ピア効果(peer effect)とは、ある集団に属する個人が、その集団の他の構成員の属性や行動、行動の成果から影響を受けることを意味します(Sacerdote 2011)。ピア効果には、ポジティブなものもあれば、ネガティブなものもありえます。勉強のできるクラスメートに、自身の分からないところを教えてもらい、自身の成績が向上することはポジティブなピア効果ですが、勉強のできるクラスメートを見て自身には無理だと思い、勉強しなくなることはネガティブなピア効果でしょう。
子どもは仲の良い友達から特に影響をうけると考えられますが、どのようなクラスメートと仲の良い友達となるかは、その子どもの性格・属性によるでしょう。あるクラスで趣味が似通っている子ども同士が仲良くなる場合、成績の悪い子ども同士、成績の良い子ども同士で仲良くなるかもしれません。このような場合、成績が子ども同士の関係に作用し、また子ども同士の関係が成績に作用するという相互関係があり、単に両者を観察するだけでは、後者の因果関係を推定することはできません。
ピア効果が教育において重要であろうことは明らかですが、集団の中での日々の子ども同士の相互関係は複雑であり、子どもの学習へのピア効果を識別することは容易ではありません。今回は、中国南部にある湖南省をフィールドとし、ランダム化比較試験によりピア効果を推定した、Wu et al.(2023)をご紹介したいと思います。
Wu et al.(2023)は、中国南部にある湖南省隆回県の教育事務所との協議のもと、同県にある公立小学校の中から、3~5年生の各学年に関し、3クラス以上ある公立小学校4校を選びました。続いて、Wu et al.(2023)は、4校の3~5年生の各学年に関し、調査対象とする3クラス(計36クラス)を無作為に抽出しました。また、各校各学年の各3クラスから2クラスに対し、無作為に介入を割り当て、介入群としました。(学校単位ではなく、クラス単位で介入の割当が行われたこととなります。)
中国の小学校では、1学校年度を通じ、クラスにおける生徒の席が固定されます。Wu et al.(2023)では、介入群の各クラスにおいて、中国語と算数の試験結果をもとに、成績中程度よりも高い生徒と中程度以下の生徒の2グループに分けます。続いて、成績別の2グループに関し、それぞれ身長の高い・中程度・低いの3グループに分けます(成績×身長のグループ分けにより、計6グループができたこととなります)。その上で、計6つの各グループに関し、成績中程度よりも高い生徒と、中程度以下の生徒が隣同士になるように、生徒の席順を無作為に配置しました(席順のイメージは下図のとおりです)。
介入群2クラスは、無作為に成績中程度よりも高い生徒と中程度以下の生徒が隣り合う席順となりましたが、Wu et al.(2023)は、介入群である各学年2クラスのうち1クラスに対し、追加的介入を行いました。以下では、介入群①(成績が中程度よりも高い生徒と中程度以下の生徒の隣合わせの席順決定のみ、以下「席順決定」といいます。)と、介入群②(席順決定+追加的介入)と呼びましょう。
介入群②のクラスの生徒のうち、成績が中程度よりも高い生徒には、ペアとなる成績中程度以下の生徒の学習成果向上に応じて報償が与えられました。具体的には、ペアとなる成績中程度以下の生徒が中間・期末の各試験で成績中程度以下の生徒の中で上位10%以内にそれぞれ入ると、成績が中程度よりも高い生徒に対し、100元(15米ドル程度)が与えられました(調査対象期間である第1学期に、試験は中間と期末の計2回行われましたので、成績が中程度よりも高い生徒は最大で200元を得ることとなります)。
介入は第1学期の始まる2015年9月から行われ、エンドライン調査は同学期の終わる2016年2月に行われましたが、介入により生徒の学習成果にはどのような変化が生じたのでしょうか。
介入群①(席順決定のみ)では、成績中程度以下の生徒に対する学習成果への効果が中国語・数学ともに見られなかった一方、介入群②(席順決定+報償)では、介入により成績中程度以下の生徒の学習成果が数学において0.24標準偏差向上しました。(他方で、介入群②では中国語に関する介入効果は見られませんでした。)
介入群②では、成績が中程度よりも高い生徒が、中程度以下の生徒に勉強を教えるために時間をとることで、成績が中程度よりも高い生徒は自身の勉強の時間が減り、学習成果が低下したかもしれません。介入群②における、成績が中程度よりも高い生徒への介入効果を推定したところ、そうしたネガティブな効果は見られませんでした。
次に、成績の中程度よりも高い生徒と、中程度以下の生徒が隣合わせとなり、前者から後者への学習支援が行われる過程で、生徒に学習面以外の変化が生じるかもしれません。Wu et al.(2023)は、各生徒のビッグ・ファイブと呼ばれる性格特性(外向性、協調性、開放性、精神的安定性、真面目さ)に関し、質問票調査を行いました。質問票は上記5つの性格特性にかかる計60の設問からなり、特性毎の設問回答の結果を集計することで各性格特性のスコアが算出されました。
回帰分析の結果、生徒の外向性(外界や他者に積極的に関わる姿勢)や協調性(他者と協力する姿勢)に関し、成績の中程度よりも高い生徒・中程度以下の生徒の両者に関し、介入群②(席順決定+報償)では効果が見られた一方、介入群①(席順変更のみ)では効果が見られませんでした。また、真面目さ(勤勉さ)については、成績の中程度以下の生徒に関し、介入群②(席順決定+報償)では効果が見られました。
他方で、開放性(新しいことに好む、取り組む姿勢)や精神的安定性(情緒安定性)については、成績の中程度よりも高い生徒・中程度以下の生徒両者に関し、いずれの介入群でも介入効果は見られませんでした。(ビッグ・ファイブの性格特性への介入効果は、介入内容や学習成果への介入効果の結果と整合的と思われます。)
さて、介入群①・②における席順決定は無作為に行われましたので、隣り合わせとなった、成績の中程度よりも高い生徒の学力が高いほど、成績の中程度以下の生徒の学習成果が向上したかを識別することができます。同様に性格特性についても、隣り合わせとなった、成績が中程度よりも高い生徒から、成績が中程度以下の生徒への影響を分析することができます。
回帰分析の結果、介入群②においては、隣り合わせとなった、成績の中程度よりも高い生徒の学力の高いほど、成績の中程度以下の生徒の学習成果が向上したことが確認されました。また、性格特性のうち協調性に関し、隣り合わせとなった生徒の協調性が高いほど、他方の生徒の協調性に正に影響することが確認されました。
続いて、介入群②における介入(席順決定+報酬)は、隣り合わせとなった生徒同士の友人関係の形成にも影響したのでしょうか。Wu et al.(2023)は、ベースライン・エンドライン調査において各生徒に対し、クラスで仲の良い友達6名(男子3名・女子3名)を尋ねました。
Wu et al.(2023)は、クラスの生徒のうち、互いに仲の良い友達とあげた生徒同士について、友人関係のネットワークが形成されたとみなし、ベースライン・エンドライン調査における友人関係のネットワークを比較することにより、介入による影響を推定します。回帰分析の結果、介入群②(席順決定+報償)では、隣り合わせとなった生徒間の友人関係の形成が促進されたことが分かりました。(介入により、成績の中程度よりも高い生徒と友人関係にある、成績の中程度以下の生徒の割合が約8%増加しました。)
今回は、ランダム比較試験を通じてピア効果を推定したWu et al.(2023)をご紹介しました。Wu et al.(2023)は、生徒間の教え合いが、クラス内の学力差を縮小させ、友人関係の広がりや、ビッグ・ファイブと呼ばれる性格特性の面でも正の影響を及ぼすことを示唆しています。Wu et al.(2023)では、成績が中程度よりも高い生徒に直接的インセンティブを与えることを意図して金銭的報償が提示されましたが、本来教育上、金銭的報償は避けるべきでしょう。金銭を伴わない異なる形で生徒間の教え合いを促すことで、Wu et al.(2023)と同様の効果が得られるものと思われます。
参考文献
Sacerdote, Bruce. 2011. "Peer Effects in Education: How Might They Work, How Big Are They and How Much Do We Know Thus Far?" In E. Hanushek (Ed.), Handbook of the Economics of Education, Vol. 3. North Holland.
Wu, Jia, Junsen Zhang, and Chunchao Wang. 2023. “Student Performance, Peer Effects, and Friend Networks: Evidence from a Randomized Peer Intervention.” American Economic Journal: Economic Policy, 15(1): 510–542.
https://doi.org/10.1257/pol.20200563