ドン、と衝撃があって、世界は吹っ飛んだ。
『……デジコガアリマシタ。コノジコデフタリガ』
ざらざらと雑音の混じる声に、うっすら目を開けた。
『……ガじゅうたいです。警察ハ二人ノ身元ノ確認ヲ……』
見えたのは真っ白な視界。頭上で何かをカチャカチャといじる音がする。
『……ニ別ノ機体ガ衝突シタモノトミテ』
「それ、消して頂戴。病室でそんなニュース流さないで欲しいわ」
女の人の声。
「ラジオつけたのナカノさんじゃないですか」
カチッ。頭上の何かがはまって、視界をふさいでいた白布がなくなる。
まだ同じニュースの詳細を語っていたラジオはブチッとアナログな音を最後に静かになった。
「あ、斎田さん。気がつきました?」
左腕が痛むと思ったら包帯でぐるぐる巻きになっていた。頭が寝不足みたいにふらふらする。
真っ白な部屋だ。ベッドの横には点滴台が立っていて、そこから右腕にチューブが繋がっていた。……病院? 入院してるのか。何で入院してるんだっけ。
ベッドの左サイドには大窓があって、夕日に染まるビル群が眩しい光を反射していた。その間を点在する空中信号に従ってたくさんの飛空機がすり抜けていく。青信号がパ、パ、パ、と点滅して赤に変わり、直進していた飛空機が右左折を始める。
尻から背骨が凍り付いた。
「ミズ……!」
近くでモニタを操作していた看護師が袖を捕まれたままサッと距離をとる。ミズは、ミズは無事なのか。声が出ず口をパクパクさせて迫るタカに看護師はひきつった営業スマイルで手を振りほどき、「お水ですね、すぐ持って来ます」パタパタと院内靴を鳴らして出ていってしまった。違う、呼び止めようとベッドから降りようとして左足が反応せず、バランスを崩してベッドの横柵に思い切り頭をぶつけた。同時に出したはずの声はカラカラに枯れていて自分の耳にも届かなかった。
違う、ミズは、瑞希は無事なのか。今はいつだ。まだ今日なのか。キョースケはどこだ。痛む頭を抑えてベッドにもたれると反応しなかった左足の脛にも包帯が巻いてあった。銀包帯というやつで、前時代の白くて清潔感溢れるものではなく銀色のメタリックな見た目をしている。内表面に塗布された細胞修復ナノマシンが患部に入り込み創傷部を治療し指の切断すら数時間で元通りという代物で、最近ようやく一般病院でも扱える値段になった。麻酔がかかっているらしく痛みは無いが左足は脛ですっぱり切れているかもしれない。
戻ってきた看護師から受け取ったコップで水を飲み干し喉をうるおす。一息ついて、おそるおそる口を開いた。
「高下(こうげ)、瑞希(みずき)と、加賀(かが)恭介(きょうすけ)は……」
「……同乗の方は別室に入院されてますよ」
「会わせてください」
「ダメです」
看護師は目も合わせず即答して、閉めていたカーテンをザザっと開けた。六人部屋の、窓際一番奥の一床だったようだ。入って二床目はあいていたが後は誰かしらベッドの上にいた。……ということはさっきの慌てたやり取りも全部聞かれていたのだ。寝ている人はともかく中学生に凝視されていた。急に落ち着いて赤面した。目を覚ますなり騒いで看護師に迷惑をかけている患者。非常事態とはいえ年下に見つめられると恥ずかしい。
「おじさん、さっきのラジオの人?」
「誰がオジサンだ」
二十歳超えてそうも経ってないんだぞ。大人を誰でもオジサンオバサン呼ばわりすんな。
中学生はそれ以上話を突っ込むことなく退屈そうに壁にもたれた。
「ひま。何か面白いことやってよ」
中学生の右手にも銀包帯が巻かれている。訊けば学校で窓ガラスを殴って割ったらしい。その暇は自業自得だろうが。大人しく寝てろ。
病院業務はほとんどロボがこなす時代になって久しいと思っていたが近代機械技術はそこまで浸透していなかったようで、昨晩のドラマで見たような前時代の病院とさほど変わりない病室でロボではなく戻ってきた看護師が手元の端末を確認しながら眠っている他の患者の点滴を取り替えたり銀包帯の留め具をチェックしたり忙しそうに立ち働く。さっきの中学生は院内用娯楽端末の操作方法をきいていた。「仲野」と名札のついた方の看護師がふとインカムに耳を傾け、「ごめん呼ばれた。ちょっとよろしくね」と仲野じゃない方の看護師に言いおいて部屋を出て行った。仲野じゃない方の看護師は黙々と隣のベッドの患者の包帯を取り替えていた。
「看護師さん、他の二人はこの病院に居るんですよね」
「はい」
「顔見るだけでも……ダメですか」
一通りの作業を終えてワゴンに手をかけ、インカムに一言二言問い合わせる。少し何かを考えた後、看護師は大きくため息をついた。
カラカラと、車輪の音が廊下に響く。車椅子などという骨董品は初めて見たが一部の地方病院では未だ現役のようだ。他の病院は自走式が普通なんですけどという話からその他もろもろの設備が古いという話になり給料が安いという話になり駅前に新しくできた洋食店のパスタがおいしいという話になり、話のつながりは不明だったがその店の名はしっかり記憶しておく。今度ミズと行こう。
一階に着き、エレベーターを降りる。ちょうど話題が途切れて無言のまま廊下を進む。
「……要求されたのは、斎田さんですからね」
見上げた扉は他と違う金属製の両開きで、ドア横に患者のネームプレートは無かった。
車椅子が止まったのは、霊安室の前だった。