前回は、近年注目されている、子どもの非認知スキルとして、やり抜く力(Grit)を取り上げましたが、やり抜く力に類するスキルとして、自制心(self-control)があります。やり抜く力同様、自制心は、学業成績や職業上の成功と関係していると言われています。自制心といっても様々な捉え方がありますが、今回は、先のことを考えて今我慢する力をテーマとし、その力を培う教育プログラム(以下、「自制心の教育プログラム」と呼びます。)に関し、トルコをフィールドとしてランダム化比較試験(RCT)を行った、Alan and Ertac (2018)を取り上げたいと思います。
Alan and Ertac (2018)における、自制心の教育プログラムは、やり抜く力の教育プログラム同様、教育心理学の専門家、小学校教員の有志、子ども向けの書籍の作家、アニメーション画家等の協力により作成されました。
前回ご紹介しましたとおり、自制心の教育プログラムは、やり抜く力の教育プログラム同様、事例分析や活動から構成されました。例えば、自制心の教育プログラムにおいて、生徒は「ゼネップちゃんのタイムマシン」という事例分析を行います(注)。ゼネップちゃんは自転車がほしいのですが、自転車を購入するには今我慢してお金を貯める必要があります。ゼネップちゃんは、タイムマシンに乗って、お金を貯めて自転車を購入できる未来と、お金を使ってしまって自転車を購入できない未来という、2つのありうる将来を見ます。生徒はその事例をもとに、ゼネップちゃんがどのように感じたかや、もしも自分がゼネップちゃんだったらどうするかを話し合います。ゼネップちゃんの事例のように、自制心の教育プログラムでは、子どもが自らの行動により将来どのような結果が生じるかを想像しながら、行動・判断する力を培うことを目的とします。自制心の教育プログラムは、8週間にわたって、各生徒の担任教員により週2時間行われました。
(注)その他、自制心の教育プログラムで用いられた教材の概要は以下に掲載されています。
https://www.edworkingpapers.com/sites/default/files/Online_Appendix_Alan_Ertac.pdf
続いて、Alan and Ertac (2018)における、RCTのデザインを見てみましょう。Alan and Ertac (2018)のRCTでは、介入が2013年3~4月に実施される介入群①、介入が2013年10~11月に実施される介入群②、介入が調査期間を通じて行われない対照群が設けられました。(異なるタイミングで介入が無作為に選ばれた学校に対して行われることを、フェーズ・インと呼びます。)Alan and Ertac (2018)は、イスタンブール市内の公立小学校で働く初等3・4年生の教員に対し、無作為に電話をかけて自制心の教育プログラムへの参加を提案し、1人でも参加を希望した教員の学校を上記の3グループのいずれかに無作為に割り当てました。その結果、介入群①として15校、介入群②として10校、対照群として12校の37校(73クラス)が調査対象校として選定されました。
Alan and Ertac (2018)は、子どもが先のことを考えて今我慢する力について、multiple price list (MPL)と呼ばれる活動と、convex time budget (CTB)と呼ばれる活動により測定しました。調査は下図のとおり初回のベースライン調査(Phase 0)を含め、計5回実施されましたが、第2回目(Phase 1)の調査ではMPL、第3(Phase 2)~5回目(Phase 4)の調査ではCTBが行われました。(以下の図においてITは本文における介入群①、CTは介入群②、PCは対照群に相当します。)
MPLにおいて、子どもは、以下のシートをもとに、おもちゃや文房具、ヘアピン等の賞品を今受け取るか、または1週間後に受け取れるかを選択します。(データ収集後、子どもは自らが選んだ選択肢の中からランダムに選ばれた選択肢にそって実際に賞品を受け取ります)。1週間後に受け取れる賞品の個数は、今受け取る場合の個数以上に設定されています。
我慢のできない子どもほど、1週間待つためにより多くの賞品を要求すると考えられますので、賞品の受け取りのタイミングを今ではなく1週間後と子どもが判断する際の最少の賞品の個数は、子どもの我慢のできなさの度合いを示すと考えられます(つまり、今賞品を2個受け取る代わりに、子どもが1週間後に受け取ると判断した賞品の個数が少ないほど、その子どもは我慢強いと考えられます)。MPLでは同様に、賞品を1週間後に受け取るか、あるいは2週間後に受け取るかについてもデータ収集が行われました。
次に、CTBにおいては、以下のシートをもとに、子どもは5トークンのうち、今日受け取る個数と1週間後に受け取る個数に分けます(また、1週間後に受け取るものと2週間後に受け取るものに分けることについてもデータ収集が行われました)。1週間後に受け取るトークンについては、一定の利率をもとに増えたものであることが、予め子どもには説明されました。利率は、子どもに対し、0.25%と0.5%とした場合で、それぞれデータ収集が行われました(子どもには利率を理解することが難しいので、1週間後とされたトークンは一定の割合で新たにトークンを生み出す、といった説明がなされました)。子どもの選択に応じ、実際にトークンが子どもに配布され、トークンを用いて子どもは賞品に交換することができました。
第4回目(Phase 3)の調査では、第3回目(Phase 2)の調査と同様、子ども達は、それぞれ5トークンを今受け取る個数と1週間後に受け取る個数に分けた後、クラスの子ども達のうち1名が無作為に選ばれ、その1名の判断がクラスの他の子ども達にも適用される形とされました。(子どもが実験者から見られることにより行動を変えることをホーソン効果と言いますが、そのような効果を防ぐため、第4回目(Phase 3)の調査ではCTBのプロセスが若干変更されました。)
第5回目(Phase 4)の調査でも、CTBが用いられましたが、5トークンのうち今受け取る個数と1週間後に受け取る個数に分けるパタンに加え、2週間後に受け取る個数に分けるパタンのデータ収集が行われました。トークンを受け取るタイミングの間隔を2週間としてデータ収集を行った理由は、第5回目(Phase 4)の調査では調査対象の子どもが6年生あるいは7年生になっており、1週間待つことが以前ほど難しいことでなくなっている可能性があったためです。また、第5回目(Phase 4)の調査では、後で受け取る場合のトークンに適用される利率は0.5%のみとされました。
では、RCTの結果を見てみましょう。介入群①において自制心の教育プログラムの行われた翌月の第2回目の調査(Phase 1)では、同教育プログラムにより、今2個の賞品を受け取る代わりに1週間後に受け取ると子どもが判断した賞品の個数は平均して0.8個減少しました(1週間後に2個の賞品を受け取る代わりに2週間後に受け取ると子どもが判断した賞品の個数についても、同様に平均して0.8個減少しました)。
続いて、CTBが行われた、第3回目(Phase 2)以降の調査結果を見てみましょう。第3回目(Phase 2)の調査は、介入群①において自制心の教育プログラムが行われてから約8カ月後、介入群②において教育プログラムが行われた翌月に行われました。従って、対照群との比較において、介入群①に対する中期的効果、介入群②に対する短期的効果が識別されます。自制心の教育プログラムにより、子どもが5トークンのうち1週間後ではなく今に割り当てた個数は平均して、介入群①において0.45トークン、介入群②において0.47トークン減少しました。介入群①に対する中期的効果と、介入群②に対する短期的効果を比較すると、統計的に有意な差はないことから、自制心の教育プログラムの効果は持続していたと言えます。
第4回目(Phase 3)の調査は、介入群①において自制心の教育プログラムが行われてから約12カ月後、介入群②において教育プログラムが行われてから約6カ月後に行われました。自制心の教育プログラムにより、子どもが5トークンのうち1週間後ではなく今に割り当てた個数は平均して、介入群①において0.72トークン、介入群②において0.64トークン減少しました。第4回調査結果は、第3回調査に続き、自制心の教育プログラムの効果が持続していることを示すものでした。第4回目(Phase 3)の調査では、上記のデータ収集に加え、各生徒の通信簿における行動・態度面の評価(behavioral grade)についてもデータ収集が行われました。行動・態度面の評価は1~3の3段階で、行動・態度に問題のみられる子どもの評価は1あるいは2と評価されました。自制心の教育プログラムにより、行動・態度面の評価が1あるいは2とされる子どもの割合は約10%ポイント減少していました。
では、介入群①において自制心の教育プログラムが行われてから約36カ月後、介入群②において教育プログラムが行われてから約28カ月後に行われた、第5回目(Phase 4)の調査でも効果は持続したのでしょうか。自制心の教育プログラムにより、子どもが5トークンのうち2週間後ではなく今に割り当てた個数は平均して、介入群①において0.28トークン、介入群②において0.47トークン減少しました。第5回目(Phase 4)の調査結果も、自制心の教育プログラムの効果が持続していることを示すものでした。
今回は、子どもの先のことを考えて今我慢する力に着目し、自制心の教育プログラムの効果をRCTにより検証した、Alan and Ertac (2018)をご紹介しました。Alan and Ertac (2018)では、子どもの先のことを考えて今我慢する力を測定するため、MPLとCTBという活動が用いられました。子どもには、活動における選択に応じた賞品が実際に渡されることにより、子どもは自らのこととしてそれら活動を行ったと考えられます(このような実験はincentivized experimentと呼ばれます)。また、教育プログラムの実施から3年間にわたって、追跡調査が行われました。
前回のやり抜く力にかかるRCT同様、Alan and Ertac (2018)は非認知スキルの教育プログラムを効果測定を行う上で参考になるものと思われます。
参考文献
Alan, Sure, and Seda Ertac. 2018. “Fostering Patience in the Classroom: Results from Randomized Educational Intervention.” Journal of Political Economy, 126: 5.
https://doi.org/10.1086/699007
Duckworth, Angela L., Lauren Eskreis-Winkler. 2015. “Grit.” In James D. Wright (editor-in-chief), International Encyclopedia of the Social & Behavioral Sciences, 2nd ed., Vol. 10. Oxford: Elsevier. 397–401. Retrieved from https://angeladuckworth.com/publications/