第2回のお話では、World Bank(2003)において提唱された、アカウンタビリティ・フレームワークについてご紹介しました。同フレームワークは、政策立案者(政府)・貧困層を含む人々(公的サービスの受益者)・学校を含む公的サービス提供機関という3者間の関係を想定しました。提供されるサービスに問題のある場合、サービスの受益者が政府に改善を要求しても、政府が適切な措置をとらなければサービスは改善されません。では、サービスの受益者が直接サービス提供機関に改善要求を行えばよいのではないか。アカウンタビリティ・フレームワークという概念的基礎に支えられて開発途上国で広く普及された施策の例が、本シリーズの第2回でお話しました、いわゆる自律的学校運営(School-based Management: SBM)でしたが、同フレームワークのもとBruns et al.(2011)が提示した他の施策として、教員制度改革、具体的には契約教員(Contract teacher)の導入があります。
第2回にお話しましたとおり、開発途上国における教員の欠勤問題は深刻です。Bruns et al.(2011)は、深刻な欠勤問題の背景として、教員の雇用の安定性、すなわち欠勤しても辞めされることはない、という教員の心理があるのではないか、と考えます。とすれば、教員を有期契約で傭上し、保護者が教員を監視し、教員の勤務状況に応じて契約の更新を保護者が判断するとすれば、教員の欠勤は減るのではないか。また、子どもの学習成果についても同様に、契約の更新のために教員が子どもの学習改善のために工夫・努力(欠勤の減少含む)し、子どもの学習成果向上が図られるのではないか、と考えられました(Bruns et al., 2011)。今回から次回にかけ、開発途上国における契約教員にかかる著名な実証研究として、ケニアにおける契約教員プログラムの試行を題材としたDuflo et al.(2015)と、同国における契約教員プログラムのスケールアップの過程でランダム化比較試験を実施したBold et al.(2018)を見てみましょう。
契約教員プログラムのパイロット事業はNGOにより実施され、スケールアップは政府により実施されました。前者をとりあげたDuflo et al.(2015)では、ランダム化比較試験を通じ、契約教員の傭上により子どもの学習成果への効果が確認された一方、政府によるスケールアップの過程でランダム化比較試験を実施したBold et al.(2018)では子どもの学習成果への効果は見られませんでした。一体、なぜなのでしょうか。
Banerjee et al.(2017)は、一般的に、ランダム化比較試験で効果の確認されたパイロット事業をスケールアップしても期待された成果が見られない場合の要因として、政治的リアクション(political reaction)と、パイロットバイアス(実施者バイアス)等を挙げています。2009年、ケニア教育省は18,000人の契約教員を傭上しました。それに対し、ケニアの正規教員の組合は、契約教員の待遇が憲法の定める、同一労働・同一賃金の原則に反しているとし、政府に対する訴訟を起こしました(World Bank, 2018)。教員組合と政府の協議の結果、傭上された契約教員は2011年に正規教員に移行することとなりました。契約教員が、正規教員への移行を予期すると、契約更新のための努力を減らすと考えられますね。また、政府によるスケールアップでは、契約教員の配置や賃金の支払いに遅れが生じました(World Bank, 2018)。
正規教員による政治的リアクションと、実施者バイアスにより、ケニアにおける契約教員プログラムはスケールアップの過程で期待された成果をあげることができなかったようです(World Bank, 2018)。ケニアにおける契約教員の事例は、パイロット事業における良好な結果が、スケールアップにおける同様の結果を約束するものではない、換言すればスケールアップにおける実施体制やステークホルダーの反応等を想定してパイロット事業を計画することの重要性を示していると言えるでしょう。
では、Duflo et al.(2015)の内容を見てみましょう。
ケニアでは、2003年に初等教育の無償化が図られたことで、初等教育への就学率が大幅に向上した一方、従来、正規教員とは別に保護者会教員を傭上していた学校運営委員会(school committee)は、保護者会教員の傭上のための資金を保護者から得ることができなくなりました。学校運営委員会には政府から交付金が支給されましたが、交付金を教員の傭上のために活用することは認められておらず、またケニア教育省による新規の教員採用が財政上の理由により凍結されていたこともあって、初等1年生に関し、1教員あたりの児童数は2005年に83名となりました。上記の背景のもと、低学年担当の契約教員を1名傭上するための資金を対象校に配布し、契約教員の傭上・管理等にかかる学校運営委員会に対する研修を実施する、Extra Teacher Program(ETP)と呼ばれるパイロット事業が、ケニア西部州においてNGOにより2005年から2006年にかけて実施されました。
Duflo et al.(2015)におけるランダム化比較試験のデザインを見てみましょう。ケニア西部州から調査対象校として210校が無作為に抽出され、そのうち70校を介入が行われない対照群、他140校を介入が行われる介入群とします(対照群・介入群の割当は無作為に行われます)。さらに、介入群の140校のうち70校を、低学年担当の契約教員を1名傭上のための資金配布と学校運営委員会に対する研修の両方を実施する介入群のグループ(「CT+SBMグループ」と呼びます)、他の70校を低学年担当の契約教員を1名傭上するための資金配布のみの介入群グループ(「CTグループ」と呼びます)に無作為に分けました。調査は2年間にわたって行われました。調査開始時に初等1年生及び2年生の児童数は1校あたり各学年で95名程度でした。
介入は、まずNGOが介入群の各学校を訪問し、校長、教員及び保護者に対する介入内容の説明を行います。介入群に追加配置される契約教員は調査1年次に初等1年生、調査2年次に初等2年生を担当することとされました。契約教員の追加配置後も、それまで同学年を担当していた正規教員は同学年を担当することとされました。契約教員の配置によりクラスは1つ増えますが、同学年のクラス分けはNGOにより無作為に行われました(これにより、介入群における同学年のクラスにおいては、1教員あたりの児童数の減少が図られます)。正規教員と契約教員は、ともに同じカリキュラムにそって指導を行うこととされました。
介入群の学校運営委員会に対する契約教員を1名傭上するための資金配布は2005年から2006年の2年間にわたって行われ、契約教員は1年毎の契約更新とされました。契約教員の1カ月あたりの給与は、2,500ケニアシリング(35米ドル相当)とされました。2,500ケニアシリングは正規教員の月給の約4分の1です。CT+SBMグループに対しては、契約教員の採用手順(資格審査・面接のポイント等)、契約教員の出勤状況のモニタリング方法(保護者2名がボランティアで定期的に教員の出勤状況を確認)や、契約教員の契約更新にかかるフロー(1年生児童の保護者による契約教員の活動評価をもとに、学校運営委員会にて会合を開催して契約の更新可否を協議)にかかる研修が行われました。ローカルNGOは、学校運営委員会に活動スケジュールについて定期的にリマインドを行い、活動の際には現場のモニタリングを行いました。
調査は、2005年時点で第1学年であった児童に対し、2006年末時点(2006年11月)での読み書き・計算のアセスメントが行われました(なお、ベースライン調査における子どもの読み書き・計算のアセスメントは、介入開始前に各調査対象校により実施されました。その結果は介入群と対照群でバランスしていました)。さらに介入終了から1年の経過した2007年末時点(2007年11月)で、追跡調査として読み書き・計算のアセスメントが実施されました。また、調査では子どものアセスメントの他、調査期間の2年間において、計4回の教員の出勤・授業実施有無にかかる調査、計5回の生徒の出席状況にかかる調査が行われました。教員の出勤・授業実施状況や生徒の出席状況にかかる調査は、調査対象校への事前通知が行われない、抜き打ちの形で行われました。
ランダム化比較試験の結果についてみる前に、Duflo et al.(2015)における、介入群と対照群のグループ分けを確認しておきましょう。Duflo et al.(2015)における、グループ分けは下図のように表されます。
図1のAは対照群、Bは介入群ですね。前述のとおり、介入群は、CTグループと、CT+SBMグループに分けられました。AとCTグループを比較することにより、契約教員傭上のための資金配布のみの子どもの学習への効果を識別することができます。また、同様にAとCT+SBMグループを比較することにより、契約教員傭上のための資金配布と学校運営委員会への研修による子どもの学習への効果を識別することができます。
CTグループに関し、契約教員の傭上は対象校の正規教員の行動に変化を生じさせるかもしれません。AとB.1.aやAとB.1.b、あるいはB.1.aとB.1.bを比較することにより、契約教員を傭上することにより正規教員の行動に変化を及ぼすかを評価することができます。また、CTグループの契約教員と、CT+SBMグループの契約教員では、介入内容が異なりますので、契約教員の行動等に相違があるかもしれませんね。AとB.1.aとB.2.aやAとB.1.bとB.2.b、あるいはB.2.aとB.2.b等を比較することにより、学校運営委員会に対する研修を追加することによる契約教員の行動等への影響を評価することができます。Duflo et al.(2015)における評価デザインは、このように介入の相違による様々な比較を可能とする形でなされています。
では、Duflo et al.(2015)におけるランダム化比較試験の結果についてみてみましょう。全てについてご紹介すると紙幅を要しますので、ポイントを絞ってご紹介したいと思います。
CTグループへの介入効果を見てみましょう。図1における、AとB.1.aの比較において子どもの学習成果に統計的に有意な相違が見られなかった一方、AとB.1.bの比較においては後者に子どもの学習成果の向上が見られました。これは何を意味しているのでしょうか。CTグループにおいては、契約教員の配置により正規教員の担当する同じ学年のクラスの児童数の減少が図られましたね。AとB.1.aの比較において子どもの学習成果に統計的に有意な相違が見られなかったということは、クラスサイズの減少が子どもの学習成果に影響を与えなかったということです。クラスサイズが小さくなれば、正規教員は一人一人の子どもへの指導ができるようになり、子どもの学習成果向上が図られるはずであるにも関わらず、なぜ、その予期された成果が見られなかったのでしょうか。
調査では、子どもの読み書き・計算のアセスメントの他、教員の出勤・授業実施有無にかかる調査が行われていました。契約教員の追加配置により、調査における対照群の正規教員の授業実施率に比べ、CTグループにおける正規教員の授業実施率が15.7%減少する結果となりました。契約教員の追加配置による正規教員の出勤状況への統計的に有意な影響はありませんでしたので、CTグループの正規教員は対照群の正規教員と同程度、学校に来ているものの、契約教員の追加配置によりCTグループの正規教員の中で授業を行わない教員が増えた、ということになります。この点に関し、Duflo et al.(2015)は、CTグループにおける正規教員は、契約教員の追加配置をよいことに、自身の担当クラスを契約教員にまかせてサボっていた、契約教員は正規教員の対応を拒否できなかったのではないかと論じています。
また、CT+SBMグループへの介入効果については、図1における、AとB.2.aの比較において子どもの学習成果に統計的に有意な相違が見られなかった一方(AとB.1.aよりは推定値は高くなりましたが統計的に有意ではありませんでした)、CTグループ同様、AとB.2.bの比較においては後者に子どもの学習成果の向上が見られました。
介入においては、契約教員の人選は、学校運営委員会にゆだねられていました。契約教員の人選が、客観的な評価ではなく、正規教員の縁故関係により行われるとすればどうでしょうか。正規教員の縁故関係により傭上された契約教員は、その縁故関係ゆえに、多少欠勤しても契約が更新されるだろうと考えるかもしれません。CTグループにおいて、正規教員の近縁にある契約教員の担当した子どもの学習成果は、正規教員の近縁にない契約教員の担当した子どもの学習成果を下回りました。この結果は、「正規教員の縁故関係により傭上された契約教員は、その縁故関係ゆえに、多少欠勤しても契約が更新されるだろう」という推測に当てはまりますね。
他方で、CT+SBMグループにおける正規教員の近縁にある契約教員の担当した子どもの学習成果は、CTグループにおける正規教員の近縁にない契約教員の担当した子どもの学習成果と同程度でした。契約教員を1名傭上するための資金配布の介入のみでは、正規教員の縁故関係をもとにした契約教員の採用による負の影響の生じる可能性がありましたが、SBMの介入を組み合わせることで、その負の影響をなくすことができたと考えられる、とDuflo et al.(2015)は論じています。
Duflo et al.(2015)は、契約教員の追加傭上が正規教員の勤務状況に影響を与える、という介入の副次効果(side effect)や、契約教員の追加傭上に伴って生じうる負の効果をSBMの介入を組み合わせることで減少させうる、という、介入間の相互補完性(complementarity)を示しており、教育開発における介入パッケージのデザインを検討する上での示唆に富んでいるように思われます。
では、次回は、契約教員プログラムのスケールアップ過程に行われたランダム化比較試験である、Bold et al.(2018)をみてみましょう。
参考文献
Banerjee, Abhijit, Rukmini Banerji, James Berry, Esther Duflo, Harini Kannan, Shobhini Mukerji, Marc Shotland, Michael Walton. 2017. “From Proof of Concept to Scalable Policies: Challenges and Solutions, with an Application.” Journal of Economic Perspectives, 31 (4): 73-102.
https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/jep.31.4.73
Bold, Tessa, Mwangi Kimenyi, Germano Mwabub, Alice Ng’ang’a, Justin Sandefur. 2018. “Experimental evidence on scaling up education reforms in Kenya.” Journal of Public Economics, 168: 1–20.
https://doi.org/10.1016/j.jpubeco.2018.08.007
Bruns, Barbara, Deon Filmer, and Harry Partrinos. 2011. Making Schools Work: New Evidence on Accountability Reform. Washington D.C.: World Bank.
https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/2270
Duflo, Esther, Pascaline Dupas, Michael Kremer. 2015. “School governance, teacher incentives, and pupil–teacher ratios: Experimental evidence from Kenyan primary schools.” Journal of Public Economics, 123: 92–110.
https://doi.org/10.1016/j.jpubeco.2014.11.008
World Bank. 2003. World Development Report 2004: Making Service Work for People. Washington DC: World Bank.
https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/5986
World Bank. 2018. World Development Report 2018: Learning to Realize Education’s Promise. Washington DC: World Bank.
https://www.worldbank.org/en/publication/wdr2018