男は仕事、女は家庭といったジェンダーにかかる偏見は社会に根強くあります。教育においては例えば、科学・技術・工学・数学(Science, Technology, Engineering, and Mathematics: STEM)を専攻する学生は男子の方が女子よりも多く、その背景として科学や工学等のキャリアは男性の領域といったジェンダー偏見があると言われています(JICA 2022)。
子どもはその成長を通じ、社会のジェンダー観を内面化していきますが、その過程で教員は影響を与えると思われます。例えば、教員がジェンダー偏見を持つ場合、日々の授業における男子生徒と女子生徒への接し方等が異なることで、生徒の学習に影響を与えるのではないでしょうか。今回は、トルコにおける小学校教員のジェンダー偏見による女子生徒の学習成果への影響を研究した、Alan et al.(2018)をご紹介したいと思います。
Alan et al.(2018)は、トルコの公立小学校(4年制)におけるクラス分けや教員配置制度により生じた自然実験(natural experiment)を用い、トルコの教員の持つジェンダー偏見による女子生徒の学習成果への影響を推定しました。(現実社会では、ランダム化比較試験は行われていないものの、あたかも実験が行われたかのようにみなせる出来事が時折生じますが、これを自然実験と呼びます。)まず、教員の持つジェンダー偏見による生徒の学習成果への影響の推定はなぜ難しいのか。また、トルコにおけるクラス分けや教員配置制度によって生じた自然実験とはどういうことなのか、を見てみましょう。
例えば、保護者が自身の子どもが教わる教員を選ぶことができる場合、教育熱心な保護者は、教え方の上手な教員を強く希望すると考えられます。教え方が上手であることは、その教員の他の特徴に相関するでしょう(例えば、教え方が上手な教員は、新たな教授法を取り入れる積極性を有しているかもしれません)。教え方が上手であることと相関する、教員の特徴には、ジェンダー偏見も含まれる可能性があります(ジェンダー偏見が強い教員ほど、考え方が保守的で、新たな教え方を取り入れず、結果として教え方が上手ではないかもしれません)。
上記の場合、保護者が自身の子どもが教わる教員を選ぶ結果、教え方の上手な(ジェンダー偏見のあまりない)教員のクラスの生徒達は、教え方の上手ではない(ジェンダー偏見の強い)教員のクラスの生徒達と属性(家庭の教育熱心さ、及び熱心さに相関しうる社会経済環境等)が異なることとなります。従って、ジェンダー偏見の強い教員に教わる生徒と、ジェンダー偏見のあまりない教員に教わる生徒を単に比較しても(それら生徒の学習成果を教員のジェンダー偏見を表す指標に単に回帰しても)、教員のジェンダー偏見による生徒の学習成果への影響を正しく推定することはできません。では、トルコにおけるクラス分けはどのように行われているのでしょうか。
トルコでは、小学校1年生の学校年度開始時に保護者の同席のもと、生徒のクラス分けがクジにより行われますので、各学校において、上述の保護者の選択によって生じうる帰結のおそれはありません。(トルコの小学校では1年生でクラス分けが行われた後、教員の異動等が生じない限り、同じ教員が4年生まで担任します。また、クラス分けは小学校1年生のみで、2年生以上でクラスの変更は行われません。)
次に、教員の勤務先が、教員の意向を強く反映して決められる場合を考えてみましょう。多くの教員は生活・勤務環境の整っている地域を希望すると考えられますので、生活・勤務環境の厳しい学校には経験年数の少ない若手の教員が多くなる可能性があります。生活・勤務環境の厳しさに応じ、教員の異動もより頻繁に生じるでしょう(トルコの小学校では原則同じ教員が4年間を通じ、同じクラスを担任しますが、生活・勤務環境の厳しい学校ほど教員の異動によりクラス担任教員の交代が頻繁に生じることとなります)。また、学校のある地域の生活・勤務環境は、その学校に通う生徒の家庭の社会経済的地位に相関していると考えられます。教員の意向を強く反映して教員の勤務先が決められる場合、学校によって配置される教員に偏りが生じる可能性があります。では、トルコにおける教員配置制度はどのようなものなのでしょうか。
トルコで教員となるには、公務員試験を受けて基準点以上の点数を得る必要があります。基準点以上を取得したものは、教員の追加配置の必要性のある学校に配属されますが、配属される学校を新たに教員となるものが選ぶことはできません。また、教員は、毎年の勤務に応じ、ポイントを得ていき(へき地等、厳しい勤務環境ほどポイント数は多くなります)、異動にあたってポイント数が参照されます。例えば、勤務先の学校の教員数に余裕が生じ、他の学校に教員の追加配置の必要性が生じた場合、ポイント数に応じて異動する教員が決定されます(ただし、異動先の学校に着任してから4学校年度の間は、異動希望をあげることはできません)。教員が自身の希望に応じた勤務地への異動をするほどポイント数をためるには、へき地を含め、25年以上勤務する必要があります。これらの点をもとに、回帰分析において、教員のジェンダー偏見による生徒の学習成果への影響を推定するにあたり、教員の勤務年数をコントロール変数に含めることで、教員の勤務地選択によって生じうる推定値へのバイアスを除くことができるとAlan et al.(2018)は論じます。
トルコでは、教員の勤務先の選定や異動は教育省によりコントロールされる中、各学校でクラス分けが無作為に行われるという自然実験が生じており、その自然実験のセッティングにより、小学校教員の持つジェンダー偏見の子どもの学習成果への影響を推定することが可能となっています。
続いて、Alan et al.(2018)が、どのように教員のジェンダー偏見等を調査したかを見てみましょう。Alan et al.(2018)は、首都イスタンブール郊外の公立小学校31校において調査を行い、3年生・4年生の担任教員145名(トルコでは小学校教員の多くは女性であり、調査対象のうち女性教員が約7割強を占めました)、生徒約4000名のデータを収集しました。トルコにおいて社会経済的地位の中程度以上の家庭は、私立小学校に子どもを通わせる傾向がありますので、調査対象の生徒は社会経済的地位が中程度以下の子ども達です。また、調査対象の3年生の生徒の約7割は、2~3年、同じ教員が担任を務めていました。4年生の生徒については、その5割強が3年以上、同じ教員が担任を務めていました。
教員のジェンダー偏見について、Alan et al.(2018)は質問紙調査により、「大学に行くことは、女子よりも、男子にとって重要である」や、「女性は努力してもサッカーは上手にプレーできない」、「家族において、働いて稼ぐのは父親の役割であり、子どもの世話をするのは母親の役割である」といった文章を教員に提示し、教員は各文章について「とてもそう思う(I strongly agree)」、「そう思う(I agree)」、「そう思わない(I disagree)」、「全くそう思わない(I strongly disagree)」の4段階から回答を選択しました。調査結果をもとに、Alan et al.(2018)はジェンダー偏見スコア(スコアが高いほど、ジェンダー偏見が強い)を作成します。また、生徒の学習成果に関し、トルコ語と算数のテストがそれぞれ行われました。
では、トルコにおける教員のジェンダー偏見による子どもの学習成果への影響に関し、Alan et al.(2018)の分析結果を見てみましょう。回帰分析の結果、ジェンダー偏見の強い教員が2年以上担任となることは、女子生徒の学習成果(トルコ語、算数のテストスコアそれぞれ)に負の影響を及ぼすことが分かりました。また、より長い期間、ジェンダー偏見の強い教員が担任となることにより(4年生の女子生徒に対して4年間)、女子生徒の学習成果にはより大きな負の影響が及ぶことが分かりました。
具体的には、ジェンダー偏見スコアの1標準偏差高い教員が2~3年間担任となることにより、ジェンダー偏見スコアの低い教員が2~3年間担任する場合に比べ、女子生徒のトルコ語、算数のテストスコアはそれぞれ0.1標準偏差、低い結果となりました。また、ジェンダー偏見スコアの1標準偏差高い教員が4年間担任した場合には(対象は4年生のみ)、女子生徒のトルコ語のテストスコアについて0.16標準偏差、算数のテストスコアについて0.2標準偏差、低い結果となりました。回帰分析は男女別に行われましたが、教員のジェンダー偏見は男子生徒に対しては影響していませんでした。
上記に続き、Alan et al.(2018)は、勤務年数が20年以上の教員(調査対象の145名中24名が該当)やその教員の指導を受けた生徒を除いて回帰分析を行い、同様の結果が得られることを確認する等、上記の分析結果の頑健性を検証しました。また、媒介分析(mediation analysis)と呼ばれる手法を用い、教員のジェンダー偏見が生徒のジェンダー観に作用することを通じて生徒の学習成果に影響を与えていると論じています。
今回は、トルコにおける教員配置制度やクラス分けの制度により生じている自然実験を用い、教員のジェンダー偏見の生徒の学習成果への影響を分析したAlan et al.(2018)をご紹介しました。教員のジェンダー偏見による生徒の学習成果への影響を測定することは容易ではありませんが、Alan et al.(2018)は注意深く研究のデザインを定め、調査分析を行った結果、教員のジェンダー偏見は女子生徒の学習成果に負の影響をもたらすことを示しました。教員のジェンダー観は、その社会のジェンダー観を反映していると思われますが、どのようにすれば教員のジェンダー偏見を減らすことができるのでしょうか。Alan et al.(2018)は、教育協力のあり方に課題を提示しているように思われます。
参考文献
Alan, Sule, Seda Ertac, and Ipek Mumcu. 2018. “Gender Stereotypes in the Classroom and Effects on Achievement.” The Review of Economics and Statistics, 100(5): 876–890.
https://doi.org/10.1162/rest_a_00756
JICA 2022. 『執務参考資料 STEM教育への女子の参加促進に向けて~初中等理数科教育支援における取り組みの可能性』
https://www.jica.go.jp/activities/issues/gender/ku57pq00002cucek-att/materials_01.pdf