開発途上国において、地域の人々の参画・協力を得ることを通じて教育開発を図るアプローチがあります(Nishimura 2017)。地域の人々の協力による活動の例として、不足教室への対処としての仮設教室の建設が挙げられますが、仮設教室の建設で茅(かや)を用いる場合、その茅(かや)を誰かが学校に提供・持参する必要があります。また、その茅(かや)を用いて教室を作るには、誰かが労働を提供する必要があるでしょう。では、そのような地域の人々による教育への貢献は、どのようにすれば実現されうるのでしょうか。
今回は、教育のための人々による自発的貢献を促す上で、リーダーシップの役割に着目し、南米のボリビアにおいてランダム化比較試験(RCT)を行ったJack & Recardo(2015)をご紹介したいと思います。リーダーシップや教育のための自発的貢献と言っても様々な形がありえますが、Jack & Recardo(2015)は、集会の場でリーダーが模範を示すことで、集会に参加した人々に対し、学校で共有・活用される教材購入のための寄付が促されるかという問いを立て、RCTを通じた検証を行いました。Jack & Recardo(2015)における、RCTの内容を見てみましょう。
Jack & Recardo(2015)におけるRCTは、ボリビアのサンタクルス県の一つの郡に位置する52の基礎地域組織(Organizaciones Territoriales de Base: OTB)を対象として実施されました。OTBは、伝統的な地縁・血縁組織、村落共同体、都市部近隣住民組織等、既存の社会組織が法人格を得た組織です(舟木 2008)。OTBに属する家庭(同郡におけるOTBは平均して27の家庭からなりました)の中から選ばれた会長により、OTBは代表されます。ボリビアでは、1990年代の地方分権化改革において、市町村への財源・行政権限の移譲が進められましたが、OTBは市町村による予算計画の策定等に参画することとされました(舟木 2008)。
RCTでは、OTBにより開催される集会において、以下の3種類の異なるセッティングのもと、地域の小学校に寄贈される環境教育の書籍購入のための寄付が募られました。環境問題は、RCTの対象とする52のOTBにおいて広く関心事であり、また各OTBには小学校がありましたので、小学校の児童間で共有される環境教育の書籍は公共財(public goods)と言えます。
① No Leader(NL)セッティング: 集会参加者は、それぞれ個別に寄付額を決めます。
② Random Leader(RL)セッティング: 集会参加者のうち無作為に1名が、参加者の前で自らの寄付額を公表します。その後、他の集会参加者は、それぞれ個別に寄付額を決めます。
③ Authority Leader(AL)セッティング: OTB会長が参加者の前で自らの寄付額を公表します。その後、他の集会参加者は、それぞれ個別に寄付額を決めます。
上記の②と③は、無作為に決められた参加者1名やOTB会長が寄付額を公表した後、他の集会参加者が寄付額を決めますが、ある人の行動を受けて他の人が行動を決めることは”sequential decision setting”と呼ばれます。RCTでは、上記①のNo Leader(NL)セッティングを対照群とし、②のRandom Leader(RL)セッティングと③のAuthority Leader(AL)セッティングとの比較により、RLセッティングとALセッティングによる寄付額へのインパクトを推定します。
人々による寄付は、各OTBの特徴(定量化しづらい文化等)を反映するかもしれません。Jack & Recardo(2015)は、OTBの定量化しづらい特徴による寄付額への影響をコントロールするため、各OTBにおいて、異なるセッティングによる集会を2件同時並行で行うこととしました。異なるセッティングによる集会を2件同時並行とはどういうことでしょうか。
RCTでは、各OTBにおいて会長を含む12家庭が無作為に選ばれ、家庭の代表者に対して集会の案内が送付されます。12家庭は、集会参加時に受付で無作為に割り当てられたIDを受け取り、IDにそって2つのグループに分けられます。2つのグループでは、上記の異なるセッティングのもとで、それぞれ集会が行われます。つまり、各OTBにおける集会2件の組合せは、NLとRL、RLとAL、NLとALの3種類となります。Jack & Recardo(2015)は、この3種類の組合せを、52のOTBに無作為に割り当てました。なお、RLとAL、NLとALの組合せについては、OTB会長の参加するグループが参加したグループがALのセッティングとなります。
また、各OTBにおける2つのグループのうち一方には、寄付の対象となる環境教育の書籍が示されました。これにより、寄付の対象となる環境教育の書籍を実際に見ることで集会参加者による寄付が促されるかを検証することができます。
集会への参加者には、質問票調査に協力することにより35ボリビアーノス(約700円相当)、集会の開始から最後まで参加することにより10ボリビアーノス(約200円相当)が配布されることが予め通知されました(貨幣は、5ボリビアーノスコインで渡されました)。従って、集会の参加者は、上記の金額を念頭に置きながら、環境教育の書籍購入のための寄付額を決めるものと思われます。環境教育の書籍は7巻からなり、10ボリビアーノスにつき1巻購入されることが参加者に対して説明されました。
参加者は、周りからは見えない囲いに一人ずつ行き、自身のIDとともに、寄付額を封筒に入れて、提出します。RLセッティングで無作為に定められた参加者やALセッティングにおけるOTB会長を除き、各参加者の寄付額は公表されないことが、参加者に対して説明されました。
では、RCTの結果を見てみましょう。NLセッティングに比べ、ALセッティングにより合計寄付額は平均9.36ボリビアーノス(環境教育の書籍およそ1巻分に相当します)増加しました。(NLセッティングにおける合計寄付額(平均)が43ボリビアーノスでしたので、ALセッティングにより合計寄付額が平均して約21%ポイント増加しました。)また、前述のとおり集会参加者は、5ボリビアーノスコインで参加費用を受け取りましたが、ALセッティングにより5ボリビアーノスコイン1枚を多く寄付する人が増えたことが確認されました。それに対し、RLセッティングでは、寄付額への明確な効果は見られませんでした。では、ALセッティングにおける寄付額の増加は、OTB会長の寄付によるものなのでしょうか。それとも、他の参加者による寄付なのでしょうか。
まず、OTB会長の寄付額の観点からRCTの結果を見てみましょう。NLセッティングにおいてもOTB会長は参加していましたが、NLセッティングにおけるOTB会長の寄付額は、他の参加者と同程度でした。他方で、ALセッティングによりOTB会長の寄付額は平均して5.85ボリビアーノス増加しました。このことから、ALセッティングによる合計寄付額の増加の一部は、OTB会長の寄付の増加によるものであることが分かりました。
続いて、ALセッティングによる他の参加者の寄付行動への影響を見てみましょう。ALセッティングにおいて、OTB会長の寄付額が10ボリビアーノス以上の場合には他の参加者の寄付額の増加を促す傾向が見られましたが、OTB会長の寄付額が10ボリビアーノスを下回る場合には他の参加者の寄付を減じる傾向が見られました。なお、OTB会長の寄付額が10ボリビアーノスを下回る場合であっても、寄付の対象となる環境教育の書籍を実際に見たグループでは、他の参加者の寄付を減じる程度が小さくなりました。
今回は、教育のための人々による自発的貢献を促す上で、リーダーシップの役割に着目し、リーダーシップによる人々の自発的貢献への効果を推定するためRCTを考案・実施したJack & Recardo(2015)をご紹介しました。地域のリーダーが寄付額を公表した後、他の集会参加者が寄付額を決める”sequential decision setting”により、参加者の寄付が増加することが確認されました。
第23回のブログ記事では集会における情報共有の事例、第22回のブログ記事は集会における活動誓約の事例を取り上げましたが、Jack & Recardo(2015)は集会における参加者間の相互作用の事例と言えます。集会の場の活用という同じ活動であっても、人々の認知・行動に異なる作用を与えています。また、参加者にどのような情報を共有するか、参加者の属性を絞り込むか等、集会の開催については様々な形が考えられます。工夫によって人々の認知・行動に異なる作用を与えうる活動に着目し、意図した変化を念頭に置きながら、活動のディテールを考えていくことは、教育開発という分野にとどまらない、開発協力の仕事と思われます。
参考文献
Jack, B. Kelsey and María P. Recalde. (2015). "Leadership and the voluntary provision of public goods: Field evidence from Bolivia." Journal of Public Economics, 122: 80–93.
https://doi.org/10.1016/j.jpubeco.2014.10.003
Nishimura, Mikiko. 2017. Community Participation in School Management in Developing Countries. Oxford Research Encyclopedia of Education
舟木律子(2008)「ボリビアの地方分権改革─サンチェス・デ・ロサダ政権における「大衆参加法」の狙い─」『ラテン・アメリカ論集』(42) 19-38.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/laronshu/42/0/42_19/_pdf