A.コレルリ(1653-1713)
■合奏協奏曲Op.6 第3番 ハ短調
大バッハやヴィヴァルディより一世代前、ローマに生まれたコレルリは、優れたヴァイオリン奏者でもあり、弦楽器のための重要な作品を数多く残した。その気品あふれる作風により、バロックの巨匠として揺るぎない地位を保っている。
「教会ソナタ」に見られる厳かな雰囲気に加え、イタリア人らしい歌心にも事欠かない作品群の中では、12曲からなる作品5の掉尾を飾る「ラ・フォリア」が一際名高い。伝統的な旋律を劇的に変奏させていく手法は、ヴァイオリン音楽の傑作と呼ぶにふさわしい。
本日演奏する作品6(1712年に献呈)は死後に出版されたもので、これも12曲からなり、8番目の「クリスマス協奏曲」がよく知られている。合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)とは、ソロを受け持つ何人かの奏者とオーケストラが、役割を分担しながらスリリングな掛け合いを展開するバロック期の音楽形式で、コレルリなどにより確立され、後の作曲家に大きな影響を与えた。
第3番は、緩-急-緩-急-急と速度を交代させながら、ほぼ一続きに演奏される。「17世紀の器楽の発展の総括」とも評されるこの曲集は、バッハとはまた異なる魅力を持ち、作曲から300年以上を経た今なお、未知の輝きを秘めている。弦楽作品の真の古典が放つ光を体験してください。 (Vn.仮屋)
J.S.バッハ(1685-1750)
■ヴァイオリン協奏曲 第2番 ホ長調 BWV1042
本作品を含むバッハの3曲のヴァイオリン協奏曲(BWV1041-1043)は、バッハが教会音楽から室内楽の作曲に力点を移していたレオポルト候邸楽長としてのケーテン時代(1717-23)に作られた。
バッハのヴァイオリン協奏曲はコレルリなどイタリアの作曲家の影響が強く残っており、本作品においてもヴィヴァルディの協奏曲に見られるリトルネッロ形式(反復回帰する部分“ritornello”を持ち、合奏と独奏が交代して進んでいく音楽)を踏襲している。このようなイタリア風の甘美な曲想の中にバッハらしい威厳と格調の高さがうかがえる名曲であり、演奏機会も非常に多い作品である。なおこの曲はバッハ本人によりチェンバロ協奏曲(ニ長調 BWV1054)として編曲されている。
第1楽章 Allegro 2/2拍子 リトルネッロ形式を踏襲しつつもda capo aria(3部形式)との融合がなされ、跳躍するホ長調の主和音構成3音から始まる明朗快活で幸せに満ちた主題が提示される第1部、第3部の間で、変化に富んだ嬰ハ短調の第2部が展開されていく。
第2楽章 Adagio 3/4拍子 華やかな第1、3楽章の間に挟まれ、ともすると地味に見えがちな短調緩徐楽章であるが、前奏の後にヴァイオリン独奏が登場した途端、それがまったく当てはまらないことに瞬時に気づかされ、物語性にあふれ情緒豊かに歌われるヴァイオリンの甘美な旋律に心が奪われる。
第3楽章 Allegro assai 3/8拍子 16小節からなる同一の合奏の合間に16小節のソロが4回(4回目は2倍の32小節)挿入されており、リトルネッロ形式を踏襲しつつも、後の作曲家に受け継がれる形式であるロンドの構造をとる。4回現れるソロはそれぞれ華麗かつ技巧的であり、舞踊的で明るい雰囲気の中で全曲を締めくくる。 (Vn.小野)
E.グリーグ(1843-1907)
■2つの悲しい旋律Op.34
グリーグがノルウェーの農民詩人アースムンド・ヴィンイェの詩によって作曲した2つの歌曲集の中の第1集の2曲目と3曲目を抜粋し、1883年に自ら弦楽合奏用に編曲したものです。ヴィンイェは、都会で語られるデンマーク語の影響を受けたノルウェー語ではなく、山峡地域の人たちが使う純ノルウェー的言語を基に詩を書き、民族的音楽の創作を目指していたグリーグを大いに刺激したのでした。
第1曲「心の痛み」 「雨と露の傷口で花が咲くように、私の涙で心の傷に花が開くのだ」。戦争で疲れ、傷ついた詩人の心が、春の訪れごとによみがえっていくさまを歌う歌曲に基づきます。主題のメロディーが、第1ヴァイオリン→チェロ→第1ヴァイオリンと楽器を変えて3度奏でられる単純な構造ですが、繰り返されるごとに悲しみは深く増していき、最後には嘆き叫ぶように激情的になり、急に力なく静まって曲を閉じます。
第2曲「最後の春」 「なるようになればいい。私はそれでも生命の息吹を感じるのだから」。孤独と貧困の中に52歳の生涯を閉じた詩人が、死の年となった春の到来を、花が咲き、氷が溶け、緑に萌える草や鳥たちから感じ取ります。この曲も構造は単純で、主題となるメロディーをヴァイオリンが繰り返します。しかしその旋律は、春を迎える暖かさを思わせながらもどこか寂しく懐かしく、最後は感極まるようにいっぱいに合奏が満ち広がったあと長く余韻を残し、名残を惜しむかのように締めくくられます。 (Vc.稲田)
バルトーク B.(1881-1945)
■弦楽のためのディベルティメントSz.113
ハンガリーに生まれたバルトークには「民俗音楽」の作曲家というイメージがあるかもしれません。バルトークは20代半ばから第1次世界大戦により活動が難しくなるまで、当時の「ナショナリズム」の影響を受けながら、旧ハンガリー国内(現ルーマニア、スロバキアを含む)で民謡/民俗音楽を数多く採譜し、その旋律は後の作品に用いられていきます。一方でバルトークは、幼少期にはピアニストでもあった母親から、その後はウィーンにほど近いブラティスラバ、そしてハンガリー独立後に首都となったブダペストで、いわゆる伝統的な西欧音楽の教育を受けた優等生でもありました。バルトークの作品は、単なる「民俗音楽」の紹介なのでもなく、「民俗音楽風」に味付けられた西欧音楽なのでもなく、民俗音楽と西欧音楽とをつなげる格闘の中から生みだされてきたものです。
「ディベルティメント(弦楽のための)」は、第2次世界大戦の気配が濃くなっていく中、「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」や「ミクロコスモス」「ヴァイオリン協奏曲第2番」「弦楽四重奏曲第6番」といったバルトークの全盛期を飾る名曲と同時期に描かれました。1939年8月、スイスの室内合奏団のためにわずか15日間で完成させています。
楽曲に現れるさまざまな旋律は、バルトークが馴染んだ「民俗音楽」を発展・再構成させたもので、今の私たちにとっても非常に耳触わりの良いものです。絶妙に変わっていく拍子とリズム、そして次々と重なり合う旋律から、躍動感・疾走感があふれる第1楽章と第3楽章。どこまでも続く静寂とそれを切り裂く旋律が印象的な第2楽章。独奏楽器(1stVn、 2ndVn、Va、Vc、Cb)と全合奏とを組み合わせた合奏協奏曲の形態(コレルリと同じ!)を「これでもか!」とばかりに自在に用い、弦楽合奏が持つ可能性を存分に引き出す弦楽合奏曲の「名曲」かつ「難曲」です。
前半のプログラムの独奏者・長岡先生にコンサートマスターとして合奏を率いていただき、この大曲に挑戦します。聞きどころ満載、最後までどうぞお楽しみください。
第1楽章 Allegro non troppo、主に8分の9拍子。自由なソナタ形式。
第2楽章 Molto adagio、4分の4拍子。3部形式。
第3楽章 Allegro assai、4分の2拍子。ロンド・ソナタ形式。 (Va.石川)