今回は、1990年代から2000年代にアジア、中南米、アフリカの多くの開発途上国で広まった、いわゆる自律的学校運営(School-based Management: SBM)についてお話ししたいと思います。SBMは、教育行政における権限・責任の学校レベルの組織(組織の名称は、学校運営委員会等、国によって様々です)への移譲と、学校レベルの組織を通じた学校運営を指します。学校レベルの組織のメンバー構成や、移譲される権限・責任は国によって様々で、教員の傭上等の権限まで付与する国もあれば、施設の維持管理等の補助的な権限付与にとどめる国もありました(Barrera-Osorio et al., 2009)。SBMは、1990年代から2000年代にかけ、インドネシア、ウガンダ、エルサルバドル、カンボジア、ガーナ、ガンビア、グアテマラ、ケニア、ニジェール、ネパール、ベナン、ホンジュラス、マダガスカル、メキシコ等、様々な地域の開発途上国に広がりました(Barrera-Osorio et al., 2009)。なぜ、そんなにSBMは広がったのでしょうか。まず、開発途上国におけるSBMの広がりの背景から概観してみましょう。
(1)開発途上国におけるSBMの広がりの背景
開発途上国におけるSBMの広がりの背景として、国際開発における貧困削減の重要性の高まりと、貧困削減のために開発途上国の行政が適切に機能していないという課題認識がありました。1990年にUNDPが人間開発(human development)の概念を提唱し、基礎教育や保健といった社会開発の側面を含め、開発援助において貧困削減の重要性が高まりました(OECD DAC, 1996)。開発途上国における貧困削減を進める上では、基礎教育や保健等を担う国や地方自治体の機関(学校や病院)が機能する必要があります。教育分野での端的な例としましては、小学校の先生は遅刻せずに学校に来て授業を行うのが当たり前ですが、1990年代の終わり頃から、調査を通じて開発途上国における小学校教員の欠勤率の高さが明らかにされてきました。貧困削減に向け、教員の欠勤の減少等、どのようにすれば学校を正常に機能させることができるのか、そういった問題認識がありました。
開発途上国における教員の欠勤問題にかかる著名な研究として、Chaudhury et al. (2006)があります。Chaudhury et al. (2006)は、2002年から2003年にかけ、インドネシア、インド、バングラデシュ、エクアドル、ペルー、ウガンダの6カ国における小学校の教員の欠勤率を調査したところ、平均欠勤率が19%という憂慮すべき事態が示されました。開発途上国における教員の欠勤はその後も問題視され、世界銀行はサブサハラアフリカ地域を中心にService Delivery Indicator(SDI)という調査を行ってきています。Bold et al. (2017)は、2010年から2013年のSDIのデータを用い、サブサハラアフリカ地域7カ国における教員の欠勤率が平均して23%であることを示しました。
(2) 開発途上国におけるSBMの広がりを支えた概念的基礎
SBMの広がりを支えた概念的基礎は、世界銀行による世界開発報告2004(World Bank, 2003)で示されています。世界銀行は同報告書の中で、初等教育における不就学、進級率の停滞、子どもの中退は、開発途上国の中でも特に貧困層において顕著にみられることを指摘し、教員の欠勤や指導技術の低さといった課題解決の方策として、貧困層を含む人々が学校による教育サービスの供給や質を監視し、問題があれば改善を学校に直接訴える枠組みの導入を提唱しました(World Bank, 2003)。
World Bank (2003)は、政策立案者(政府)・貧困層を含む人々(公的サービスの受益者)・学校を含む公的サービス提供機関という3者間の関係を想定します。提供されるサービスに問題のある場合、サービスの受益者が政府に改善を要求しても、政府が適切な措置をとらなければサービスは改善されません。では、サービスの受益者が直接サービス提供機関に改善要求を行えばよいのではないか。人々が中央政府を介してサービスの提供機関に改善を要求するよりも、人々がサービスの提供機関に改善を要求する方が直接的です。政策立案者(政府)・貧困層を含む人々(公的サービスの受益者)・学校を含む公的サービス提供機関という3者間の上記の関係は、アカウンタビリティ・フレームワークと呼ばれ、SBMの普及における概念的基礎となります。
World Bank (2003)に影響を与えた時代的背景として、1990年代から2000年代の全世界における地方分権化・分散化があると思われます。1990年代から2000年代にかけ、開発途上国のみならず、日本を含む先進国でも、地方分権化・分散化が推進されました(Faguet, 2014)。中央政府から地方政府に権限を移譲することにより、中央政府よりも人々に近い地方政府によって質の高い行政サービスが効率的に提供されうると想定されました(Bardhan, 2002)。当時の地方分権化・分散化の国際的展開は、アカウンタビリティ・フレームワークの提唱やSBMの広がりを促したものと思われます。
(3) 開発途上国におけるSBMの広がりを促した事例と実証研究
次に、Edward (2015)をもとに開発途上国におけるSBMの広がりを促した事例であるエルサルバドルにおけるEDUCOを概観し、EDUCOにかかる実証研究の代表例についてJimenez and Sawada (1999)を見てみましょう。エルサルバドルにおけるEDUCOは、”Programa de Educación con Participación de la Comunidad”の略称です(Ministry of Education in El Salvador, 2014)。エルサルバドルは1980年代から90年代初めにかけて左翼ゲリラと政府との内戦下にあり、1990年に地方部では初等教育学齢期の少なくとも37%の子どもが不就学の状態にありました。内戦後の教育開発のため、UNESCOのコンサルタントは、現地調査の結果、コミュニティがボランティア教員を傭上して運営する学校制度の導入を教育省に提言しました。
EDUCOの本格導入に先立ち、1990年から1991年にかけてUNICEFの支援によりパイロット事業が実施されました。エルサルバドル教育省は、パイロット事業の良好な結果をうけ、世界銀行の支援のもとEDUCOの制度化・普及を行いました。EDUCOの学校においては、5名の保護者代表がコミュニティ教育委員会(Asociaciones Comunales para la Educación: ACE)を組織し、教育省から同委員会に配布される交付金を用い、教員の傭上・給与支払いを行います。また、コミュニティ教育委員会は、教育省からの交付金を用い、教材の購入等も行うこととされました。
1996年10月にエルサルバドル教育省が世界銀行及びUSAIDの支援をうけて実施された調査データを用い、Jimenez and Sawada (1999)はEDUCOの教育開発への効果を推定しました。エルサルバドル教育省による調査は、EDUCOの学校に通っている子どもと、従来の学校に通っている子どもを対象としたものでした。EDUCOの学校に通う子どもと、従来の学校に通う子どもの教育指標(例えば、学習成果)を比較しても、学校選択と子どもの教育指標の両方に影響を与えうる要因をコントロールできなければ、EDUCOの教育指標への効果を正しく推定できません。そこで、Jimenez and Sawada (1999)は、Heckmanの二段階推定と呼ばれる手法を用いました。Heckmanの二段階推定を説明するためには、数式を用いる必要がありますので、ここではその手法の仕組みやその手法の前提については割愛いたします。Jimenez and Sawada (1999)は、EDUCOにより子どもの言語の学習成果が向上し、子どもの欠席率が減少したと主張しました。
国際開発目標である貧困削減を図る上での課題として社会サービスの機能不全があり、教育を含む社会サービスの機能不全の解消を図るための概念枠組みとしてアカウンタビリティ・フレームワークが構想されました。その構想を概念的基礎としてSBMは、その有効性をサポートする事例と実証研究が重なる形で、1990年代から2000年代にかけて急速に開発途上国において広がっていったものと考えられます。
(4) 開発途上国におけるSBMの広がりのその後
世界銀行が2003年に世界開発報告を発表してから約20年が経ち、現在の国際教育開発においてSBMという言葉が聞かれることは以前よりも随分少なくなりました。SBMへの国際的関心が以前よりも薄れた背景として、多くの国で地方分権化・分散化が進み、SBM(前述のとおり学校レベルの組織に移譲された権限・責任の程度は様々でしたが)が導入されたことが考えられますが、より大きな理由として教育開発目標の重点のシフトと、SBMにかかる実証研究の進展が挙げられるでしょう。
2000年代にサブサハラアフリカ地域を含め、開発途上国では初等教育へのアクセスが拡大しましたが、多くの子どもが十分に学べていないという学習面の課題が2010年代に入ってフォーカスされるようになりました(UNESCO, 2014)。2000年のミレニアム開発目標(MDGs)を継承しつつ発展させる形で、2015年に示された持続可能な開発目標(SDGs)はその流れを表しています(もちろん、不就学の子どもの減少は依然として国際的課題であることは言うまでもありません)。
2010年代にはSBMをめぐる実証研究にも変化がみられます。Hanushek (2013)は、SBMと子どもの学習の関係についてPISAのデータを用いて分析し、開発途上国において学校への権限移譲は子どもの学習にネガティブに作用すると主張しました。また、ランダム化比較試験を通じ、保護者や地域住民の教育水準の高い地域では学校への権限移譲は子どもの学習に効果があるものの、教育水準の低い地域では効果が小さいという結果が示されました(Beasley and Huillery, 2017; Blimpo et al., 2015; Carr-Hill et al., 2018)。2010年代半ばには様々なランダム化比較試験の結果を総括したシステマティックレビューが国際教育開発においても行われるようになり、Snisltveil et al. (2016)は、SBMの子どもの学習面への効果は小さいと論じています。
先に述べたとおり、SBMの広がりはWorld Bank (2003)の示したアカウンタビリティ・フレームワークを概念的基礎としていました。では、アカウンタビリティ・フレームワークという発想そのものへの国際的関心は以前よりも薄れたのでしょうか。世界銀行により発行されたMaking Schools Workという書籍(Bruns et al., 2011)では、アカウンタビリティ・フレームワークの発想のもと、SBMの他、子ども達の学習成果等の情報を保護者や地域住民に伝達することにより教育改善を図る戦略(Information for Accountability)、教員制度改革(契約教員や業績給与制度の導入)の戦略が提示されました。現在も、”Information for Accountability”の戦略や、教員制度改革の戦略に基づく取組みや実証研究はなされており、引き続きアカウンタビリティ・フレームワークは国際教育開発に影響をもたらしていると思われます。
開発途上国におけるSBM導入とその結果については様々な議論がありえますが、SBMが概念的基礎、事例及び実証研究をもとに急速に普及した後、国際教育開発と実証研究の進展を受けてSBMへの関心が低下したという流れは、国際教育開発の潮流の中で仕事をする上で様々な示唆に富むのではないでしょうか。本日お話しましたSBMの事例は、時代の流行による先入観にとらわれず、自ら現場を見て、現場のニーズに耳を傾けて本質をとらえ、取組みを考えることの重要性を示唆しているように私には感じられます。
参考文献
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