G.F.ヘンデル(1685-1759)
■ シャコンヌ (バレエ音楽「テルプシコーレ」HWV8bより)
ヘンデルは、ドイツのハレという町で生まれ音楽の道を志しますが、20歳で当時音楽の最先進地イタリアに行ったことが人生の転機となります。彼は、イタリアで鍵盤奏者として活躍すると共に、スカルラッティやコレルリなどの大御所と知り合い、イタリアの器楽音楽やオペラの作曲技法を習得・上達させました。1711年、26歳の時にロンドンで最初のオペラ「リナルド」を上演・成功を収めてからは、この地を演奏・作曲活動の場として多くのオペラを生み出していきます。バレエ「テルプシコーレ」は、「忠実な羊飼い」というオペラの前座として上演されたものです。日本でも、能と狂言をセットで上演したりしますから、似たようなことでしょうか?
シャコンヌとは3拍子舞曲の一種で、バロック時代に変奏曲の一形式として盛んに用いられました。バッハの無伴奏バイオリン・パルティータ第2番の終曲「シャコンヌ」が最も有名なシャコンヌです。基本的には、4小節か8小節のバス音型(もしくは和声進行)が永延と何度も繰り返され、上声部の楽器(バイオリンやフルートなど)が主題メロディを手をかえ品をかえて変奏し、呪文のように進んでいきます。ヘンデルはシャコンヌを何曲か作曲しており、チェンバロのための「組曲第2集」のシャコンヌ(ト長調)の方が知られています。
今日演奏するシャコンヌ(イ長調)は、主題と20の変奏からなります。8小節のバス音型は、基本的にはA-E,F#-C#,D-B,E-E,A-D,B-E,C#-F#,DEE(“-”は音が伸びている所、“,”は小節の切れ目)ですが、少し和声が違う所や、音型が細かく変奏的になる所もあります。また、単純な8小節の繰り返しではなく変則的になる所もあり、ヘンデルなりの工夫が見られます。第1から第8変奏までは第1部。第9から12変奏までの第2部は音型が細かくなり、颯爽としていて高揚感があります。第13から17変奏までの第3部はうって変わって短調になります(第13〜15変奏はバイオリン2人とチェロ1人の三重奏となります)。第18〜20変奏の第4部は長調に戻り、明るく曲を閉じます。(Vc 吉野)
E.B.ブリテン(1913-1976)
■イリュミナシオン(テノール独唱と弦楽合奏のための)Op.18
R・ヴォーン・ウィリアムズが作曲家としていよいよ充実した時期を迎える頃、のちに20世紀イギリスを代表する作曲家となるエドワード・ベンジャミン・ブリテン Edward Benjamin Britten(1913~1976)は生まれている。
ブリテンが《イリュミナシオン Les Illuminations》op.18(1939)を作曲したのは、イギリス社会に失望して、テノール歌手のピーター・ピアーズ Peter Pears(1910~1986)とともに、アメリカに渡っていた時期であった。ブリテンはその頃、ロンドン中央郵便局映画部(GPO)時代の共同制作者で、先にアメリカに移住していた詩人のW・H・オーデン Wystan Hugh Auden(1907~1973)によって詩に対する興味を刺激され、英詩はもちろん、諸外国の詩の持つ美しさ、詩と音楽との美的関係などを強く認識するようになっていた。このアメリカ在住時代には《イリュミナシオン》のほかに、イタリアのルネッサンス時代の彫刻家であり、画家・建築家でもあったミケランジェロ Michelangelo Buonarroti(1475~1564)のイタリア語のソネットに、ベル・カントの旋律を与えた《ミケランジェロの7つのソネット Seven Sonnets of Michelangelo》op.22(1940)も作曲している。
詩集《イリュミナシオン》は、フランス象徴派の詩人アルテュール・ランボー Arthur Rimbaud(1854~1891)がロンドンでの放浪生活(1872)をもとに創作した、散文詩37編と韻文詩20編から成っている。ブリテンはフランスの作曲家たちでさえも手を付けることを恐れたこの難解な作品から散文詩8編を選び、当時イギリスでコンサート歌手として活躍していたスイス出身のソプラノ歌手ゾフィー・ヴィス Sophie Wyss(1897~1983)のために作曲した。初演は1940年1月30日にロンドンでゾフィー・ヴィスによって行われた。
この歌曲集は初演こそソプラノ歌手によって歌われたが、その作曲にはピーター・ピアーズが関わっていたこともあり、テノール歌手によって演奏されることを念頭に置いて作曲されており、実際テノール歌手により演奏されることが多く、録音も数多く残されている。 (テノール 三山博司)
1.ファンファーレ:トランペットのようなビオラのファンファーレが特徴的。
2.町々:8分音符スタッカートの伴奏にのって、独唱が快活に力強く歌う。
3a.断章:透き通るような弦楽器のハーモニクスが特徴、非常に短く終わる。
3b.古代:ギター的な中低弦のピチカート、優雅なバイオリン独奏メロディ。
4.王権:アレグロ・マエストーソ。威風堂々とした行進曲風の楽曲。
5.海景:高弦の軽く速い音型が、波や泡が渦巻いている様子を表現する。
6.間奏曲:熱情的で憂鬱さを帯びた下降音型が各パートで繰り返される。
7.美しくあること:静かで繊細な弦の動きの上で美しいメロディが歌われる。
8.行列:ビオラに始まる奇妙なメロディが徐々に盛り上がり、最大のクライマックスとなる。「行列」とは見世物などの入口や街路で演ずる客寄せの道化やその行列のこと。
9.出発:ラルゴ。独唱が静かに歌う結びの曲。静寂の中に曲は終わる。
P.I.チャイコフスキー(1840-1893)
■弦楽六重奏曲「フィレンツェの想い出」Op.70(弦楽合奏版)
交響曲やバレエ音楽など、オーケストラ作品を得意としたチャイコフスキーは、室内楽曲を全部で5曲しか残しませんでした。その最後の作品であるこの弦楽六重奏曲は、1890年、50歳のチャイコフスキーが歌劇「スペードの女王」の作曲の筆を進めるべくイタリアのフィレンツェに滞在した時に着想されたため、「フィレンツェの想い出」の副題がそえられることとなりました。今回は、その弦楽合奏版にアルスオリジナルの編曲を加え、演奏します。
フィレンツェは、チャイコフスキーがそれまでにも幾度も訪れた思い出の地でした。1878年に不幸な結婚で傷ついた心を癒すためにスイスとイタリアを旅して以来、風光明媚なイタリアはいつもチャイコフスキーの心を癒し、またその風物は作曲家を魅了してきました。1879年暮れにローマを訪れた時には、イタリアの民謡を素材にオーケストラ曲〈イタリア奇想曲〉が作曲されています。
そんなイタリアで着想されたこの曲ですが、その内容に何かイタリアを思わせるものがあるかといえば、実はそうした要素を探すのは難しいのです。音楽はむしろロシア的な情緒を色濃くたたえ、ロシア民謡を思わせる旋律が随所に織り込まれた、いわゆるチャイコフキーらしい一曲となっています。特徴的なのは円熟期の作品にふさわしくその書法が綿密に練り上げられていることでしょう。特に対位法的書法の緻密さなどは、チャイコフスキーの他の室内楽曲にはみられないものとなっています。
第一楽章:Allegro con spirito、3/4拍子、ニ短調、ソナタ形式。
第1バイオリンの重音で情熱的な旋律が唐突に開始されます。ブラームスの交響曲第1番第1楽章を想わせるような始まり方です。その旋律は途中で複雑なリズムを交えながらもう一度繰り返され、その後やっと穏やかな動機が現われます。しかしそれもすぐに細かい音符に変わり、それが落ち着くと第2主題が現われます。第2主題の最初は穏やかですが、かなり息の長い広がりを見せ、それが高潮に達した後、印象的なピッチカートを伴った句で一旦落ち着きます。その後第2チェロのソロが少しあり、展開部へと突入します。
展開部は、提示部の主題が大胆な転調と共に入り乱れて現われます。また息の長い高揚を見せ、少々奇怪な和音進行が続いていきます。そして再現部まで、同じような音形で音程と音量がだんだん上がっていき、最高潮に達した時点で冒頭の旋律が満を持して再現されます。
再現部は提示部をやや簡略化した形で、転調以外は同じような感じで進みます。その後結尾部に突入し、第一主題をひたすら繰り返しながら、スピードアップし、シンコペーション、2拍子と3拍子のリズムが交錯しながら疾走し、一楽章を終えます。
第二楽章:Adagio cantabile e con moto 3/4拍子、二長調
三部形式の楽章。この曲の中で、イタリア、フィレンツェを最も感じさせる楽想ではないでしょうか。冒頭は全楽器のコラールのような音形で始まります。その後、3連符のピッチカートの伴奏が始まり、第1バイオリンの歌が始まります。この始まり方、オーケストレーション及び曲想は彼の「弦楽セレナーデ」の第3楽章を感じさせます。
バイオリンの歌は「イタリアの」ソプラノ歌手が歌うかのように、伸びやかに長調でありながらもどこか憂いを帯びた旋律を奏でます。それを受け継いで今度は第1チェロがテノール歌手が歌うかのように受け継いで同じ旋律を歌います。第1チェロが歌っている間は第1バイオリンが、第1バイオリンが歌っているときは第1チェロが合いの手を入れながらオペラのアリアを想わせるような盛り上がりを見せます。
そんな主部が終わると、答えを出せずにいる迷いや不安を表すかのような中間部が少しの間を置いて始まります。細かい音符を刻みがざわめき、思いついたようにピッチカートが弾けます。
中間部が終わると、16分音符のピッチカートの伴奏で、再び主部が始まります。今度は第1チェロが先に歌い、それにバイオリンが加わり、楽曲を温かく紡いでいきます。結尾部は、Ⅳの短調借用和音が、ビオラの旋律にさらなる深みを帯させ、楽想の幕を温かく閉じさせます。
第三楽章:Allegretto moderato 2/4拍子、イ短調
スケルツォ楽章に相当しますが、2拍子形です。ピッチカートの後に異国情緒漂うテーマが奏されます。主部は基本的にこのテーマが楽器を変わり何度も繰り返されながら、それがチェロまで来たところで最高に盛り上がり、もう一回バイオリンで演奏された後、締めくくりがあり、いわゆるトリオ部に突入します。トリオ部分は、「トレパーク」を連想させるような楽想です。「くるみ割り人形」や「バイオリンコンチェルトの第3楽章」のような。この楽章の面白さのひとつは、トリオ部から主部に戻るところで、トレパークのリズム音形を継続させ、伴奏にして主部が戻ってくるという構成にあると思います。
第四楽章:Allegro vivace 、2/4拍子、ニ短調
ソナタ形式といってもよいでしょう。第2バイオリンとビオラがそれぞれ2連符と3連符を演奏に乗って、第1主題が第1バイオリンで奏されます。第1主題が終わるとフガート風の経過句が現れひとしきり盛り上がります。そしてそのまま第2主題が現われます。
展開部は調性を変えながら始めとは少し違う雰囲気で第1主題が入り乱れます。その一つ一つが絡み、緊張感と高揚感が増していきます。それぞれの楽器の重音は情熱的な色を添えています。
再現部を経て、対位法的な楽想が突如姿を現れます。声部の動きが複雑に交錯し、一般的なフーガよりも重厚感のある楽想であるように感じます。その反発し合う動きが同調するのが、第2主題の再現です。この重みのある対位法的な書法はチャイコフスキーならではだと思います。楽曲は、情熱的で感情的な過去を走馬灯のように回想するかのように疾走し、輝きに満ちた開放感と共に終幕します。 (Vc:芦田)