川越 守(1932~2017)
■サックスフォーンと弦楽のためのファンタジア(1969)
かわごえ・まもる 1932年札幌市生まれ。札幌第一高校(現札幌東高)在学中にヴァイオリンを始め、全札幌高校管弦楽団に参加。52年北大教育学部音楽専攻科に入学し、北大交響楽団に入団。翌年から死去までの64年間にわたりその指揮台に立つ。80年設立の北海道交響楽団でも指揮者・音楽監督を務めた。作曲家としては「北海の幻想」などの管弦楽曲からオペラまで約240曲を手がけた。2017年死去、享年85
時ならぬ驟雨に思わず窓外に目をやると、道路を挟んでアカシアが濡れていた。マスターを見ると、驚くことに彼は酒を呑んでいた。学生達のさんざめく声が次第に意識に上ってくる。一番奥に居るS君はファゴット奏者だが優秀なサックス奏者でもある。今彼の為に曲を書いている。
サックスフォーンと弦楽のためのファンタジアは1969年、川越守37歳の時に書かれた十二音技法による作品である。初演のソロは北大交響楽団ファゴット奏者の桜田弘氏が務めた。
この曲に使用されている音列(O0)を譜例1に示す。曲で採用されるのはこの基本形と逆行形、それにそれぞれの移高形だけである。基本形の最初の三音は動機として重要な役割を担っている。
Allegroの短い序奏に続き、Andanteの主部に入る。ポリフォニックな語りとホモフォニックな語りとが交互に現れ、やがて曲はPiù mosso(今までより速く)の中間部に入る。その冒頭の部分では弦楽器に特殊奏法が見られる。基本形の長2度上(O2)、同じく長6度上(O9)、逆行形の長6度上(I9)と素材となる音列が増えてゆき、やがてI9に基づく印象的な旋律がサックスと第1ヴァイオリンに現れる(練習番号7番)。この瞬間こそが全曲中の頂点(Höhepunkt)といえよう。ヴィオラ、チェロ、ベースはここを対称軸として、音高も音価もシンメトリックな構造(鏡像構造)になっている。それは16小節(8小節+8小節)にも及んでいる(譜例2)。
小休止を挟んで曲はAndanteに回帰するが、「再現部」は長くは続かず、音列に基づく擬似カデンツで唐突に終わる。その後、影のようなエピローグが続く。
学生達の顔は皆一様に蒼白く、動きは不自然である。あそこに居るT君は演奏旅行の或る晩、思いつめたような顔で私のところにやってきた。明日の「アルルの女」のメヌエット、急遽僕にやらせてもらえませんか? 本番で彼はやけに艶かしい演奏を披露した。その2週間後である。彼は神社の境内で女性と首を吊った。その向かいに居るOさんも、その手前に居るD君もまた自ら命を絶った。3人ともフルートである。
雨は止んでいた。店を出て左に折れると強烈な西日が目を刺した。Kは――後年彼がよくやるように――優しげに目を細めた。苦労の多いこれからの人生を思い、一瞬吐き気を覚えたが、やがて悠然と住み慣れた街の通りを歩き出した。歩まねばならない。命尽きるまで。
*文章中の物語は実在の人物をモデルにしたフィクションです。 (Vc.吉田)
A.グラズノフ(1865-1936)
■アルト・サクソフォーンと弦楽オーケストラのための協奏曲
ロシアの作曲家、アレクサンドル・グラズノフが最晩年にサクソフォーン奏者、シグールト・ラッシャーのために作曲した作品です。数あるサクソフォーン協奏曲の中でも最も演奏頻度が高く、プロフェッショナルな演奏家、もしくはそれを志す者であれば、だれもが取り組んだことがあると言っても過言ではないほどスタンダードな作品です。
サクソフォーンは楽器自体が新しいため近・現代の作品が主ですが、この協奏曲は1934年ごろに作曲されており、曲想はまだ古典派・ロマン派に属しています。こうした様式の作品に恵まれないサクソフォーン奏者にとっては貴重な作品と言えます。
グラズノフがサクソフォーンのために素晴らしい作品を遺してくれた喜びを噛み締め、ロシア情緒漂う旋律や音楽的レンジの広さ、そしてサクソフォーンならではの音色の変化を愉しんでいただけるよう演奏いたします。(Sax.難波陽介)
S.プロコフィエフ(1891-1953)
■弦楽のためのアンダンテ Op.50bis
13歳でグラズノフに出会い、サンクトペテルブルク音楽院に入学したプロコフィエフは、二十歳を過ぎた頃から作曲家として頭角を現し、有名な「古典交響曲」を仕上げた直後、27歳で米国に亡命した。作品50の弦楽四重奏曲第1番は30歳の作品で、本曲はその終楽章である第3楽章を自身で弦楽5部に編曲したもの。事前にベートーヴェンの弦楽四重奏曲を研究したプロコフィエフは「この楽章こそ自分のもっとも素晴らしい成就」と考えていたといい、後にピアノ曲にも編曲している(作品52-5)。
ひそやかな導入部を受け、一貫して旋律を受け持つ第1ヴァイオリンの曲想は優美で退廃的ですらあるが、目まぐるしく変化する和声進行は行き先が見えない。そして終盤、突如激して静けさが破られる。しかしそれも長続きはせず、すぐに甘美なメロディーに戻り最高音に達した後、静謐さの中に10分足らずの曲を閉じる。 (Vn.仮屋)
P.I.チャイコフスキー(1840-1893)
■弦楽セレナーデ ハ長調 Op.48
チャイコフスキーはこの曲を興に乗って一気に書き上げたようで、自己批判の強い彼には珍しく、パトロンのフォン・メック夫人に宛てた手紙で「この作品は感情に満ちたものであり、それゆえ真の価値を失わないものです」とまで書いている。第1楽章については「モーツァルトへのオマージュで、彼の様式の模倣を意図しています」とも書いた。またこの作品は、チャイコフスキーがモスクワ音楽院に着任した時からの親友に捧げられた。親友が音楽院でチェロの教授を務めていたためか、特にチェロに対する要求が他の作品に比べて高いように思われる。
第1楽章<ソナチネの形式の小品> 印象的な序奏のあと、軽快な2つの主題が提示される。日本ではその序奏が「オー人事,オー人事」というCMで使われているために多くの人が知ることとなった。
第2楽章<ワルツ> この楽章の主題は音階を自然にのぼっていくだけの単純なものなのだが、それを単なる音階とは聞こえさせないのがチャイコフスキーの作曲手腕によるものである。
第3楽章<エレジー> 長調とも短調ともつかない夢見心地な序奏のあと、ノスタルジックな歌が歌われる。珍しい長調のエレジー(哀歌)だ。
第4楽章<ロシア風の主題による終曲> 遅い序奏には「牧場には」という民謡から取られた旋律が用いられている。主部に入ると快活な雰囲気となり、「青いリンゴの木の下で」という民謡から取り出した短い音型を繰り返す。大詰めには全曲冒頭の主題が再登場する。 (Va.吉野)