前回は非認知スキルの一つとして交渉スキルを取り上げた研究をご紹介しましたが、近年、注目をあびた非認知スキルとして、やり抜く力(Grit)があります。やり抜く力は、目標に向け、熱意をもって失敗しながらも忍耐強く努力を積み重ねていく力を指し、学業成績や、職業上の成功と関係していると言われています(Duckworth and Eskreis-Winkler 2015)。今回は、やり抜く力をテーマとしてランダム化比較試験(RCT)を実施した、Alan et al.(2019)をご紹介したいと思います。
Alan et al.(2019)は、トルコをフィールドとし、子どものやり抜く力を伸ばすための教育プログラム(以下、「やり抜く力の教育プログラム」といいます。)の効果をRCTにより厳密に評価しました。トルコ教育省は、小学校において、企業、NGO、政府や国際機関等による課外活動(extra-curricular activities)を奨励しており、また授業時間を週5時間までその課外活動にあてることを認めています。Alan et al.(2019)は、その時間枠の一部を用い、やり抜く力の教育プログラムを試行しました。
Alan et al.(2019)の試行した、やり抜く力の教育プログラムは、教育心理学の専門家、小学校教員の有志、子ども向けの書籍の作家、アニメーション画家等の協力により作成されました。同プログラムにおいて、生徒は、ビデオ視聴や事例分析、活動を通じ、誰でも関心にそって目標を立てて取り組むことができ、取組みの過程での失敗を前向きにとらえて対応することを学びます。Alan et al.(2019)の試行において、同プログラムは、12週間にわたって週あたり2時間、行われました。
例えば、やり抜く力の教育プログラムにおけるビデオでは、生徒2名が自身の能力の発展可能性について異なる立場から会話を行います。生徒Aは、能力は生得的なもので、努力によって変わる余地は少ないと主張します。そして、生徒Aは、過去に取り組んでもうまくいかなったことを思い出し、それは自身の能力の無さの証明だと言います。それに対し、生徒Bは、うまくいかないことは、成功することへの過程であり、能力の無さの証明ではなく、学びの機会であると語ります。また、ビデオの他、事例分析や教材においても、やり抜く力のプログラムでは、目標を立て、根気強く取組むことの大切さを取り上げます。この他、根気強く取り組むことや、やり抜くことの大切さをうたった格言や偉人を掲載したポスターを、生徒は制作し、校内に掲示します。やり抜く力の教育プログラムでは、生徒のマインドセットを変えることが意図されました(注)。
(注)やり抜く力の教育プログラムのカリキュラムは、Alan et al. (2019)のOnline Appendixに掲載されていますが、電子ジャーナルへの登録等を行わずに閲覧可能なものとして、ワーキングペーパー段階のものが以下から参照可能です(Appendix C)。
https://www.edworkingpapers.com/sites/default/files/Online%20Appendix.pdf
Alan et al.(2019)において、やり抜く力の教育プログラムは、生徒の担任教員により行われましたが、そのため、担任教員に対する1日間の研修が計画されました。同研修において、教員はやり抜く力の教育プログラムの内容を学びますが、生徒の活動の成果よりも、活動に取り組んだ姿勢を褒める点等が強調されました。また、仮に生徒の活動がうまくいったとしても、その要因として、生徒のもともとの能力の高さを指摘するのではなく、生徒の努力を強調するように、研修において教員は指導されました。
では、Alan et al.(2019)における、RCTのデザインを見てみましょう。Alan et al.(2019)は、イスタンブール郊外の公立小学校を対象とし、2件のRCTを実施しました。(トルコでは、社会経済的地位の中程度から高い家庭の子どもは私立小学校に通う傾向がありましたので、調査対象となった公立小学校には、総じて社会経済的地位の低い家庭の子どもが通っていました。)
第1件目のRCTでは、15校を介入群、9校を対照群①、他12校を対照群②としました。介入群には、2013年4月頃にベースライン調査が行われた後、5月頃、まず自制心の教育プログラムが実施されました。続いて、同年秋頃、介入群に対し、やり抜く力の教育プログラムが実施されました。
自制心の教育プログラムは、やり抜く力の教育プログラム同様、事例分析や活動から構成されました。例えば、自制心の教育プログラムにおいて、生徒は「ゼネップちゃんのタイムマシン」という事例分析を行います。ゼネップちゃんは自転車がほしいのですが、自転車を購入するには今我慢してお金を貯める必要があります。ゼネップちゃんは、タイムマシンに乗って、お金を貯めて自転車を購入できる未来と、お金を使ってしまって自転車を購入できない未来という、2つのありうる将来を見ます。生徒はその事例をもとに、ゼネップちゃんがどのように感じたかや、もしも自分がゼネップちゃんだったらどうするかを話し合います。ゼネップちゃんの事例のように、自制心にかかる教育プログラムでは、子どもが自らの行動により将来どのような結果が生じるかを想像しながら、行動・判断する力を培うことを目的とします。
対照群①は、2013年秋頃、自制心の教育プログラムのみが実施されました。他方で、対照群②には、いずれの教育プログラムも実施されませんでした。まとめますと、第1件目のRCTでは、介入群に「自制心の教育プログラム+やり抜く力の教育プログラム」、対照群①に「自制心の教育プログラム」を実施した一方、対照群②にはいずれの教育プログラムも実施されなかった形です。介入群と対照群①を比較することにより、自制心の教育プログラムとやり抜く力の教育プログラムの相乗効果を識別することができますが、やり抜く力の教育プログラムのみの効果を識別することはできません。このことから、Alan et al.(2019)は第2件目のRCTを計画し、2015-2016学校年度に実施しました。
第2件目のRCTでは、新たに調査対象校として、イスタンブール市内の公立小学校16校を対象とし、介入群8校、対照群8校を割り当てました。介入群には、やり抜く力にかかる教育プログラムを実施した一方、対照群には教育プログラムを実施しませんでした。第2件目のRCTでは、第1件目と異なり、介入群に自制心の教育プログラムは実施されませんでした。
教育プログラムによる中長期的効果を測定するため、第1件目のRCTでは、2013年秋にやり抜く力の教育プログラムを実施してから約2年半後の2016年3月にエンドライン調査が行われました(同調査実施時に生徒は6学年でした)。また、第2件目のRCTでは、2015年秋に教育プログラムを実施してから約1年半後の2017年6月にエンドライン調査が行われました(同調査実施時に生徒は5学年でした)。トルコでは、小学校が4年生、中学校が4年生ですので、上記の6学年は中学2年生、5学年は中学1年生に相当します。
続いて、Alan et al.(2019)において、やり抜く力がどのように測定されたか、その方法を見てみましょう。Alan et al.(2019)では、ベースライン、エンドライン調査において学校で各2回のデータ収集が行われました(第2回目のデータ収集は、第1回目のデータ収集から1週間後に行われました)。第1回目の調査において、生徒は、以下の例のような、足し合わせて100になる数の組合せを3つ見つける問題5問に取り組みました。
計5問のうち無作為に選ばれた問題の結果をもとに賞品(文房具やボール等の子ども向けの安価なもの)が生徒に配布されました。問題には、賞品1個が与えられる簡単なものと、賞品4個が与えられる難しいものがあり、各問題について、いずれの種類の問題を解くかを生徒は選べました。また、1問毎に調査員は答案を見て、正誤を生徒に示しました。第1回目のデータ収集を終える際、調査員は1週間後に再度、データ収集を行うことを生徒に伝え、1週間後に解く問題(問題数は1問のみです)として簡単なものと難しいもののいずれを選ぶかを問いました。また、調査員から、生徒の希望に応じて第2回目のデータ収集までの間に生徒が準備できるように、難しい問題例の記載された問題集が配布されました。そして、1週間後の第2回目のデータ収集では、生徒は問題1問に取り組みました。
上記のデータ収集では、ピグマリオン(pygmalion)効果(教員の期待によって学習者の成績が向上すること)を防ぐため、教員が教室の外に出る形で行われました。生徒に対しては賞品を得ることのできるゲームという名目で行われました。また、ホーソン(Hawthorne)効果(観察されている人物が観察者から注目されることで行動の変化を起こすこと)を防ぐため、教員には本研究の全体計画についての説明は行われませんでした。なお、ベースライン調査では、上記のデータ収集の他、IQテスト(Raven’s progressive matrices test)や、やり抜く力や自制心にかかる質問票を用いた調査等が行われました。
それでは、2件のRCTの結果を見てみましょう。(前述のとおりRCTにより示される介入効果は、第1件目のRCTでは介入から約2.5年後の効果、第2件目のRCTでは介入から約1.5年後にみられたものです。)2件のRCTにおいて、対照群では、難しい問題を選択した子どもが問題の数を重ねる毎に減少する傾向が見られましたが、介入により、難しい問題を選択した子どもの割合は1問目から5問目までを通じ、10%ポイント程度増加しました。
エンドライン調査の第1回目のデータ収集において、1問目に難しい問題に取り組んで間違えた子どもは2問目に難しい問題と易しい問題のいずれを選んだのでしょうか。(各調査における第1回目のデータ収集では、生徒の選択に関わらず、1問目に50%の確率で無作為に難しい問題が割り当てられました。)第1件目及び第2件目のいずれのRCTにおいても、介入群では対照群よりも、1問目の難しい問題に続いて2問目も難しい問題を選ぶ生徒が多く見られました。特に、1問目の難しい問題に間違えても、2問目に難しい問題を選ぶ生徒の割合が、介入により、第1件目のRCTで14.5%ポイント、第2件目のRCTで14.9%ポイント増加しました。
前述のとおり、第1回目のデータ収集では、1週間後に第2回目のデータ収集を行うことが生徒に伝えられました。そして、その際に第2回目のデータ収集において難しい問題と易しい問題のいずれを選択するかが生徒に問われましたが、介入により、難しい問題を選択する子どもの割合が、第1件目のRCTでは13.5%ポイント、第2件目のRCTでは17.9%ポイント増加しました。
第1回目から第2回目のデータ収集までに1週間の期間があり、希望した生徒には難しい問題例の記載された問題集が配布されましたので、その期間に問題に取り組むことで、第2回目のデータ収集時の問題の正答率が高まるかもしれません。第2回目のデータ収集においても、難しい問題と易しい問題のいずれを選択したかに関わらず、50%の確率で無作為に難しい問題が生徒に割り当てられました。自らの選択に関わらず難しい問題が与えられ、その問題に正答した子どもの割合は、介入により8~10%ポイント増加しました。なお、この点に関し、子どもの性別や認知能力等の属性による介入効果の相違は見られませんでした。
Alan et al.(2019)における、やり抜く力の教育プログラムは、子どものやり抜く力を伸ばしたことがRCTの結果、明らかとなりました。では、やり抜く力の教育プログラムにより、やり抜く力が伸びることとあわせ、子どもの認知スキルも伸びていたのでしょうか。第1件目のRCT及び第2件目のRCTのいずれにおいても、回帰分析の結果、算数とトルコ語の学習成果への効果が確認されました。
今回は、やり抜く力の教育プログラムの効果を検証した、Alan et al.(2019)をご紹介しました。Alan et al.(2019)は、やり抜く力を測定するための方法を注意深く定め、教育プログラムの実施から1年以上の期間を置いてデータ収集を行うことで、その効果を評価しました。また、やり抜く力に加え、算数やトルコ語の学習成果についてのデータを収集することで、非認知スキルと認知スキルの相互関係についても考察しています。前回触れましたとおり、非認知スキルは多様ですが、Alan et al.(2019)のRCTにおける計画・実施面の工夫は、やり抜く力に限らず、様々な非認知スキルの教育プログラムの介入効果を測定する上で参考になるものと思われます。
参考文献
Alan, Sule, Teodora Boneva, and Seda Ertac. 2019. “Ever Failed, Try Again, Succeed Better: Results from a Randomized Educational Intervention on Grit.” The Quarterly Journal of Economics, 134 (3): 1121–1162. https://doi.org/10.1093/qje/qjz006.
Duckworth, Angela L., Lauren Eskreis-Winkler. 2015. “Grit.” In James D. Wright (editor-in-chief), International Encyclopedia of the Social & Behavioral Sciences, 2nd ed., Vol. 10. Oxford: Elsevier. pp. 397–401. Retrieved from https://angeladuckworth.com/publications/