第2回「開発途上国における自律的学校運営(SBM)の広がり」でふれましたとおり、1990年代から2000年代にかけて、多くの開発途上国で学校運営委員会等の学校運営組織が導入され、保護者の学校運営への参画を意図した取組みが進められました。保護者の学校運営への参画を図る上で、学校に関連する情報の保護者への提供は基礎となります。学校に関連した情報をとりまとめたスクールレポートカードの活用等についての実証研究が行われてきましたが、媒体の形式はさておき、情報をどのような方法で保護者に伝達することが、保護者の学校にかかる知識を向上させ、学校運営への参画に向けて行動変容を促しうるのでしょうか。
今回は、保護者へのSMSの送付による情報伝達や、集会を通じた情報伝達等の異なる情報伝達の方法の効果について、インドネシアにおけるランダム化比較試験(RCT)により検証した、Cerdan-Infantes et al.(2022)をご紹介したいと思います。Cerdan-Infantes et al.(2022)で取り上げられる情報は、学校交付金にかかる情報です。
インドネシアでは、学校運営のための費用として全国の小学校に学校交付金を配布する、学校活動支援プログラム(BOSプログラム)が2005年から行われています。Cerdan-Infantes et al.(2022)におけるRCTの行われた頃の2012年の時点で、インドネシアでは約228,000校を対象とし、政府支出の約8.1%に相当する計23.5兆ルピア(約2000億円)がBOSプログラムにあてられていました。
BOSプログラムによる学校交付金が学校で活用される上で、その透明性やアカウンタビリティを高めるため、学校委員会(school committee)が、学校交付金の執行にかかる諮問(advisory)・監査(oversight)の役割を担うこととされました。学校委員会は、保護者や地域住民、学校・教育関係者等の最低9名の委員から構成されることとされ、委員長や委員は定められた手続にそって選挙により選ばれることとされました。
インドネシアでは学校委員会の制度は導入されたものの、学校委員会や保護者による学校運営への参画は低調でした。2010-2011学校年度に行われた全国調査において、調査対象校のうち約3分の2では、学校における意思決定の過程に学校委員会や保護者が参画していないことが明らかとなりました。また、調査対象の保護者のうち、学校委員会の存在を知っていた割合は半数にとどまりました。さらに、選挙により委員の選出されていた学校委員の割合は調査対象校の25%以下でした(委員長については15%以下でした)。前述のとおり、学校委員会には学校交付金の使途を含む学校の活動計画策定への関与が制度上、求められていましたが、実質的には関与が得られていませんでした。
上記の背景から、BOSプログラムにかかる保護者や住民の認知を高めるため、インドネシア教育省は世界銀行の支援をうけ、国レベル、ディストリクト・レベルでのキャンペーンを企画しました。例えば、国レベルの啓発としてテレビにおける広報や印刷物の配布、ディストリクト・レベルの啓発としてローカルメディアを通じて広報やイベントの開催が行われました。
Cerdan-Infantes et al.(2022)は、国レベル・ディストリクト・レベルのキャンペーンのもと、さらにBOSプログラムにかかる保護者等の認知や理解を高めるため、学校レベルの介入として以下の3種類を試行しました(それぞれの方法で伝達された情報は同じでした)。
① 児童を通じての保護者へのレターの送付、
あるいは手帳(colorful pocket book)による保護者への情報伝達
② 保護者へのSMSの送付による情報伝達
③ 集会(facilitated meeting)における情報伝達
上記のうち、①については、校長により署名されたレター(1通)、または手帳(colorful pocket book)が児童を通じて保護者に送付されました。また、②については、保護者(児童1名あたり1名、主に世帯主)に対し、計8件のSMSが送付されました(SMSは、1件あたり2回送信されました)。各SMSは、BOSプログラムにかかる異なるトピックについてのものでした。③については、集会の開催について全ての保護者に事前に連絡・案内が行われ、コミュニティの長によるファシリテーションのもと参加者とのやりとりを通じて情報伝達が行われました。集会は1回、長さは平均して3時間でした(平均して約8割の保護者が参加しました)。
Cerdan-Infantes et al.(2022)は、インドネシア国内のうち、ある程度の学校数を有し、RCTの実施に賛同する3ディストリクト(Tulungagung、Malang、Sumbawa)を対象地域として選び、各ディストリクトにて上記3種類の介入をそれぞれ試行しました。(Tulungagungでは上記①の介入、Malangでは上記②の介入、Sumbawaでは上記③の介入が行われました。)従って、Cerdan-Infantes et al.(2022)は、同じ目的のもとで、3件のRCTを並行して異なるディストリクトで実施した形となります。また、前述のとおり、インドネシアでは国レベルの啓発としてテレビにおける広報や印刷物の配布、ディストリクト・レベルの啓発としてローカルメディアを通じて広報やイベントの開催が行われましたので、RCTで検証された学校レベルの介入効果は、国レベルやディストリクトレベルの介入との相乗効果を示します。
国レベルのキャンペーンについてモニタリング調査(以下、「モニタリング調査」といいます。)が計9州19ディストリクトの保護者を対象として行われましたが、Cerdan-Infantes et al.(2022)は、学校レベルにおける介入の前後で行われたモニタリング調査で収集されたデータを用いて、学校レベルの介入についての効果分析を行いました。そのため、Cerdan-Infantes et al.(2022)におけるRCTの対象校は、モニタリング調査の対象校の中から選ばれています。
Tulungagungにおける81校は、子どもを通じて保護者にレターを送付する介入群①(27校)、手帳を通じて保護者に情報伝達が行われる介入群②(27校)、対照群(27校)に無作為に分けられました。Malangにおける26校では、1校あたり20名の保護者を無作為に選び、その半数を介入群、他の半数を対照群とし、介入群にはSMSの送付が行われました。Sumbawaにおける41校は、その半数が介入群(21校)、他の半数が対照群(20校)とされ、集会における情報伝達が行われました。
介入前のモニタリング調査(以下、「ベースライン調査」といいます。)では、第2~6学年の児童について各学年1名を無作為に抽出し、調査チームがその児童の家庭を訪問して保護者にインタビューを行いました。また、介入後に行われたモニタリング調査(以下、「エンドライン調査」といいます。)では、調査対象の保護者の人数を、Tulungagungにて1校あたり10名(第2~6学年の児童について各学年2名)、Malangにて1校あたり20名、Sumbawaにて1校あたり12名(第2~6学年の児童のうち各学年2名)に増やされました。(なお、各回のモニタリング調査では、異なる保護者が対象とされました。)
続いて、ベースライン・エンドライン調査において、BOSプログラムにかかる保護者等の認知や理解がどのように調査されたかを見てみましょう。調査では、①BOSプログラムの一般知識、②児童の通う学校におけるBOSプログラムの実施状況、③学校運営への参加という3テーマにかかる質問(いずれもYesまたはNoで答えるもの)が保護者に対して行われました。
各テーマの質問を見てみましょう。①BOSプログラムの一般知識については、BOSという言葉を聞いたことがあるか、BOSは何の略か知っているか、BOSプログラムで配布される交付金の額を知っているか、交付金の一般的使途(何に用いることができないか)にかかる質問が行われました。②保護者の児童の通う学校におけるBOSプログラムの実施状況については、学校委員会の役割、BOSプログラムの計画策定や報告のプロセス、BOSプログラムにおける学校交付金の使途、学校交付金の使途にかかる情報を学校の掲示板で見たことがあるかが問われました。③学校運営への参加については、保護者が学校を訪問する回数、BOSプログラムの実施過程の透明性にかかる認識、校長・学校委員会・教員へのフィードバックやコミュニケーションの頻度、BOSプログラムの計画過程への参画、学校や学校委員会への貢献(金銭・資材・労働)にかかる質問が提示されました。
では、上記3テーマそれぞれに関し、Tulungagung、Malang、Sumbawa におけるRCTの結果を見てみましょう。まず、①BOSプログラムの一般知識にかかる5つの全ての質問に対し、Yesと答えた保護者の割合は、集会を通じた情報伝達の介入により増加しました。例えば、BOSプログラムにより配布される学校交付金の金額や、交付金の一般的使途(何に用いることができないか)を知っていると答えた保護者は、集会を通じた情報伝達により20%増加しました。SMSの送付による情報伝達については、やや介入効果が見られましたが、集会を通じた情報伝達ほどの効果は見られませんでした(学校交付金の額を知っていると答えた保護者はSMSを通じた情報伝達により3.5%増加しました)。他方で、子どもを通じての保護者へのレターの送付、あるいは手帳による保護者への情報伝達による介入効果は見られませんでした。
レターや手帳による情報伝達で効果が見られなかったのは、そもそもレターが保護者に届かなかったためでしょうか。児童を通じてレターの送付を受けたはずの保護者の約4分の1、手帳を通じて情報伝達を受けたはずの保護者の5分の1は、レターや手帳における記載を見た覚えがないと回答しました。集会を通じた情報伝達の行われたグループの保護者も、その4分の1が集会に参加したと回答していませんので、上記の結果の相違はレターや手帳を見ていない、あるいは集会に参加していない割合の差によるものではなく、情報伝達の方法の相違によるものと思われます。
SMSの送付による情報伝達のグループについては、SMSの送付を受けたはずの保護者のうち、SMSを受信したことを覚えていると回答した保護者の割合は約3割にとどまりました。(この理由は、データから明らかではありませんが、SMSが送付された人と異なる保護者が調査に回答した、何らかの技術的要因によりSMSが届かなかった、送信者の覚えがないのでSMSを開封せずに削除した、といったような理由が考えられます。)
続いて、②保護者の児童の通う学校におけるBOSプログラムの実施状況についても、集会を通じた情報伝達の正の効果が見られました。集会を通じた情報伝達は、①BOSプログラムの一般知識の向上にとどまらず、②児童の通う学校におけるBOSプログラムの実施状況に関し、保護者の理解の向上を図りました。
特に、SMSの送付による情報伝達に比べ、効果の大きさに違いが見られたのは、学校交付金の使途にかかる情報を学校の掲示板で見たことがあるか、という質問項目でした(集会を通じた情報伝達により15.8%増加)。この理由として、集会を通じた情報伝達では、保護者が学校に来ることで掲示板を目にしたことが挙げられます。(保護者が学校に訪れることを学校が予期することで、学校が規定にそって学校交付金の使途を掲示板にて報告したことも理由として考えられます。)
では、③学校運営への参加について、保護者の行動変容は見られたのでしょうか。集会を通じた情報伝達は、保護者が学校を訪問する回数、BOSプログラムの実施過程の透明性にかかる認識を向上させましたが、BOSプログラムの計画過程への参画、学校や学校委員会への貢献(金銭・資材・労働)の増加にはつながりませんでした。集会を通じた情報伝達は、学校交付金にかかる知識の向上を図りましたが、行動変容はもたらされませんでした。この結果は、情報伝達のみならず、行動変容を図る具体的な方策を組み合わせる必要があることを示しています。
今回は、保護者への情報伝達の方法についてRCTにより検証したCerdan-Infantes et al.(2022)をご紹介しました。Cerdan-Infantes et al.(2022)は、Tulungagung、Malang、Sumbawaのそれぞれで異なる方法を取り上げたRCTを行いましたので、方法間の効果量を単純に比較することはできませんが、全体を通じて、集会を開催して参加者とのやりとりを通じて情報を伝達することの効果が確認されました。第2回「開発途上国における自律的学校運営(SBM)の広がり」でふれましたとおり、教育開発におけるSBMへの国際的関心が以前よりも低下した中で、過去に実施されたSBMに関連したRCTへの関心もやや薄れているように感じられますが、引き続き今後の取組みに有益な知見はあると思われます。
参考文献
Cerdan-infantes, Pedro, Deon Filmer, and Santoso. 2022. “Information, Knowledge, and Behavior: Evaluating Alternative Methods of Delivering School Information to Parents.” Economic Development and Cultural Change, 70 (2).
https://doi.org/10.1086/712490