N.ロータ(1911-1979)
■ 弦楽のための協奏曲
「ニーノ・ロータって誰?」。そんな声があちこちから聞こえてくるようです。それでは、次の映画のタイトルを聞いたらどうでしょうか。「道」(1954年)、「太陽がいっぱい」(1960年)、「ロミオとジュリエット」(1968年)、「ゴッドファーザー」(1972年)。観たことがある、テーマ曲を耳にしたことがある、といった反応に変わってくるのではないでしょうか。これらの映画音楽の作曲で知られているのがニーノ・ロータ(写真)です。
経歴を簡単に説明しましょう。イタリアのミラノ出身。イタリアとアメリカの音楽院で研鑽を積み、音楽教師を務める傍ら作曲家として活動しました。30代に入ると映画音楽の作曲も始め、アカデミー賞やゴールデングローブ賞の作曲賞を受賞するなど、人々の心を打つ作品と輝かしい功績を残しています。
「弦楽のための協奏曲」は1965年に作曲されました。プレリュード、スケルツォ、アリア、終曲の四つの楽章で構成されています。ロータ自身は「本業はクラシック音楽であり映画音楽の作曲は趣味に過ぎない」と語っており、クラシック音楽家として評価されることを望んでいたそうです。しかし、一つ一つのメロディからは、まるで風景が浮かび上がってくるようで、ロータの想いとは裏腹に、映画音楽との共通項を思わず連想してしまうことでしょう。
曲調は全体を通して先を見通せない、うっすらと霧がかかったような不明瞭さを帯びています。半音で進行するフレーズが多用されているのも特徴で、どこに向かっていくのだろうというかすかな不安や憂いを含んでいるようです。心の内面と向き合うように、静かに、深く、耳を傾けていただければ幸いです。 (Vn.入江)
G.マーラー(1860-1911)
■ 交響曲第5番から第4楽章“アダージェット”
この曲は、映画「ヴェニスに死す」で使われたことで一躍有名になりました。第5交響曲全体は「死の嘆き」「生の勝利」といった重いテーマを感じさせる大曲ですが、この楽章は少し異質な雰囲気を持っており、弦楽器群とハープのみで演奏されます。結婚したばかりの妻・アルマへ向けたマーラーのラブレターとも言われ、「愛の楽章」と称されることもあります。
冒頭、ヴィオラパートから静かに始まる曲はハープのアルペジオ(分散和音)に乗せて次第に重厚感、情感を増していきます。波のように押し寄せて、引いてを繰り返しながら最高潮に達すると、弱和音で締めくくられます。
この曲で私が思い出すのは、伊丹十三監督作品「たんぽぽ」です。劇中のあるエピソードのサウンドトラックとして使用されています。どんなシーンで使われているかというと……ここにはとても書けませんので、18歳以上の方はぜひご覧になってみてください。
とはいえ、今回アルスでは比較的さわやかに(多分)仕上げてきましたので、どうぞお楽しみください。 (Vla.杉山)
G.F.ヘンデル(1685-1759)
■ハープ協奏曲 変ロ長調 Op.4-6 HWV294
J.S.バッハと同年、ドイツに生まれたヘンデルは、バロック音楽における最も重要な音楽家のひとりである。イギリスを中心に活躍し、特にオペラやオラトリオなど劇場用の音楽で名を馳せた。教会音楽で活躍したバッハが、音楽家一族に生まれ20人もの子供に恵まれた一方、ヘンデルは、音楽とは無関係な家庭に生まれ生涯独身を貫いた。作曲のほかにチェンバロ、ヴァイオリンの演奏も学び、オルガニストとしても活躍した。
本日演奏する協奏曲変ロ長調は、ハープまたはオルガンのための協奏曲として書かれ、ハープ協奏曲としては音楽史上初のものとされる。1736年、ロンドンで声楽曲「アレクサンダーの饗宴」の幕間に初演された。曲は急-緩-急の3楽章から構成されている。ヴァイオリンは弱音器を付け、低音楽器はピッチカートで演奏し、伴奏オーケストラは楽章の始めと終わり、そして独奏ハープの華やかなカデンツァの引き立て役に徹する。旋律は親しみやすく、ハープの音色とあいまって天上の音楽のような気品と魅力を持つ。武川奈穂子さんのハープとアルスの共演をどうぞお楽しみください。 (Vn.田中)
L.V.ベートーヴェン(1770-1827)
■大フーガ 変ロ長調 作品133(弦楽合奏版)
“絶対的に現代的な楽曲。永久に現代的な楽曲”(ストラヴィンスキー)
“中国語のように不可解な曲”(フーゴー・ヴォルフ)
ベートーヴェンが世に残した16曲の弦楽四重奏の中でも、作品127以降の5曲の後期弦楽四重奏曲は、その最高峰として今なお超えられることのない作品群として君臨するとともに、対峙すべき最終目標として位置付ける弦楽四重奏団も多い。その作曲形式は自由そのもので、楽章構成についても伝統的な4楽章構成には収まらない。作品130として作曲された弦楽四重奏曲第13番は六つの個性的な楽章から構成され、その終楽章として据えられたのが、741小節からなる常識外れの巨大な“フーガ”であった。
フーガとは、提示された主題を他のパートが模倣しながら追いかける作曲技法で、当時はその長大さや構造の難解さが全く理解されず、出版社や友人たちの反対によって、終楽章は他の音楽に差し替えられてしまった。その結果、独立した一つの作品として残されたのが“大フーガ”である。
曲は、対位法(複数の旋律を同時に奏でつつ調和させる技法)を中心に、ベートーヴェンの作曲技法が集約された壮大な音楽で、後世の作曲家たちをも惑わせるほどの現代性を持つ。全体は七つの部分から構成され、序奏、第1、第2、第3のフーガ、第2、第3のフーガの再現、コーダという構造をとる。主題を含め、変ロ長調という調性にとらわれない展開が続き、不協和かつカオスな各声部の衝突が随所に見られる。
この曲は弦楽合奏版においても名演が多い。何と言っても、この曲の一番の魅力である“迫力”が四重奏に比べ段違いに増すのだ。フルトヴェングラー、バーンスタインなど数多の指揮者による名演が残されている。実際に弦楽オーケストラで演奏してみると、パート間の衝突・不協和も徐々にしっくりハマって感じられるようになった。
「田園」「エリーゼのために」などの親しみやすさはないが、この混沌とした曲調の中に迫力や響きの美しさを少しでも感じ取られたなら、いろいろな団体の演奏を通じて何度も繰り返し聴くことをおすすめする。私自身、初めてこの曲に出会った時は「これが本当にベートーヴェンの曲か!?」と愕然とし、長らく理解することができなかった。しかし何度も聴いているうちに、その宇宙観、“人間らしさ”を味わえるようになったのだ。 (Vn.小野)