論文投稿
一つの研究は論文を出版することで完結します。論文の書き方は関連する教科書によく解説されており、一般的な説明は省きます。以下では、モデル(コンピュータシミュレーション)についての論文を書くとき、自分自身が意識していることを挙げてみます。
【ヒント11】論文は日本語でも英語でもなく、Scientific Writing (SW)という言語で書く。
科学研究の成果を報告するため、長い年月をかけて作られてきた文章表現をScientific Writing (SW)といいます。論文はSWに従って書かなければいけません。SWは論文の書き方のテクニック(技術・方法)というよりは言語だと考えたほうがよいでしょう。つまり、SWに沿って文章を書かないと、そもそも自分以外の研究者に通じません(当然論文も受理されません)。これほど重要なSWですが、ほとんどの日本の大学・大学院で体系的に教育されることはあまりないようです。ただ幸いなことにSWは確立されており、多数の優れた教科書が出版されています。論文原稿の執筆に慣れていない人は、SWに関する教科書をまず一冊読みましょう。
ちなみに私がこれまで読んだ中で、最も優れていると思ったのは以下の教科書です。
R. Lewis, N. Whitby, and E. Whitby: 科学論文の科学者・技術者のための英語論文の書き方―国際的に通用する論文を書く秘訣、東京化学同人、pp219、2004
次の教科書は人文社会系の学部学生に向けて書かれたものですが、文理を問わず、論文の本質を平易に説明していると思います。
河野哲也:レポート・論文の書き方入門、慶應義塾大学出版会、pp116、2012
【ヒント12】論文の章立てに独創性はいらない
Introduction, Methods, Results and Discussion, ConclusionsのいわゆるIMRADの4章立てにする。書きやすいからと、これ以外の章立てにしても、読者にとっては読みにくいだけ。
ResultsとDiscussionは分けるのが基本だが、モデル研究の場合、Resultsは往々にして抽象的で、Discussionも併記したほうが分かりやすい。ただし、結果と解釈で段落を必ず分ける(結果だけを書いた段落のすぐ後に、解釈を書いた段落を続ける)。
文章量(図表を含まない)の目安はIntroduction:Methods:Results+Discussion=1:2:4。R+Dは文章全体の半分以上になるまで書く。
【ヒント13】各段落の最初の文章は段落の要約
各段落の最初の文章は、その段落の要旨を表したものにする。各段落の最初の文章を読んだだけで、研究の概要や論理の構成がほぼ追えるようにする。
【ヒント14】Introductionは背景、先行研究、先行研究の課題、目的の4段落で構成するとすっきりまとまる
Introductionとは現在の研究のフロンティアがどこにあり、自分たちがどのようにフロンティアを前進させようとしているのかを述べる部分です。背景(Background), 先行研究(Earlier works), 先行研究の課題(Shortcomings of earlier works), 目的(Objective)の4段落構成を基本にします。
Backgroundに関する段落の目的は、読者の関心を研究対象に誘導すること。
非常に大くくりな研究テーマの重要性>大くくりの研究テーマの重要性>論文が扱う具体的な研究テーマの重要性、と3段階で絞り込む。この際、論文が扱う問題だけ取り上げる。研究背景を広く、長く解説しない。
良い例:「地球温暖化は世界の発展に対する脅威である。地球温暖化は地球全体の降水を変化させる。これにより、人類の最も基本的な水資源である、河川流量も世界全体で変化していくと考えられている。」
最初の文が「非常に大くくりな研究テーマ」である地球温暖化の重要性を提示している。次の文で「大くくりの研究テーマ」である「温暖化と降水変化」に絞り込み、3番目の文で「論文が扱う具体的な研究テーマ」である「河川流量」へとさらに絞り込んでいる。
悪い例:「地球温暖化は世界の発展に対する脅威である。地球温暖化は二酸化炭素を中心とする温室効果ガスの人為的な排出により引き起こされる。地球温暖化 は地球全体の気候を変化させる。これにより、食料生産性の低下、生態系の破壊、洪水や山火事などの自然災害の規模と頻度の増大などが起こると考えられている。本研究ではその中で、産業活動や生態系の維持にも不可欠な水の基本的な供給源である河川流量の世界的な変化に着目する。」
赤、青、緑の部分は、情報としては正しいが、読者の関心を分散させる。例えば、緑の部分は生態系に関心を持っている読者に、生態系に関する研究が行われると期待させてしまう。
Earlier worksに関する段落の目的は、先行研究が明らかにした、研究テーマの知見をまとめること。
重要な関連研究を古いものから新しいものへと順に説明するとうまくまとまる。
Shortcomings of earlier worksに関する段落の目的は、先行研究の問題で、今から自分たちが扱おうとする問題のポイントをまとめること。
先人たちの業績に敬意を払いつつ、先行研究の問題を論理的に指摘する。論文の査読をするのが先行研究の著者というケースも多いので、文章作成にあたっては本人に面と向かって言えない・言わないような失礼な表現を避ける。
悪い例:「花崎ら(2006)のモデルは単純で、計算期間は2年しかなかった。」
良い例:「花崎ら(2006)のモデルは○○はよく表現するものの、○○は一定とみなして、モデルから除外していた。また当時のデータの制約により、計算期間は2年にとどまったが、エルニーニョ・ラニーニャなどの長期的な変動を捉えるには短すぎた。」
Objectiveに関する段落には次の4つを含める。
研究の対象と目的
先行研究の問題のうち、何の解決を目指すのかを示す。
研究の方法
なぜ先行研究で解決できなかった問題を私が解決できるのか示す(新しいデータが手に入るようになった、先行研究が無視していた要素に着目する、など)。ここはIntdoructionの中でかなり重要な部分なので、研究のオリジナリティを端的に示す。
答えるべき問い(Research question)
研究を通じて答えるべき問いを定義する。
これがIntroductionで最も重要な部分。論文とは、自分で設定した質問に、自分で考えた答えを示した文章。質問を設定しないと論文にならない。
論文の構成
次章以降の論文の構成を示す。ただし、IMRAD構成なら不要な場合も多い。つまり、「2章では方法を示します。その後、3章では結果と考察を示し、最後に結論を述べます。」というのは常識なので、省いてよい。
【参考】土木工学系の日本人研究者は上記の4点のうち「研究の対象」だけ書いて、「研究の方法」や「答えるべき問い」を書かないことが多い。ただ、それでは研究のオリジナリティを読者にアピールできないし、答えるべき問いがあいまいなので結論もはっきりさせられない。
【ヒント15】Methodsの偉大なお手本は料理のレシピ
Methodsとは、自分たちがどのようにフロンティアを前進させたか、それを読者が再現するにはどうすればよいかを示す部分です。Methodsのお手本は料理のレシピ。レシピに従えば、誰でも同じ料理が作れます。
モデル(コンピュータシミュレーション)を開発・改良しつつ、シミュレーションを実施した研究の場合、次の4つの節で構成すると説明しやすい。
モデルの節:モデルの概要。
データの節:モデルへの入力データ。場合によっては検証データも。
シミュレーションの方法の節:シミュレーションの条件や設定。実施したシミュレーションの一覧表など。
解析の方法の節:シミュレーション結果に統計処理などを施す場合は、それについても書く。
【ヒント16】ResultsとDiscussionはきちんと区別する
Results and Discussionとは、自分たちが見つけた研究のフロンティアを客観的に描写し(Results)、解釈を述べる(Discussion)部分です。
繰り返しになるが、ResultsとDiscussionは分けるのが基本だが、モデル研究の場合は、結果が往々にして抽象的なため(モデルの仮定やシミュレーションの設定に全て依存するため)、、解釈も併記したほうが分かりやすい。しかし、結果と解釈をごちゃ混ぜにしてしまうとどこまでがMethodsに沿って得られる結果で、どこからが著者らの解釈なのか分からなくなってしまうので、段落は結果と解釈で必ず分ける。
Resultsはシミュレーションの方法と解析の方法に沿って得られた結果を客観的に淡々と述べる。
例:「変数Xは、シミュレーションAで一番大きく、Cで一番小さい。」
しいて言うと、Resultsはレシピの例で言うと、完成した料理の写真。
Discussionは結果の解釈を述べる。もう一歩踏み込むと、示した結果が信頼に足ることを読者に確信させるために書く。
示す結果によって何を書くべきかは大きく変わるが、おそらく最低限含めるべきは、「なぜそのような結果になったか(=メカニズム)」と「結果の妥当性や整合性」。
メカニズムはモデルや条件・設定が結果にどうつながっているのかを書く。モデル研究の場合、結果にモデルの弱点や欠点が表われることが多いが、その場合はなぜそのような弱点が表われるのか簡潔に説明する。
妥当性や整合性は結果やメカニズムが理論や事実と合うかについて書く。また、もしモデルの一部に短所があったとしても、研究の結論に影響がないこと、それを上回る長所があることを示す。
Discussionはレシピの例でいうと、(ちょっと苦しいが)料理の写真の横に添えてある「○○と○○の相性が抜群」などの文章。なぜおいしいかのメカニズムやおいしさの解釈を示している。
【ヒント17】Conclusionsは「まとめ」でも「むすびに」でもなく、「結論」
ConclusionsはIntroductionで提示した「答えるべき問い」(Research questions)に対する回答を述べる部分です。他に、自分達の研究がいかに重要で、何につながりそうかも書きます。ConclusionsはAnswers, Significance, Implicationの3段落構成を基本にします。
AnswersではIntroductionで挙げた「答えるべき問い(Research questions)」に対する答えを述べる。
【注意】ここで書くべきはあくまで問いに対する回答で、論文の要約ではない。Introductionで「答えるべき問い」をしっかり定義しておかないと、この段落はうまく書けない。
Significanceでは、Answersが研究フロンティアの開拓にどのように貢献したのかを書く。
【注意】Introductionで先行研究のレビューをしっかりしておかないと、この段落はうまく書けない。また、論文や研究の貢献ではなく、あくまでAnswersに絞って貢献を書くこと。論文や研究の貢献を書くとIntroductionの繰り返しになってしまう。
Implicationでは、期待や希望的観測について述べる。特になければ書かなくてよい。
例えば、「この研究は○○問題の解決につながるだろう」とか「今後の研究の課題は・・・」とか、実施も実現もしていないが、どうしても主張したい事項がある場合に、この段落に書く。
【注意】あくまで、利用した手法や得られた結果から直接示唆されることについて書くこと。例えば、シミュレーションを使って、将来温暖化によって、渇水の再帰年数が半分になったという結果が得られたら、シミュレーションという手法や半分という結果から得られる示唆を書くこと。「だから、温暖化を防ぐことが大切だ」と書いてしまう人も多いが、方法や結果との関連が小さく、説得力のある議論は展開できない。
【ヒント18】Abstractはルールに従って本文から情報を抜き出す
Abstractは「要約」なのですが、その名の通り、特定の情報を本文から「抽出」するようにすると、うまくまとまりやすいです。指定された文字数に従って、論文から以下についての主要な情報を抽出しましょう。
IntroductionのObjectiveの部分
【重要】IntroductionのBackground, Earlier works, Shortcomings of earlier worksはAbstractでは触れないか、それぞれ1文ずつ。
Methodsの最重要のポイント
Results and Discussionの最重要のポイント(結果の数値を含める)
ConclusionsのAnswersの部分
モデル研究の場合、具体的には次のようにすると比較的簡単にまとまる。
○○が○○に及ぼす影響を明らかにするため、○○に関するシミュレーションを実施した。[目的:1文]
本研究では、○○という特徴を持つ○○モデルを利用した。[モデルの説明:1文]
シミュレーションは○○という条件で行った。[シミュレーションの説明:1文]
○○については、○○の条件では○○であることが分かった。これに対し、○○の条件では○○であることが分かった。他に、○○については、○○であることがわかった。[結果の説明:3-4文]
これらの結果から、○○が○○に及ぼす影響は○○であることが分かった。
抜き出していいのは情報だけ。文章をコピペするのは絶対にダメ。流れるようにAbstractが読めるように何度も推敲しましょう。
【ヒント19】Referencesは著者の研究への姿勢を表す鏡
Referencesは引用した文献をリストにして提示する部分です。
全ての研究は先行研究の上に成り立っています。Referencesをおろそかにしてはいけません。Referencesには誤植や指定された書式からの逸脱があってはなりません。
完璧なReferencesを作るため、EndNoteなどの文献データ管理ソフトウェアを利用します。
文献は論文のウェブサイトから書誌情報をダウンロードします。著者名やタイトルなどの誤字脱字を避けるため、絶対に手入力してはいけません。
書式もできるかぎりEndnote Stylesなどをダウンロードします。
査読者はReferencesをよく読んでいます。文献の欠落、間違い、フォーマットの乱れのあるReferencesを見ると、十分推敲されていない、不完全な論文の手直しをさせられているような、やりきれない気分になるものです。査読者が査読する姿を思い浮かべ、Referencesの作製にも十分な時間をかけましょう。
【ヒント20】原稿は地道に読んで、訳して推敲する
一応原稿は書いてみたものの、自分で読んでも支離滅裂で、共著者に読んでもらうのも申し訳ない、ということはありませんか。ただ、これは普通のこと。どんなに優れた研究者も、草稿から完璧な文章を書く人はいないようです。草稿から効率よく文章を推敲・校正するには経験が必要ですが、誰にでもできて効果がある方法を2つ示します。
声に出して読んでみること。誰もいない部屋か公園で、原稿を音読します。こうすると、自分の書いた文章を少し客観的に捉えることができます。単純な文法のミスを見つけたり、書きづらいと感じた個所に別の表現を見つけりすることができることがあります。
次は英語で文章を書いているときのヒントです。TitleやAbstractなどの重要な個所や、特に悩んでいる個所は、一度一字一句正確に、母国語(日本人なら日本語)に直訳してみましょう(意訳しないこと)。母国語に直訳して意味や論理が通らない場合、まず母国語の訳文を直し、それを再度直訳して英語の文章を直します。
最初から論文を全て母国語で書いて、最後に英語に直す、というやり方は、私はお勧めしません。特に、日本語は英語と論理の組み立て方が全く違います。日本語から英語に訳した文章は、およそ英語として通用しないため、自然な英語にするために、文の順序の入れ替えなどを含む、大がかりな推敲が必要になり、非常に効率が悪いと感じます。
気づきにくいことですが、標準的な日本語と英語では文の並べ方が異なります。プロに英文校正を依頼したけど、原稿の英語がしっくりしないというときはこれが原因かもしれません。英文校正者は文単位で英文を校正するため、通常、文の組み替えまでは行わないのです。
【ヒント21】原稿は最も多くの文献を引用した論文誌に投稿する
まず、候補を複数挙げましょう。基本的には、関連する先行研究が最も多く出版されている論文誌を候補にします。比較的新しい研究テーマで一つの論文誌に絞り込めない場合は、「文献調査2:論文」で述べた「古典」が出版された論文誌を候補にするとよいでしょう。
次に、論文誌の基本情報を調べます。まず、英語で執筆する場合、Science Citation Index (SCI), Science Citation Index Expanded (SCIE)に 登録されている雑誌かそうでないか(いわゆるインパクトファクターIFがあるかないか)をまず調べましょう。IFのある論文誌は購読している機関も多く、 検索もされやすいので、論文を読んでもらえる機会が増えますが、査読も厳しくなる傾向があります。次に、出来る限り、論文誌の主な読者層を調べます。例え ば環境経済学に関する雑誌の場合、「環境(=学際分野)」と「経済学(=確立された分野)」のそれぞれにどれくらい重点を置いているのか調べておき、投稿 しようとする論文が新しいテーマを扱った野心的なものなら前者を重視した雑誌を、手法や結果の厳密さを追求した者なら後者を重視した雑誌を選びます。
最後は、共著者によく相談したうえで、掲載された時、自分が一番うれしくなる雑誌を選びましょう。
私 は最初の論文をJournal of Hydrology誌という水文学で最も有名な雑誌の一つに投稿しました。いま振り返ると、かなり背伸びをした挑戦でしたが、最終的に掲載された時の喜び もひとしおでした。第一線の研究者が査読してくれたため、改訂の過程で論文も劇的によくなりました。
【ヒント22】査読への回答書は査読者ではなく、編集長宛てに書く
回答書は一つ一つの査読コメントに対してどのように対応し、改訂したのかを述べた文章です。ただし、それだけだと、とても読みにくい文章になってしまうため、私の場合は次の3つを念頭に置いて作成しています。
回答書の読み手:回答書を真っ先に読むのは、論文の編集担当者(EditorかAsociate Editor)です。回答書を見て、もう一度査読に回すか、そのまま登載判定するか判断することになります。編集担当者に宛てて回答書を作ります。
回答書の読まれ方:編集担当者は多忙で、常に多くの担当論文を抱えています。編集担当者は多忙です。回答書は、編集担当者が改訂稿を読まずに回答書だけ一読しても、やりとりが分かるように書きます。
【上級編】査読者のコメントにただ回答・返答するだけではなく、筆者の研究に対する明確な意志と意図を含められると、回答書は力強く、面白くなります。テニスで例えると、壁のようにボールをただ跳ね返すだけでは、相手までボールが返っていきませんが、ラケットで力強く打ち返せば、やってきた以上の力で相手にボールが返ります。肯定的なコメントに対しては、さらに長所を畳みかける回答にしましょう。批判的なコメントに対しては、反論に加え、欠点を上回る利点があることを強調した回答にしましょう。
【ヒント23】共著者は研究と論文の命運を共にする人、お世話になった人は謝辞に
共著者は研究の運命共同体です。研究が評価されたときの名誉も、酷評された時の不名誉も、万一不正があった時の責任も共有することになります。
論文は基本的に未来永劫、取り消すことのできない文章です。論文を撤回することもできますが、撤回したことを含め、記録に残ります。
「研究でお世話になったので共著に」という習慣が日本の一部の分野で見られますが、おかしいです。お世話になったなら、謝辞で述べるべきです。
筆頭著者は論文投稿の1か月前には原稿を共著者に送ること。
論文投稿の1か月前には投稿原稿を共著者に送り、コメントをもらうための時間、コメントに対応して改訂するための時間としてそれぞれ最低2週間は取りましょう。
逆に言うと、共著者に原稿を送ってから1か月以内は論文を投稿すべきではありません。
私はあるとき、「明日この原稿を投稿するので共著者になって、原稿にコメントをください」と依頼されたことがあります。そんなに急に原稿には目を通せませんし、コメントしたとしても、著者が翌日までにきちんと対応して原稿を改訂できるとも思えません。
共著者は原稿を徹底的に改訂・推敲すること。
これを省いて投稿すれば、査読者、あるいは読者にそのプロセスを押し付けることになります。これは恥ずべきことです。
「修正なしで掲載」あるいは「軽微な修正のうえで掲載」されると著者全員が思える原稿しか投稿しないこと。
超 一流の研究グループはいつも必ず、ほぼ完ぺきな原稿を投稿します。このような原稿には多忙だが優秀な研究者が査読を引き受けるため、短い期間に的確な査読 コメントが得られます。超一流の研究グループの論文のSubmissionからAcceptanceまでの期間が短いのは編集長とのコネがあるからだという主張する人がいますがとんでもないことです。超一流の研究グループの研究者は、コメントをするのも苦労するような、最初から完璧に近い原稿を投稿しているだけなのです。
【番外編3】論文はいつ書き始めるべきか?
原稿をいつ書き始めるか。実際にはいろいろなやり方があるようです。
【工学系の研究環境にいる場合】研究室ゼミが定期的にあり、春と夏に学会発表する研究リズムがある場合、研究室ゼミあるいは学会等である程度まとまった研究発表 (プレゼン)をしたあとが論文を書き始めるタイミングです。よく練られたスライド(MS Powerpoint等)ができているはずですので、以下に示す「どの節に何を書くか」のヒントに従って、スライドの図表と台詞(話した内容)を文章 (MS Word等)に書き換えて原稿を作っていくとよいでしょう。
【超エキスパート向け】非常に研究経験がある場合、「実験を始める 前に論文を書く」という方法もあるそうです。これは10年以上前、日経新聞の「私の履歴書」で免疫学者の石坂公成先生が紹介していた方法です。実験や研究 を始める前に、研究計画は立てているはずです。研究経験が非常に豊富になると、始める前から結果が細かいところまで「予想できる(見通せる)」ようになっています。そこで、結果や考察の部分を含めてあらかじめ実験全体を文章にしてから、実験を始めると、結果が予想に反した時に仮説が誤りだったとすぐに分かり、実験の効率が上がるということです。
このやり方は優れた方法に見えますが、予想と結果が違った場合、すぐに誤りを認めてやり直すのがポイントです。予想はあくまで予想という基本を見失い、予想に合わせて実験結果を変える誘惑にかられると、研究不正への入り口が開きます。2013年頃学術界をゆるがせた東京大学加藤茂明研究室の論文不正事件の調査報告においても「ストーリーに合った実験結果を求める姿勢に甚だしい行き過ぎが生じたこと」が発生原因であったと述べられています。
よってこのやり方は、高潔で、卓越した洞察力があり、かつ、論文出版や研究費獲得のプレッシャーから超越した研究者だけに許されたもののようです。実際、「私の履歴書」でこのやり方をとっていたのはノーベル賞受賞者やアメリカ免疫学会の会長を務めたような傑出した人物だったことが述べられています。
【番外編4】雑誌によって査読の早い、遅いはあるか?
この雑誌は査読が早い(遅い)という話題は研究者の間でよくされます。ただ、個人的にはあまり意味があるように思いません。
「査読が早い(遅い)」というのは通常、投稿から掲載(受理)までの日数を指します。ここで、論文がとてもよくかけていて1回目の査読でminor revision判定が出たケースと1回目の査読でRejectすれすれのMajor revision判定が出てその後何回も査読が継続されるケースで、日数が異なるのは自明です。「論文の出来」が一本一本異なる以上、一概にこの雑誌の査読は早い(遅い)という議論はあまり意味がありません。
【番外編5】図の作り込み方
図は作り込みましょう。個人的な経験では、もし論文原稿の図に息を飲むようなクオリティのものが含まれる場合、論文が却下されることはありません。NatureとScienceに掲載される論文の図は、現在の学術論文における最高レベルの図作成のショーケースになっています。いつも目を通していることで、技術のトレンドをつかんだり、インスピレーションを得たりすることができます。
図を作るときに絶対に避けるべきポイントがいくつかあるので書いてみます。
MS Excelをなるべく使わない。なぜか分かりませんが、Excelを使って書かれた図はそうだとすぐに分かります。そして、なぜか分かりませんが、手抜きで(急いでぱっと作った)、古臭い印象を与えます(←失礼!)。論文原稿では使わない方が無難です。
ソフトウェアのデフォルトの極彩色のカラーパレットを使わない。Microsoft Officeのデフォルトのカラーパレット(2020年現在)やGrADSのデフォルトのレインボーカラーのまま図を作らないようにしましょう。これまた手抜きで古臭い印象も与えるうえ、いわゆる色覚異常の方はレインボーカラーをうまく判別できないことがあります。これを避けるために各所でよく使われているのはColor Brewerです。非常に洗練した印象になりますし(2020年現在)、多くの方にとって見やすくなります。
【番外編6】改訂〆切の延長について
査読結果が返ってくると、そこにはたいてい改訂の締め切りが示されています。締め切りが短いと感じたとき、延長をお願いすべきでしょうか。あるいは、別の新しい論文が佳境に差し掛かっている場合、古い論文の改訂を優先すべきか、新しい論文の執筆・投稿を優先すべきか、どちらでしょうか。
いろいろな考え方があろうかと思いますが、また学位審査や求職活動などやむを得ない理由も多々あると思うのですが、私のお勧めは、締め切りを延ばさず、改訂を最優先することです。
改訂は編集者と査読者によってクリアすべきハードルと期限が決められています。一方、新論文の執筆は投稿するためのハードルが何か、よく分からないものです。当然期限を設定するのも難しいです。改訂は必ずやらなければならないものなので、改訂を優先した方が効率的だと思われます。アメリカやヨーロッパの研究者と共著論文を書く時も、ほとんどのケースで締め切りを守っている印象があります。
【番外編7】査読の結果を受け取ったら
査読の結果を受け取ったら、真っ先に査読報告書を共著者と共有する。他のすべての作業を中断し、改訂に集中する。
具体的な改訂計画を立てる。修正期間が4週間だった場合、第1週末までに回答書の第1原稿(草稿)の作成と共著者への回覧、第3週末までに回答書の第2稿と改訂稿の作成と共著者への再回覧が必要になる。シミュレーションと分析(図の作成や表の作成を含む)に要する時間も見積もる。
締め切りは間に合わせる。最初から期限の延長を考えることは絶対に避ける。
回答書にはMS Wordのみを使用する。MS ExcelやMS PowerPointの出番はない。図表の差し替え以外はテキストだけで回答する。論理と表現(礼儀正しく力強く)に集中する。
回答の分量はコメントの2~3倍。
中途半端な改訂は編集者や審査員によい印象を与えない。レビューが長引く原因となり、論文生産性低下の大きな要因にもなる。
返信書は完璧な英語で作成する。私は、以前は回答書の提出前にプロの英語校閲を受けていた。現在ならオンラインの英文校閲や翻訳※サービスが利用できる。オンラインツールは必ず有料版を利用する(提供されるサービスのクオリティが有料版と無料版でまるで違うことが多い)。
※英語で回答を作ったのち、機械翻訳にかけて日本語の回答としても自然で完璧かを確認する。逆は危険。英語を母国語としない以上、自然で完璧な英語の回答になっているか判断ができない。
【番外編8】論文の分量
結論から言うと、地球科学・地球環境のフルペーパーはおよそ28の段落で構成できます。28の段落のそれぞれの内容はほぼ決まっています。必要になる論文の結果の図表(方法を説明するための図表は除く)は6です。ここで、1つの段落に200語あるとすると、全体で5600語となります。200語の文章は、日本語でおよそ400字強に相当します。つまり、6枚の結果の図表を用意した上で、28の構成要素について原稿用紙1枚ずつ文章を埋めればフルペーパーは書けます。以下、この考えの根拠を示します。
1)全体配分
個人的な感覚に過ぎませんが、序論:方法:結果+考察+結論が1:2:4の割合であるとバランスがよく読みやすいと感じます。
ここで、上述の通り、序論は4段落で構成できます。ですので、方法=8段落、結果+考察+結論=16段落となり、全28段落あればよいということになります。
2)文章の量
論文の1段落は200語前後という感覚を持っています。仮にこうだとすると、28段落の本文は約5600語になります。要旨は250語程度を上限とする雑誌が多いので、全体で6000語弱になります(参考文献なし)。実際、フルペーパーの上限を7500-8000wordsとする雑誌は多いようです(なお、語数の上限を明示する雑誌は最近減っているようです)。
3)各段落の内容
28の段落に書くべき内容は下記の通りです。すでに説明しているため、詳細は省きます。
序論(4段落)
背景(Background)
先行研究(Earlier works)
先行研究の課題(Shortcomings of earlier works)
目的(Objective)
方法(8段落)
モデルに関する事項(2-4パラグラフ程度)
データに関する事項(2-4パラグラフ程度)
シミュレーションや解析に関する事項(2-4パラグラフ程度)
結果と考察(13段落)
図表6枚※に対して結果・考察を1パラグラフずつ(※パラグラフ数から逆算すると6になる)
最後に「不確実性(=論文の欠点)」のパラグラフを1つ
結論(3段落)
結論(Answer):イントロのResearch questionsを再掲し、回答を書く
意義(Significance):イントロの「先行研究の批判(未解決問題の議論)」を回収し、先行研究に対してどれだけ前進があったかを書く
提言あるいは含意(Implication):どうすれば社会の役に立つか、といったことを書く。なければ不要。