当団はコロナ禍 2 年目から感染対策に配慮しつつ演奏活動を行ってきました。当初は練習会場の問題や、団員が濃厚接触者・感染者になるなどで満足に練習を行うことができず苦労が絶えませんでしたが、この数カ月はやっと落ち着いて合奏ができるようになりました。この 3年間、本当に長かったですが、13日からは公共的な場所やお店などでもマスクをはずせるようになり、ようやく日常が戻ってきたと実感しています。本日の演奏会でもマスクの着脱は個人判断に委ねますが、事前にチラシでマスク着用のお願いをしていたことや、高齢のお客様も多いことから、「マスク着用を推奨」とさせていただきます。(演奏者はそれぞれの判断でマスクを着脱します)
本日の曲目は、前半がイギリスの作曲家(ヘンデルはドイツ生まれだがイギリスに帰化)の作品、後半はブラームスの名曲弦楽六重奏曲第 1 番と
いう組み合わせです。前半、ブリッジに続くバロックの曲では、アルス初客演となるトランペット奏者の内藤由美子さんをソリストにお迎えし、イ
ギリス王室を連想させるような(パーセルとヘンデルは、イギリス王室と関係が深い)輝かしいトランペットソロの曲を演奏します。後半のブラー
ムスは、ソリスティックな部分が多いこともあり、今まで取り上げるのを躊躇していた曲でもあります。普段はそれほど目立たないビオラやチェロ
にも美しいメロディが回ってきて、聴かせどころがたくさんありますが、どのように聴こえますでしょうか。どうぞご期待ください。
――内藤さんはモダンとバロック両方のトランペット奏者として活動されてきました。バロックトランペットの奏者は世界的にも少ないそうですね。
日本の音楽大学を出てヨーロッパに留学して初めてバロックトランペットに出合いました。「トランペットでこんな音色が出せるんだ」と感動して、留学期間を延長したんです。それまでは自分の演奏に満足できず、ヨーロッパへ行ってからも毎日が挫折の連続でした(笑)。
転機はオーストリアからオランダに留学先を変えたころです。バロック音楽では弦楽器(古楽器)とのアンサンブルが中心です。オランダで古楽を学ぶ周りの学生たちの間では、演奏の合間に「ここがこうだよね」という意見が飛び交うんです。余談ですが、いま指揮者としても大活躍している鍵盤奏者の鈴木優人さんともそこで出会いました。彼の才能はずば抜けていましたね。私はバロックトランペットを始めたばかりで、彼らのやり方に全然ついていけない。これではまずいと思い、まずは他のパートの音をよく聴くようにしました。そこで自分の音を周りに「溶け込ませる」という感覚に気づいたんです。伴奏を担う楽器の存在があって初めて、ソロの役割を果たすことができる。「たとえソロでも、自分が一番というのではなく、みんなと同じ目線で音楽を理解しあえるようなトランペット吹きでありたい」と考えるようになりました。
――今回演奏する楽器はバロックトランペットではありませんね。
はい。今回使うピッコロトランペットは普通のトランペットに比べて管の長さが約半分で、1オクターブ高い音域を吹くのに適した楽器です。オーケストラで使われる機会はとても少ないですが、モダンのオーケストラと一緒に今回のようなバロックの曲を吹くときは、この楽器を使うのが一般的です。
――リハーサルでは「もっと自由に演奏していい」ということを強調していました。
クラシック音楽というと、奏者もお客さんも身構えてしまうところがありますが、大事なのは「自分にとって心地いいかどうか」だと思います。心も体も気持ちが良いと感じたら、その心地よさを持続したいと思うはずです。楽譜にただ忠実に演奏するのではなく、もっと聴き合う感覚、感じ合う感覚を持てれば、自然に音楽の方向性が見えてきます。私は日本に戻ってから、出産や子育てで楽器を持てない時期もありましたが、「聴く力だけは落とさない」というつもりでトレーニングを重ねてきました。
――今回の曲の聴きどころは?
まずこの楽器がどんな音がするのかを聴いてもらいたいと考え、いろいろな曲調が盛り込まれたヘンデルの組曲を取り上げました。ドイツ生まれのヘンデルは、後半生はイギリスで活躍していました。そこでもう1曲は、イギリスの作曲家パーセルの作品を選びました。
パーセルのソナタは、バロックに典型的な急―緩―急の三つの楽章からなります。この時代のトランペットは、楽器の構造上、決まった音しか出せなかったので、短調の曲は演奏できませんでした。だから第2楽章はトランペットはお休みです。トランペットが入る楽章とそれ以外の楽章との対比に耳を傾けてほしい。そして心がどう動くかを感じてほしい。魂が揺さぶられるような音楽を届けたいと思います。 (聞き手・Vn.仮屋志郎)
バッハ以前のバロック音楽の中でもっとも重要な作曲家の一人であるパーセルは、ヴィオールをはじめとする弦楽器による室内楽のほか、「ダイドーとエアネス」「妖精の女王」など大規模なオペラや歌曲で知られる。
シャコニーは、バッハの無伴奏ヴァイオリン曲などが有名な“シャコンヌ”(Chaconne)のイギリスでの呼び名。3拍子の舞曲で、2拍目に重さがかかるのが特徴だ。チェロなどの低音楽器が担う和声進行が、繰り返しに伴って徐々に曲の興奮を高めていく。本曲でも、8小節のテーマが表情を変えながら20回ほど変奏される。それらをどの楽器がどんな音型で奏でるのかに注目しながら聴くのも面白い。 (仮屋)
名前を聞いてピンと来なくても聴けばわかる。そんな「ロンドンデリーエアー」の原曲は18世紀から伝わるアイルランドの旋律で、さまざまな歌詞により世界中で親しまれている。
イギリスの作曲家ブリッジは、20世紀の大作曲家ブリテンの師匠でヴィオラ奏者。ラヴェルやドビュッシーの初演に関わるなど先進的な作品に触れる機会に恵まれ、自身の曲にも複雑な和声の曲が多い。1908年に作られた本曲でも、「ロンドンデリー」をモチーフにした多彩なアレンジを堪能できる。でも、あの有名なメロディはなかなか出てこない。出そうで出てこなくて、もどかしい。
それにしても、このメロディはどうしてここまで愛されてきたのだろう。次のような日本語の訳詞を見つけた。「北国の港の町は/リンゴの花咲く町/慕わしの君が面影/胸に抱きさまよいぬ」(近藤玲二訳)(奥木)
1860年、ブラームスが27歳の時に作曲されました。4楽章から成り、ヴァイオリン2本、ヴィオラ2本、チェロ2本で構成される弦楽六重奏という編成です。弦楽四重奏というジャンルは、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどが数々の名曲を残しており、この編成では満足のいく弦楽四重奏を書き上げられなかったブラームスが新たに取り組んだのが弦楽六重奏でした。ヴィオラ、チェロの中低音の厚みを加えることで、室内楽の独特の魅力を引き出すことに成功しました。
第2楽章、第1ヴィオラから始まる冒頭は、ルイ・マル監督の映画「恋人たち」(1958年・仏)などでも用いられた印象的な旋律。それを裏付けるのが特徴的な作曲技法です。「レミファソラシド」と、四分音符が階段を一段一段登るように構成されますが、都度低い音を挟むことで、演歌の「こぶし」のような効果をもたらします。それをヴィオラから始めることで、次に受け継がれるヴァイオリンの旋律が更にドラマチックに聴こえます。
また本曲は、ブラームスが長年にわたり思いを寄せていたシューマンの妻クララを想って書いた曲でもあります。手紙や歌のように、あふれる気持ちを音にしたためたブラームスの人間らしい一面も垣間見ることができると思います。本日は、コントラバスも加えた弦楽合奏版で、心に訴える厚みのある音楽をお届けします。各楽器の特徴を活かし、弦楽六重奏というジャンルの新たな魅力を開拓したブラームスの名曲をお楽しみください。(加地)