開発途上国における保護者は自身の子どもの学業面での成功を願っていますが、子どもの学習状況を正しく認識できるとは限りません。下図は、インドにおける子どもの読みにかかる保護者の認識と、子どもの実際の読みとのギャップを示したものです(Banerjee et al. 2010)。Banerjee et al.(2010)においては、子どもの読みに関し、文字が読めない(レベル0)、文字が読める(レベル1)、単語が読める(レベル2)、短文が読める(レベル3)、長文が読める(レベル4)の5段階によりアセスメントが行われました。下図の横軸は子どもの実際の読み、縦軸は子どもの読みにかかる保護者の認識を示しています。子どもの実際の読みと、子どもの読みにかかる保護者の認識とのギャップが大きい様子が見て取れます。
開発途上国では保護者に対して子どもの学習状況を伝達する取組みが行われてきており、その例として学校から保護者に対する、子どもの成績を記したレポートカードの配布が挙げられます(Bruns et al. 2011)。しかしながら、保護者が文字を読めない場合、学校から送付されたレポートカードの内容を理解することは困難であり、保護者が子どもの実際の成績を正しく認識できているとは限りません。では、保護者に理解しやすい形で子どもの実際の成績を提示することで、保護者の子どもの教育にかかる認識や判断はどのように変化するのでしょうか。今回は、マラウィにおける子どもの成績にかかる保護者の認識と、子どもの実際の成績とのギャップにかかる研究を行った、Dizon-Ross(2019)をご紹介したいと思います。
Dizon-Ross(2019)は、マラウィ南部にあるMachingaとBalakaという2つのディストリクトから調査対象として小学校39校を無作為抽出し、調査対象の保護者及び子どもを選定しました。マラウィでは、学期末に子どもの成績を記載したレポートカードが小学校から家庭に送付されていましたが、Dizon-Ross(2019)における調査対象の保護者の6割が子どもの成績を把握しておらず、そのうち半数はレポートカードを受け取っていませんでした。レポートカードが子どもを介して家庭に送付される過程で、カードを子どもがなくした、あるいは何らかの事情でカードを保護者に子どもが渡せなかったためと考えられます。子どもの成績を把握していなかった残る半数の保護者は、レポートカードを受け取ってはいたものの、文字を読めない等の理由によりカードの内容を理解できていませんでした。
Dizon-Ross(2019)は、調査対象39校において、第2学年から第6学年の生徒について、兄弟・姉妹関係及び前学期の成績にかかる情報収集を行い、学校に通う子どもが少なくとも2名以上いる3,451家庭を無作為に抽出しました。2名以上の子どものいる家庭については、その家庭の子ども2名が無作為に抽出されました。その上で、Dizon-Ross(2019)は、調査対象の家庭の半数を介入群、他半数を対照群に割り当てました。
調査対象家庭の選定を、Dizon-Ross(2019)は調査対象校の有する情報をもとに行いましたので、調査対象として選定された子ども達がその家庭に住んでいる、またその子ども達が就学しているとは限りません。Dizon-Ross(2019)は、調査対象の家庭への確認を行ったところ、3,451家庭のうち、約2割について、調査対象の子ども達がその家庭に住んでいない、あるいは、就学していないことが分かり、調査対象から除外されました。その結果、2,634家庭(各家庭につき子ども2名を選定していますので保護者と子どもの組み合わせは5,268)を調査対象としました。
Dizon-Ross(2019)における調査と介入のタイムラインは変則的ですが、下図のとおりです。介入群については、ベースライン調査後に、その場で介入が行われました。また介入群において介入の後、対照群においてはベースライン調査の後、その場でエンドライン調査が実施されました。(エンドライン調査から1年後にフォローアップ調査が行われましたが、本稿では紙幅の都合によりフォローアップ調査結果についての記載は省略いたします。)
ベースライン調査では、保護者に対し、算数、英語、チチェワ語(現地語)に関し、子どものテストの点数(100点満点)及び子どものクラスにおける順位(パセンタイル)にかかる聞き取りが行われました。
介入群に対する介入として、ベースライン調査に続いて、子ども1人につき1枚、計2枚のレポートカードについて保護者に説明しました。レポートカードには、算数、英語、チチェワ語(現地語)に関し、子どものテストの点数(100点満点)、成績(1~4の5段階)、子どものクラスにおける順位(パーセンタイル)が示されていました。(レポートカードの様式は、介入に先立ち、学校に通ったことのない保護者とのディスカッションを通じ、作成されました。)
エンドライン調査では、算数、英語、チチェワ語(現地語)に関し、子どものテストの点数(100点満点)及び子どものクラスにおける順位(パーセンタイル)にかかる聞き取り調査が再度行われました(仮に今日子どもがそれらテストを受けるとしたら、結果はどうか、といった形での質問が行われました)。
続いて、エンドライン調査において、Dizon-Ross(2019)は、子どもの教育にかかる3種類の質問を保護者に尋ねました。第一に、調査員は、難度が3段階(beginner、average、advanced)のワークブック(ワークブックは算数、英語それぞれで難度毎に1冊ありました)を提示し、子ども1名につき英語1冊・算数1冊を無償で提供することを伝えた後、英語と算数について、どの難度のワークブックを選ぶかを保護者に問いました(調査対象の子どもは1家庭あたり2名でしたので、計4冊のワークブックが家庭に配布されました)。保護者が子どもの成績を正しく認識すれば、子どもの学力に応じたワークブックを選定すると考えられます。
第二に、調査員は、算数と英語の学年別の教科書(学力の低い子ども向けに用いられるもの)に対する支払意思額(willingness to pay)を保護者に尋ねました。支払意思額とは、保護者がその教科書を入手するために支払ってもよいと考える金額を意味します。保護者が子どもの実際の成績を認識すれば、保護者は、子どもが苦手にする科目に対し、より高い支払意思額を示すと予想されます。
第三に、Dizon-Ross(2019)では、100家庭あたり1家庭に対して中学校の学費を提供するクジが行われました。調査対象の保護者は1家庭あたり9枚の紙を受け取り、それぞれの紙に子ども2人のうち1人の名前を書きます。その上で、調査対象の保護者全てからの紙をとりまとめてクジとされました。保護者が子どもの実際の成績を認識すれば、子ども2人のうち1人は中学校に通わせることのできる所得のある家庭は、子ども2名のうち成績の低い方の子どもの名前を多く書くと予想されます。他方で、中学校に通わせることのできる所得のない家庭は、成績の高い方の子どもの名前を書くと考えられます。
では、実験の結果を見てみましょう。ベースライン調査では、算数、英語、チチェワ語(現地語)に関し、子どものテストの点数(100点満点)及び子どものクラスにおける順位(パーセンタイル)にかかる聞き取り調査が行われました。下図は、ベースライン調査における保護者の認識(縦軸)と子どもの実際の学力(横軸)の対応関係を示しています。両者が正しく対応していれば、45度線上に、対応関係がプロットされるはずですが、傾きが45度を下回っています。成績の悪い子どもの保護者は実際よりも成績を高く見積もる傾向があり、成績の良い子どもの保護者は実際よりも成績を低く見積もる傾向があったことを示しています。
では、介入群では介入により、子どもの成績にかかる保護者の認識と、子どもの実際の学力とのギャップは縮小したのでしょうか。エンドライン調査では、下図のとおり、介入群においてギャップが縮小しました(45度線に近くなっていますね)。
保護者には、難度が3段階(beginner、average、advanced)のワークブック(ワークブックは算数、英語それぞれで難度毎に1冊ある)が提示されました。保護者は、どのワークブックを選択したのでしょうか。下図パネルA.1及びA.2は子どもの実際の成績と、保護者の選択したワークブックとの対応関係を示したものです。対照群は子どもの実際の成績とワークブックの難度が対応していない一方、介入群では子どもの実際の成績に応じて保護者がワークブックの難度を選択している様子が見て取れます。下図パネルA.1及びA.2は、保護者が子どもの学習状況を正しく認識することにより、子どもの学習状況に応じた判断を下せることを示しています。
続いて、算数と英語の学年別の教科書(学力の低い子ども向けに用いられるもの)に対する支払意思額を見てみましょう。上図のパネルBは、横軸に各子どもの英語と算数のスコアの差分、縦軸に英語の教科書への支払意思額と算数の教科書への支払意思額(対数値)の差分をとったものです。英語に比べ、算数の結果が悪い場合、算数の教科書への支払意思額は英語の教科書への支払意思額を上回るはずですが、その傾向が見られます。これは、子どもの成績を正しく認識することにより、子どもの成績に応じて保護者が教育投資や資源配分にかかる判断を見直すことを示していると言えるでしょう。また、パネルBは、保護者の子どもの学習成果向上へのニーズを示しているとも言えます。
最後に、中学校の学費付与にかかるクジへの保護者の投票結果をみてみましょう。子ども2人のうち、年上の子の方が年下の子よりも勉強できると考えれば、1家庭ある9枚ある紙のうち、上の子どもの名前をより多くの紙に書くでしょう。パネルCのとおり、介入群では、緩やかではありますが、その傾向が見られました。
今回は、マラウィにおける子どもの成績にかかる保護者の認識と、子どもの実際の成績とのギャップにかかる研究をご紹介しました。マラウィでは、子どもの成績にかかる保護者の認識と、子どもの実際の成績との間にはギャップがありましたが、子どもの成績にかかる情報が保護者に理解できる形で与えられることにより、そのギャップは小さくなり、また保護者が子どもの教育にかかる認識や判断にその情報を活用することが分かりました。
Dizon-Ross(2019)におけるレポートカードは、個々の子どもについての成績をその子の家庭に知らせるものでした。では、個々の子どもではなく、その学校の子ども達の情報を、個々の保護者ではなく、人々に知らせると、人々の認識はどのように変わるのでしょうか。
JICAみんなの学校は、住民集会における子ども達の教育にかかる情報共有を通じ、保護者・教員・地域住民の協働による学校活動計画の策定と実施を実現しますが、その過程における、それらアクターの認識の変化をDizon-Ross(2019)のように視覚的に示すことは、まだできていません。この点は、JICAみんなの学校にかかる、将来の研究課題の一つと思われます。
参考文献
Banerjee, Abhijit, Rukmini Banerji, Esther Duflo, Rachel Glennerster and Stuti Khemani. 2010. “Pitfalls of Participatory Program: Evidence from a Randomized Evaluation in Education in India.” American Economic Journal: Economic Policy, 2 (1): 1-30.
https://economics.mit.edu/files/3117
Bruns, Barbara, Deon Filmer, and Harry Partrinos. 2011. Making Schools Work: New Evidence on Accountability Reform. Washington DC. World Bank.
https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/2270
Dizon-Ross, Rebecca. 2019. “Parents' Beliefs about Their Children’s Academic Ability: Implications for Educational Investments.” American Economic Review 109(8): 2728–2765.
https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/aer.20171172