾ってもらえるのでは、という期待があったためです。果たして?
教科書の改訂作業を終了
ディジタル画像処理 2020年2月9日
1月下旬から開始していた教科書「ディジタル画像処理」(画像情報教育振興協会、略称CG-ARTS協会)の改訂作業が終了し、新学期に向けて発行されることになりました。この本は、日本の画像処理の専門家が協力して2004年に初版が刊行されたもので(当時の状況はここを参照)、以後、何度か改訂して現在に至っていますが、ますます好評のようです。私はそのうちの画像処理の歴史欄を担当していて、今回は最近の状況を追加することで改訂完了しました。
2019年
古巣で日立返仁会に参加
20年前の著作が現役継続中 2019年10月29日
日立返仁会(博士の会)の京浜地区総会が古巣の日立中研で開催され、久し振りに参加しました。新しく完成した協創棟とそこでの研究内容のお披露目を兼ねての会合でした。会務報告では、いきなり私の名前が紹介されて一瞬戸惑いましたが、20年も前に書いた私の一文が返仁会で今も新人教育に利用されていることを知り、嬉しく思ったものです。
この一文とは、「なぜ論文? なのか ─ 若い研究者・技術者への熱烈エール ─」という檄文と、それに続く「新説:論文の書き方」というタイトルの記事で、まだ現役の頃、会社の私のホームページに掲載していたものです。退職のときに消し忘れ、以来数年間、そのまま活きていたらしく、退職後に会社を訪問した際などに、これを読んで刺激を受け学位をとったという数名の若い研究者から声を掛けられたことを覚えています。
その後もどうやら返仁会の社内向けホームページにずっと掲載されていたらしく、今回の総会でそれが再度紹介されたようです。総会後の懇親会では、担当の何名かの方々から、若手研究者の啓蒙のために大いに活用しているということと、グローバル化で海外社員教育にも活用するため是非英訳したいという希望が寄せられました。20年も前の執筆ですが、研究の基本は不変のはずなので了承しました。今後の進展が楽しみです。
郷里で同窓会開催
車での最後の帰省か 2019年6月22日
高校時代の同窓会があり、久しぶりに帰省してきました。徐々に少なくなる参加者の状況を、やむを得ぬこととは知りつつも、寂しく感じたものです。愛車を駆っての参加でしたが、往復1100キロの旅程は少し負担に感じるようになり、これがひょっとして車での最後の帰郷かな、と、こちらも少し寂しくなったものです。郷里では、先祖代々の墓をすでに整理して、総墓に納骨しましたので、今回はその総墓参りも済ませ、また、越前和紙の里での紙漉きを見学したり、友人宅を訪れたりしました。
総墓の前で妹たちと
越前和紙の里で紙漉き見学
昔の研究室仲間が来訪
半世紀ぶりの卒業証書 2019年5月30日
民間企業の研究所で、当時、周囲からは無謀と言われながらも、「人工知能の研究」を標榜する新しい研究室を立ち上げたのは、今からちょうど50年前の昭和44年のことでした。幸いにもその頃、高卒・大卒の若者たちが私の研究室に次々と入社し、翌昭和45年には我が国初の「人工知能ロボット」を開発して、東京北の丸公園の科学技術館で一般公開できました。今では懐かしい思い出です。その研究室創設時のメンバーの一人が、私に会いたいと、九州からわざわざ当地茨城へ、当時の仲間3名を誘って訪れてくれました。中には25年ぶりに会う人もいて、ワインと、私の唯一無二の得意料理「燻製」を肴に、大感激の楽しいひと時を過ごさせてもらいました。
当時の私の研究室は、「江尻学校」と呼ばれていたそうで、その後それぞれに新しい道を開拓して来られた4名は、この研究室時代に経験し体得されたことのすべてがその後の人生を支える大きな礎になったと、大変喜んでくれていました。私も嬉しくなり、戯れのお遊び半分ながら、皆さんに半世紀ぶりの江尻学校卒業証書を手渡し、喜んでもらいました。令和時代になっての、おそらく日本初の「卒業証書」ではないかという話(令和は5月からで、まだ世の中の卒業時期は来ていない)が出ましたが、果たして??
江尻学校卒業証書
国際会議MVAに参加
シニア会を開催 2019年5月29日
国立オリンピック記念青少年総合センター(代々木)で第16回マシンビジョン国際会議(MVA-2019)が開催され、参加してきました。2年ごとに開催される日本発の会議で、これまでの30余年の間にその開催に役員などとして関与されたシニアの皆様17名にも集まっていただき、懇親と情報交換の場を提供することができました。会議には国内外から220名ほどが参加され、久しぶりの国際会議を楽しんできました。
ワープステーション江戸
新装公開 2019年1月26日
私の住むつくばみらい市に、ワープステーション江戸という撮影施設があり、時代劇のロケに利用されています。今般、この施設に、従来の江戸・明治エリアに加えて大正・昭和エリアが追加され、過日一般公開が開始されました。現在ここで、NHKの大河ドラマ「いだてん」の撮影が進行中です。公開初日には、出演者も交え、オープニングセレモニーが開催され、私も見学してきました。敷地内には昔懐かしい路面電車も作られました。撮影用とはいえ、この電車、200メートルほどの路面軌条を実際に動くようです。当市の新しい観光施設として、皆さんに愛されることを期待しています。
2018年
弥彦山・瓢湖を訪問
鬼瓦の伝統技術に感動 2018年11月12-14日
新潟の三条市、燕市を訪問し、さらに弥彦山にも登ってきました。紅葉真っ盛りで、楽しい旅になりました。瓢湖にはすでに4600羽の白鳥が渡来しているとの表示がありましたが、日中は近くの田圃に出稼ぎに行っているらしく数羽しか目に出来ませんでしたが、替わりに数千羽の鴨が湖面にひしめき、満杯の状況でした。当日村杉温泉に宿泊し、宿の庭に飾ってあった瓦製の鬼の像に興味を惹かれ、翌日に阿賀野市安田地区に集積している幾つかの瓦工房を尋ね、話を聞いてきました。燕・三条の洋食器・刃物といい、安田の瓦といい、地方の伝統技術の凄さを垣間見て、応援したくなりました。
スポーツ吹き矢で
二段に合格 2018年10月18日
思いもかけず、吹き矢で二段の試験に合格しました。とは言ってもギリギリの成績でした。考えてもみなかったことが起こって、戸惑うくらいでした。こうなったら、さらに上を目指します。でも壁が一層高くなって、無理かも知れません。一応頑張ってみます。
同窓生で筑波登山
産総研も見学 2018年7月24-25日
関東在住の大学時代の同窓生7人が集まり、筑波山に登ってきました。猛暑の最中であったことと、年齢が皆80歳超のせいで、苦労はしましたが一応元気に山歩きが出来ました。翌日には産総研を訪問し、昔の研究仲間、学会仲間にロボット関連の研究室を見学させてもらい、そのあとサイエンススクェアつくばや地質標本館を見学して、久しぶりに知的興奮を味わいました。産総研の皆さん、お世話になりました。ありがとうございました。
スポーツ吹き矢で
初めて初段に合格 2018年5月31日
3年ほど前に健康増進のために始めたスポーツ吹き矢の腕前が少しずつ上達してきましたので、昨年度後半から級位に挑戦しはじめ、5級、4級、3級、2級、1級と順調に進んで今回初段に合格しました。今までの80年の人生を思い返すと、小学校時代の珠算3級、高校時代(?)の英検2級以外は取ったことがなく、それらもその後上位を目指すことはなかったので、この吹き矢初段が人生初めての段位となりました。ただ、次のステップである2段への昇格は、技術的にかなり大きな壁がありそうなので、これも初段止まりとなる可能性が高そうな気配です。それでも健康にはかなり効果的なので、今後も出来るだけ続けてみたいと考えているところです。
「素敵に生きる・知的に生きる」と
「近隣ぶらり探訪記」を増補完成 2018年3月31日
先回の自伝「素敵に生きる・知的に生きる」の発行以来、暫くの時を経てまたまた書き記したいことが発生しましたので、その改訂追補版を今回新たに印刷完成させました。今までに訪れた海外の諸都市の訪問記も、「あの時・この街」という紀行文としてここに追加しました。一方、陽光台ニュースに掲載中の「近隣ぶらり探訪記」も、先回の冊子化以来、さらに訪問地が130箇所から220箇所へと増えたのを機に再度冊子化し、発行しました。現在もあちこちと探訪を継続中ですので、いずれまたその増補版を発行することになるのは必至のようです。
2017年
郷里の墓の整理
総墓への納骨終了 2017年6月16日
前年に取壊した郷里の墓の遺骨を、近くの石材店に預かってもらっていましたが、新しく出来た総墓へ納骨しようと、その法要のために久し振りに帰省しました。80歳の身ながら、片道550㎞ほどの距離を問題なく運転でき、懸案の納骨を済ませました。このような墓の整理方法が、果たして最良の方法であったかどうかについては異論もありうるとは思いますが、高齢の私にとってはこれが考えうる一番の方法に思えましたし、これで先祖にも不遜・不義理にはならず、子孫にも負担を掛けずに済むということで、肩の荷が降りたような感じがしています。
MVA国際会議に参加
シニアの集いを開催 2017年5月8-10日
第15回マシンビジョン国際会議MVA-2017 が名古屋大学(東山キャンパス、豊田講堂)を会場に開催されました。私も名ばかりながらこの会議のアドバイザリー委員を務めていたので参加しました。おそらく我が人生最後の国際会議というわけです。
過去にMVAで活躍された数名のシニアの方たちから、一度皆で集まりたいという話も出ていたので、この名古屋会議を機に、「MVAシニアの集い」を開催することにしました。MVA会議のバンケットの前に久しぶりに集まって昔話に花を咲かせ、お互いの現況を報告しあうなど、気軽に懇談して、その後バンケットに合流しようというものでした。
10数年ぶりにシニアの方々の連絡先を確認でき、ささやかながらも会合を持つことができた。参加者は16名と予想を上回り、中には20年ぶり、30年ぶりで再会した人もいて、お互いに楽しい歓談の時間を持つことができ、参会者からも大変感謝されました。
傘寿の祝賀会
子供たちからの招待 2017年3月25日
傘寿という一応の区切りを迎え、子供たちが祝賀会を計画してくれました。水道橋駅近くの瀟洒なホテルにある、中庭の造りが美しい和食レストランで、美味しいシャンパンと料理を頂きました。そのあと皆で迎賓館を見学し、久し振りに親子5人だけの楽しいひとときを味わいました。このときに贈られたリモートスピーカーは、テレビ音声を電波で飛ばして手元で聞ける装置で、耳が少し遠くなりかけた私たち夫婦にとっては最高の贈り物でした。
ノルディックウォーク
初体験 2017年3月5日
3月、市の生涯学習課スポーツ推進室が主催するノルディック・ウォーキングの会が開催され、参加してきました。2本のポールを使用して歩くもので、首や肩の血行も促進され、エクササイズの効果が非常に良いとされているようです。朝8時に集合し、講師による指導のあと歩行を開始。参加者は事前に応募した約100名の市民で、参加者中最高齢かと思っていたら、まだ上の人が数名いました。私自身は多少足腰に不安はあったものの、皆さんと一緒に無事全行程を踏破できました。
市の賀詞交換会
今年も参加 2017年1月10日
今年も茨城ゴルフ倶楽部を会場に、当つくばみらい市の賀詞交換会「みらいを語る新春の集い」が開催されました。各界で活躍中の市民の代表約240名が集まり、私も市の政治倫理審査会委員をしている関係で参加してきました。来賓の一人、埼玉県伊奈町の町長からは、伊奈忠次・忠治親子にそれぞれ縁のある両自治体として手を携えて進んで行きたいとの挨拶があり、また市長からは、東洋経済新報社の成長力調査で当市が一昨年は日本一、昨年は二位でしたが、今年もまた上位が期待できるよう、市政をしっかりやっていくという所信が表明されました。
なお、千葉県香取市とは、伊能忠敬・間宮林蔵つながりで友好都市関係を結ぶべく話合いが進行中との紹介もあり、当日は香取市の副市長も来賓として参加されていました。この副市長との私的な会話では、香取市は毎年人口が減っている現状なので、つくばみらい市の躍進が羨ましいとのことでした。
当日はアトラクションとして、新しく制定されたつくばみらい市音頭が披露され、また林蔵太鼓の力強い響きが披露されました。
恒例の正月旅行
本年は常陸大宮へ 2017年1月2~3日
最近数年、大晦日には海辺の宿であんこう鍋を食するのが常でしたが、今年は宿の手配がままならず、結局日程をずらして常陸大宮市山方の割烹旅館での奥久慈しゃも鍋に変更しました。これも茨城特産の美味しい鍋で、好物の一つです。当日は、地域の新聞に連載中の近隣ぶらり探訪記の取材も兼ねていたため、鏡岩というところを探訪してきました。
この鏡岩は石英斑岩の断層面で、8世紀初頭に書かれた常陸国風土記にも出てくるもの。鬼が集まって自らの姿を映して遊んでいたが、たちまちいなくなったという話です。県の天然記念物の一つですが、今は永年の風化作用で光沢もなく、単なる岩に過ぎません。この鬼の話で、江戸時代に生まれた筑波山のガマの油売りの口上、「四面鏡張りの箱の中にいれると、ガマはおのれの姿の醜きに驚き、タラーリタラリとあぶら汗を流す」というくだりを思い出しました。何か関連がありそうに思い、ひょっとして口上創作の際にこの鏡岩がヒントになったのではないかと、勝手に想像しているところです。
2016年
郷里の墓地を整理
京都での出版記念会の帰途 2016年11月10~11日
高校時代の同窓会「武高30会」で傘寿記念の文集を刊行したのを機に、その関西支部の主催する秋の集いが「刊行記念祝賀会」を兼ねて実施されることになり、京都に行ってきました。会場は蹴上の都ホテル(旧名称)、30歳頃に日米画像処理会議が開催され、日本側委員として論文発表した思い出の場所でしたが、何しろ約50年前のことですから、当時の面影を偲ぶのは至難でした。それでも何か懐かしいところに50年ぶりに帰ってきたという不思議な感情にとらわれたものです。席上、文集発行を会員の皆さんが大変喜んでくれ、編集長として胸を撫で下ろすことが出来ました。
その翌日、京都から郷里の越前市に向かい、菩提寺の先祖代々の墓に花を手向けた後、近くに住む旧友を訪ね、石材店を紹介してもらい、この墓の撤去をお願いしました。建造以来100年近く経過したため、ここ10数年、古くて危険なことが気になり、建て替えを考えていました。しかし私の身内はすべて都会にいて、後継を託せるものもいないことや、託したとしても却って迷惑を掛けることなどを勘案し、今回撤去を決めたものです。寺の住職も亡くなり、現在無人の寺となったこともこの決断の背景にあります。住職代理とも話をし、新しく建った総墓への納骨を、雪の心配のなくなる来春に予定して、今回墓の撤去と整地を実施依頼したものです。
追記: 12月10日にこれが完了したという連絡を受け、あとは来春を待つのみとなりました。
近隣ぶらり探訪記(茨城県)
冊子化して住民に配布 2016年7月16日
10年前に今の居住地に引っ越してきて以来、当地住民のために月刊の小さな新聞を発行し、そこに「近隣ぶらり探訪記」という連載記事を執筆してきました。つくばエクスプレスの新規開業に合わせて開拓された新興住宅地なので、私自身も含め新住民の多くは、当地の事情や当地周辺の様子についてまったく馴染みがありませんでした。そのため、「埋もれた場所、隠れた名所」を発掘・調査して紙面で紹介することを企画し、取材に当っては必ず実地踏査をすることを基本に、ここ数年にわたり少しずつ訪問してきたものです。その結果、訪問個所は130箇所に及び、とうとう茨城県内の全44市町村(32市・10町・2村)を踏破しました。
折りしも本年は市制10周年、自治会創設10周年の節目を迎えましたので、その記念品としてこの近隣ぶらり探訪記を冊子化し、手作りの電子版CDと一緒に、記念品として当地住民全員に配布しました。
近隣ぶらり探訪記
旅・旅・旅
北海道へ、隠岐へ、松本へ 2016年4月~6月
3月の北海道新幹線開通を機に、4月、久し振りに北海道に行ってきました。半世紀以上も前の学生時代の夏休み、工場実習で室蘭に1ヶ月滞在したことがあり、そのときに訪れた登別温泉の第一滝本館の広大な浴場がその後どうなったのかが気になり立ち寄りましたが、むしろ立派になり過ぎて昔の面影を探すことは出来ませんでした。また、地球岬への途上、実習先の新日鉄住金(当時は富士製鉄)室蘭製鐵所の前を通り、懐かしさがこみ上げ、若かりし日に思いを馳せたりしました。今回の旅は、結果として、私にとってのセンチメンタル・ジャーニーとなったようです。
5月には妻の郷里、隠岐島の西ノ島に渡りました。境港からの船旅は10数年振りでした。義兄と共に義姉・岳父・岳母などが眠る墓地に参拝し、そのあと国賀海岸・魔天涯などを何10年ぶりかで訪れ、昔と変らない雄大な風景を堪能しました。翌日には巡航船で知夫島に渡り、赤ハゲ山の山頂や名勝「赤壁」を初めて訪問し、海から垂直にそそり立つ赤くて異様な断崖の光景に感動しました。
6月には、大学時代の同窓会が、関東・関西の中間地点である松本で7年振りに開催され、最古の天守閣を持つ国宝松本城や上諏訪温泉を訪れました。傘寿記念に企画されたもので、総勢17名の参加者の中には、はるばる四国と九州から馳せ参じた会員もいて、久し振りの再会でした。新しい「御柱」の建った諏訪大社では、御柱に直接手を触れつつ互いの息災と長寿を祈願しました。 「同窓に 古城の威容 重ね見る」、という心境でした。
有珠山上から洞爺湖と昭和新山を望む
隠岐知夫島の名勝赤壁
最古の天守閣を持つ国宝松本城
傘寿記念文集の編集
武高30会の試み 2016年2月18日
昨年の夏以来注力してきた文集の編集作業がほぼ終了し、過日、印刷工程へと引き渡しました。これは、本年傘寿の歳を迎えるにあたり、大昔の高校時代の仲間(武高30会)で発刊を決めたもの。私は、その編集長として活動してきましたが、ようやく終盤を迎えることになり、あと少しで約200頁の立派な文集が完成する予定です。この歳になって文集を、という発想に賛同され、執筆された50余名の同級生の皆さん、もうすぐ偉業達成です。タイトルは「思えば遠くへ来たもんだ」、距離を時間に置き換えればまさに私達一同に共通した心境と言えるでしょう。
この冊子版に加え、その電子版としてのCDも、手作りながら過日制作完了。執筆者らへのプレゼントにするつもりです。この電子版は冊子版と異なり、写真はすべてカラーで掲載し、一層見ごたえがあるものになったと考えています。関係者の皆さん、乞うご期待!
追記: このたび完成の運びとなり、関係者への配布が開始されました。文集およびその電子版の写真をここに掲載します(3月19日記)。
「思えば遠くへきたもんだ」とその電子版
賀詞交換会に参加
市制10周年、初の成長力日本一 2016年1月12日
市内に4つあるゴルフ場の一つ、茨城ゴルフ倶楽部で、午前11時から市の賀詞交換会が開催されました。「みらいを語る新春の集い」と銘打ったこの会では、市制10周年を迎えた節目の年ということで、各界で活躍中の市民約230名が集まり、市の現状や将来について歓談しました。琴の演奏のあと開会が宣言され、市長や来賓の祝辞のあと乾杯。とは言っても、アルコール抜きの会合で、会費制による歓談優先の集い。昨年、東洋経済新報社の成長力調査で当市が日本一に輝いたことで、今年も市政をしっかりとやっていくという市長の所信も表明されました。私も市民の一人として、できる範囲で貢献したいと考えています。
新年を阿字ヶ浦で
年越しあんこう鍋 2016年1月1日
大晦日に、ひたちなか市の阿字ヶ浦海岸へ行き、そこの小さな宿に宿泊。夕食には1年ぶりに「あんこう鍋」を楽しみました。この地を含む茨城の海辺でしか味わえない珍味で、昨年の大晦日は大洗海岸でした。どうやらここ数年、年末の年越しそばの代わりにあんこう鍋を食することが慣習となったようです。元旦には海辺に出て、清澄な空気のもと、初日の出を拝み、今年も無病息災を祈願。帰りに東海村の村松地蔵堂への初詣を試みましたが、駐車場も満員で、待つことの嫌いな私は初詣を断念。でも初日の出に祈願したので、これで「良し」としました。
2015年
夜の筑波山へ
紅葉のライトアップ 2015年11月17日
この日、急に思い立って筑波山へ。もう暗くなった夕刻5時半ころに山腹の筑波山神社に到着。2か月ほど前にもここを訪れ、社殿での仲秋月見の音楽会で、琴と尺八の音色を楽しんだ場所。でも今回はこの社殿を横目にケーブルカー乗り場へと、年寄りにはちょっときつい階段をひたすら登ってやっと到着。そこからケーブルカーで山頂へ。車内の電灯は消して、真っ暗闇の中をケーブルカーは進み、線路周辺の紅葉の見どころだけがライトアップされていて、なかなか幻想的な風景。でも今年の紅葉は少し異常らしく、少し物足りない感じは否めない。とは言え、初めての夜の筑波山、眼下の夜景など、それなりに楽しめました。
久し振りの草津へ
試運転を兼ねて 2015年10月27-28日
新しい車を駆って、草津温泉まで行ってきました。若いころスキーで良く訪れたところですが、温泉目的は多分初めて。「草津温泉の伝統ある湯もみに挑戦したことを認める」という小さな賞状も貰いました。その昔、何度も転倒して苦労した天狗山スキー場のこぶだらけのゲレンデは、雪のないときに見ると何のことはないただの小山。本当にここだったのかと見紛うほどでした。白根山は噴火の活動中か、立ち入り禁止。でも結構紅葉を楽しめた旅でした。
新車2台購入
人生最後の買い物か 2015年10月6日
もう傘寿まであとわずか。そろそろ運転免許返上の年代が近付いていますが、長年運転をしているとそう簡単には手放せないもの。今まで乗っていた2台の車は、1台は10年を超え、もう1台は8年ほど経過した大型の車で、燃費も悪くそろそろ買い替え時。ということで、多分、わが人生最後の車ということで、一つはハイブリッド車、もう一つは我が家で初めての軽自動車を選択。さて楽しめますかどうか。
政治倫理審査会委員
市から委嘱される 2015年10月3日
市長らの推薦で市議会の承認を経て、このたび市の政治倫理審査会の委員を委嘱されました。5名の委員のうちの一人として、今後活動します。とは言ってもこの役職、実は何もすることがないことが一番いいという役目。市長・副市長・教育長・市会議員がその立場を利用した何らかの不正があると、市民からの要請を受けて審査するというもの。したがって何もすることがないのが、市が正常であることの証左となります。とはいえ責任重大。心して頑張ります。
学会誌に随想が掲載される
拝啓、同志 ロボット研究者・技術者諸君! 2015年6月6日
先に執筆し提出していた随想「拝啓、同志 ロボット研究者・技術者諸君!」が、日本ロボット学会誌 Vol.33, No.4, pp.247-250 (2015)に掲載されました。
マシンビジョン国際会議
晩餐の堰で感謝状を頂く 2015年5月19-21日
2年ごとのマシンビジョン国際会議(MVA2015 )が、お台場の科学みらい館で開催され、参加してきました。晩餐会はヴァンテアン号による東京湾クルーズで、久しぶりに東京の夜景を満喫しました。世界から集まった旧友との再会もありましたが、何よりもうれしかったのは、晩餐会の席上、長年のMVAへの貢献ということで感謝状のクリスタル楯を頂戴したことでした。1988年の第1回以来、もう27年間もこの会議の運営に何らかの形で携わってきましたので、感慨無量です。MVAの今後ますますの発展を祈念したいと思っています。受賞挨拶では、次回会議には私も80歳になるのでどうなるかわからないが、また継続して参加できるよう努力するつもりだと述べました。果たして???
感謝状の楯
受賞挨拶
北陸新幹線の旅
郵便列車と迷子郵便供養塔 2015年4月16-18日
北陸新幹線の開業に伴い、金沢・能登に行ってきました。郷里の福井にも近いので昔からの馴染みの土地ではありましたが、白米千枚田とか上時国家など、今回初めての場所も幾つか訪れることができました。のと鉄道というローカル線に乗り、能登中島駅では、もうここでしか見られないという郵便専用列車(オユ10型)を見学しました。帰路には長野善光寺にも立ち寄り、7年ぶりの御開帳で回向柱にも触れてきましたが、興味はむしろ、境内の裏にあった迷子郵便物供養塔でした。かつて自動郵便区分機を開発したせいか、こういうところについ興味が向かうようです。技術者の性かも知れません。
郵便専用列車
迷子郵便物供養塔
スポーツ吹き矢を体験
市の総合運動公園で 2015年1月8日
健康に少しでも役立てばという思いで、暮れからスポーツ吹き矢を始めました。他の人よりも肺活量が少ないようなので、少しは改善するかと思って体験中です。日本古来の伝統も融合した新スポーツとして、礼儀作法も重んじられ、的に向かうときは一礼します。次いで筒を捧げ持って大きく深呼吸、そのあと、おもむろに構えて腹式呼吸で一気に吹きます。的の中心の直径6センチの円の、そのまた中心の1センチの標的を射抜いたときは、実に爽快です。的に刺さった矢に、次の矢が二重に刺さるという珍しい体験も、すでに何度かしています。暫くは病み付きになりそうです。
学会誌向けに随想を執筆
社会軸と自分軸について 2015年1月5日
日本ロボット学会の会誌編集委員会からの依頼を受け、久し振りに書き物を仕上げました。若い研究者たちに向けたメッセージをということで、少し辛口の文章としました。果たして採録されるかどうかは未知数ですが、私としては力作の随想です。当地の江戸時代の名主であった飯塚伊賀七のカラクリ人形から話を起こし、社会に役立つ仕事(社会軸)と、次の飛躍に向けた自分のための仕事(自分軸)とを、並立して遂行することを推奨する一文です。私の経験がふんだんに盛り込まれたもので、タイトルは、「拝啓、同志 ロボット研究者・技術者諸君!」ということにしました。少し纏まった形としては久しぶりの執筆だったせいか、心地よい疲れを感じています。5月ごろに掲載とのこと。いずれ皆様の目に留まればいいのですが、果たして。
これより以前(現役時代の終盤からの約10年間)については、題目と年月のみの掲載とし、説明文は省略します。
2014年
自伝「素敵に生きる・知的に生きる」 追補改訂版を完成 10月31日
初めてのプリクラ 孫娘に誘われて 8月30日
祝賀会で祝辞 昔の仲間が藍綬褒章 7月30日
郷里から突然の訃報 実弟が日野山で滑落 7月6日
指宿・屋久島への旅 悠久の屋久杉に初対面 6月19-21日
インドネシア人留学生会 バーベキュー会に参加 6月15日
日本ロボット学会 アドバイザ会議に参加 5月15日
市長選で現職を応援 戸惑いながらの初体験 4月27日
常陸国風土記を読破 筑波山は富士山よりも有名? 2月5日
IEEE(アメリカ電気電子学会) Fellow 制度50周年 1月15日
2013年
初めての救急現場 大丈夫ですかと声掛け 12月22日
市政報告懇話会 記念講演会で登壇 12月14日
国際ロボット展に参加 東京ビッグサイトで 11月8日
青森・岩手の旅 長距離ドライブに挑戦 10月15-22日
日立社友クラブ総会に参加 喜寿祝いを受ける 10月4日
MVA-2015キックオフ 東京開催を決定 9月29-30日
終戦記念日特集番組 時を越えたメッセージ 8月
マシンビジョン国際会議に参加 京都でのIAPR MVA-2013 5月20~23日
国際パターン認識連盟 アドバイザリー委員に就任 4月5日
故郷の土地を売却 132年の歴史に終止符 3月12日
日立日研で講演 燃えよ・越えよ・嵐の中に出でよ 2月19日
市の景観計画を議論 景観まちづくりの基本方針 2月16日~17日
2012年
故郷の生家を解体 築100年の懐かしの我が家 12月17日~20日
国際会議ICPRを開催 34年振りに「つくば」で 11月11日~15日
市民公開講座を開催 パターン認識について 11月11日
日本大学生産工学部で講義 視覚技術の開拓とその産業応用 10月30日
IAPR Newsletter に回顧録を掲載 私の研究活動・IAPR活動について 8月20日
日立中研で講演 着眼大局・着手多局 6月18日
ベトナムへの旅が実現 ハロン湾の風景を堪能 5月15日
研究開発小史 『ロボットと視覚技術」完成 4月20日
初めての経験 市議選で応援演説 2月5日
MVA国際会議の次期計画 舘山寺での委員会に参加 1月22-23日
自治会創設5周年 広報紙の発行に感謝状 1月7日
自治会からの感謝状 2011年総集編 1月1日号
2011年
人工知能の歴史に足跡 Nils Nilssonの歴史書に掲載 11月4日
計測自動制御学会(SICE) 創立50周年式典で表彰を受ける 9月15日
マシンビジョン国際会議に参加 奈良100年会館で開催、大成功 6月13-15日
日立工業専門学院で講義 「視覚認識技術の開拓」 5月30日
未曾有の大地震・津波が襲う 東日本大震災 3月11日
日立インフォメーションアカデミーで講演 素敵に生きる・知的に生きる 3月3日
徳島のセミナーで講演 県立工業技術センターにて 2月28日
新年賀詞交歓会に出席 日本ロボット工業会などが主催 1月12日
2010年
国際パターン認識連盟から 推薦委員・諮問委員に就任要請 9月30日、10月6日、12月10日
国勢調査に協力 地域貢献の一環として 9月1日~10月31日
日立工業専門学院で講義 「視覚認識技術の開拓」 9月6日
研究開発小史 「ロボットと視覚技術」 8月8日
中央大学で講義 「センサー融合とメカトロニクス」 7月12日
自伝「素敵に生きる・知的に生きる」 ―わが技術者人生の記録― 4月15日
日本ロボット学会 アドバイザリーボード 4月2日
F&M研究会に参加 センシングWebシンポジウム 3月1日
2009年
学会委員会に参加 MVA委員会とPRMU-FM研究会 12月4-5日、17-18日
講演要旨が掲載される 武生郷友会誌 第117号 11月7日
国際パターン認識連盟の歴史を編纂 IAPR諮問委員会として 10月7日
F&M研究会を開催 パートナーロボットについて、トヨタ会館で 7月16日
マシンビジョン応用国際会議 成功裡に終了、慶応大学で 5月20-22日
我が研究の歩み 最終版を完成 続の字が9個連続 4月26日
横幹連合 産学連携対話会 ロードマップについて講演 3月31日
電子情報通信学会 研究会 愛媛大学での総合大会で開催 3月19日
科学技術振興機構 知財委員会 任期満了で専門委員を退任 3月18日
2008年
電子情報通信学会 研究会 熊本大学にて、PRMUとF&Mが共催 12月18-19日
パターン認識国際会議を開催 タンパにて、晩餐会で歓迎挨拶 12月8-11日
講演2件 日立機研と武生郷友会で 11月29, 30日
IEEE(アメリカ電気電子学会) ライフフェローに認定される 10月15日
日本ロボット学会 名誉会員に推薦される 9月10日
パネル討論を司会 日本シミュレーション学会で 6月19日
FM研究会を開催 デジタル映像技術のシンポジウム 6月3日
横幹連合の副会長を退任 永年の活動に一応の終止符 5月14日
初の学会横断型アカデミック・ロードマップを策定 3月31日
福井県立武生高等学校 課外授業の講師を務める 2月15日
2007年
横幹コンファレンス開催 京都宣言を採択、ロードマップを議論 11月29日
アガワル博士、金出博士が受賞 大川賞の授賞式に参列 11月21日
ACCV2007で特別講演 アジア・コンピュータビジョン会議 11月20日
こしの都 千五百年プロジェクト 越前市のシンポジウム出演 11月18日
最近のロボット技術を講演 山城経営研究所のKAE研究会で 9月27日
FM講演会を開催 第6回情報科学技術シンポジウムで 9月7日
マシンビジョン国際会議を開催 晩餐会冒頭、高木教授を追悼 5月16~18日
横幹連合の副会長に再任、定常総会でアカデミック・ロードマップの策定に注力 4月9日
日本鉄鋼協会シンポジウム パネルで産学連携について議論 3月29日
日本ロボット学会へ提言 アドバイザリ・ボード委員会で 3月26日
2006年
横幹連合総合シンポジウム パネルでロードマップを議論 12月1~2日
倫理綱領の原案を策定 国際パターン認識連盟の新規範 11月27日
FMシンポジウムで講演 日本を先導した研究開発 11月13日
「ロボット野郎の会」に参加 ロボット日本の基礎を作った同志たち 10月15日
国際パターン認識連盟 諮問委員会委員長に就任 10月1日~
パターン認識国際会議 ICPR-2006(香港)に参加 8月21日~24日
慶應義塾大学 理工学部で 文部科学省人材育成ユニットを評価 8月17日
科学技術振興機構(JST) 知財委員会 第四専門委員会 8月2日
経産省の公募事業で審査委員長を務める サービスロボット市場創出支援事業 5月29日
創立十周年記念式典で祝辞 日本バーチャルリアリティ学会で 5月27日
横幹連合の副会長に再任、定常総会で 産学協同プロジェクトの基盤整備に注力 4月24日
IAPR Newsletter に紹介される エンゲルバーガー賞受賞が IAPR コミュニティに 2月
2005年
越えよ・燃えよ・嵐の中に出でよ PRMU (新潟大学)で特別講演 12月15日
エンゲルバーガー賞を受賞 第36回国際ロボットシンポジウムで 12月1日
横幹連合が初の学術会議を開催 「コトつくり長野宣言」を採択 11月25日
FIT 2005 で特別講演会を司会 フェロー&マスターズ研究会が主催 9月8日
MIRU 2005 で特別講演 画像の認識・理解シンポジウム 7月19日
横断型基幹科学技術研究団体連合 副会長に就任 4月26日
電子情報通信学会 フェロー&マスターズ研究専門委員会 発足 3月23日
母校 武生第一中学校で講演 3月18日
ロボット学会監事を終了 3月
ロボット学会・ロボット工業会の合同プロジェクト検討委員会 一段落 3月
NEDO研究助成事業 成果報告会に審査員として出席 1月
2004年
日本ロボット学会から フェローの称号を授与される 9月
国際会議ICPR-2008の開催地が決定 米フロリダ州タンパで 8月
部分担当執筆中の本が完成 「ロボット・オペラ」と「ディジタル画像処理」 6月~7月
国際会議ICPR-2004の論文審査および優秀産業論文賞の選定 2月~5月
日本・ロシア ロボット会議に参画 2月20日
文部科学省 次世代防災基盤技術 「レスキューロボット」を中間評価 1月13日
2003年
信号処理学会が 「私の研究遍歴」を出版 12月25日
長崎県 東彼杵町立千綿中学校で講演 12月11日
出版文筆活動を継続中 5月~9月
NEDO 産業技術助成事業 審査委員 9月4日
科学技術振興機構 知的財産委員会 専門委員 9月3日
文部科学省 科学技術政策研究所で講演 7月17日
アトム生誕日記念企画 「アトム宣言」を審査 4月7日
横断型基幹科学技術研究団体連合 設立総会を開催 4月7日
日本ロボット学会 会長を任期満了で退任 3月11日
2002年
横断型基幹科学技術 ―技術の新しい基礎を求めて― 11月29日~12月2日
表紙にマンガで登場 ―電子情報通信学会情報・システムソサイエティ誌― 11月1日
日本ロボット学会 創立20周年記念学術講演会 10月12日~14日
国際会議 IROS で表彰 10月2日~4日
2001年
日本ロボット学会 会長に就任 月9日
日本ロボット学会 若田光一宇宙飛行士と会談 1月22日