J.S.バッハ(1685-1750)
■カンタータ第35番「霊と心は驚き惑う」BWV35
————この曲が書かれた1726年は、バッハがライプツィヒで精力的に活動していた時期で、ほぼ毎週のように新しいカンタータを作曲していました。アルトのためのカンタータもこの曲を含めて3曲書かれています。
村中 2部構成で、第1部は器楽だけの曲(シンフォニア)から始まり、歌が登場するアリア、レチタティーヴォ、アリア、第2部は再び器楽だけのシンフォニアに続いてレチタティーヴォ、アリアで締めくくられます。アリアでは感情の揺らぎが表現され、レチタティーヴォの部分では、語り部のように物語の流れを解説していきます。
吉村 1曲目のようにオルガン協奏曲のような曲があったり、アリアの部分でも合いの手を入れたり、オーケストラの背景を縁取るような役割が与えられたりしていて、オルガニストにとっては盛りだくさんな曲です。3本のオーボエが加わることによる多彩な表現も特徴の一つです。
村中 器楽だけの曲では歌は休みですが、その間も全体のドラマを感じるようにしています。紙芝居のように、場面ごとに曲調を変えながら音楽が進んでいくイメージです。
吉村 こちらの教会のオルガンは2段鍵盤で、(音色の変化をつける)「ストップ」が10本ほどあるので、音色や音量にさまざまな変化をつけられます。1曲目はまさにオルガン協奏曲なので、そのような変化が楽しめますし、2曲目のアリアでは、他のパートが8分の6拍子のゆったりしたリズムなのに、オルガンだけは惑い乱れるかのように細かい音符を弾いている。5曲目のシンフォニアには、細かい音符を含めて休みなく動き回るバッハならではの勢いとパワーがあります。オルガニストにとってとても面白い曲です。
村中 4曲目のアリアでは、先にオルガンが弾いていた音型をアルトで歌う部分があります。単に旋律を歌うだけではないのがこの曲の面白さですね。現代のアルトは女声としては低い音部にあたりますが、本来のアルトには「高い」という意味があります。バッハの時代には、アルトではなく男性のカウンターテナーがソロを務めていました。息づかいや音色がアルトとは全く違うので、「男性だったらどう歌うだろう」と考えながら歌っています。バッハの音楽は堅苦しく思われがちですが、この曲のようにロマンチックでドラマチックな曲がたくさんあります。2曲目のアリアは短調ならではの情感があるし、4曲目は楽器の数が少ないので、特に歌の役割が重要です。最後のアリアは、一転してハ長調の明るい曲調になります。
吉村 天国的な世界がパッと開けて……。
村中 「さあみなさん、ご一緒に」という感じになりますね(笑)。
L.ヤナーチェク(1854-1928)
■弦楽のための組曲
ヤナーチェクは、チェコスロバキア東部に位置するモラヴィア地方の作曲家です。晩年のおよそ10年間に、歌劇や室内楽作品の名曲の多くを書き上げていますが、本日演奏する「弦楽のための組曲」が作られたのは23歳のとき(1877年頃)で、彼の最初のまとまった器楽作品として知られています。民族音楽研究から生み出された後期の独創的で特異な作風とは異なり、古典的なスタイルの6つの楽章からなります。
この作品は、ヤナーチェクが音楽の勉強のためプラハに滞在していたときに、チェコの先輩音楽家ドヴォルザークに出会ったことがきっかけとなり生まれたといわれています。ヤナーチェクの生まれ育ったモラヴィア地方が農村的なのに対し、スメタナやドヴォルザークの出身地ボヘミアは西ヨーロッパに近く、より洗練された作風でした。ドヴォルザークの「弦楽セレナーデ」などの作品を自身の管弦楽団で演奏したことが彼の創作意欲を駆り立てたそうで、楽章の構成や曲調にその影響が感じられます。
この曲は当時、ヤナーチェクがプラハやウィーンで学んだばかりの古典派、ロマン派、そしてスラブ風などさまざまな形態が混在していることから、統一感に欠けるなど技術的に未熟であると受け取られることもありますが、彼の後の音楽的発展を考えると、新しい様式を探求した足跡と捉えることができるかもしれません。美しく愛らしい印象を残す彩り豊かな旋律をお楽しみください。 (Vn. 髙倉)
E.グリーグ(1843-1907)
■ホルベルク組曲Op.40
組曲「ホルベアの時代から」は、ノルウェーの作曲家エドヴァルド・グリーグが1885年に作曲した弦楽合奏曲。ドイツ語の省略された題名から「ホルベルク組曲」とも呼ばれる。原曲はその前年に書かれたピアノ独奏曲だが、今日ではもっぱらグリーグ自身が編曲した弦楽合奏版で知られている。
ノルウェー・ベルゲンの出身で、デンマーク文学の父と呼ばれるルズヴィ・ホルベア(1684-1754)の生誕200年の記念祭に際し、グリーグは無伴奏男声合唱のためのカンタータと、ピアノ独奏曲の本作品を作曲した。様式はホルベアが生きていた時代のバロック音楽に基づいて書かれている。
第1曲:前奏曲 無窮動で疾走感あふれる序奏から始まる。突然、1stヴァイオリンから奏でられる幻想的なメロディーが曲の雰囲気を大きく変え、続く他パートが縦糸・横糸のように緻密に重なりながら立体感のある音楽を作り上げる。壮大な世界観を連想させる。
第2曲:サラバンド バロック音楽の基本的舞曲の一つであるサラバンドは、前奏曲とは対照的に穏やかで情感あふれる曲調である。中間部、チェロのソロを中心に密集配分の和音が並び、そのまま一気に頂点まで駆け上がる瞬間は心を奪われる。
第3曲:ガヴォットとミュゼット フランスの2拍子系の舞曲であるガヴォットは、淡々としたテンポの中でいかにダイナミクスや音質を変化させるかが重要になる。そして、ミュゼットというフランス発祥のバグパイプ独特のドローン音(持続する低音)がパートの細部にちりばめられ、聴く人の心を躍らせる。
第4曲:アリア 歌と伴奏のアンサンブルであるこのアリアは絶大な美しさを持ち、グリーグの個性がもっとも強く発揮された曲である。バロック音楽にならった3部形式でありながら、ほの暗さと熱を帯びたメロディーを共存させた音楽は、民族音楽から深い影響を受けたグリーグだからこそ書けたのかもしれない。
第5曲:リゴードン リゴードンとは2拍子系の舞曲で、円を描く、回るという意味のほか、「喜びや楽しみ」というイタリア語という説や、17世紀に活躍したリゴードという踊りの達人から命名された説などがある。ヴァイオリンとヴィオラの2人のソロによる重奏がピチカートの伴奏とともに軽快な音楽を作り、最後まで走り抜けていく。 (Va.加地)