「おっはよー!」
バッシーンとドアをぶちあける音でかなり驚いて飛び起きた。かなり心臓がばくばくいっている。むくりむくりと今日破も龐棐さんも身を起こす。なにごと? 無遠慮に部屋の電気がつけられて目が眩む。あーもう、もうちょっと寝かせてくれ。
「ショータおはよー?」
「修徒です。朝から何やってんですか……」
元気いっぱいにぴょんぴょん他人をまたいでベッドまで飛び跳ねていく。
「あれ、ベッドで寝てたんじゃなかったですか」
「んー。起きたらドアの前にいたんだよねー」
なんでだよ。そして他の人起こしといて寝ようとするな。昨日子がベッドから冬人さんを引きずり下ろしてきた。
「わーめんぼー」
「乱暴?」
「それそれー」
じたばた暴れる冬人さんを捕まえて僕らの真ん中に座らせる。叩き起こされた面々の渋い顔に囲まれてシュンと大人しくなる。「も、もうちょっと寝よー?」とか言ってるけどさっきので驚きすぎて完全に目が覚めたんだよ。今更遅い。
「ご、ごめ……」
「みんな疲れてたんだからちゃんと寝かせて。もう起きちゃったからいいけど。ほんっとに」
服やタオルで作っていた仮の寝床を片付けるとちょうど鷹先生が部屋に顔をのぞかせた。朝食だ。どうやらさっきまで冬人さんと一緒に作っていたらしい。全く幾つになってもお前はとかなんとか鷹先生がぶつぶつつぶやいているのは気のせいだろうか。
「先生すごいんだよー。ゆで卵、中身が逃げないんだー」
「一つ二つならわかるんじゃけどな。なんで茹でたやつ全部途中で中身出て鍋泡だらけになっとんじゃ」
「見てたらそうなるよー?」
「ならんわ!」
パンも温めようとして黒焦げにしてしまい、まともに作れたのはちぎったレタスのサラダだけだったようで得意料理だと胸を張る。料理とは。味はまあ、おいしかった。
朝食を終えて片付けて、さっそく旅支度をする。曹は起き出してきたもののぼんやりしていて呼びかけても反応がなく朝食も先生に食べさせてもらう状態で、とても連れて行けそうになかった。またいつ暴れだすかもわからない。もし交渉決裂して戦闘にでもなったら暴れる曹を連れてうまく逃げられるとは思えない。みんなで話し合い、先生にお願いして置いていくことになった。
「……龐棐さんや」
剣を背中に背負うように装着し、ベルトの留め金をはめていた龐棐さんの肩を鷹先生がたたく。何か、と手をとめた。
「何がとは言わんけど。ひと通り終わったら、拠点に戻る前にうちに来んさい」
「しかし俺は他に仕事が」
「肩。〈力〉を解除してちゃんと治さんといけんけえ。帰って来んさい」
龐棐さんが肩に手をあてる。上げて下ろす。昨日と変わらずスムーズだ。
「直してくださったのでは? この通り何も問題ないですが」
「それは〈力〉で組織を作って間を埋めて繋げただけじゃ。お前さん軍人じゃろ? 仕事で手錠みたいな強いキャンセラーを使うじゃろ。それは弱いキャンセラーならなんともないんじゃけど、強いキャンセラーに触ったら解除されて元に戻るけえな」
「時間がたてば俺自身の組織と入れ替わるのでは」
「いいや。〈再生〉を使った時点で体は「治った」と判断しとる。……悪いことは言わん、終わったら帰って来んさい。なに、解除してちょっと縫うだけじゃ。準備もしとく。そんなに時間かからんけ」
龐棐さんは渋い顔をしつつしぶしぶうなずいた。僕らも曹を迎えに来ないといけないし、とりあえずそれまでは龐棐さんも一緒だ。
「あと鷲也。お前も戻って来んさい」
「えー」
「点滴と食事管理でしっかり肉つけさす」
「お願いします」「ぜひ」「頼みます」
「……て、点滴やだー」
だっと駆け出す冬人さん。待って、めっちゃ速い。
「すっすみません。もう行きます。ありがとうございました。また」
大急ぎで鷹先生に頭を下げて走りだす。
行ってらっしゃい、返事はずいぶん後ろで聞こえた。
いつもなら冬人さんがバテて回収の流れになるのだが昨日今日と栄養剤を点滴していたのがきいているのかいつまでたっても追いつけず喜邨君が遅れ始め栄蓮を抱えていた昨日子がバテ始め、誰も追ってこないので待ちくたびれた冬人さんが〈瞬間移動〉で戻って来て追いかけっこは終了した。どういう体力してるんだ。
「さ・き・行・く・な・言・う・て・る・や・ろ」
今日破に頭をぐりぐりされて「きゃー」と叫ぶ冬人さん。汗一つかいてないのが憎い。喜邨君は汗だくでふうふう言ってるし昨日子は栄蓮を下ろして膝に手をついている。縁利も息があがって歩くのに遅れていた。龐棐さんはもちろん僕や公正、明日香はまだ平気だけど。もうちょっと他人のこと考えて?
いつもよりペースを落とし、栄蓮も一緒に歩ける速度で再出発。鷹先生に渡された地図を見せてもらったけどかなり距離がある。途中で休憩要るかな。
今朝も濃霧は相変わらずだった。数メートル離れると互いが見えなくなるので集団に遅れたり早すぎたりするとはぐれそうだ。このあたりの街並みはまたくずれたものが多く、ほぼ更地だったり瓦礫の山だったりして元はどんな建物だったのか想像がつかない状態になっていた。人が住める場所じゃない。完全に廃墟……というか本当に人住んでたのかここってくらいボロボロだ。これも六年前の事件の影響だよな。一体どんなことが起こってこんな状態になったんだろう。ここじゃないかもしれないけど、公正や……手城君や島田君の家もこういうふうになったんだろうか。
「……あのさ。もしかしたらなんだけどさ。手城と島田のこと」
隣で公正が汗をぬぐう。手錠がじゃり、と音をたてた。
「敵にまわって対決することになる……なんてことになるかもしれない。あいつらにはもう身寄りがなくてさ。でも島田は〈力〉をあのお方に認められてる。あっちで施設で一緒に暮らしてた時も、手城と島田は俺なんかよりずっと熱心でさ。この世界がどんなものか、空とはどんなものかあのお方に報告するんだって資料集めにしょっちゅう図書館にこもってさ」
「そういう話、きいたことなかったな」
「俺が二人の言う意味がわかってなかったんだ。あのお方の計画についても二人ほど詳しくなかった。二人とも親が研究所に勤めてたからいろいろ聞いてたんだろ」
当時はずいぶん子供じみたことを言うな、地殻性キャンセラーの影響かと思っていたらしい。
「万が一戦闘になった場合に備えてその……公正の元仲間二人の〈力〉をきいておきたい」
会話を聞きつけた龐棐さんが歩調をゆるめて隣に来た。
「島田結羽は掌からロープを出して自在にあやつる。手城鴻基は文房具を出すだけなんだけど、巨大化させて出して結構強い武器にしてたな」
ロープ、という単語に公正のリュックに目がいく。ここ最近使う機会がなかったけどそういえば公正も先端に刃物つけたロープを使ってたな。
「あ、これは俺がホームセンターで買って来たロープで、結羽のじゃないからな。別にあこがれたとかそういうわけでも無えからな?」
……ふーん?
「なんだその目。本当に違うからな? 別にあこがれたわけじゃないからな?」
僕は何も言ってないんだけどな。
疲れて遅れがちだった縁利が休憩したいと申し出た。みんなが休憩するにはちょっと早いので今日破が背負う。
「疲れるの早よないか? 夜ちゃんと寝れたんか?」
縁利は眠そうにあくびをして今日破の背に体を預け、ううん、と小さく首をふる。
「栄蓮の寝相が悪くてあんまり」
「ちょっ……寝相わるかったのは縁利でしょ?」
「いいや。寝てる間に何回も蹴ってきたのは栄蓮だ」
「だってすごく近くに寝てるんだもん……、縁利だって何回も毛布とっちゃうし髪の毛ひっぱるし」
「毛布は栄蓮が独り占めするからじゃねえか」
「他人の背中で喧嘩せんといて……」
「縁利。栄蓮。喧嘩、やめる」
今日破と昨日子にとめられてむすっとする二人。口喧嘩はやめたがにらみあって威嚇しあう。昨日子が「やめ」と縁利を殴りかけて明日香が止めた。殴るのはダメだ。
「寝相。悪い。二人とも」
仏頂面のまま腕を組み、二人をにらみつける昨日子。さっきのにらみあいより数段鋭い眼光に縁利も栄蓮もひるむ。
「縁利。夜中。ベッドから落ちた」
「え。マジ?」
「栄蓮。縁利の上。二回。縁利苦しそう」
「え」
「戻した。下ろした」
二人をにらみつける目が妙に鋭いと思ったら思いっきり隈ができていた。ぐるるるる……と獣がうなるように喉を鳴らす。
「もうベッド譲らない」
「ご、ごめんなさい」「ごめんなさい……」
小さくなる二人。明日香が「昨日子も寝相悪いよね」といらないことを言ってにらまれ小さくなる人がもう一人増えた。
前を歩く喜邨君が一瞬立ち止まってぶつかりそうになった。何してるんだ急に。
「あ、悪い悪い。ちょっと考えちまって」
「何を?」
「もうすぐ帰れるんだなって」
うん、とうなずいて返す。そうだ。もうすぐ帰れる。みんなと一緒に学校行ったり遊んだりしていたところに帰れる。帰る手段なんてさっぱりわからなかったしもう帰れれないんじゃないかと思ったこともあるけど一応、帰り方は見えた。もちろんアンドロイドが残ってればとか交渉がうまくいけばとか条件は厳しいけれど。
「正直言っちまうとさ……あんま帰りたくねーな」
驚いて見上げると喜邨君は困ったように笑って首をかいた。
「ここに居るとさ、なんていうか……俺のできること結構あるんだ。曹押さえたりとかチビたち運んだりとか。俺じゃなくてもよかったと思うけど、俺がやることで他のやつが自分のことに集中できる。居てよかったなって思うことが多くて」
あんなに帰りたがっていた喜邨君の言葉と思えずじろじろ見つめてしまう。なんだよ、とにらまれてあわてて目をそらす。
「あっちだと兄貴がいるからさ。なんでも兄貴の方がうまいし強くて勝てねーの。できること全部とられちまうから退屈で。それこそ食うことぐれーしかねーの」
でも、と言いかけて口を閉じる。氏縞はもういない。曹は……あの状態で戻っても……。だけど僕は。僕は? どうしたいんだろう。
「あっ、帰るべきだってのはわかってんだ。クラスのやつらとか心配してるだろうしな。もしかしたら親や兄貴だって。その……ちょっと名残惜しいってえだけだ」
「うん。名残惜しいのは僕もだ」
僕は……帰らなきゃ。喜邨君が言う通りだ。みんなが待ってる。
「翔太」
冬人さんに呼ばれて振り返る。だから僕はショータじゃなくて修徒だって。何回間違えるのか……。
「冬人さん!」
思わず声をあげた。
ゲホ、ゴブ、と重たい咳が聞こえて足元に真っ赤な液体が飛び散り、冬人さんの体がつんのめるようにぐらりと傾いた。どさ、と横倒しに地面に倒れてうずくまる。びくびく震えながらもがき喉をおさえる。うえっと吐いたものは固形混じりで、何かつまらせたように苦しげに呻いた。口をおさえた手にべっっとりと血がついて、真っ白になった指の隙間から血があふれ土にしみこんでいく。
「冬人!」「冬人さんっ」
「あっ……ぐ……」
口からゴボリと血があふれ、血だまりがさらに広がる。ぶるりと体を震わせて背を丸め、口を大きく開けて喉をかきむしり、息をしようともがいてむせ、ぐぐぐ、と体をこわばらせ腹部をおさえこんで息ではなくまた血を吐いた。龐棐さんが駆け寄って背中をさするがおさまる様子はなく吐血を繰り返す。
「おい冬人! しっかりしろ、冬人!」「吐き出せ、気道を確保しろ」
呼びかけに返事はない。ガクガクと痙攣を起こし、吐く血の量が増えていく。
足がすくんで動かない。何だ。何なんだよこれ。赤い。何なんだ。どうして。怖い。
血だ。赤い。誰だっけ、冬人さんの姿が他の誰かと重なる。もっとずっと小さく幼い少年が血だまりに沈み咳き込んで──
「あ……」
ドクンと一回心音が大きく聞こえた。びちゃっ、と記憶の中の音が目の前の血に重なる。
誰かいる。兄さんの向こうに誰かいる。
「ぃいやだ……くるな……」
来るな。来るな。僕は関係ない。僕は知らない。僕は見てない。やだ。いやだ。
シュウ、と誰かが呼ぶ。いやだ、どうしたの、来るな、やめろ、いやだ来るな、来るな、来るな来るなくるなくるなくるな
視界がゆがむ。足下がゆがむ。ボコボコと地面から立体が起伏し誰かの手からもそれが生えてまた血がとんだ。誰かの悲鳴がわんわんと頭蓋に響く。別の叫び声、金属音、色んな音が次々に混じりあって視界と一緒にぐるぐるしはじめ、い
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ