Leslie Neal – Boylan,
“Nurses With Disabilities:
Professional Issues and Job Retention”,
2012, Springer, New York, 1st Edition
(Kindle版 もあります)
本書は2012年に米国で出版された、障害を持つ看護師の研究書としては、おそらく世界で初めての本です。
精神障害・発達障害は対象にはなっていません。
マハディ博士編著の本は、いわば成功事例を集めた物語集ですが、本書では豊富なインタビューにより様々な現実の姿を垣間見ることができます。
個人的に本書を訳してみて、国や障害の違いはあれど、当事者が現場で経験し想うことはとても似ている…という印象を持ちます。 (川端 記)
以下、もくじ、序言 からの引用・和訳です。
もくじ
献辞
巻頭言 ジェラルディン ポリー ベッドナッシュ、PhD, RN, FAAN
序言 スザンナ C. シュメルツァー、EdD, RN, FAAN
著者まえがき
謝辞
第1章 障害を持つ看護師とは?
1.1 背景
1.2 障害の定義
1.3 雇用
1.4 障害者に対する恩恵について
1.5 差別
1.6 障害を持つ看護師たち
1.7 研究方法について
第2章 障害を持つ看護師はなぜ看護界から去っていってしまうのか?
2.1 概観
2.2 期待に応えることの難しさ
2.3 特別扱いを受けることについて
2.4 退職を決意させてしまうことについて
2.5 その後の成り行きを見てみる
2.6 患者さんの安全性についての懸念
2.7 どんな看護師が離職しやすいのか?
2.8 様々な想い
2.9.0 どのように離職を防げば良いのか?
2.9.1 看護教育者にできることは何か?
2.9.2 指導的立場にある看護師にできることは何か?
第3章 障害を隠して
3.1 採用担当者と看護管理者
3.2 働くための要件
3.3 採用担当者に隠す
3.4 障害を持つ看護師達の側の考え方
3.5 解決に向けて
第4章 就労の継続・キャリア選択と障害
4.1 溶け込める職場を必死に探して
4.2 職務遂行能力について
4.3 復職あるいは学びのために大学・大学院へ進む
4.4 キャリアの目標を変えることについて
4.5 予期せぬ恩恵
4.6 やることを決め取り組んでみる
4.7 今ある制約を受け入れる
4.8 改善策・解決策
第5章 障害があることで患者の安全が損なわれうるか?
5.1 当事者看護師を追い出す口実
5.2 看護師はお互いをケアしない
5.3 障害のある看護師は自身の制約をよく理解している
5.4 聴覚障害のある看護師の場合
5.5 視覚障害を持つ看護師の場合
5.6 肥満の看護師の場合
5.7 疼痛と共に生きる看護師の場合
5.8 フェアであることについて
5.9 安全に看護できるということ
5.10 選びうる選択肢
5.11 誰しもが安全を損ねうる存在なのだ
5.12 心肺蘇生法と安全について
5.13 当事者看護師自身が患者への害を懸念している
5.14 障害を代償していく
5.15 当事者看護師本人の安全について
5.16 患者さんの視点では
第6章 医療業界における障害者看護師
6.1 医療現場での人間関係
6.2 教育・研究環境での人間関係
6.3 患者さんとの間の関係性
6.4 様々な代償・配慮のあり方について
6.5 改善策・解決策
第7章 ナース・ヒロイック
7.1 “ナース・ヒロイック”とは何を意味するか?
7.2 自己犠牲の伝統
7.3 バランスをとっていく
7.4 障害を持つ看護師とヒロイック
7.5 改善策・解決策
第8章 障害を持つ看護師たちを雇用し続けるために
8.1.0 看護教育
8.1.1 私たちはどう看護教育を刷新できるのか
8.1.2 障害を持つ学生さんへのご提案
8.1.3 障害を持つ看護教員の方へのご提案
8.2.0 雇用
8.2.1 合理的配慮
8.2.2 職務記述書(ジョブ ディスクリプション)
8.2.3 代替案(オルタネイティヴ)
8.3.0 職場において
8.3.1 看護職採用担当者および経営者の方々への提言
8.3.2 障害を持つ看護師の就労継続を支援する
8.3.3 看護師がこの看護の世界にもたらすものを正当に評価する
8.3.4 障害者を歓迎できる職場環境を作りそれを伸ばす
8.3.5 障害への意識と理解の促進:風説を覆すために
8.3.6 全ての看護師を正しく評価していくために
8.4.0 障害や慢性疾患を持つ看護師の方へ
8.4.1 自分自身の擁護者になる
8.4.2 配慮の元でできること・できない事を正直に見積もる
8.4.3 障害を開示するかどうか冷静に考える
8.4.4 学びの場に戻ることを考える
8.4.5 サバイバーを目指す
8.5 むすび
付録
著者について
レスリー ニール-ボイラン博士
マサチューセッツ総合病院(MGH)附属保健医療大学看護学科、
教務およびプログラム・イノベーション担当副学長、教授
登録看護師、認定リハビリテーション看護師(CRRN)、高度実践看護師(APRN)、
米国看護アカデミーフェロー(FAAN)
序言より抜粋引用
米国では、例えば合衆国医務総監室などの政府機関が看護師、医師および歯科医師の教育プログラム中に障害に関した題材をもっと含めるように定めた勧告を出しており、これに応えるべく、いくつかの試みが勧められているものの、現実には、障害を持つ医療従事者の数をもっと増やせるような戦略、例えば看護学校や医学校の入学基準を見直す、障害を持ちながらも資質を備えた志願者に様々なやり方で門戸を開く、医療に従事する中で後天的に障害を持つようになった人が専門職として引き続き現場で働き続けられるような方策を実践する、といったことは見逃されがちです。1990年に制定された、障害を持つアメリカ人法(ADA)は、たとえ医療従事者が障害を持っていても専門職としてその人らしい貢献とケアが継続できるよう配慮の提供を義務付けています。そうであっても、実際にはそのような配慮がなされないこともしばしばです。その結果、たとえ経験を積んだ医療従事者が強く求められ人材難が深刻な時であっても、障害を持った医療専門職の多くが職場を去ることを余儀なくされていたり、果ては専門職であり続けることを断念してしまったりする結果を生んでいます。
雇用者・同僚仲間からの差別や何らかのネガティブなリアクションを恐れるあまり、障害を持つ医療従事者の中には自分の障害を隠しているケースも見られますが、それは本来職務の遂行を容易にし就労継続を助けてくれるはずの配慮を得る機会を障害者から遠ざけてしまうことにつながります。このようなことはまた、医療業界、雇用者、そしてなによりも患者のみなさんから、障害を持つ患者さんへのケアのあり方を含め在来のケアの手法を大きく変えうる専門性を有した看護師達を遠ざけていると思います。
医療専門職に向けた教育において障害に関連した教育内容や論点をもっと盛り込んでいくよう要請がなされているにもかかわらず、看護界も医師達もそして教育機関もその対応は緩慢です。医療専門職養成機関の教職員は、学生が障害を持つ患者さんのケアをきちんとできるよう指導の戦略を練りこれを実践することを促されてきてはいるものの、障害を持つ医学生・看護学生が教育現場にどのような新風を吹き込み得るかについてはほとんど着目されていないのが現状です。学生が障害を持っていても医療従事者になれるようにする、ということに加えて、障害を持つ学生が教室や実習現場に参加していること自体が、周囲の学生や教職員そして社会の中にあるネガティブな姿勢や固定観念といったものを変えうると思います。さらに言えば、彼らは障害を持って生きる一人の人間として、自らの経験と視点を生かしながら障害を持つ患者さんへのケアを今よりもっとずっとよいものにしてゆけるのではないでしょうか。
本書は、障害を持つ看護師たちに関する様々な事実を我々にもたらしてくれるものであると同時に、彼女たちが現実にどんなことを経験しているかをも教えてくれる本です。この本は、看護師の雇用と長期就労に関し障害・疾患が与える影響について学びたい皆さんにとって計り知れない貴重な資料となることでしょう。
スザンヌ C. スメルツァー、教育学博士、登録看護師、
米国看護アカデミーフェロー(FAAN)
ヴィラノヴァ大学看護学科、看護学研究センター所長、教授
ペンシルバニア州ヴィラノヴァ