はじめに
“看護学生のための合理的配慮事例集”があるべきと考え、このご紹介ページを作りました。ここに掲載しているのは、「看護教育」誌2020年3月号に寄稿した記事(SCRAMBLE ZONE「障害を持つ看護学生の実習支援―アイルランドの大学の臨地実習支援ガイド」)の原資料より、紙数の都合で寄稿を見合わせた合理的配慮例の拙訳です。
障害を持つ看護学生のための合理的配慮 事例集
UCD看護学生実習支援ガイドより、合理的配慮例のページを訳したもの
出典)
University College Dublin (UCD), (2016) Phil Halligan and Frances Howlin(編)
“Supporting Nursing and Midwifery Students with a Disability in Clinical Practice: A Resource”
ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(UCD) 『臨地実習における看護学生および助産学生への支援: 教育者および学生のためのリソースガイド』2016年版、pp 35-45(2024年3月25日閲覧)
下記のサイトからダウンロードできます。
https://issuu.com/advantagepointpromotions/docs/ucd_disability_in_nursing_guideline
翻訳 川端望海
訳者付記)
原資料には、あくまでこの配慮例はUCDにおいて行われてきた例であり、チェックリストとして用いるものではないこと、学生への実習中の配慮の内容は、個々の学生固有の個別的なニードを、UCD支援ガイドに示されたアセスメント手順を踏んだ上で、組織的に決めていくべき、と記されています。日本へのご紹介にあたって編著者の許可を得た際には、アイルランドでの事例は必ずしも日本の状況に沿ったものでないかもしれない旨のお返事を頂いています。和訳にあたっては原著で箇条書きになっている部分にあえて番号をふっていますが、これは優先順位などではなく、情報を共有しやすくするためのもの、と考えて頂ければ幸いです。
目次
1)限局性学習症(SpLD)
1.1)ディスレクシア(識字障害)
1.2)算数障害(ディスカリキュリア)
1.3)書字障害(ディスグラフィア)
1.4)統合運動障害(DCD)
2)注意欠如・多動症(ADHD)
3)深刻な進行性の疾患(SOI)
3.1)てんかん
3.2)糖尿病
3.3)慢性疲労症候群
4)感覚器の障害
4.1)聴覚障害
4.2)音声障害
4.3)視覚障害
5)身体に関する障害・疾患等(Physical conditions)
5.1)関節リウマチ
5.2)ストレス
5.3)多発性硬化症
5.4)脊椎の障害
6)精神疾患等
P35 (以下、ページ数は原資料のページを指す)
1)限局性学習症(SpLD) (Specific Learning Difficulties : SpLD)
本リソースガイドにおいて特定の学習障害(SpLD)として述べるものは、情報の学習と処理の仕方に関わる障害をいう。これは精神的な要因よりもむしろ神経学的な要因によるものであり、教育・学習や読み書き等のスキルの習得に際して著しい影響を及ぼしうる。特定の学習障害はしばしば併発する様々な困難を総称する用語であり、より一般的にはディスレクシア(識字障害)、算数障害(ディスカリキュリア)、書字障害(ディスグラフィア)およびADD/ADHDを含む。(BDA 2015)これらについてはそれぞれ後述する。
1.1)ディスレクシア(識字障害)
ディスレクシアは目に付きにくい障害で総人口の約10%はこれによる何らかの影響があり、4%は重篤である。特定の学習障害の中ではもっとも一般的なもので遺伝性の場合が多い。ディスレクシアの学生は文章を読む際に単語の中で文字を、文章の中で単語をそれぞれ取り違えやすい。また書く際に単語を正確に綴ることに困難があり単語を逆に綴ってしまうことがしばしばある。ディスレクシアは識字能力だけに関わる障害ではないものの、識字能力の弱みがしばしばもっとも目につきやすい徴候となる。ディスレクシアは情報の処理、蓄積(store)、読み出しの仕方に影響を及ぼし、また記憶や処理速度、時間知覚、効率化や優先順位付けに困難を生じうる。これらの困難は知識の統合や想起に加えて、看護ケアの統合や管理、役割の調整にも影響を及ぼしうる。経路の選択や左右の把握、方向感覚に困難を示す場合もある。
(訳者付記;英語と日本語その他の言語ではディスレクシアのあらわれ方は異なるので、配慮の仕方も異なってくると考えられる。)
ディスレクシア(識字障害)への合理的配慮の例
1・実習先で指示や要望等を伝える際は口頭でも文字による場合でも曖昧さを避ける。
2・あらかじめ重要な箇所を知っておけるよう学生が実習先を下見しておくことを検討する。
3・UCDアクセスオフィス(障害支援室)ないし生涯学習センターに相談できない時(開室時間外、休日など)にサポートが受けられる相談先の一覧表を学生に渡しておく。ただし情報過多が学生の負担にならないよう注意する。臨地実習コーディネーター(CPC)は、患者の安全が投薬時の最優先事項であることを強調するようにする。
4・臨地実習に先立ち学生の患者情報記録を支援するため、文書作成(writing)と専門用語についてのワークショップ実施を検討する。異なる色の文字を活用することや、患者のストレスを軽減する入退院計画に向けての支援も検討する。
5・実習に関連する文書類は、実習に先立ち十分余裕を持って配布しておく。患者ケアにおいてなすべき事の優先順位付けがしやすくなるようなシートの作成・配布を検討する。その際、どのような事項がより重要なのか学生が一目で気づけるようにする。(蛍光ペンを使うなど)シートの文字には適切なフォントおよびサイズを選ぶこと。(例;英文ならArial/Size 12)可能ならば紙面のギラつきを避けるためクリーム色の背景色を用いるか、ないしは紙でなく電子ディスプレイ上で見るシートを提供する。
6・患者ケアの記録を書式に沿って適切に記入できるよう、明快なガイドラインを示す。その際、必要ならば文章を練ったり文の構成を考えるのを手伝ってもよい。記録に書かれた文章の意味が明確に取れるのであれば、ある程度の字の乱雑さ、つづりの不正確、句読点の不足、大文字の欠如ないし過多などは受容すべきである。書いた記録に誤りがあった場合は効率よく記録を行う際に要する手順に沿ってフィードバックを行うようにする。記憶増進法(mnemonics)が有効なこともある。ディスレクシアの学生の場合、スペルや文法にミスがあってもそれらは許容すべきかもしれない。
7・実習開始までに基本的な専門用語を記した用語集を提供する。ポケットサイズの小型メモ帳等に単語・言い回しを記載していくようにすると便利である。学生にはこのメモ帳にあいうえお順に難しく感じる単語を記録し把握しておくよう助言するとよい。これは、難しい単語を繰り返し参照できる資料となり、これらの単語を使いこなすための支援となる。スタッフにはスタッフもこのメモ帳にどんどん書き込んでよいことを伝える。
8・必要であれば学生には電子辞書/専門用語辞典を駆使し自分の用語集に新しい語彙を追加するよう促す。複数の異なる解釈が可能な言い回し等については補足説明が必要になりうることに注意。例えば、“佐藤さんは~を訴えています(complain of)”は“佐藤さんは~と言っています(complaining)”よりむしろ“佐藤さんは~の徴候と症状(signs and symptoms)を示しています”の方が適切かもしれない。
9・注意散漫になることを避けられるよう、可能ならば学生のアセスメントは静かな部屋で行う。教員が複数の学生に手ほどきや実演をする際、学生に録音機器やディクタフォン(速記用の口述録音再生装置)の使用を勧めてよい。
p36(ディスレクシアの続き)
10・学生が患者記録をその日の終わりごとにまとめて書くのではなく、一日の実習時間内で記録作業を柔軟に行う方法を検討する。
a・記録作成に他の学生より時間がかかることを許容する。学生がつづりや文法を改善するためのタブレット/ノートパソコン/スマートフォンの使用を希望する際はこれに沿えるようにする。
b・スキルの実演を行う際は、手順はシンプルに説明すると共に、患者の個別性と実演するスキルとの関連性を明示すること。実演は繰り返し行い、学生が行う際は動作を口に出して言ってもらうと共に振り返りを促す。指示を与える際は明確かつ論理的なものとし、違う言葉で繰り返すようにすると共に細かいステップごとの指示とし、必要ならば書いたものでも示すようにする。ディスレクシアの学生にはビジュアルに説明するやり方がうまく行くことが多い。スキルを練習したり手順をメモしたりする際には普通の学生以上に時間を与えるべきである。ビジュアル・オーディオの教材、実地に行うデモなど様々な方法でスキルを示すのがよい。
c・振り返り時の支援であるが、フィードバックしていく際に学生がケア等を思い出すのが難しかったり過度に緊張してしまったりする場合、手掛かりを示したシート(prompt sheet)を提供するのも効果的である。
d-・ディスレクシアの学生は、場合によっては文章を読む際に視覚的かく乱(図5.2に示すような文字の歪み)を体感する。その場合:
i・テキスト自体がひずんで見えたり単語や文字が揺らいで見えたり
ぼやけていたりする。
ii・一つのページの中で行を追うのが困難なことがある。
iii・白い紙や白い背景の場合まぶしすぎて活字が判読しづらい場合がある。
iv・照明を適切なものにすることで視覚上の問題が解決することがある。またホワイトボードや白紙に書くのを避けるようにするのも効果的である。学生によってはカラーフィルターを通して見ることで視覚的かく乱が軽減される場合がある。
11・もし学生がこれらの状況のうち一つでも呈している場合、ないしは大学において困難を抱えている場合、理想的にはこの領域に精通している検眼士ないし視能訓練士に紹介すべきである。
12・ディスレクシアの学生の多くはギラギラ光るような白いページ、ホワイトボード、コンピュータ画面などに影響を受ける。これらにより文章を読むのがより困難になりうる。以下の配慮をしてよい:
a・クリーム色ないしパステルカラーの背景を用いたり、カラーフィルターを画面等にかぶせる、ないしは淡い色のついた読書用メガネを使うことでそのような困難を軽減しうる。読み取りに困難を生じている場合、人によっては目の筋肉の調整や焦点合わせの能力が弱いことがある。専門家が診て眼の訓練ないしメガネの使用によって対処することになるかもしれない。
b・白を背景色とした場合、文字の色も明瞭に読むことに影響する。例えばホワイトボードで赤いペンをつかって文字を書くと学生によってはほとんど読めなくなることがある。
P37
1.2)算数障害(ディスカリキュリア)
算数障害を持つ学生は数学で用いる概念や記号の理解に困難がある。単純な数の概念の理解が非常に困難で基本的な計算能力の習得も難しいという特徴がみられる。このような学生の場合、非常に初歩的なレベルで既に数字を扱うことに困難を生じがちである。例えば数字を伴う情報や手順の学習、時刻を言うこと、時間管理、量や価格・金銭の把握が困難なことがある。初歩的な計算能力(numeracy)および数学(maths)における困難さもまた算数障害に共通してみられる。従って投薬量が適切か否かを判断できるよう様々な処方について学んでいく際に課題が生じうる。算数障害の学生が困難に遭遇しうる場面としては次のようなものが考えられる:計算(computation)、方向感覚(の乏しさ)、左右の弁別、数学上の概念の把握、暗算(mental mathematics)、数字の読み書き、逆算(reversals)、数え上げ(rote counting)、数式・公式・数列の理解。このほか、算数障害の学生は物をなくしやすかったり上の空に見えがちだったりする。人の名前や顔を思い出すのが得意でない場合も見かけられる。
算数障害への合理的配慮の例
1・投薬量など薬についての計算を支援するため、学生にノートパソコン等の携行を推奨し、計算を伴う課題を適切に遂行できるようにすると共に、分数・小数・統計あるいは様々な科学計算ソフトを扱う際は大きなディスプレイで見られるようにする。
2・与薬カートに音声電卓を備え付けておく。臨地実習コーディネーター(CPC)は、患者への投薬管理にあたっては患者の安全性が最優先事項であることを強調する。
3・与薬カート、薬剤保管棚、スタッフステーションのデスク上、その他作業する場所に計算表/数式の一覧表を備え付けておく。
4・学生が課題を心に留めておきやすいよう、また種々の情報を容易に想起できるよう援助する。(例えば、学生が電話で指示を受ける時には相手から説明を繰り返してもらえるよう助言する。)学生が実習先スタッフに説明や指示を繰り返してもらうことや、説明・指示をメモし終えるまで待ってもらうことをためらわずにできるようかかわる。
5・業務の優先順位付けができるよう、各シフトの後学生に対しどうすればより一層効率的な時間配分ができるかを振り返ってもらい、そのための行動計画を立案してみるよう促す。
6・傷の大きさ等を測るためのしゃべる巻尺(音声メジャー)を用意する。
7・患者の体重測定用にしゃべる体重計を用意する。
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1.3)書字障害(ディスグラフィア)
書字障害は様々な種類の書字表出に関する障害を包括する用語として使われる。文字を読みやすく書くことの困難であるが、単に手で書くのが苦手であるにとどまるものではなく、発達性協調運動障害(DCD)の一つに分類されるものである。書字障害を持つ人は、文字、数字、単語を一つの行の中で、あるいはページの中できれいに配置することに困難を生じうる。これらは部分的には視覚的・空間的な困難等から生じている場合がある:例えば、眼で得た情報を処理する際の問題、また部分的には言語を処理するプロセスの障害、耳で聞いた音を処理しそれに意味を与える過程での問題など。書字障害は字を書く際の困難がどんな所にあらわれるかによって次の三つのサブカテゴリに分類できる。これら3つのサブタイプのうち一つ、二つないし三つが一人の学生にあらわれうる。
・ディスレクシック ディスグラフィア
独特の綴り方や書字の読みにくさが特徴的である。実際のところディスレクシアを伴わない‘ディスレクシック ディスグラフィア’者もいる。
・運動性ディスグラフィア
綴りはかなりうまくいくことも多いが、それでも書字の読みにくさを呈する。多大な努力を払って何とか書けるようになっても、かえって書く字の構成の仕方、字の大きさ、文字や単語の脱落などがますますひどくなってしまうこともある。書くことに多大な時間を費やさねばならないため、本人は早々に耐えがたい苦痛を味わいかねない。
・場所性(spatial)ディスグラフィア
文字を書いていく際に適切な間隔・余白(space)を取ることに困難が生じるのが特徴である。書かれた文章は読みにくいものの綴りは正常である。
書字障害の学生にあらわれる症状には以下のようなものがあり、これらの一部があらわれる場合もあれば全部があらわれることもありうる。
・書字の読みにくさ
・書字に筆記体と活字体が混在する
・書いている時にその語を大きく口にする
・書くことに集中するあまり自分が書いている文の理解まで手が回らない
・書くべき言葉を見つけるのが難しい
・文章中に書き終えていない単語やとばしてしまった単語が散見される
・紙の上に自分の考えを書き出してまとめていくのが難しい
・文章の構成や正しい文法にとても苦労する
書字障害(ディスグラフィア)への合理的配慮の例
1・看護記録等を書くために音声認識・音声入力が可能なパソコンの使用を許可する。
(音声認識・音声入力ソフトとしては、ドラゴンスピーチなど)
2・学生に罫線の入った用紙の使用を認める。
3・作業療法士がしばしば推奨するものとして傾斜デスクがある。書く際に筋肉の調整能力が弱い学生については特に有効である。
4・ケアの内容等を文書にしていく際に小型のパソコンやタブレット等の活用が有効となりうる。これらの機器はまた手で書くことに集中力を削がれることなく自分の考えを書き留めたり、これから書くことについて考えたり、速やかな指示・手順の変更を行うのにも役立つ。
5・手で書くことによって時間がとられてしまうことがないよう配慮するとともに、定期的に記録や援助計画のアップデートができるよう支援する。
6・引継ぎの内容を録音する器材の使用を認める。
7・引継ぎや患者に関するメモ等を代替フォーマットでやりとりする。
8・病棟実習の前に引き継ぎ時に使うメモのテンプレートを提供しメモの取り方も一緒に練習する。
9・文書等の作成時間や業務の実施時間の延長を許容する。
10・カウンリングや各種医療機関へのアクセスを配慮する。
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1.4)統合運動障害(DCD)
英国で統合運動障害(Dyspraxia)と呼ばれている発達性協調運動障害(Developmental Coordination Disorder: DCD)は、小児および成人における種々の微細運動および/ないし粗大運動をひとつの動作としてまとめるのが困難なことによる日常的な障害である。症状のあらわれ方は人によって様々である。周囲の環境や実生活で経験することに応じて、その症状は徐々に変化しうる。協調的な運動(訳者注;様々な別種の動作をひとつにまとめるような運動、例えば縄跳び、自転車)の困難さは、教育・労働・雇用の諸場面で各種のスキルを日常的に発揮し社会に参加していくことを妨げる。併存する様々な困難が日々の生活の場でも深刻な悪影響を呈している可能性がある。これには、時間の管理、計画立案や物事の効率化(organization)に生じる問題のほか、社会的・感情的な困難も含まれ、これらは学生への教育あるいは雇用の過程に影響を与えうる。(BDA 2015)この障害では微細/粗大運動を伴う諸動作が不器用ないし緩慢となりうる。DCDの学生は情報をたくさん収集しても、それらを論理的かつ体系的に整理するのが難しいことがある。また、言語能力が高くても文章に書く能力がそれに見合わないことがある。(Special Education Support Service (SESS) 2010)
統合運動障害への合理的配慮の例
1・実習施設等の平面図、主要な場所の写真、音声を伴うビデオ等を事前に提供する
2・時間の管理を援助する。学生に日記や‘to do’リストの作成を促す。
3・学生に一日の活動時間割を作るよう促す。
4・ルーティンや勤務表の変更がある場合は十分な予告・通知を行う。学生とプリセプターは各週の勤務を同時に終えられるようにするとともに各シフトの終了時には次のシフトで期待されること、予定の再調整や実習場所の確認などをしておく。
5・個々の指示は極めて具体的に行う。(ディスレクシアの学生にも有効と考えられる)
6・学生は安定性確保のためにケア等を座って行うよりも、むしろ立って行うことが必要になる場合がある。
7・統合運動障害の学生の一部は適切に他人と社会的な距離を取ることが難しく、相手のパーソナルスペースを侵しがちことがありうる。このような場合は学生が話しかける相手、特に患者や家族との間に腕一本ほどの距離を保つように教える必要が生じるかもしれない。
8・課題にマーカー等で印をつける際は違う色を使うよう助言する
9・優先順位を付けて計画し実行していくスキルを実際のケアの場所以外で繰り返し練習する。学内の演習室で練習するのが望ましいと思われる。
10・左右の取り違えで混乱しなくてすむよう(これは、備品等を取るよう指示された時や患者とその家族を区別するときなどに起こりうる)、備品類を取る時は同じ方法で取るように促すと共に、自分の体を使って右・左を見極めていく方法を見つけられるよう励ましていく。例えば右利きの学生ならば右は文字を書く側であり、左手(あるいは右手)にはいつも時計やネームバンドを付けるという手がある。
11・検査室等からの文書にある用語を読み上げる際に困難があった学生や、看護記録、処方箋上の関連情報を識別・特定するのが難しかった学生には、スタッフに援助を求めて薬品名等を綴ってもらえるように促す。薬品名等の正しい発音や綴り方については、治療薬辞典および/または医療用電子辞書を使うように促す。(セクション7により詳細な記載あり)
12・引継ぎの際に明瞭にしゃべれることは他のスタッフが情報を正しく確実に聴き取るために欠かせない。学生は自分が報告を読み上げる際取手付き定規等をメモに添えて読んでよい。(これはディスレクシアの学生にも有効である)綴り方、文法、句読点の打ち方が苦手な場合、重要な情報が他のスタッフに誤って伝わってしまうことがありうる。学生には(電子)医学辞典を活用するよう促し、患者の記録や薬について記入する前にはあらかじめ書いた下書きを誰かにチェックしてもらうようにする。しばらくたったところで、学生の記録能力向上を目的として前もって各種の表現例を一覧表にしておくよう促してもよい。英文は筆記体でなくブロック体で書いて構わない。新規な用語の綴り方を練習するよう助言するのもよい。
p40
2)注意欠如・多動症(ADHD)
注意欠如・多動症(ADHD)は集中力や衝動性、注意の向け方をコントロールする脳の部位が何らかの影響を受けている障害であり、過活動を伴う場合もあれば伴わない場合もある。(University of Oxford 2015)
注意欠如・多動症(ADHD)の行動的な特徴には以下のものが含まれうる:注意の散漫、落ち着きのなさ、衝動性、奇抜で予測しにくい不適切な行動、不適切な発言を口走ってしまうこと、あるいは他人の発言を過度に遮ってしゃべること。場合によっては攻撃的との印象を周囲が無意識のうちに持ってしまうことがある。フィードバックの手法をうまく使いこなせない場合もみられる。
過活動が顕著でない場合は注意欠陥障害(ADD)と呼ぶべきである。一つのことに集中し続けるのが非常に困難で‘空想にふけっている’ように見えたり気がそれやすかったりする。容易に注意散漫となり、自分が何をしていたかを忘れがちで他人の話を聴くスキルに乏しかったりする。細部まで注意を払うことが難しいゆえに重要事項を見落とすことがある。ADDを持つ人はしばしばディスレクシアも伴い、話を聞いたり、しゃべることで明快に自己を表現したり、文章を読んだり、指示を思い出したり、口頭でなされた指示を理解したり、集中力を維持したりするのが難しい。(BDA 2015)
ADHDの学生が呈しやすい困難として以下のものがある。(一部または全部があらわれうる)
a・タイムマネジメント力、時間を効率的に使う能力の不足
b・作業負荷の変化に対処することへの困難――複数の作業を行う際の集中力に課題あり
c・新規の場所に時間通りにたどり着くのが難しい
d・期限を守ったりケアの際の作業量の調整や作業の割り振りが難しい
e・様々な刺激により容易に気が散るので忙しい病棟では問題が生じうる
f・短期記憶が弱い場合は指示や説明を受けるのが困難になりうる
g・会話についていくのが困難な場合、不適切と思われる振る舞いにつながりうる
注意欠如・多動症への合理的配慮の例
1・臨地実習が始まる前に実習先を訪問する機会を作り、学生を様々な職員に紹介すると共に施設の色々な場所に案内しておくことは有益である。
2・特に学生の短期記憶力が不十分な場合においては、学生がより素早く集中できる、あるいは迅速に実践できるのを支援するための文書を前もって作成しておく。
3・学生の課題に焦点を合わせたフィードバックを伴うフォローアップの機会を持つことで、学生のタイムマネジメント力、時間内に物事を終える能力(punctuality)、集中の困難さへの支援を行う。
4・‘to do’リストを、特定の作業を思い出す際の効果的な合図や手がかりとして活用する。
5・ケアを上手に優先順位づけしたり打ち合わせ等の時間を守れるよう補助する。
p41
3)深刻な進行性の疾患(Serious Ongoing Illness :SOI)
学生によっては、長期にわたる、あるいは一生続く疾患を持って入学してくる、あるいは大学在学中に学習に大きく影響しうる疾患等の診断が下る場合がある。これには数多くの疾患等が含まれる。例えば、てんかん、糖尿病、筋痛性脳脊髄炎(ME)、ぜんそく、がん、先天性心疾患、繊維筋痛症、慢性疲労症候群(CFS)などである。合理的配慮はその学生ごとに個別性と疾患の重症度に厳密に照らしながら行うべきである。場合によっては最小限の配慮で済む、あるいは配慮なしで済む場合もありうる。
3.1)てんかんへの合理的配慮の例
1・医療警告IDブレスレットの装着を学生にアドバイスする。
2・座学、臨地実習など諸活動のバランスがとれるように助言/指導を行う。
3・学生がてんかん発作を起こしがちなことを臨床スタッフに周知しておく。
4・てんかんのマネージメントや発作への対処方法を全スタッフに周知する。
5・学生が単独でケアに当たらないよう臨床スタッフに伝える必要が生じうる。
6・予測やコントロールが難しいてんかんの場合、学生が通常の夜間帯の実習に就くことが困難かもしれず、標準的なシフトパターンからの変更を試みる必要が生じうる、例えば、連続して夜勤が7日続くのではなく2日にとどめるなど。
7・学生は発作の要因や前兆を十分意識しておくようにし可能ならば回避策をはかる。
8・光感受性てんかんの場合は明るい場所や光が点滅する場所を避けるよう助言する。
9・実習中に医療機関を受診できるよう調整を行う。
3.2)糖尿病(DM)への合理的配慮の例
1・医療警告IDブレスレットの装着を学生にアドバイスする。
2・規則正しく食事休憩を取ることが必要になりうる。(実習病棟の職員に周知させること)
3・血糖測定のために短時間の休憩を取る必要が生じうる。
4・夜間帯の実習時間の短縮を協議する必要が生じうる。
5・ストレス等を含め、低血糖や高血糖を起こしうる要因について実習先職員に周知しておいてもらうこと。
3.3)慢性疲労症候群への合理的配慮の例
1・作業スケジュールを柔軟に組むことを許容する。
2・可能な限り身体的な作業および実習先でのストレスを軽減する。
3・可能であれば病棟から離れた所で定期的に休憩がとれるようスケジュールを組む。
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4)感覚器の障害(Sensory Impairments)
本リソースガイドにおいては、聴覚、音声能力(speech)および視覚に影響するあらゆる種類の障害・疾患等を指す言葉としてこの語を用いる。
4.1)聴覚障害
ろう者あるいは難聴と共に生きる者は聴覚障害のレベルに応じて様々に異なるコミュニケーション方法を選んでいる。‘読唇’を用いる者、補聴器を用いる者、その両方を活用する者、あるいはコミュニケーションの様式(モード)として手話を使う者もいる。ここで大事なのは、補聴器を使っている人の場合、その人がこのような機器なしでいるときの音の認知がポイントになることである。聴覚障害を持つどの学生も、その学生固有のコミュニケーション方法を持っており、だからこそ個々の学生本人にどのような支援があれば助かるかを尋ねることが大切になる。学生の情報へのアクセスをより向上させコミュニケーション能力を伸ばすためには、異なる状況ごとに異なる戦略を立てることが必要になる。学生が実習の最初の週を終える時には、あらかじめ立てた戦略がどのくらい適切で有効であったか、簡潔に振り返るべきである。
臨地実習が進むにつれて、さらなる変更を話し合うことが必要となりうる。肝心なのは、柔軟に取り組んでいくことである。
聴覚障害への合理的配慮の例
1・実習先で使う電話等が確実に大きな音量で使えるようにする。
例;音量のコントロール、増幅器の接続など
2・着信時にフラッシュライトで知らせる電話機など。必要であれば、学生が着信に気付いた後、他のスタッフに応答を依頼できるようにする。
3・(医療現場における)音声をテキストメッセージに変換可能な電話の使用
4・ビジュアルディスプレイ付きの(なしの)接続式および(ないし)電子式の聴診器
5・手話通訳者
6・申し送りの後に情報やケア計画をダブルチェックするための時間を特別に設ける。
7・音声をテキストに変換するためのスマートフォンの使用
8・学生と顔を向き合わせ簡潔な言葉を用いて明瞭に話すようにする。
9・学生の周囲から、気を散らしそうなものをできるだけ減らす。
10・学生が言われたことを理解できたかどうかチェックする――どんなことを言われたのか学生が理解していなかった場合は別の表現で伝え直す。
11・読唇を行う学生の場合、周囲のみながシースルーのマスクを使用する。
(訳者付記;参考例 Safe'N'Clear社製 Communicator Mask、FDA承認済み)
12・教育指導やディスカッションの際に動画を使用する場合、字幕を付けたり学生にあらかじめ脚本や内容の概略を記した資料を手渡しておく。
13・前もって実習先の情報を提供する。
14・重要な情報は口頭で伝えるのとは別に、紙面や電子フォーマットでも伝える
15・実技等のデモンストレーションを行う場合は、学生が実演者の口元と実技そのものの双方を確実に見られるようにする。
16・学生が座って説明を受ける際は最前列着席が望ましい。
17・学生は法で定められた火災等の訓練を受けておくべきである。学生個人に対し緊急時の避難計画立案が必要となる場合もあり得る。例えば、実習先で火災警報をバイブレーターで受けられるようにするなど。(安全担当者との連携のもとに計画する)
18・読唇が難しかったり騒音が問題となり得る可能性のある実習先に学生が配属されないよう、あらかじめ実習先について十分協議を重ねておく。
19・モニター類の警報や心停止に対応できるよう、バイブレーター等で警報を受けられるよう配慮する。
p43
4.2)音声障害(Speech Impairment)
音声障害の内訳としては、明瞭に発音することの困難、声の大きさの問題、あるいは声が出ない状態、慢性の嗄声、吃音症、速話症など幅広い範囲に及ぶ。音声障害は周囲から容易には理解してもらえないことがあり、また自分の考えを表現する際に困難に直面する。音声障害を持つ学生の場合、グループ内での言語コミュニケーションに関連して不安感を増悪させてしまうことがある。
音声障害への合理的配慮の例
1・音声障害を持つ学生は、他の学生に比べ自己を表現するのに多大な時間を要する場合があることに留意する。周囲の者は粘り強く聴く姿勢をはっきりと示すべきであり、学生が自分の話す内容を言い終えるまで、これを遮ることなく十分に時間を取るようにする。
2・話す際の困難さを指摘するのは避けること――これをやってしまうと自尊心を低めることにつながる。適切な話し方の模範例をさりげなく示す方が有意義である。学生が話す時には忍耐強くあること。話すことに困難のある学生が話している時、これを急かしてしまうと挫折感をより強めてしまいかねない。
3・発話についての助言をする際は学生の近くに立つよう心がけ、助言したことを真似てみるよう促す。言葉に詰まった際にきっかけを与えるのはどうしても必要な時に限ること。
4・常に同程度の音量、声の高さ、ペースを保って話すようにする。
5・ゆっくり慎重に話すようにする。
6・常にアイコンタクトを取るよう心掛ける。
7・話すきっかけを頻繁に作る。
8・学生がケア等を行う場所はできるだけ静かな環境を心掛ける。
9・視覚によるきっかけ作り。ホワイトボードや記録の用紙を活用する。
10・学生には頻繁に目を向けるようにして、急ぐことなく一つずつ指示を出す。必要時は指示を繰り返す。
11・理解を促すため、身振り手振りを活用する。
12・学生が言語聴覚士から療法を受けている場合、障害アドバイザーはこれと連携をとり、より適切に実習での合理的配慮が行えるようにする。
13・最大限、学生の持つ強みに着目する。
14・可能な場合は単語予想ソフトウエアを活用する。
15・学生を勇気づけて電話での受け答えを促す。場合によっては十分なサポート体制を整えた上で、特定の日に電話の応対をする機会を設けても良い。学生が自尊心を育めるよう援助するとともに、様々な支援方法について協議・説明していく。
16・学生に実習先には緊急時に学生が援助を求めるためのシステムが整備されており、実習先のスタッフはこのシステムを熟知していることをしっかり伝える。例えば緊急時に援助を求めるための呼び笛の携行や実習先では“相棒(バディ)”と共に行動するなど。
17・学生に何らかの訓練や自助グループなどに参加するよう促す。吃音症や速話症の学生にトレーニングを行っている機関などを紹介する。(具体例についてはセクション8参照)
(訳者付記;各種障害への訓練については、本人が実生活で効果を実感できない訓練が強制されないことを望みます。例えば、吃音や自閉症などには様々な訓練がありますが、そもそも神経学的多様性を訓練で“直す”ことが可能あるいは適切なことなのかという議論もあります。障害やその機構をよく理解し、同化を強いるのではなく統合を考えて頂きたく存じます。)
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4.3)視覚障害
視覚に障害のある人はしばしば、患者ケアの記録に署名できないのだから法律で定められた各々の義務を履行できないことになると思い込まれてしまう。しかしながらこれは事実と反する。例えば弱視の人の場合、その多くは読みやすい文字を書くことができるし、実際のところ同僚の書いた文字も自分の書いたものも読むことができる。ただし、読みやすい字は書けるものの、自他を問わず手で書かれた文字を読めない場合もある。視覚障害を持つ学生の一部は、標準的な患者記録書式や学習計画書のような実習に不可欠の文書に記入していく際に援助が必要となりうる。合理的配慮は視覚障害の程度によって様々であり、情報へのアクセスにも記録作成にも配慮が必要になる可能性がある。臨地実習の前に各学生の持つ潜在能力や今後の見通しについてよく検討しておくことが大切である。
視覚障害への合理的配慮の例
1・視覚を補助する器具や装置を活用する。各種の拡大デバイスなど。
2・実習現場で本人が実力を発揮していくためには、学生ごとの個別的なニードに応じた特殊な機器・装備・援助者等が必要となりうる。視覚障害を持つ学生の多くは、ふだんノートパソコン、タブレット、点字のノートテイカーなど自分に合った装備や援助者を伴って動いており、それらを実習環境に持ち込めるように配慮する必要が生じうる。学生がまだ自分に合う視覚補助装置を持っていない場合は、それを提供してよい。
3・スクリーン・リーダ(画面読み上げソフト)の入ったパソコンを適宜使えるようにする
4・アセスメントの文書は録音する。可能ならばパソコン等で使える音声ファイルにする。
5・学生が実習先への通い方に不慣れである場合は、実習開始前に同じルートで予行演習をしておくことが望ましい。本来これは学生本人の責任で行うべきことではあるが、臨地実習コーディネーター(CPC)および/ないしプリセプターはこの課題を十分意識し、学生と最初に会う際、自宅から実習先までのルートに馴染んでおくための方法について協議しておくのは有益である。
6・実習先は最寄りの駅/バス停から施設までの道順を言葉で説明する支援を行ってよい。この言葉での道案内は、テキストファイル、録音、ポッドキャスト等のいずれでもよい。
7・弱視の学生の場合、照明が適切だと極めてよく見えるものの、照明が暗い所や夜間では‘鳥目’になってしまうことがある。自宅から実習先までの経路が複雑だったり歩く距離が長い場合、特に日が短くなる時期に暗がりの中を通うのが難しくなることがある。実習先割り振りの担当者(Clinical allocation officer)はこのことに留意し学生の実習先を決める際は思いやりを持って(be sympathetic)選定する。学校側の都合でやむを得ず通うのが難しい実習先に割り振らざるを得ない時は前もって学生本人と協議する。
8・必要時は実習に関連した文書を点字フォーマットで提供する。
9・実習先スタッフは学生用に追加の荷物保管場所が必要になりうることを承知しておく。例えば学生が小型の携行支援機器(ノートPCやタブレット等)を鍵のかかる場所に保管したい場合など
10・プリセプター、臨地実習コーディネーター(CPC)は学生がアセスメントを行う間、一時的に会話の内容を記録しておくためにディクタフォン、音声レコーダー、ボイスメモ等の使用を許容し気遣いを示す。学生は受け持ち患者に対し何故自分がそのような機器を用いるのか手短に説明するようにする。学生が各実習先施設での患者の電子情報に関する守秘義務のポリシーについて知りうるようにしておくこと。
11・バイタルサインを測定する際はしゃべるタイプの電子体温計や血圧計を用意する。
12・音声機能付きの電子体重計、血糖測定器や時計、メモを取るための電子機器等を準備するとともに表示板等の文字を大きくしておく。
13・臨地実習コーディネーター(CPC)は学生が臨地実習前ないし実習中に受け取るあらゆる資料等について各学生に適したフォーマットで提供されるように配慮する。例えば、テキスト、拡大したテキスト、各種メディアへの録音、点字、電子化してコピーを配布するなど。弱視の学生に対して、手書きの資料で説明する場合は以下の原則に従うとよい。
a・資料はなるべく手書きではなくパソコン等での作成を試みる。
b・レイアウトは単純で明確なものとし、文字の使用は最小限にする。
c・使用するフォントは読みやすいものを選ぶこと。
d・コントラストがはっきりした資料を作る。
e・つやのない紙を使う
f・資料を目で追いやすくするために見出しや矢印等を活用する。
g・イタリック・下線の使用は避け、文字に影を付けたり大文字のみで表記することも避けるようにする。ワープロソフトの段落揃えは両端揃えを用いるようにし、A4サイズの資料はA3に拡大するとよい。
(訳者付記:UCD実習ガイドの巻末用語集より)
臨地実習コーディネーター(CPC);臨地実習先で学生の学びを支援・促進する経験豊富な看護師ないし助産師。臨地実習コーディネーターは質の高い学習環境を創ることで学生を支援し、学生と大学および実習先との間の橋渡し役を務める。(Drennan 2002)
プリセプター;(本ガイドでは)学生と協働しながらその指導・支援・監督・見守り・フィードバックおよび勇気づけにあたる登録看護師/助産師のこと。プリセプターが実習領域における各学生のアセスメントを実施する。
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5)身体に関する障害・疾患等(Physical conditions)
本リソースガイドでは身体の運動(mobility)に影響するあらゆる障害・疾患等をまとめてここで扱う。例として、関節リウマチ、脳性麻痺、多発性硬化症に加え、脊椎の疾患(椎間板ヘルニア、頸椎捻挫、頸椎捻挫)など。
5.1)関節リウマチへの合理的配慮の例
日常生活動作に関して
1・実習施設各所へのアクセシビリティを確保する。
2・ケアにあたる場所の近くに休憩場所/椅子を用意する。
3・休憩時間を長めに取ることを許容する。
4・適切な地域資源を紹介し、その利用状況を一緒に振りかえる。
5・学生がケアする際の補助者を許容する。
(MSに伴う)疲労/虚弱に関して
1・多大な労力を要するケアや実習におけるストレスを軽減する、ないし避ける配慮。
2・ケアのスケジューリングや休憩の取り方に柔軟性を持たせる。
3・人間工学に基づいた作業環境でケアを実践できるようにする。
4・施設内での歩行距離を減らすことが難しい場合は、モーター付きのキックスケーター、ないし他の移動支援機器を使えるようにする。
5・長時間立ってケアするのが難しい場合は、スタンドや傾斜式のスツール等を使えるようにする。
微細運動障害に関して
1・人間工学に基づいた作業環境を考慮する。
2・コンピュータへの入力方法についてキーボード以外の方法を提供する。
3・電話機の使用に関して代償できる方法を考慮する。
4・腕を支える器具等(arm support)を配慮する。
5・ペンその他、物を握って使う際の補助具を提供する。
6・自動ページめくり器、ブックホルダーを提供する。
粗大運動障害に関して
1・ケアにあたる全ての場所へのアクセス・動きやすさを確保する。
2・実習先施設での駐車場を確保する。
3・出入り口を学生が車いす等でスムーズに通れることを確認しておく。
4・ドアを自動ないし押しボタン等で開閉できるようにする。
5・学生がアクセスしやすいトイレ・休憩室を配慮する。
6・人間工学に基づいた椅子やキーボードおよび音声認識ソフトの入ったタブレットやコンピュータ等を使えるようにして実習環境でのアクセシビリティを改善する。作業中の座位・立位ともに適宜調整できるようにする。
7・機器や資材等は手が届きやすい所におくようにする。
8・ケアする場所が事務作業や休憩をする場所の近くになるようにする。
5.2)ストレスへの合理的配慮の例
1・ケアに伴って何か支障が起こる前にあらかじめ対処方法を練っておく。
2・実習時間内に、学生が自身の受診・リハビリの予約等の連絡を取ることや通院等を許可する。
3・カウンセリングや職員支援制度に関する情報を提供する。
4・実習中のケア等に柔軟性を持たせてよい。
・時間の割り振りはフレキシブルなものにする。
・休憩時間の取り方を調整する。
・カウンセリング等がある時は早退などを許容する。
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5.3)多発性硬化症(MS)への合理的配慮の例
1・実習先の割り振りを優先的に行う。
2・一日ないし週の中での実習スケジュールを柔軟に組んでよい。例えば、週の半ばに実習日と休息日を交互に組み合わせるなど。
3・スケジュール帳やスケジュール管理ソフトなど、記憶だけに頼らなくてすむよう配慮する。(memory aid)
4・気が散ることがないよう環境を調節する。
5・本人のペースに合わせた作業負荷にする。
6・ケアや作業の際の緊張感(job stress)を和らげる。
疲労/虚弱への配慮:
1・過大な身体的負荷や実習におけるストレスを軽減する、ないし避ける配慮。
2・一定時間おきに現場を離れてしっかり休息を取れるようにする。
3・時間の割り振り方や実習修了時刻を柔軟に組んでよい。
4・人間工学に基づいた作業環境を配慮する。
微細運動障害に関して:
1・微細運動障害の影響を受けにくいパソコン入力方法を提供する。
2・学生が使いやすい電話機を配慮する。
3・ペンを握って書く際の補助具を提供する。
4・自動ページめくり機やブックホルダーを提供する。
5・学生が様々な看護スキルを実践していく際に援助者が必要かどうかを見極める。(器具・装置の準備やスキルそのものを援助するとともに、学生がスキルを実施している患者の安心感を保つ支援を行う。)
6・ケア実施中や記録等をする際に器具・装置等が手の届く所に置かれるよう配慮する。(例えば、包帯交換、経鼻胃管への栄養剤注入の際など)
7・各臨床スキルをやり遂げるまで時間がかかることを許容する。
体温上昇の予防に関して:
1・ケアや記録等をする部屋の室温が高くなりすぎないようにする。
2・クールベストその他体温上昇を予防用する衣類を着用する。
3・各所にあるエアコン・扇風機等を活用する。
4・スケジュールの割り振りや実習終了時刻には柔軟性を持たせてよい。
(MSに伴う)構音障害への対処:
1・学生の声を増幅・強化(enhancement)する装置ないし何らかのコミュニケーション機器を提供する。
2・E-mailやFAXなど、文字によるコミュニケーション方法を活用する。
3・一定時間ごとに休憩をとれるようにする。
(その他の配慮例については、音声障害の学生への配慮を参照のこと)
視力・視野障害への対処:
1・資料等の文字を拡大して読むための拡大鏡(手持ち/スタンド付/ライト付)
2・資料等は拡大して配布する、ないしパソコン等の文書拡大ソフトを活用する。
3・パソコン画面のギラつきを減らす。(液晶に貼るフィルム等)
4・パソコン使用環境の照明を調整する。可能なら明るさを調整する。
5・こまめに休憩を促す。(JAN 2010)
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5.4)脊椎の障害(Back Conditions)
脊椎の障害は損傷の部位によって歩く、持ち上げる、座る、立位を保つ(短時間ないし長時間)、物をつかむ、持久力の発揮などに困難を生じうる。これらの困難のほとんどは実習中のいついかなる時にも顕在化しうる。
脊椎の障害への合理的配慮の例
歩行に関して
学生、臨地実習コーディネーター(CPC)双方が納得のいく取り決めができるよう、以下のことがらについて協議しておくとよい。
1・実習場所における動き回りやすさを事前に検討する際は、あらかじめ実習の前に学生が実習先の各部署を訪問して適宜実習先職員と会いその場所に馴染んでおくことが望ましい。
2・もし学生が受け持つ予定の患者が複数の病棟にまたがっているようであれば、実習目標を満たす限りにおいて、一つないし二つの病棟の患者を受け持つようにすることが望ましくなる場合もありうる。
3・施設建物のアクセシビリティ:傾斜路、自動ドアおよびプッシュボタンで開くドア(病棟内、浴室等)
4・学生が使う棚は低い段となるようするとともに、ファイルキャビネットへのアクセシビリティも確保する。
患者の持ち上げに関して
一部の学生は受け持ち患者を持ち上げる際、方法の部分的変更や代替テクニックの使用が必要となりうる。(例;移乗用リフト、移乗補助用具など)
1・チームで移乗を援助する
2・高さを調整できるベッド/診察台の使用
座ること、立つことに関して
長時間の立位が避けられるよう、スキルの練習時、座学の時、ミーティングの時間などでは着席を許可しスツール等その学生に合った椅子を提供する。
物をつかむことに関して
片手で操作できるタイプの注射器・点滴(IV)スタンド等を用意する。
・演習室で学生がスキルを練習する際は練習時間を延長してよい。(例;吸引など)
持久力(stamina)に関して
身体的な負担の大きい労作を減らす、ないし避けられるようにすると共に実習現場でのストレスを軽減する。
1・一日の実習時間を短くする、および/ないし実習期間を長くとる
2・実習する病棟・フロア・現場から離れた場所で定期的に休憩が取れるようなスケジュールを組む。
3・実習スケジュールおよび毎日の実習修了時刻に柔軟性を持たせてよい。
4・作業環境は人間工学に基づいたものとする。
5・実習中の歩行距離が減らせない場合は移動補助具を提供する。
自宅から実習施設までどう通うのか戦略を立てておくのは学生の責任である。これについては各実習に先立って、あるいはその実習に先立つ別の実習の結果を受けて、障害者学生の実習ニード・アセスメントを行った後に学生が説明するようにする。このように立てた戦略については、臨地実習コーディネーター(CPC)/プリセプターと協議の上で実際に適応する、ないし必要があれば修正する。(Office of Disability Employment Policy (ODEP) 2010)
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6)精神疾患等(Mental health conditions)
本リソースガイドでは精神保健上の診断名の付いた全ての障害を総称して精神疾患等としている。精神障害(mental health disorders)は思考・情緒・行動(あるいはそれらの組み合わせ)の変動を特徴とする疾患であって、かつ何らかの困難や機能障害を伴うものである。(Thompson 2006:4)精神疾患は多様な形態をとりうる。(例えば、うつ病、不安障害、双極性感情障害、統合失調症など)個々の患者がその障害から経験していくことはその人特有(unique)である。
精神疾患の症状としてあらわれるものとしては、不安、憂鬱感、強迫性の思考、および/あるいは妄想、幻覚などがある。その諸症状は一つの連続体の中のものとして生じ、日常生活が顕著に損なわれない場合もあれば、その反対に日常生活に必要な機能がかなり広範囲に障害されることもある。
アイルランドにおける公共の精神保健医療はリカバリー志向のサービスを採用し提供している。その取り組みは人が精神疾患から回復していく道のりをその人らしく歩んでいくことに焦点をあてるものであるとともに、その人の持つ資質(resourcefulness)を高く評価(recognise)していくものでもあり、多くの試練にさらされ続けている人であってもひとり一人の人間は生きがいを持って何かに貢献できる人生を歩む力があるという信念と希望を促進していくものである。(Mental Health Commission 2008)
精神疾患等への合理的配慮
1・実習におけるニード・アセスメントのプロセスのひとつとして、学習のための統合アクションプラン(joint learning plan of action)を立案してよい。その中で学生本人が用いる戦略および実習中に臨地実習コーディネーター(CPC)がその学生の支援に用いる戦略について言及するものとする。学生の障害開示に際しては、CPCは学生との最初の面接で実習先では偏見を排除すべく公正な取り組みがなされることを伝えながら、学生にいかなる形であれ支援のニードがあるかどうかを尋ねるようにしていくことが望ましい。
2・実習が始まる前に学生が不安に思っていることをきちんと話せる場を設ける。これは必要に応じて障害リエゾンチームのメンバーと連携して行なってもよいし、実習開始前の施設訪問の際に行っても構わない。
3・実習中、精神疾患による何らかの問題が表面化した場合はCPC/プリセプターはその問題が主にどのような場面で生じているのかを明らかにできるよう学生と個別面談の機会を作るとよい。これにより適切な支援要員、および/ないし実習の場で学生を支援する戦略を決めることが可能となる。学生に精神症状の急性増悪が生じていることが明らかである場合、CPCは学生を適切な医療機関等に紹介する。そのような場合の対処のプロセスは地域ごとに異なるので、スタッフはあらかじめ地域で得られる資源についてよく知っておくことが重要である。
4・場合によっては学生本人、個人指導教員(personal tutor)ないし施設側連携担当者(Clinical Contact Person:CCP)が精神疾患への対応のための疾病休暇(sick leave)ないし休学(leave of absence from the programme)を申請することもありうる。学生を受け持っている個人指導教員はこれらの選択肢について学生と協議し、次に大学理事会に対して学生が申請をする際に支援を行うか行わないかを提言する。
5・障害の開示を支援する戦略を練り、以下のような支援の準備をする:
a・学生のもつ潜在的なニードに注意を払い早期に対応できるようにしておく。
b・学生が不安に思っていることをよく聴いておく。
c・学生が開示を行った後適切なタイミングでフォローアップを行い気遣いを伝える。
d・学生が他の教職員・スタッフに相談できるようにする。(例;メンターの支援が必要な時など)
e・学生から要請があり実施が可能であるならば実習の際に作業等の場所を変更できるようにする。(例;患者記録を書く際に静粛な部屋を提供する。)
f・必要時、作業時間の延長を許容する。
g・学生が自分の能力を最大限発揮し課題が達成できるよう実習の形態には柔軟性を持たせてよい。
h・学生が通院等のために休む必要がある際はこれを許容し気遣いを示す。
i・学生の気分変動に留意し敏感に察知できるようにする。気分の変動が周囲の者の発言および/ないし動作についての学生の受け止め方にどのように影響しうるかについても敏感に察しすぐ対処できるようにする。
j・学生に大学や実習先のカウンセリングの活用を促す。
k・学生が病欠等を取った場合、必要であれば実習内容の調整や実習期間の延長を行う。
l・必要時、スケジュールを柔軟に組むことを許容する。
訳文は以上です。お疲れ様でした。Good Luck!!