貧困は、子どもの就学を阻む主な要因の一つです(UNESCO and UNICEF 2015)。1990年代半ば、貧困家庭に対し、子どもを就学させることを条件として現金給付を給付するプログラムがメキシコにおいて実施されました(条件付現金給付プログラムと呼ばれます)。メキシコにおける条件付現金給付プログラムによる子どもの就学への効果がインパクト評価により実証されたことをうけ、同プログラムは多くの開発途上国に導入されていきました(Fiszbein et al. 2009)。現金給付による短期的効果は、これまでの実証研究で明らかにされてきましたが(Snilstveit 2016)、中長期的にどのような効果が子どもに対してあるのでしょうか。今回は、マラウィにおいて、現金給付を2008年から2009年にかけて実施し、給付終了から2年後の2012年に調査を行ったBaird et al.(2019)をご紹介したいと思います。
Baird et al.(2019)は、マラウィ南部のゾンバ市に住む13~22歳(2007年時点)の未婚の女性のいる家庭を調査の対象としました。マラウィでは国勢調査のためEnumeration area(EA)と呼ばれる調査員1名が担当する地域範囲が定められていましたが、Baird et al.(2019)では、ゾンバ市の550EAをゾンバ市、ゾンバ市近郊、地方部に区分し、合計176EAが無作為に抽出されました。13~22歳(2007年時点)の未婚女性のいる家庭は、①ベースライン調査時に就学していなかった女性の家庭と、②ベースライン調査時に就学していた女性の家庭に分けられました。(前者については全ての家庭を調査対象とし、後者については調査対象の家庭が無作為に抽出されました。)
Baird et al.(2019)は、176EAのうち88EAを介入群、その他の88EAを対照群に無作為に割り当てました。介入の内容は、①ベースライン調査時に就学していなかった女性の家庭と、②ベースライン調査時に就学していた女性の家庭とで異なりました。上記①の女性の家庭に対しては、女性の就学を条件とした現金給付が行われました。他方で、上記の②については、現金給付を条件を付して行うEA、条件を付さずに現金給付を行うEA、現金給付を行わないEAが無作為に割り当てられました。Baird et al.(2019)において、介入群と対照群の割当は下図のとおり表されています。
介入群における現金給付は、各家庭の世帯主と女性に対し、それぞれ分けて行われました。世帯主に給付される現金の額は、EA単位で4~10米ドルの範囲から無作為に定められました。また、女性に給付される現金の額は、1~5米ドルの範囲から無作為に定められました。
条件を付さずに現金給付が行われるグループでは、毎月、女性が所定の場所に行くことで現金の給付が行われたのに対し、条件を付して現金給付が行われるグループでは学校の出席率が確認され、出席率が8割に満たない場合には給付が中断されました(出席率が8割以上になれば給付が再開されました)。介入群における現金給付は、2008年2月に開始され、2009年末まで行われました。
現金給付プログラムの終了から2年後、現金給付の中長期的効果は見られたのでしょうか。分析結果を見てみましょう。①ベースライン調査時に就学していなかった女性と、②ベースライン調査時に就学していた女性は、家庭の貧困度や平均年齢等が大きく異なりましたので、Baird et al.(2019)は、上記①と②を分けてそれぞれに関し、分析を行いました。
まず、ベースライン調査時に就学していなかった女性に関し、介入効果を分析したところ、現金給付プログラムの終了から2年後、介入群において結婚している女性の割合が10.7%ポイント低く、妊娠したことのある女性の割合が4%ポイント低いことが分かりました。また、女性の出産した子どもの人数については、介入群が対照群に比べて平均して0.147人少ないことが分かりました。ベースライン調査時に就学していなかった女性に関し、条件付現金給付は、婚姻年齢や出産年齢に影響を与えていました。
また、調査では、仕事で求められるコンピテンシー(肥料に書かれた説明文を読んで理解できるか、市場における購買でおつりを正しく計算できるか、携帯電話でメッセージを送信できるか、また携帯電話の計算機機能を利用できるか、ある設定のもとでビジネスの利益を計算できるか等)のテストが行われました。仕事におけるコンピテンシーの面での介入効果の値は正ではありましたが、統計的に有意ではありませんでした。
続いて、ベースライン調査時に就学していた女性に関し、介入効果を分析したところ、現金給付プログラムの終了から2年後、条件を付した現金給付、条件を付さない現金給付のいずれにおいても、結婚した女性の割合や妊娠したことのある女性の割合に関し、介入群と対照群の間に相違は見られませんでした。(なお、条件を付さない現金給付を受けていた女性については、現金給付プログラムの実施期間中には、結婚している女性の割合や妊娠したことのある女性の割合が対照群よりも低かったのですが、プログラム修了後に結婚・妊娠が増加し、プログラム修了から2年後には、それらの割合にかかる対照群との相違は見られなくなりました。)また、現金給付プログラムの終了から2年後、条件を付した現金給付、条件を付さない現金給付のいずれにおいても、仕事で求められるコンピテンシーについても統計的に有意な相違は見られませんでした。
では、現金給付を受けた女性の子どもに対し、現金給付はどのような影響を与えたのでしょうか。現金給付を受けることで、女性の結婚や妊娠のタイミングは変化しますので、介入群と対照群間の単なる比較では、現金給付を受けた女性の子どもに対する介入効果を推定することはできません。詳細な分析や結果については、紙幅の関係で本記事からは割愛しますが、Baird et al.(2019)は、①現金給付プログラム期間中、②プログラム終了から10カ月間、③その後に区分し、それぞれの期間に生まれた子どもの身長年齢比(height for age)を比較しました。
ベースライン調査時に就学していた女性に関し、条件を付さない現金給付を受けた場合には、現金給付プログラム期間中に生まれた子どもについて対照群よりも身長年齢比が高くなる傾向が見られましたが、現金給付プログラム修了後に生まれた子どもについては相違が見られなくなりました(下図)。条件を付さない現金給付では、仮に妊娠したとしても現金を受けることができましたので、その現金が女性や女性の出産した子どもの食事等にあてられたであろうと考えられます。
他方で、ベースライン調査時に就学していた女性に関し、条件を付した現金給付が行われた場合には、プログラム修了後に生まれた子どもについて、下図のとおり対照群よりも身長年齢比が高くなる傾向が見られました。女性が妊娠しますと学校に通い続けることが難しくなりますので、現金給付を受けることができなくなります。また、学校で教育をより長く受けることにより、女性自身の健康や子どものケアに必要な知識を得ることができると考えられますが、それらの点と下図の結果は整合的です。
今回は、現金給付の中長期的効果にかかる分析を行ったBaird et al.(2019)をご紹介しました。教育面の支援を受けた女性や、その子どもに対する中長期的効果は、教育開発の意義に大きく関わるものですが、まだ先行研究は多くありませんので、本研究をもとにしながら、今後も様々な実証分析が行われていくと思われます。
参考文献
Baird, Sarah, Craig McIntosh, and Berk Ozler. 2019. “When the money runs out: Do cash transfers have sustained effects on human capital accumulation?” Journal of Development Economics, 140: 169–185.
https://doi.org/10.1016/j.jdeveco.2019.04.004
Snilstveit, Birte, Jennifer Stevenson, Radhika Menon, Daniel Phillips, Emma Gallagher, Maisie Geleen, Hannah Jobse, Tanja Schmidt and Emmanuel Jimenez. 2016. The Impact of education programmes on learning and school participation in low- and middle- income countries. London: International Initiative for Impact Evaluation.
https://www.3ieimpact.org/evidence-hub/publications/systematic-review-summaries/impact-education-programmes-learning-school-participation-low-and-middle-income-countries
UNESCO and UNICEF. 2015. Fixing the Broken Promise of Education for All. UNESCO.
http://uis.unesco.org/sites/default/files/documents/fixing-broken-promise-efa-findings-global-initiative-oosc-education-2015-en.pdf