前回は、Duflo et al.(2015)をもとにケニアにおける契約教員プログラムの試行結果を概観しました。Duflo et al.(2015)における介入群には、2種類ありましたね。1つ目は、低学年担当の契約教員を1名傭上するための資金配布のみを行うグループ(「CTグループ」と呼びました)。2つ目は、低学年担当の契約教員を1名傭上のための資金配布と学校運営委員会に対する研修の両方を実施する介入群のグループでした(「CT+SBMグループ」と呼びました)。
CTグループでは、契約教員を追加配置することにより、介入群の小学校低学年の1クラスあたりの生徒数が減少しました。同グループにおける同じ学年に関し、契約教員の担当した子どもの学習成果(読み書き・算数)の向上が図られた一方、正規教員の担当した子どもの学習成果への効果がみられませんでした。(この背景として、CTグループにおける正規教員の中には、追加配置された契約教員に自身の担当クラスをまかせていた者がいたことありました。)また、CT+SBMグループにおいても、CTグループと同様、契約教員の追加配置により子どもの学習成果への効果が見られました。
では、Duflo et al.(2015)の結果は、スケールアップにおいても同様に発現するのでしょうか。契約教員プログラムのスケールアップにかかる実証研究として、Bold et al.(2018)を見てみましょう。
ケニア政府は、新規の教員採用を財政上の理由から凍結していた一方、2003年に初等教育の無償化を図りましたので、前回触れましたとおり教員1人あたりの児童数が大幅に増加しました。ケニア教育省の試算では、1教員あたりの児童数を40名とするために初等教育段階で不足している教員数は2万人と見積もられました。ケニア教育省は、教員不足に対応するため、2009年に契約教員の配置のための資金を学校運営委員会に配布することを発表します。
Bold et al.(2018)は当初、ケニア教育省による契約教員プログラムの試行フェーズに対するランダム化比較試験として開始されました。Bold et al.(2018)では、調査対象校として、ケニア全8州の各州において24校、計192校(全て公立小学校)が無作為抽出されました。調査対象校192校のうち、64校はNGOにより契約教員プログラムを実施(「NGO介入グループ」と呼びます)、他64校は政府により契約教員プログラムを実施(「政府介入グループ」と呼びます)、他64校は対照群とされました。Duflo et al.(2015)では、ケニア西部州を対象としていましたが、Bold et al.(2018)はケニア全州を対象としました。また、Duflo et al.(2015)における介入はNGOのみによる実施でしたが、Bold et al.(2018)における介入はNGO、政府による実施とされました。Bold et al.(2018)は、Duflo et al.(2015)よりも政府によるスケールアップを想定した試行であったと言えるでしょう。
Bold et al.(2018)の介入における、契約教員の配置は2010年6月から2011年10月まで行われましたが、契約教員の配置が2010年6月に開始されて間もなく、2010年10月にケニア教育省は全国で1万8千人の契約教員の傭上を行いました。(それら教員はケニア教育省による当初計画と異なり、学校運営委員会への資金配布を通じた傭上ではなく、ケニア教育省が直接傭上する形となりました。)Bold et al.(2018)におけるランダム化比較試験は当初試行フェーズとして開始されましたが、ケニア教育省の計画変更により、はからずもスケールアップ段階における実験となったのです。
続いて、Bold et al.(2018)におけるランダム化比較試験の内容について、より詳しく見てみましょう。Bold et al.(2018)における調査は、2009年7月、調査対象校における初等1・2年生に対し、ベースライン調査が実施されました。続いて、2011年10月に初等3・4年生に対し、エンドライン調査が実施されました。(2009年7月の初等1・2年生は、2011年10月に初等3・4年生になっています。)それぞれの調査において、読み書き(英語)と算数のアセスメントが実施されました。
Bold et al.(2018)における介入群2グループ(NGOグループと政府グループ)は、さらに、契約教員の月給の金額(低月給または高月給)、人選・給与支払手続主体(SMC、NGO本部あるいは政府)、学校運営委員会に対する研修の有無という3点により、図1のように16の小グループに区分されました。介入効果の分析は、NGOグループと政府グループを主としながら、上記の3点の介入内容の相違により、介入効果がどのように異なるかの分析が行われます。
介入後、NGOグループでは86%の学校において、また政府グループでは88%の学校において契約教員の傭上が行われました。また、契約教員プログラムの実施期間であった17カ月のうち、NGOグループでは平均13カ月間、政府グループでは平均11.6カ月間、契約教員の配置が行われました。(契約教員プログラムの実施期間であった17カ月のうち、NGOグループは政府グループよりも平均して12%長く契約教員を配置していました。)
また、契約教員の人選・給与支払主体がSMCであるグループ(図1におけるN-1-1、N-1-3、N-2-1、N-2-3、G-1-1、G-1-3、G-2-1、G-2-3)は、契約教員の人選・給与支払主体がSMC以外のグループ(図1におけるN-1-2、N-1-4、N-2-2、N-2-4、G-1-2、G-1-4、G-2-2、G-2-4)よりも14%長く契約教員を配置していました。給与額別でみますと、契約教員を傭上した学校の割合は、低月給グループよりも高月給グループにおいて13.9%多い結果となりました。
介入により1クラスあたりの児童数は減少したのでしょうか。Duflo et al.(2015)と異なり、Bold et al.(2018)においては、介入により調査対象の学年における1クラスあたりの児童数は大きく変化しませんでした(介入群では平均60.7名に対し、対照群では平均69.5名であり、それらのグループ間の差は統計的に有意ではありませんでした)。介入群において調査対象の学年を担当していた正規教員は、契約教員と同じ学年を担当するのではなく、他の学年の担当となったことを示唆しています。契約教員の追加配置は、1クラスあたりの児童数の減少と、有期契約による教員の行動変容(欠勤の減少等)を通じ、子どもの学習成果向上を図ろうとしましたが、Bold et al.(2018)においては後者の効果を検証する形となったと言えます。
次に、児童の学習成果に対する平均介入効果を見てみましょう。NGOグループでは介入により対照群に比べて子どもの学習成果(読み書き)が平均して0.2標準偏差向上したのに対し、政府グループでは子どもの学習成果に対する介入効果が見られませんでした。(算数については、NGOグループにおける介入効果の推定値はプラスでしたが統計的に有意ではなく、政府グループにおける介入効果はNGOグループの介入効果よりも小さく統計的に有意ではありませんでした。)
前述のとおり介入群の2グループは、さらに3種類の介入により細分化されていました。NGOグループにおいては、特に「高月給+人選・給与支払主体をSMCとする+SMCに対する研修有のグループ」(図1におけるN-1-2)において高い介入効果が見られました。他方で、政府グループにおいては、「高月給+人選・給与支払主体を政府とする+SMCに対する研修有のグループ」(図1におけるG-2-2)においてのみ統計的に有意な介入効果が見られました。
なぜ、政府グループでは契約教員プログラムによる平均介入効果が見られなかったのでしょうか。
まず、前述のとおりNGOグループの方が政府グループよりも契約教員の配置期間は長かったのですが、契約教員の配置期間の影響を加味して介入効果を再度推定しても、政府グループに対する平均介入効果は見られない結果となりました。続いて、Bold et al.(2018)は以下の3つの要因について考察します。
第一に、NGOグループと政府グループで契約教員の傭上方法に相違はありませんでしたが、人選・契約を行う主体がNGOと政府で異なることにより、異なる属性(年齢・性別・学歴)の契約教員が傭上されるかもしれません。Bold et al.(2018)は、NGOグループと政府グループの間で配置された契約教員の属性の相違を比較したところ、性別・学歴の面で相違は見られましたが(政府グループにおいて女性の契約教員が多く、学歴が高い)、それらの相違と子どもの学習成果の相関は見られませんでした。
第二に、NGOグループよりも、政府グループにおいて、調査対象校の正規教員や学校運営委員会の縁故関係により契約教員が傭上されるかもしれません。政府グループで傭上された契約教員の3分の2が、調査対象校の正規教員や学校運営委員会の近縁あるいは友人関係にありました。他方で、NGOグループで傭上された契約教員の3分の1が、調査対象校の正規教員や学校運営委員会の近縁あるいは友人関係にありました。正規教員や学校運営委員会の近縁あるいは友人関係にある契約教員の割合が、NGOグループよりも政府グループにおいて高いことは、後者において契約教員の縁故採用が行われた可能性を示唆しています。しかしながら、正規教員や学校運営委員会の近縁あるいは友人関係にあることと子どもの学習成果との相関は見られませんでした。
前述のとおり、Bold et al.(2018)におけるランダム化比較試験は、ケニア教育省による契約教員プログラムのスケールアップの過程で行われることとなりました。また、前回触れましたとおり、ケニア教育省により18,000人の契約教員が傭上された後、正規教員の組合は同一労働・同一賃金をもとに契約教員の待遇にかかる訴訟を起こし、政府と組合との協議の結果、ケニア教育省により傭上された契約教員は2011年9月に正規教員に移行しました。Bold et al.(2018)のランダム化比較試験において傭上された契約教員については、上記の交渉の対象ではありませんでしたが、ケニア教育省により傭上された契約教員が正規教員に移行することは、Bold et al.(2018)の実験における政府グループの契約教員の行動に影響を及ぼした可能性があります。
Bold et al.(2018)の実験において、「組合は自身の利益を代表している」と考える契約教員は、NGOグループよりも政府グループにおいて高く、そのように考える契約教員の担当した子どもの学習成果の伸びは低い傾向が見られました(「組合は自身の利益を代表している」と契約教員が考えることと、その契約教員の担当した子どもの学習成果の伸びは統計的に有意に負に相関)。また、労働組合と接触することにより、NGOグループよりも多くの政府グループの契約教員が「組合は自身の利益を代表している」と考えるようになりました。これらのことは、契約教員の待遇にかかる正規教員の組合による訴訟が、Bold et al.(2018)における政府グループの契約教員の行動や、その契約教員の担当した生徒の学習に影響を与えたことを示唆しています。
Bold et al.(2018)におけるランダム化比較試験は当初、ケニア教育省による契約教員プログラムの試行段階を対象としていましたが、ケニア教育省の方針変更により、実験のコンテキストが大きく変わり、契約教員プログラムのスケールアップの環境下での実験となりました。そして、実験は、正規教員の組合による契約教員の待遇にかかる訴訟の影響を受ける形となりました。基礎教育分野における教育開発援助では、スケールアップを目的として様々なパイロット事業が実施されます。介入効果は実施者により異なること(「パイロットバイアス」あるいは「実施者バイアス」と呼ばれます)、教員等の関係するアクターがスケールアップに伴って政治的リアクションを起こし、それにより介入効果が大きく影響を受ける可能性があることを予め想定しながら、パイロット事業やスケールアップの計画策定・実施を行うことの重要性を、ケニアにおける契約教員プログラムの事例は示唆しているように思われます。
参考文献
Bold, Tessa, Mwangi Kimenyi, Germano Mwabub, Alice Ng’ang’a, Justin Sandefur. 2018. “Experimental evidence on scaling up education reforms in Kenya.” Journal of Public Economics, 168: 1–20.
https://doi.org/10.1016/j.jpubeco.2018.08.007
Duflo, Esther, Pascaline Dupas, Michael Kremer. 2015. “School governance, teacher incentives, and pupil–teacher ratios: Experimental evidence from Kenyan primary schools.” Journal of Public Economics, 123: 92–110.
https://doi.org/10.1016/j.jpubeco.2014.11.008