後知恵バイアス

私たちの頭は世界の仕組みをちゃんと理解できるようにはできていない。むしろ,問題をすばやく避けて子孫を残せるようにできている。私たちの頭が物事を理解するようにできていたら,そこには,過去の歴史をビデオみたいに正しく時間に沿って流し,しかも私たちがついていけるところまでスロー再生してくれる機械が組み込まれていただろう。事象が起きた後に得られた情報を,事象が起きたときにわかっていたはずだと考え,その結果,事象が起きた当時の情報を過大に見積もってしまうことを,心理学者たちは後知恵バイアスと呼ぶ。「最初からわかっていたよ」というやつだ。

さて,先ほどの役人タイプは,損に終わった取引を「重大な過失」と呼んでいた。選挙の候補が何かの判断を行ってその結果選挙に負けたとき,マスコミがその判断を「間違い」と呼ぶのと同じだ。この点は喉が嗄れるまで繰り返す。間違いかどうかは事後に決まるのではない。事前に得られた情報に照らして決まるのだ。

後知恵バイアスにはもっと悪い効果がある。過去を予測するのがとてもうまい連中が,自分は将来を予測するのもうまいのだと勘違いして,自分の能力に自信を持ってしまうのだ。だからこそ,2001年9月11日のような事件が起きても,私たちには,この世界では大事なことは予測できないものだということが覚えられない。ツイン・タワーが崩壊するのが,あの当時予測できたような気がしてしまうのだ。

ナシーム・ニコラス・タレブ 望月 衛(訳) (2008). まぐれ 投資家はなぜ,運を実力と勘違いするのか ダイヤモンド社 pp.78-79.