視界が一瞬真っ白になった。体がふわりと浮いて吹っ飛ばされる。耳に鋭い痛みがあってから地面にたたきつけられた。壁がビリビリ揺れてバキッと割れた。急に音が戻ってきて轟音が耳をつんざいた。突然静かになる。部屋の方は煙がたっていて見えない。みんなは?
ボロボロと破片が落ちてきてギギギときしむ音。ドン、ボン、と何かが凹む音。
天井が落ちてきた。
「明日香!」
覆い被さりながら〈力〉で落ちてくる破片を払いのける。喜邨君が見えたのでそっちにも。昨日子の方は少し間に合わず大きい破片に当たってうめき声が聞こえた。龐棐さんは自前の装備で破片や残骸を防いで縁利たちを守っている。全員無事……じゃない、今日破は?
カラカコン
『悪い。思たより威力でかかったわ』
〈音〉が入った。無事だ。でもどこに。
『あいつしぶといなあ。あんななってもまだ戦う気満々やわ』
パチパチとはぜるような音がし始め焦げ臭いにおいがした。部屋に積もった瓦礫からチロチロと火の手があがり始めた。
「今日破! 今日破どこ? 火が出てる、逃げないと」
「龐棐あれ消せねえのか」
「あれは俺の〈火〉じゃないし消火は〈力〉に含まれとらん」
明日香がもう一度呼ぶが返事はない。燃え広がり始めた。早く出ないと逃げられなくなる。どこだ今日破。早く……
『早う逃げ。俺は動けん。……とどめは刺しとく。明日香のこと、よろしくな』
「きょう……」
瓦礫に走りだそうとした明日香を全力でひきとめて抱え上げた。そのまま走り出す。暴れる明日香を無理やり肩に押し上げてとにかく走る。ドム、と大きな爆発音。後ろからの爆風に押されてこけそうになる。ドドン、と建物の崩れる音。壁の大穴をくぐり抜けて中庭に出る。
「やだ、今日破! シュウ離して! 離して! 今日破が、今日破が!」
わめきながら暴れて背中にごすっと強い一撃が入る。意識が遠のき倒れそうになり、その隙に明日香が逃げようとしたのであわててつかみ直す。ダメだ。戻ったらだめだ。歯をくいしばり「クリス」と小さく呼ぶ。クリスは何もきかず「承知いたしました」と去っていく。明日香はまだ「離して」と叫んで暴れている。もう殴られても痛みを感じない。足が間に合わずぐらりと傾き、明日香を突き飛ばすように離す。ごしゃっと音がした。
「シュウ!」
明日香が戻ってくる。そんなに騒がなくたってこけただけだってば。力入んないけど。
助け起こされて研究所を振り返る。ヒビが入りあちこち欠け、ボロボロになった研究所は半分ぐらいの高さになって炎を吹き上げていた。……アニアが追ってくる様子は、ない。
「きょう……は……」
明日香はぼうぜんと炎を見つめていた。ぼろぼろと涙が頬をつたう。
「明日香……」
「やだ、今日破……。今日破……!」
泣きじゃくる明日香を抱きしめる。ごめん明日香。今日破が何考えてるかわからなかったんだ。わかってたら止めてた。なんとかしてた。
「みんな無事か」
龐棐さんの声でみんなが次々に返事をする。曹は喜邨君が背負い栄蓮は昨日子が、縁利は公正が連れ出していた。冬人さんは龐棐さんが肩にのせ片腕で支えている。まだ息はしているけど呼んでも反応がない。だらんと垂れた手足が細かく痙攣している。明日香のバッグから血液パックを出してつないだけど吐いた量を考えるとほとんど気休めだ。
「公正。俺は自分で歩けるから修徒に肩貸してやって」
縁利に気をつかわれ、断ったがやっぱり立てず公正に持ち上げられる。昨日子も手伝おうと来てくれたけど額からだらだら血を流していたのでそっちは断った。栄蓮が絆創膏をはってあげて、昨日子はその上から押さえて自分で止血した。
「診療所。修徒、怪我。明日香も手。休憩」
昨日子の言葉にうなずいてとりあえず向かおうと足を動かす。力が入らずすぐこけてしまう。怪我もあるけどこれさっき〈力〉を使いまくったからだ。しょうがねえな、と公正に背負われる。重いとかいうな。体重はほぼ一緒のはずだ。
濃い霧の中を進む。来た時より濃いかもしれない。両側の廃墟がよく見えない。
これからどうしよう。帰る方法はなんとなくわかった。流刑地で裂け目を探して、僕が〈力〉で無理やり広げればいいんだ。アニアはたくさんのアンドロイドに〈力〉をコピーしようとしてたから、もしかしたら一人分じゃ足らないのかもしれない……いや、クリスは単回用のテスト品で越えている。人数はその時より多いけど僕はオリジナルだ。きっとできる。だけどどうやって流刑地に……。
龐棐さんが足をとめた。何かに耳を傾けるようにじっと宙を見つめて集中しうなずく。周囲を見回し道路にぼ、ぼ、ぼと等間隔で火を灯していく。なんだ……?
バラバラとエンジン音が遠くから聞こえてきた。だんだん近づきゴーッと力強い音に変わる。頭上に影が見えた。飛行機……? 二機だ。
龐棐さんが一番近い火をチカチカと点滅させる。飛行機は旋回し高度を下げていく。そしてキィーンと金属音を響かせながらスゥッと降りてきて滑るように着陸した。間を置いてもう一機も着陸する。
龐棐さんが駆け寄り僕らも後を追う。銀色の小型輸送機。見覚えがある。ドアが開き人が降りてくる。
「レフト軍駐留部隊所属、伝攏。レフト軍東部イーロン二番隊隊長龐棐様にお届け物があり、任務放り出して参りました!」
「この忙しい時に任務を放り出すな。なんだ」
もう一機の方のドアが開いて人が降りてきた。操縦士と……え?
「レフト軍駐留部隊所属、寵機。生還いたしました」
「えっと……どこにも所属してないけど氏縞。帰ってきたぜ!」
赤いはちまきをつけてちょっと偉そうに胸をそらしたのはすごく見覚えのある顔だった。
「氏縞!?」
おう、と手を振り返してにいっと笑う。氏縞? え? どういうこと? ……よかった、無事だったんだ……! え?
栄蓮が駆け寄ってばっと両手を広げる。氏縞も応じて手を広げ抱きしめ合う。次に縁利、明日香、そして喜邨君。昨日子と公正には断られていた。それから曹を探す。
「おい曹。お前氏縞様が帰ったのに歓迎しないとは何事……おい」
「曹のやつ、レフト爆破された時にお前も死んだと思っておかしくなっちまってな。叫ぶわ暴れるわで今は薬で寝かせてんだ。まだしばらく起きねーよ」
「はぁ? 曹がそんなんなるわけ……、うそだろ?」
おそるおそる曹の髪を触って撫でたがやっぱり起きない。僕らの表情を見て氏縞の顔が曇る。
「そばにいてあげてよ。もしかしたら戻るかもしれないし」
手を差し出すと不満げに両手を広げられた。どうしてもそっちがいいのか。
「なんかお前顔変わった」
「代えの顔を持った覚えないんだけど」
短髪が頰に刺さり、はちまきがうっとうしい。やっぱり氏縞だ。本当に帰ってきた。だけどレフトに行ったんじゃなかったのか? レフトは爆破されたのになんで氏縞は。
「あと冬人さん……。冬人さん?」
「いろいろあってな。あと一時間ももたん。……伍長。こいつを〈力〉で停止。最大時間で頼む」
「はっ。ってこの状態ではもう……」
「頼む」
龐棐さんが頭を下げた。伍長はしばらく固まってからうなずき、冬人さんに手をかざす。閃光が散り数秒後に手足の痙攣と呼吸が止まる。それこそ死んだみたいに見えるけど大丈夫、これでとりあえずの時間は確保できた。
ところで、と龐棐さんが向き直る。
「幽霊では……ないようだな。説明しろ」
「触っても通り抜けません。ご安心を。くすぐったいので手を離してください。……すごく言いづらいのですが実は……」
ライトシティーのレフト軍駐屯地に氏縞を運び込んだ時、駐屯地には飛行機が二機あった。ひとつは車輪の故障のため修理中で、もうひとつは常用しているものでレフトから戻ってきたばかりで補給が済んでいなかった。氏縞を運ぶため大急ぎで補給をした……のだが、間違って修理中の方に補給してしまい、常用機は燃料不足のまま飛び立ち途中で気づいてスカイ・アマングに寄港していたのだという。他都市のため燃料補給に手続きが必要で時間がかかるため氏縞はスカイ・アマングの病院に搬送し寵機さんはスカイ・アマングの施設で待機してたところレフト爆破の一報が入った。
「すぐに戻りたかったのですがスカイ・アマングも混乱状態になりまして……」
「俺、目が覚めた時はまだ寝ているように言われてずっとベッドにいたんだけど。夕方くらいからだったかな……今度はベッドを空けるように言われて部屋を追い出されて、そしたら病院の中怪我をした人がすごいいっぱい歩いてて」
龐棐さんが目を見開いた。
「いっぱい? 本当か」
「えっうん……。待合室全席埋まって廊下にも人がいたけど」
「全滅かと思ったが……生き残りが大勢いるな!」
はい、と伍長が力強くうなずいた。
「レフトはまだ生きています。ですが怪我人の搬送、各地への協力の要請、レフトの現状調査など人手が足りません。優先事項を決められる人材もいません。イーロン二番隊隊長龐棐少佐、どうか軍にお戻りください。力を貸していただきたく思います」
「……」
龐棐さんは答えなかった。すっと無表情になり考え込むように目を伏せた。伍長が困ったように眉を寄せみるみる泣きそうになる。
「龐棐様! わたくしからもお願いいたします! わたくしどもでは立場上指示が回せないのです! 龐棐様なら各地の軍部、医療機関等にも顔が知られているはず。どうか臨時本部へ……!」
龐棐さんは答えない。地面で動かない冬人さん、うつむく公正、事情が理解できず困惑する氏縞と目を移していく。
「伍長。一機、燃料の多い方を俺に貸してくれ」
「では……!」
「……すまんが優先事項だ。俺は本部には向かわない。この者たちと流刑地へ向かう」
伍長たちが絶句する。しばらく固まってから肩を落とした。龐棐さんは慎重に冬人さんを持ち上げて寵機さんが乗ってきた機体に向かう。僕らも後を追った。
「そうしょげた顔をするな。伍長。軍曹」
機体に乗る前に龐棐さんが振り返った。伍長たちは暗い顔でうつむいている。
「この非常時に立場だなんだと騒ぐやつは斬って捨ててしまえ。立場身分関係なく役立つ提案ならなんでも採用しその責を負うのがトップというもの。……二人ならまわせる。大丈夫だ」
龐棐さんから冬人さんを受け取り、喜邨君に手助けされて公正が中へ入っていく。氏縞が曹をおんぶして喜邨君にひきあげてもらい、三人とも中に消える。明日香がなかなか上がりたがらず無理やり持ち上げて喜邨君に渡す。喜邨君は受け取るかと思いきや僕ごと持ち上げてドアに押し込んだ。
「留守を頼むぞ、伝攏伍長。寵機軍曹」
ハッチがしまる。ゆっくりと機体は滑走を始める。窓から後方を見ると背筋を伸ばし敬礼する二人が遠くに見えた。
「……よかったんですか」
「さあな。だがあの二人ならきっちり優先順位を決めて救助班や医療チームを統率できる。そこは保証する」
離陸した。日照装置の光が届かなくなり、やがて窓の外は真っ暗になる。
「とんだ職務怠慢動物だな。自国が大変なことになってんのに他のこと優先かよ」
「自国のために動いていることに違いはないんだがな。……お前たちの中に航空機の類を操縦できる者がいないだろう。それでは誰も向こうとやらに戻れず俺が一緒に行動していた意味がなくなる」
「意味?」
「手段は予想がつかずともライトがレフトの崩壊を狙っている噂はレフト軍内でもたっていてな。冬人を見てこの集団は関連があるのではと混ざっていたが……直接の関係はなく結局止めることも叶わなかった。しかし、……いややめておこう。そのつもりはなかっただろうからな」
公正が呼ばれ、龐棐さんの隣で航路の案内を始めた。ぼんやりとだが外が少し明るくなる。下の方に細く赤い光が見える。
「あのあたりなら民家が少なくて開けてる。増水すると沈んじまうからあまり長く置いておけないけどな」
龐棐さんが何かを操作し機体が大きく揺れた。ぐらんと傾き、逆に傾きようやく戻る。ただ進入方向を調整しただけみたいだけど下手だ。酔うかと思った。輸送機はゆらゆらと何度も向きを調整しながら徐々に高度を落とし数分後に着陸した。
「ほう。ここが流刑地……」
「機内だったらまだ影響ないみたいだけど流刑地の地面はキャンセラーの塊だからな。不用意に降りるなよ」
わかった、答えながら龐棐さんは車輪にロックをかける。突然飛んできて着陸した飛行体が興味をひいたのだろう、機外に人が集まり始めていた。見覚えのある顔が何人か混ざっている。もしかして最初に来たところの近くに降りたのか。
ん。くすんだ茶色い髪に目が止まった。アランだ……!
「ひとまずアランっていう男に合流して、アランに頼んで俺らが来た裂け目周辺を人よけしてもらう。それから修徒が〈力〉で……」
「公正、アランが今外に見えた。人混みで見失う前に捕まえないと」
「修徒待て」
言ってる間に離れていってしまう。ドアのロックを解除し機外へ飛び降りる。待って……
ぐにゃりと視界がゆがんで、突然自分が誰だかわからなくなる。体がそこにあるのに僕の意思に従わずのんきに「あれえ?」と小さい子みたいな声を出し、聞こえる音が急にちいさくなってゆがんだ視界も暗くなり、ぷっつり意識がとぎれた。