僕はのぞいていた。ひんやりとしたコンクリートの壁の影から。住宅街の端で、その先の広い原っぱに小さな家がぽつんと一つ。ごうごうと炎をあげている。真っ黒な空を焦がしつつ燃えあがる家の中から少年が一人飛び出した。歳は分からない。ここからでは顔が見えない。辺りを見回し、少年の目が僕を見つけた。うっすら黒い、灰色の目。
「たすけて! 家がなくなっちゃう! 鴒華(れいか)も、母さんも燃えちゃう!」
僕は、立っていた。ただそこに、壁に隠れるようにして立っていた。見つかりませんように、見つかりませんように。僕は知らない。だから、見つかりませんように。
「たすけて! たすけて!」
だけど少年の方は僕に気づいていて、走ってくる。
炎を噴き上げる家が、大きな音を立てて崩れ落ちていく。
音に気づいて少年が足を止めて振り返った。
ズッ……シャァァン……
二階建てだった家は三分の一ぐらいの高さになっていた。
「鴒華!母さん!」
少年が叫び声をあげて駆け戻る。炎に駆け込もうとしたのか一気に近寄り、飛び散る火の粉に阻まれて慌てて下がる。さっきまでいた所に黒こげの火柱が倒れてきた。
足の力が抜けたのかへたりとその場に座りこむ。そして肩をふるわせいきなり上を向いて叫んだ。何を言っているのかはよくわからなかった。
少年の叫び声は住宅街中に響きわたった。誰もいない、住宅街に。
僕はそこで、ただ、
見ていた。