女子教育は、教育を受けた女性や女性の出産する子どもの健康にプラスの影響を及ぼします。例えば、教育を受けることにより助産師のサポートのもとで出産する女性の割合が増えて妊産婦や5歳以下の子どもの死亡率が減少すると言われています(Sperling and Winthlop 2016)。また、女子教育は、女性が教育を受けることで第一子を妊娠・出産する時期が遅れること等により出生率を減少させると言われています(Sperling and Winthlop 2016)。では、女子教育により、教育を受けた女性や女性の出産する子どもの健康に対し、具体的にどのようなプラスの影響がどの程度生じたのでしょうか。また、女子教育により、どの程度出生率は減少したのでしょうか。
女子教育と、出生率との相関関係を見るのみでは、他の様々な要因の影響がありますので、女子教育による出生率への影響は正しく推定できません。女子教育による出生率への影響を推定する上では、女子教育には影響するが、出生率には直接影響しない要因を特定する必要があります。女子教育と、教育を受けた女性や女性の出産する子どもの健康との関係についても同様の事柄が言えます。女子教育には影響するが、出生率(あるいは女性や女性の出産する子どもの健康)には直接影響しない要因として、1980年代から1990年代にかけてサブサハラアフリカ地域で導入された初等教育の無償化政策が挙げられます。今回は、初等教育の無償化政策に着目し、ウガンダにおける女子教育による出生率や健康への影響を推定した、Keats(2018)をご紹介したいと思います。
ウガンダでは、1997学年度から初等教育が無償化されました(学年度は2月に始まり、12月までです)。1996学年度以前は、保護者は子ども1人あたり、初等1~3年に対して5,000ウガンダシリング(5米ドル相当)、初等4~7年に対して8,100ウガンダシリング(8米ドル相当)を学校に対して支払っていましたが、無償化により、それらの支払いが免除されることとなりました。(他方で、初等教育の無償化後も、保護者は、引き続き制服や書籍、文房具や通学にかかる交通費等を負担することとされました。)
ウガンダにおける初等教育の就学年数は7年間でした。ウガンダにおける就学開始年齢は6歳でしたので、1983年以降に生まれた子どもは、1997学年度の初等教育の無償化から裨益する世代となります。女性の出生年と学歴(到達した学年)との関係を図示しますと、以下の図のとおり1983年前後で傾向の明確な相違が見られます。
1983年よりも前に生まれた女性は初等教育の無償化政策に裨益せず、1983年以降に生まれた人々が初等教育の無償化政策に裨益したとすれば、1983年を基準として前後のコーホートを比較することにより、その基準年付近の女性に関し、女子教育による出生率や、女性や女性の出産する子どもの健康への影響を推定できるのではないでしょうか。Keats(2018)は、1983年の前後8年間に生まれた女性(1975年から1990年に生まれた女性)を分析の対象とし、1975年から1982年に生まれた女性(初等教育の無償化政策から裨益しなかった世代)と、1983年から1990年に生まれた女性(初等教育の無償化政策から裨益した世代)を比較します。
Keats(2018)は、1995年、2000-2001年、2006年、2011年に実施された人口・保健調査(Demographic Health Survey)のデータ、2009年に実施されたマラリア指標調査(Malaria Indicator Survey)のデータを使用しました。それらデータの中で、1975年から1990年に生まれた女性のデータを分析において用いました。
では、Keats(2018)の分析結果を見てみましょう。回帰分析の結果、1983年よりも前に生まれた世代の女性に比べ、1983年以降に生まれた世代の女性の学歴(到達した学年)は、初等教育の無償化により平均5.63学年(初等)から平均6.35学年(初等)へと0.72学年向上したことが示されました。(なお、Keats(2018)は分析の中で富裕層には初等教育無償化による学歴(到達した学年)への効果が見られなかったのに対し、貧困層にその効果が見られたことを示しました。)また、初等教育の無償化により、女子の初等教育の修了率や中等教育への進学率にもプラスの効果が見られました。
初等教育の無償化は女子教育を改善しましたが、出生率には影響があったのでしょうか。回帰分析の結果、初等教育の無償化により女性の学歴(到達した学年)が向上することで10代のうちに第一子を出産する女性の割合が減少したことが示されました。例えば、学歴(到達した学年)が1学年向上することにより、16歳に第一子を出産した女性の割合が6パーセントポイント、19歳に第一子を出産した女性の割合が5パーセントポイント減少しました。また、1983年よりも前に生まれた世代の女性との比較において、1983年以降に生まれた世代の女性の出産する子どもの合計数は少ないのですが、年齢が進むに従ってその差分が大きくなる結果が示されました。女子教育は第一子の出産年齢を遅らせるだけではなく、女性の出産する子どもの合計数にも影響を与えていました。
続いて、女子教育は、女性や女性の出産する子どもの健康にどのような影響をどの程度与えたのでしょうか。Keats(2018)は、1983年よりも前に生まれた世代の女性と、1983年以降に生まれた世代の女性はともに、同程度の割合が21歳までに第一子を出産していることに着目します。また、Keats(2018)の参照したデータでは、調査の行われた時点から過去5年間に生まれた子どもの健康状態についての調査が行われていました。以上から、Keats(2018)は、各調査時点で15歳~26歳であった女性のデータを用いて分析を行います。
回帰分析の結果、女性の学歴(到達した学年)が1学年向上することにより、医師や助産師のサポートのもとで第一子を出産した女性の割合が29パーセントポイント増加したことが示されました。また、女性の学歴(到達した学年)が1学年向上することにより、女性の第一子への予防接種率は、結核について11パーセントポイント、はしかについて15パーセントポイント、ポリオについて13パーセントポイント、三種混合(ジフテリア、百日咳、破傷風)について12パーセントポイント高まったことが示されました。さらに、第一子の発育不全や貧血の割合が減少したことが示されました。
他方で、女性の学歴(到達した学年)が1学年向上することによる、女性の1歳児未満の子ども(第一子)の死亡率への減少への効果は見られませんでした。その背景として、Keats(2018)は、第一子の発育不全や貧血の割合は減少したものの、体重の面では相違が見られなかったことを挙げています。また、1983年以降に生まれた世代の女性は第一子の出産年齢が遅くなりましたが、経済的に貧しい女性ほど早くに出産する傾向がありました。1983年以降に生まれた世代の女性のうち、第一子の健康にかかる分析の対象とした女性は、もともとのその世代の女性の中でも経済的に貧しい女性に偏っていた可能性があります。
前回は植民地期のベナンにおける初等教育の世代間効果をとりあげた研究を概観し、今回はウガンダにおける女子教育の出生率や子どもの健康への影響についての研究をとりあげました。開発援助の仕事はともすると、短期的な成果に注意が向きがちですが、過去に行った支援が時間をおいて今日までにどのような影響を人々や社会に与えてきているかを検証することにより、今日の教育開発援助の仕事の意義や価値が明らかになるのではないでしょうか。その点に教育開発援助を研究することの意義の一つがあるように思われます。
参考文献
Keats, Anthony. 2018. “Women’s schooling, fertility, and child health outcomes: Evidence from Uganda’s free primary education program.” Journal of Development Economics, 135: 142–159.
https://doi.org/10.1016/j.jdeveco.2018.07.002
Sperling, Gene, and Rebecca Winthrop. 2016. What works in girls’ education: evidence for the world’s best investment. Washington D.C: Brookings Institution Press.
https://www.brookings.edu/wp-content/uploads/2016/07/What-Works-in-Girls-Educationlowres.pdf