P.H.ノルドグレン(1944-2008)
■ 弦楽のための協奏曲 Op.54
ノルドグレンはフィンランド領オーランド諸島のサルトヴィークで生まれた。子供の頃ショスタコーヴィチの交響曲を聴いて衝撃を受け、作曲家になるという夢を抱くようになった。その後ヘルシンキ大学で楽理を学び、 1970 年より東京芸術大学に留学、鈴木姿能冨(しのぶ)と結婚した。
帰国後カウスティネンという小さな村に移り住み、そこで作曲を続けた。この村の近くの町で盟友ユハ・カンガスがオストロボスニア室内管弦楽団を率いており、ノルドグレンは彼等の為にたくさんの作品を書いた。この作品もカンガスに捧げられている。3楽章からなり、各楽章には「聴衆を狭い範囲に閉じ込めることなく、その思考を或る一定の方向に導く」という目的で標題が付けられている。
第1楽章「悪しき日々の予感」 「標題が示唆する通り、漠然としていて、手探りしているかのようだ」。だが時折、恰も度重なる不幸で感情を忘れたかのような人間がごく稀に怒りの発作に我を忘れるように、凄まじい感情の爆発が見られる。(「 」内はノルドグレン)
第2楽章「心配なんか踊って忘れろ!」 邪教徒達の儀礼の踊り。
第3楽章「満願成就の為の時代遅れな祈り」 「コラールのような要素を持つが、宗教的ではない。しかし成就を願う或る種の信念が存在する」。第1主題はヴィオラとチェロを伴ったヴァイオリンソロで示される。導師が祈り、会衆が追従するかのようである。続く第2主題は会衆の不信の現れであろうか?激しいクラスター和音(オクターヴのうち E と B だけを欠いている)が2度、全く同じ和音配置で現れる。第1主題に第2主題が重ね合わされる。曲は調性音楽に回帰し、荒廃した故郷を悼むかのような
哀歌が奏でられる。最後に響く人工ハーモニクスは、驚くべきことに(たった一つのディミニッシュコードを除いて)、全て短三和音である。コントラバスの地の底に沈むかのような A の連続音で曲は締めくくられる。「多分人類の苦しみの道はいつの日か終焉を迎えるだろう」 (Vc.吉田)
F.シューベルト (1797−1828)
■ 弦楽四重奏曲第14番ニ短調「死と乙女」D810(マーラー編曲/弦楽合奏版)
こちらへおいで、美しき乙女よ。
私は君の友だ。苦しめたりはしない。
恐れることなどない。私の腕の中で、静かに眠るがいい。
ウィーンの作曲家シューベルトの歌曲「死と乙女」で、死に神は少女にこうささやく(マティアス・クラウディウス作詞)。彼の弦楽四重奏曲第 14番が「死と乙女」と呼ばれるのは、第2楽章にこの主題が用いられているからだ。四つの楽章はすべて短調で、全編を劇的な楽想が覆う。
ウィーンの伝説的なカルテット「アルバン・ベルク弦楽四重奏団」(ABQ)の第 1 ヴァイオリン奏者、ギュンター・ピヒラーは「皆、この曲を目標にカルテットを組む。最上級の美しさと魅力を備えているからです」と語っている。彼らがこの曲を題材に、若手カルテットを指導する風景を収めたレーザーディスクでの言葉だ(1997 年、東芝 EMI。その後 DVD 化もされた)。
この曲を大規模な弦楽合奏で演奏できるようにしようと考えたのが、これもウィーンの作曲家マーラー(1860-1911)。名高い指揮者でもあったマーラーは、なぜこの曲の編曲を思い立ったのか。二人の作曲家を結ぶ線には以下のようなものが挙げられる。
・マーラーがウィーン音楽院の1年目にピアノ演奏部門の1位になった時に演奏したのがシューベルトのピアノソナタだった。
・シューマンの交響曲などとともに、シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」の編曲も手がけている。
・「亡き子をしのぶ歌」など、自身も歌曲から管弦楽曲への編曲に熱心だった。
マーラーがこの弦楽合奏版を初めて指揮したのは 1894 年、ドイツ・ハンブルクでのこと。演奏されたのは第2楽章のみで、評判は芳しくなかったという。そのためか、マーラーはその後、この編曲版を指揮することはなく、二人の音楽学者がマーラーのメモを補う形で全曲を仕上げ、約1世紀後の 1984 年に「初演」された。
マーラーとシューベルトをつなぐもう一つの線が「死」だ。幼子を死に誘うシューベルトの歌曲「魔王」はあまりにも有名で、「死と乙女」の第4楽章にもその旋律の一部が使われている。マーラーも、「亡き子を〜」の他にも交響曲第2番「復活」や「大地の歌」、第9番などで死をテーマにしている。
では編曲版の演奏効果はどうか。弦4パートにコントラバスが加わることにより響きが重厚になる以外には、音符の変更やパートの入れ替えなどはほとんどない。マーラーの編曲意図が、この名曲をコンサートホールで多くの聴衆を前に演奏することであったことを考えれば当然のことと言える。それよりも、ABQ が「究極の弦楽四重奏曲」と位置づけるとおり、実際に演奏してみると、技術・表現ともとにかく難しい。極め付きはやはり、死と乙女のテーマに続く六つの変奏からなる第2楽章。本日指揮していただく物部憲一さんがウィーンで師事した ABQ のヴィオラ奏者、トマス・カクシュカさんは、先の映像でこう語っている。「エッセンスは死に神の冷酷さと、死を拒む少女の思いです」。少女は死に神の誘惑から逃れることができるのだろうか? (Vn.仮屋)