洒脱な前衛――没後40年、ジョリヴェへのオマージュ 八條美奈子
フランス近代における異能の天才作曲家、アンドレ・ジョリヴェ(1905-1974)は今年でちょうど没後40年となります。この記念の年に、オーケストラとの共演でその作品を演奏する夢を果たせることに心より感謝しています。
ジョリヴェはアマチュア画家の父とピアニストの母のもと、パリの中でも特に芸術家が多く集まるモンマルトルに生を受け、音楽、文学、芝居、絵画といった多様な芸術を愛して育ちました。後年コメディ・フランセーズ(フランス国立劇場)の音楽監督、パリ国立音楽院教授といった輝かしい職歴を重ねることとなるのも、少年時代に受けた豊かな芸術教育を礎としてキャリアを築き上げた賜物と言って良いでしょう。Billaudot社のジョリヴェ作品目録に15歳でバレエ音楽の作曲をし、のみならずシナリオ制作、舞台装置と衣装のデザインも行っていたという早熟ぶりが記されていたのに驚きましたが、両親の方針により一度は教師になったそうです。しかし音楽への情熱を諦めきれずエドガー・ヴァレーズに弟子入りし、深く傾倒します。それは「啓示」にも似た出会いでした。本格的な作曲家としてヴァレーズの影響から出発したジョリヴェは、その後アヴァンギャルド、エキゾチックで呪術的な独自の作品世界を創出するようになり、フランスを代表する芸術家となっていきました。
近年大ヒットしたクラシック漫画「のだめカンタービレ」の影響で急に一般の認知度が上がったジョリヴェですが、元々管打楽器の演奏家にとってコンサートはもちろん、試験やコンクールなどでも演奏する機会が多くポピュラーな存在でした。なにしろ速くて指が回らない、独特の旋法に慣れない、リズムが難しい、跳躍が多用されて音がつながらない、伴奏合わせが大変等々、奏者泣かせの作品の数々です。私も大学とパリ留学時代に「5つの呪文」「リノスの歌」、そして今回の「フルート協奏曲」を文字通り必死にさらってオーディションなどに挑戦したものでした。しかし、20年前のがむしゃらな時期を経て、少しは角の取れたプレイをしたいと願いつつ今日を迎えています。演奏を通して、生粋のパリジャンであったジョリヴェの洗練と知性、そして唯一無二のセンスをお伝えできれば幸いです。
1949年に作曲された「フルート協奏曲」は伝統的な「教会ソナタ」(緩~急~緩~急)の構成となっています。第1楽章Andante cantabileはメランコリックで時に悲痛なフルートの旋律で始まります。三連符をフルートが演奏するたびに緊張は高まり、張り裂けそうな雰囲気のなかで再び冒頭のメロディが奏されると突然、一瞬の静寂が訪れ、そこから再び激しさを増していきながら第2楽章へ切れ目なく向かっていきます。第2楽章Allegro scherzandoではオーケストラとフルートの対話が鮮やかに描かれています。先ほどの1楽章とは全く異なる闊達な音楽を楽しむことができるでしょう。軽やかな中に急に重量感のあるモチーフが挟み込まれる対比の妙もジョリヴェらしい遊びを感じさせます。そしておしゃべりな音楽がはぐらかされるように、弦楽器のピチカートで第2楽章は突然の終わりを告げます。第3楽章Largoは第1楽章の沈痛なフレーズを今度はオーケストラが先に演奏し、フルートがそれに続く形をとります。緊張が増していく中、引き続き演奏される第4楽章Allegro risolutoは目の覚めるようなフルートの大ジャンプで開始し、活発な音楽が続いていきます。全ての音に装飾のついた象徴的なフルートのソロ、フルートとヴィオラソロで演奏されるミステリアスなフレーズ、弦楽器をまるでギターにようにかき鳴らす部分など聴きどころがたくさんあり、めくるめく絵巻物がどんどん繰り出されていくようです。最後は再びフルートの大ジャンプのあとに、全員がユニゾンで力強く演奏して結びとなります。
さて「のだめ」には打楽器協奏曲とバソン(ファゴット)協奏曲のエピソードが出てきますが、この他オンド・マルトノ協奏曲、ハープ協奏曲、ピアノ協奏曲(赤道協奏曲)などもおすすめです。前衛的なのに聴きやすい、絶妙なバランス感覚がジョリヴェ作品の魅力だと私は思います。CDも出ていますので、ぜひ色々聴いてみてください。
C.C.サン=サーンス(1835-1921)
■ オラトリオ「ノアの洪水」前奏曲
サン=サーンスと聞いて思い浮かぶのは「動物の謝肉祭」でしょうか。2台のピアノと室内アンサンブルを駆使したユーモラスな組曲で、チェロのソロが有名な「白鳥」などが含まれます。美しい旋律をもつ小品では、独奏ヴァイオリンとオーケストラによる「序奏とロンド・カプリチオーソ」もよく演奏されます。
「ノアの洪水」は、全曲で45分におよぶオラトリオ(演奏会用宗教劇)で、前奏曲に続いて3部構成の壮大なドラマが合唱とともに繰り広げられます。聖書の「創世記」にある人間の堕落から箱舟からの脱出までを忠実にたどっていて、1876年の作曲当時はフランス内外で何度も演奏され、話題を呼んだといいます。時代とともに演奏機会は減りましたが、この前奏曲は、叙情的な旋律によりその後も人気を博しました。中でも、フランスの名ヴァイオリニスト、ジャック・ティボーによる演奏はこの曲を一躍有名にし、自身もこの曲をきっかけにソリストとしての道を歩むことになったということです。
前奏曲は全曲のダイジェストになっていて、この世の終わりを思わせるいかめしい出だしと、神の呪いによる苦悩と不安を表現したバロック風のカノンの後、一転してソロヴァイオリンによるなぐさめに満ちたメロディが降り注ぎます。やがて3人のソロが加わり、「もはや大地を呪うまい」と歌われた第3部の独唱四重奏+合唱の構図を先取りします。
サン=サーンスが、同じく宗教性を感じさせる壮大な交響曲第3番「オルガン付き」を完成させるのは、この10年後のことです。 (Vn:仮屋)
J.ブラームス(1833-1897)
■弦楽六重奏曲第2番 ト長調Op.36(弦楽合奏版)
弦楽六重奏曲第2番のスケッチは、ブラームスがまだ22歳だった1855年に始まりました。本格的に作曲が行われたのはそれから約10年後、書き上げられたのは1865年の初夏のことでした。
曲は、冒頭のさざ波のようなヴィオラの音型が印象的なしなやかな旋律のあふれる第1楽章、憂いを帯びたハンガリー風のスケルツォに弾けるように活発なトリオを持つ第2楽章、主題と5つの変奏からなる、息をのむような静けさの中に緊張感が満ちる第3楽章、そして軽快な16分音符のパッセージで始まり、華やかに終結する第4楽章からなっています。
前作の第1番と比較して地味だと評されることの多いこの曲ですが、繊細でしっとりとした雰囲気を持つ大変美しい曲で、聴けば聴くほどに胸に染み入るような魅力があります。ブラームスというと、髭を蓄えたしかめっ面に、人生を達観したようないぶし銀の響きのイメージがまず浮かぶのではないでしょうか。しかしこの六重奏曲には、彼の若さゆえのナイーブな感情や、内からほとばしる情熱を感じさせるロマンティックで優しい歌があふれています。
ブラームスは20歳の時、ロベルト・シューマンとその妻クララに出会います。43歳のシューマンはブラームスの音楽に惚れ込み、彼を世に送り出す手助けをします。シューマン夫妻は、才気あふれる青年ブラームスを非常に可愛がり、そしてブラームスも夫妻のことを理想の夫婦と強く慕うようになります。
しかしその翌年、シューマンがライン河に身を投げ精神病院に入院してしまいます。ピアニストだったクララは家計のために演奏旅行に精を出し、ブラームスは家事や子供たちの世話をして献身します。
弦楽六重奏曲第2番のスケッチが始まったのは、そんな頃でした。ブラームスは、クララへの手紙の中に何度かそのスケッチを登場させています。残されている彼の手紙には、そうした音楽のこと、入院中のシューマンのこと、子供たちの世話のことなど、日常のさまざまな出来事が細やかにつづられています。また、初めは「尊敬する奥様」だった呼びかけが「愛するクララ」へと変わっていく様からは、日増しに募っていくクララへの愛情が感じられます。
やがてシューマンが亡くなりますが、二人が一緒になることはありませんでした。その頃の手紙は残されておらず、彼らの間にどこまでの気持ちや関係があったのか、なぜ別々の道をゆくことを選んだのかは謎のままです。
その後、ブラームスは25歳の時、アガーテ・フォン・ジーボルトという女性と恋に落ちます。二人は婚約するものの、ブラームスの曖昧な態度をきっかけにその恋は終わります。ブラームスの友人であり、彼の最初の伝記作家となったカルベックの記述には、ブラームスはアガーテへの想いをこの曲に秘めたとあります。第1楽章第2主題の後半に、「A-G-A-H-E」という音型が登場し、これがアガーテの名(Agahte)を表したものだというのです。また、ブラームスは友人に、「この曲で私は最後の恋から自分を解放した」と語ったとされています。しかしそれが本当にアガーテのことだったのか、ブラームス自身が何も言及していない以上、この説の信憑性は定かではありません。
ブラームスは、アガーテと別れた後も恋はしても誰とも結婚することなく、その生涯を終えます。しかし、クララとの手紙のやりとりは、クララが亡くなるまでの44年間、800通以上も続いたのです。ブラームスがこの六重奏曲にどんな想いを込めたのかは今となってはわかりませんが、この曲が完成するまでの10年間、彼の心にはいつもクララが寄り添っていたことは確かです。
ブラームスの音楽を聴く時、何だか懐かしいような、切なくてどこかへ帰りたくなるような、そんな気分になりませんか。人一倍愛情も寂しさも知っていたブラームスだからこそ、こんな音楽を生み出せたのだと思います。秋の訪れとまた来る冬の予感をちらりと感じさせる9月の札幌の空気には、ブラームスの響きがよく似合うでしょう。私も、もどかしくも熱いブラームスの人生に思いを馳せながら今日の演奏を楽しみたいと思います。 (Vc:吉江)